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第四話 欲望には忠実に

「……っ、あなたは」

「お前が殺されたいと願ったドラゴンだ」


 剣を弾き飛ばしそうな赤いうろこに、バッサバッサと音を立てて羽ばたく立派な羽根。

 まさしくドラゴンだ。


 まさか実在したなんて……。


「神様、大サービス過ぎる……」

 前世と今世で貯めた得ポイント全部使い果たしたって言われても許す。


 なんなら来世マイナススタートでも仕方ないって思える。

 だって目と鼻の先にはドラゴンがいるのだ。来世ダンゴムシ転生からの小学生の短パンと共に洗濯機で回されて死亡とかでも全然良い。


 だが、一つだけ想像と違うところがある。


「怖くないのか?」

「怖くないも何も……このサイズ感でどこを怖がれと?」


 このドラゴンさん、小型犬ほどの大きさしかないのだ。私の腕の中にすっぽりと収めることが出来るくらいのサイズ。

 私が憧れた、空を自由に飛び回る圧倒的強者とは少し異なる。


 声が渋いから期待してしまったが、おそらくまだ幼体なのだろう。

 格好良さには欠けるが、変わりにかわいらしさがプラスされている。


 ドラゴンという存在自体が奇跡なのに、要素を加算するとは……。

 特大サービスもいいところだ!


 悪役令嬢なんて即死確定キャラに転生させてしまったからどこかでギフトを与えてくれたのだろう。



 神様、私のことめっちゃ分かってる! 

 さすが神様! 

 何を司る神様かは分からないけど、ガンガン信仰させて頂きます!


 おお、神よ。

 両手を組んで空を見上げれば、ドラゴンさんは不機嫌そうに顔を歪ませた。


「普通の令嬢なら、この姿でも恐れをなすぞ!」

「いつの世もイレギュラーというものは存在するものです。ということで撫でさせてください!」


 それはあくまでこの世界の令嬢は、という話でしょう?

 それに普通の令嬢が王子争奪戦から逃げ出すはずがないだろう。

 それに親にこんなだっさいドレスを着せられることもない。



 普通なんて知るか!

 転生した時点から私に『普通』の道なんて与えられていなかったのだ。


 そんなものよりも私はドラゴンを撫でたい!


 欲に忠実に生きるのみ!


 人目も気にせず「お願いします!」と清々しい土下座を繰り広げる。

 西洋風のこの世界に土下座なんてものは存在しない。だがドラゴンさんに私の気迫は伝わったらしい。


 少しだけたじろいだようだ。

 羽ばたくスピードもゆっくりになっており、少し距離を感じる。完全に引かれた。


 けれどいつ死ぬかも分からぬ状態で、みすみすこのチャンスを逃してやるつもりはない。

 ここぞとばかりに攻めて攻めて攻める。


「ちょっとでいいんで。記念にうろこくださいとか言わないんで。十秒、いや五秒。指二本分とかでいいんで触れさせてください!!」


 多分、このドラゴンさんは優しいタイプのドラゴンだ。優しさがなければ死にたがりなんて面倒なものに好んで声をかけるはずがない。


 ひるんだ姿に、押しに弱いタイプかと攻め方を変えずに突き進むことを決める。

 一度顔を上げ、そこから床に擦りつける勢いで頭を下げる。


「お願いします!!」

「お前、本当に変わっているな」

「触らせてくれるなら何とでも言ってください!」

「……分かった。特別に許可しよう」

「ありがとうございます!!」


 心優しきドラゴン万歳!

 許可と同時に彼へと両手を伸ばし、胸元に抱きかかえる。


「あれ、意外と固くない?」


 固いことには固いが、魚のうろこ程度。うろこ自体の大きさは魚よりも大きいが、ペットボトルのキャップさえあればガリッといけてしまいそうだ。


 雑に扱うつもりはないが、傷つけてしまわないように自然と彼を抱く力を少しだけ緩める。


「俺はまだ幼体だからな。成体になる頃には剣さえ通さぬほどの強度になる」

「へぇ~。あ、じゃあまだ普通のブラシでブラッシング行けるんですか?」

「いや専門のブラシが……ってお前、ブラッシングまでするつもりなのか?!」

「さすがに持ってませんからしませんよ」


 なるほど。専用のブラシが存在するのか。

 いつか使うかもしれない『ドラゴン専用ブラシ』を脳内メモに記載する。


「持っていたらするつもりだったのか……」

「もちろん事前にドラゴンさんの許可を取りますよ?」


 ブラッシングはしたい!

 けれど欲望のまま突き進むつもりはない。許可取りは必須。さすがにそれくらいのマナーはある。


 勝手にやって機嫌を損ねるのも、うろこに傷がつくのも嫌だし。

 手を動かしながら、せめて手袋スタートかな? 何製がいいんだろう? と思考を巡らせる。

 帰ったら父におねだりしよう。


 普通の親なら、いきなり自分の娘がドラゴン用のアイテムを欲しがれば確実に眉をしかめることだろう。だが私の両親は子の興味に関心がない。


 転生して数日でこの境遇を喜ぶ日がこようとは……。


 無関心万歳!

 ドラゴンさんをブラッシング出来る日を夢見て、によによと気持ち悪い笑みを浮かべれば、ドラゴンさんは呆れたような目で私を見上げた。



「フレイムだ」

「は?」

「俺の名前はドラゴンさんではなく、フレイムだ」

「フレイムさん……」

 それがドラゴンさんの、彼の名前か。

 繰り返して、真っ赤なボディにぴったりの名前だなと彼のうろこを指で撫でる。


「お前の名前は?」

「アドリエンヌです。アドリエンヌ=プレジッド」

「プレジッド家の一人娘か」

「え、フレイムさん、私のことご存じなんですか?」

「一応な。だがこんな変人だとは知らなかった」


 もしかしてフレイムさんって野生のドラゴンではなく、城関係者?

 純度百パーセントのアドリエンヌ時代の記憶を辿ってみても、城にドラゴンがいるなんて聞いたことがない。

 城関係者に飼われているのか、住人として住んでいるのか。

 どちらにしても貴族関係の繋がりを把握しているのだからただ者ではないのだろう。

 一瞬警戒しかけたが、今さらだろう。土下座まで披露し、すっかり変人認定されている。ここで態度を変えてもそれこそ変に思われるだけだ。


 警戒するのなら、どんなに遅くとも人語が話せるドラゴンを目にした時点で貴族の仮面を張り付けるべきだったのだ。


 時すでに遅し。遅れまくりだ。

 けれど後悔はしていない。


「他ではちゃんとしてますよ」

「本当か?」

 疑いの眼差しを向けてくるフレイムさん。

 もしかして私の評判なんかも耳にしているのかな?

 ドラゴンの耳まで届くワガママっぷりとは、さすがは悪役令嬢。

 だがアドリエンヌのワガママが酷いのは主に屋敷内でのこと。いかんせんワガママを言う理由が親に構って欲しいなので、外ではこれといって派手な行動をすることはなかった。知識レベルの低さと友人の少なさまで加味すると少し立場が弱くなるが、ワガママだけ注目すれば似たような令嬢は意外といる。


 爵位の低いご令嬢や使用人を見つけては言いたい放題。鬱憤を発散するようにいちゃもんをつけては意地悪をする。

 ドレスの色が被っていればドレスの裾を思い切り踏みつけ、アクセサリーが気に入らなければ注いだばかりのお茶をかける。前者はドレスが破れるし、後者に至ってはやけどする。


 そんなものに比べれば、サンドイッチにレタスが入っていると騒ぐアドリエンヌなんて小物だろう。ちなみにいちごジャムのサンドイッチを用意されれば即黙るし、濃い目のお茶も合わせて渡しておけば静かなものだ。


 こうして冷静になって思い出すと、アドリエンヌのワガママはどれも幼児の駄々のようだ。

 令嬢としては失格だが、人としてはまだまだ矯正出来るレベル。迷惑っちゃあ迷惑だが、すぐに対応出来るレベルではあった。


 実際、お茶会デビューから騒ぎまくった結果、今ではどこの家のお茶会に行っても大抵この二つがアドリエンヌの前に置かれるようになった。今回のお茶会のように立食であれば勝手に自分で取りに行く。

 去年と今年を合わせてみても、屋敷の外で騒いだ回数は片手に収まる程度だ。


 最近はわりとちゃんとしているし、嘘ではない。

 にっこりと笑みを作り、グッと親指を立てる。


「はい。今日だって王子様の婚約者選考会に嫌々ながら参加している訳ですし」

「この場にいる時点で参加はしてないだろう」


 なんでこのドラゴンさんは痛いところを突くのだろうか。

 だが私だって好んでこの場所に辿り着いた訳ではない。迷子がちょっと会場端を目指した結果、いつの間にか外に出ていただけなのだ。だが素直に迷子なんですというのも格好悪い。少し悩んでから、理由については触れずに流すことにした。


「ちょろっと顔出したんで大丈夫ですよ。両親には恥ずかしくてろくに話せなかったとでも伝えておけば問題なしです」

「問題はあるだろう……」


 どうせ帰りの馬車も無言のまま。

 今日の成果なんて話す機会はないのだろう。誰かにバレなければ問題ない。



 それにしてもこんなことを聞くなんて、やっぱりフレイムさんは城関係者なのだろうか?

 だがどうにかして会場に戻そうとしているようには見えない。呆れたような声で、今の現状を仕方なしにでも受け入れているようだ。雑談のつもりなのだろう。はははと軽く笑って適当に受け流しつつ、フレイムさんを撫でる。少しざらざらしたうろこは日だまりを集めたみたいにぽかぽかだ。


「王子に興味がないのか? 見初められれば婚約者、将来の王子妃になれるんだぞ?」

「なったところで、って感じですね。正直深く関わりたくないというか……」

「それは王子と前の婚約者との間にいざこざがあるからか?」

 フレイムさんはそこら辺に詳しいのだろうか?

 前を向いた彼の目は見えぬまま。声は少しだけ不穏な空気を孕んでいる。

 前のめりで聞き出そうとすれば教えてくれそうだが、正直、興味がない。


「婚約解消した時点で何かあるんでしょうけど、そこは割とどうでも」

「なっ」


 フレイムさんは私を見上げ、目を見開く。金色の目がまん丸になって宝石みたい。

 可愛さが二割増しになっている。すでに完璧だと思っていたが、まだまだ可愛さの可能性を秘めているなんて、フレイムさんはなんて恐ろしいドラゴンなのだろう! 


 可能性の化け物だ。


 だが別に変なことを言っているつもりはない。

 前世でならともかく、今世の私は一般人ではない。お貴族様である。それも公爵家と割と良いポジションにいる。


 この世界で得た十年分の知識が『恋愛結婚とか小説の中の話でしょう?』と鼻で笑っている。

 幼いながらも記憶を取り戻す前のアドリエンヌは、身分以外の点で相手に期待をしていなかった。レタス一枚で駄々をこねていたくせにこの手のことはどこか達観しているようだ。


 この年齢まで婚約者が決まらないということは、婿取り要員としてカウントされていないのだろうことにも気づいていた。


 分家から男児を養子として取り、そちらを当主として据えるのだろう、と。

 それでも一人娘ではあるためそこそこの家とは婚姻を結ぶのだろう。いくらワガママを言い続けたところで、どこかの後妻に入れられることもないだろう。そう考えていたが、アドリエンヌ自身は親が認めれば後妻だろうとなんだろうと構わなかった。


 両親が見てくれるなら、それで。

 赤の他人よりも親に愛して欲しかったのだと思う。


 将来縁を結ぶ相手に愛人がいたとしても、子どもの権利問題と遺産や家督問題など家のことだけはっきりしてくれれば良かった。


 それにアドリエンヌは前世の私同様、深く考えるのが苦手だったのだ。

 だからこそ身分という分かりやすい指標と、親の興味を引くことに固執していた。


 だが今ではそれさえもない。

 正直、断罪エンド云々に関係していない人物かつ性格によほどの難さえなければ誰でもいい。そこに生活に困らないだけのお金がプラスされればなおいいが、相手にばかりいろんなものを求めるつもりはない。


 普通でいいのだ、普通で。


「普通気にならないか?」

「え? 両家での話し合いがついているならよくないですか? 細かいことは大人が気にします。力なき小娘はGoサインを出されたら従うまでです」

「今まさに従ってないように見えるが?」

「どうせ両親だって自分の子どもが王子の婚約者になれるなんて初めから思ってないからいいんです」


 ハッと鼻で笑いながら手を左右に振る。

 文句を言うくらいだったら、このドレスをどうにかして欲しいくらいだ。

 フレイムさんを載せてもこのどぎつい色のイメージが変わることはない。

 ドラゴンよりも目がいくドレスを来ている女に心を惹かれる男がいるなら是非会ってみたいものだ。


「親不孝なやつだ」

「なんとでも言ってください」


 フレイムさんは『普通』なんてものを持ち出してくるが、変人だと認識している令嬢に向かって王子にアタックしろとそそのかす時点で彼も普通ではない。


 ただこの場所から追い出したいだけかもしれないが。

 直接言われないのを良いことに、私は彼をなで続けることにした。



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