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第五話 転生して一番辛かったのは

「良い天気ですね~」

「ああ」

「王子様の婚約者も早く決まるといいですね~」

「……ああ」


 返事をするまでに少し間があった。賛同をすることに迷いがあるのだろう。

 初対面の令嬢との世話話。二度目があるとも知らない、この場限りの間柄だ。どんな思いがあろうとも、適当に返事をすればいいだけ。


 フレイムさんと、フレインボルド王子もしくは王族の間には何かあるんだろう。


 だからお茶会参加者であろう私に声をかけたの?

 空を見上げ、雲を目で追いながら隠された何かについて思考を巡らせる。


 けれど五分もしないで飽きる。

 やっぱり私は考え事には向いていないようだ。

 変なことに巻き込まれませんように、と祈りながらフレイムさんを撫でることにした。



 そこから数十分。

 抵抗されることはなく、特別な見返りを欲っされることもなかった。

 代わりにただ一つ。フレイムさんは会場に戻る私に声をかけた。


「お茶会の日、またここで待っている」

 彼の口から告げられた次の約束が嬉しくて、満面の笑みを返す。

 バッサバッサと空を切りながら飛んでいくフレイムさんにブンブンと手を降って見送った後で、私は重大なことに気づいた。



「帰り道、聞いとけば良かった」

 私は迷子だったってことに。



「やっと帰れた……」

 フレイムさんと別れてから実に十数分。

 迷いに迷って会場付近のお手洗いまで辿り着いた私は、そこからたまたま見つけたご令嬢の後ろを追いかけるようにして会場に戻った。


 空になったお皿を手に持っていれば確実に目立つので、リボンの中に隠した。

 さすがはどでかリボン。お皿の一枚くらい隠すのは余裕だった。トトトと歩いたところで全く落ちないし、安定感が半端ない。


 もしかしてこのリボン、何かを隠す用だったりするのかしら?

 よく分からないけれどとりあえず今のところはリボンに感謝である。



 会場の端っこでリボンからお皿を回収し、適当な机に置いておく。

 これで城の使用人が回収してくれることだろう。ついでにお茶ももらって会場を軽く見渡す。



 あれ、なんか違和感が……。

 カップを傾けながら違和感の正体を探ろうとした私だが、そのタイミングでお茶会の終了が告げられた。


 なんだったんだろう?

 首を捻ったところで答えは出ることはなかった。そのまま順番に迎えに来た馬車に乗り込むご令嬢方。



「アドリエンヌ、帰るぞ」

「はい」

 ちなみに親が会場までやってきたのはうちだけだ。

 手を引かれ、回収されるように馬車に乗り込んだ。


 娘を王子の婚約者にしたいならせめて馬車の中で待っていてくれればいいのに。


 私がお茶会を抜け出したことはおそらく父にはバレていないはず……。

 なのになんでわざわざ。馬車が走り出してからも父は無言でこちらをじっと見つめるだけだ。


 何を考えているのだろうか。

 まぁ父が何を考えていても私は彼の意思に従うだけ。そんなことよりも今はもっと大事なことがある。



「お父様」

「なんだ」

「ドラゴンのブラシが欲しいです」


 そう、父の意思よりフレイムさんとの交流グッズの方がずっと大事なのだ。


「は?」

 父は素っ頓狂な声をあげたが、その顔には全く変化はない。

 多分、突然言い出したために少し驚いただけだろう。

 どうせ目の前の父親は私に興味などないのだ。


「ドラゴンのブラシと牛革の手袋が欲しいです」

 ちゃっかりアイテムをもう一品増やして、真っ直ぐと父を見つめる。


 見つめ合うこと数十秒。

 いつもは二つ返事で「用意させる」と言ってくれる父が初めて異なる言葉を返した。


「アドリエンヌと年の近い女の子の間では今、ドラゴンのブラシが流行っているのか?」

「は?」


 父の言葉に今度は私が驚く番だ。

 なぜ『私』が欲しいと言っているのに『年の近い女の子の間』で流行っているという話になるのだ。


 もしかして流行っていないと買ってくれないのだろうか? 

 今まで何を欲しがっても与えてくれていたというのに、ドラゴンのブラシはさすがに例外扱いされたとか?


「あ、いえ、ダメならいいのです」

 私が自由に出来るお金はない。

 父に断られればドラゴンのブラシを手に入れる手段は断たれたといっても過言ではない。


 悲しいかな、子どもの無力さよ。

 欲しかったなぁ、ドラゴンのブラシ……。


 窓の外を眺めながら、真っ赤なうろこに思いを馳せる。

 すると前方から長く息が吐き出される音がした。


「ダメではないが、その……いや、用意させよう」


 よっしあああああ。考えるのが面倒くさいのが勝った!

 これでいつブラッシングのお許しが出ても大丈夫だ! 無関心万歳。

 頭の中でガッツポーズから万歳三唱を繰り広げ、眉間に皺を寄せる父に勢いよく頭を下げる。



「ありがとうございます!」

「っ」


 目を細め、皺を深くする父はきっと誰にも見られていないとはいえ、行儀が悪いと思っているのだろう。


 けれど何も言われないのを良いことに、私は背後の意味など気づいていませんよとばかりにニコニコとした笑みを向け続ける。


 結局、父は屋敷に到着してからもブラシについて触れることはなかった。



 それから一週間後。

 次のお茶会の招待状も届き、またフレイムさんに会えると小躍りしていた私の元にとある物が届けられた。


「こちら、来週のお茶会用のドレスでございます」

「っ……あ、ありがとう」


 どぎつい色のドレスパート2だ。

 色にはこだわりがあるのか、前回に引き続きピンクで統一されている。


 だが使われるピンクの種類は数を増し、レースとリボンも増し増しである。

 ラーメンでいうところのチャーシューとメンマみたいな感じ。いや、ラーメンだったら喜んで食べるけど、これはちょっと……。


 鏡に映った自分を眺めれば、首元から胸元にかけてビラビラのピンクレースが5段設置されており、そこに小さなリボンが散らされている。


 前回に引き続き、よくメイドが平静を保っていられるなと関心してしまいそうなほど。

 両親と同じく、プレジッド家の使用人は表情がない。


 もういっそ笑ってくれるか馬鹿にしてくれればいいのに。

 これは一体何の嫌がらせだろうか?

 実はドラゴンのブラシなんて高級品をねだったことを怒っているのだろうか?


 昨夜メイドから渡されたブラシとケースもゴテゴテのパッションピンクだったし……。

 これらを選んでいる人が誰なのかはまだ判明していないが、心の中で『ピンク様』と呼ぶことにしている。

 ちなみに牛革の手袋だけは染めることが出来なかったのか、はたまたピンク様の管轄外だったのか、目に優しいブラウンだった。


 おそらくピンク様から渡されたのであろうドレスの微調整を済ませ、普段着に戻る。

 こちらは落ち着いた深緑色。ちなみにアドリエンヌドレスコレクションの中で一番地味なドレスである。レースもリボンも最小限だが、オシャレに仕上げられている。色だけではなくデザインもとても気に入っている。


 是非今後もこのドレスを考案した人に選んで欲しいところだが、残念ながら普通のセンスのドレスは今着ているものと合わせて二着しかない。それも数年前に作ったものなのか、丈がやや短いのが難点だ。


 さらに言えば、この服を着ていると、妙に両親の視線を感じる。

 あくまで視線を感じるだけで、文句を言ってくる訳でもなければ使用人に命じて他の服を着るように指示する訳でもない。


 目障りだが、屋敷の中くらいなら許してやろうといったところだろうか。

 害はない。居心地の悪さを感じるだけだ。

 だから両親の目を避けるように、なるべく部屋に引きこもるようにしている。


「あ」

「どうかなさいましたか?」

 目をつけられているのならば、いっそ食事面も我慢をするのを辞めてしまおう。

 ドレスを腕にひっかけた使用人に言づてを頼むことにした。


「私の料理は今日からお父様達と同じにして頂戴」

「よろしいのですか?」


 使用人の声が少しだけ上がった。驚いているのだろう。

 癇癪持ちの令嬢がいきなり食事を変えてくれなんて、散々文句を言ったのに何を今さらとでも思っているのかもしれない。


 前世の記憶が戻る前のこととはいえ、彼女達には本当に沢山迷惑をかけてしまったものだ。


「ええ。そろそろ苦手な物を克服したいから」

「さようでございますか。では調理長に伝えて用意させます」

「よろしく頼むわ」


 短く理由を告げれば、使用人は深く頭を下げて部屋を去った。

 一人になった部屋でベッドに腰をかけ、背中からバタリと倒れ込む。そこからゴロゴロと転がり、枕を抱きかかえる。


「脱 メイプルに溺れたパンケーキ」

 甘い物は好きだ。お茶会でエンドレスお菓子を食べ続けても辛くはなかった。

 けれど毎朝起きてすぐにメイプルシロップに漬けられたパンケーキを食べ続けることに、嫌気が差していた。

 時間が経てば経つほど大量のシロップを吸ってべちょべちょになるそれは、途中からフォークを突き刺すことすら難しくなる。


 胃もたれをするなんてことはないが、よくこんな物を三年間も毎朝食べ続けていたなと関心してしまう。

 さらに言えば、昼も夜も甘味中心である。


 野菜はなく、肉も魚も最小限。

 パンと言えばパンケーキ。両親は目の前でバケットやロールパンを食べているのに、私にそれらが用意されることはない。


 正直、辛かった……。

 親からの無関心より、だっさいドレスよりも毎食用意される食事が何より受け入れられなかった。


「お昼は間に合わなくても夜からは、私のお皿にも野菜が! コーンスープ以外の野菜が来るのね」


 枕に顔を押しつけながら「べじたぼおおおおおおおお」と叫び声をあげる。

 野菜がこんなに食べたいと思う日が来るなんて、野菜嫌いのアドリエンヌ嬢は想像もしていなかっただろう。


「アドリエンヌ」

「なんでしょう」

「……残したければ残していいのだぞ?」

 さすがの父も私の変化に思わず目を丸く見開いた。

 だが苦手を克服したいという娘にかける言葉ではない。


 いくらこの後、癇癪を起こされても面倒だと思ったにしても、折角出したやる気を喪失させることはないだろう。そんなんだからいつまで経っても偏食が治らなかったのだ。


 小さくカットするなり、すりおろして混ぜるなりすればいいものを、それすらもしない。

 ただアドリエンヌが食べたくないと言ったものを皿から取り除くだけ。


「ご心配頂きありがとうございます。けれどどれも美味しく頂いておりますわ」

 にっこりと微笑みながら、前世ぶりのサラダにフォークを突き立てる。

 まさか娘が心の中で「はっぱだ、はっぱ。はっぱうめえええええ」と雄叫びをあげているとは思うまい。


「……そうか」

 まだ状況を受け入れられていないのか、父は言葉に詰まり、母の方へと視線を向けた。

 けれど彼女は父のように動じることはなく、スプーンでスープをすくってーーいなかった。よく見れば、空のスプーンを一定の速度で上下させてるだけだ。


 表情に一ミリも変化が見られないだけで、おそらく父よりも動揺していた。


 ゼンマイ人形のように同じ動きを繰り返す母は、その後、私をロックオンし、ずっとこちらをガン見しながら手を動かし続けた。


 めっちゃ怖いんだけど……。

 夏のホラー特番に映り込む幽霊なんて比にならない。

 魂を抜き取られる前にご飯をかき込み、その場から逃れるようにダイニングを後にした。



「ごちそうさま」

 私が部屋を去った後、ガッシャーンと食器が落ちる音がした。

 見なくとも分かる。一、二カ所での落下ではなく、明らかに大惨事だ。


 けれど閉めたドアを開けて状況を確認するなんて恐ろしいことは出来なかった。

 曲がり角を曲がるとすぐにダッシュで部屋に逃げ込んだ。


 表情の動かない母の訪問を想像して、ベッドの上で布団を被っていた私だが、彼女がやってくることはなかった。


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