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第二十一話 明かされる乙女ゲームシナリオ

「では本作の説明からさせていただきますね。四竜シリーズ3作目にあたる今作のテーマは執着。攻略対象者全員、強い執着を持ちます。ヒロインへの愛情に比例するように執着は強くなり、ルートによってはハッピーエンドでヒロインは死にます」

「え? 死ぬのって悪役令嬢だけじゃないんですか?」

「はい。悪役令嬢と同じくらいの頻度で死にますね。サイトやSNSはもちろん、オープニングにすらそんな情報なかったので驚いたプレイヤーは多かったと思われます。評判だった前2作とは打って変わり賛否が分かれました。まぁ残る4作目は1、2作目とは別の意味で絶賛だったんですが」

「詐欺じゃない……。私てっきり王子の幼なじみだけだと思っていたわ」

「通称ヤンデレ爆弾です。ちなみに王子の幼なじみは本作の中でも一番スタンダードなヤンデレですね。ヒロインが死ぬ確率は少ないですが、ハッピーエンドに到達しても監禁されます」

「関わらなくて良かった……」


 なるほど。この作品はドラゴンが登場する・しない以前にトモちゃん一推し作品だったという訳か。

 私のメンタルがごりごり抉られながらも深みにはまることを想定し、沼に引き込もうとしたのだろう。

 だが彼女の言葉を聞いてしみじみと思う。


 私、悪役令嬢で良かった~。

 ヒロインとか絶対我慢出来ないわ。監禁とか無理。引きこもるのは好きだけど、自由を奪われるのは嫌いなのだ。夏休みなんてほとんど家から出ないくせに、インフルエンザに罹った時の自宅待機は四日目辺りに発狂しそうになった。妙にコンビニアイスが食べたくなる病とでもいうべきか。お母さんが買ってきてくれるというと、自分で選びたいの! って切れそうになる病気。面倒くさい病もしくは駄々っ子病とも言う。なにはともあれ、自由が一番なのだ。


「今回は王子との交流がなくなっているので、この世界の彼も監禁するか分かりませんけどね。とにかく私は王子を筆頭に誰も攻略する気はありません。ただこの作品、恋愛ゲームでありながら、誰のルートに入らなくても大筋が進んでいくタイプでして、とあることを達成しなければ大陸が滅びます。それが竜の審判です。ちなみに選択肢間違えると、恋愛ルートに進んでいても構わず死にます」

「これ恋愛ゲームよね!?」

「はい! それでもほぼRPGゲームの4作目よりはマシですね。あれは乙女ゲーム史上最も男性ユーザーを取り込んだ乙女泣かせゲームとして名を馳せました」

「なにその称号……それは乙女ゲームとしてありなの!?」

「やり込み要素は半端なかったですし、スチル全回収した時と攻略対象者全員生存でクリアした時の達成感はそれはもう凄くて」

「攻略対象者って死ぬのが前提なの!? 恋愛ゲームなのに!?」

「ヒロインが冒険者設定なので、武器の選択やステータスの振り分けミスるとヒロインか攻略対象者が死にます。あと、プロローグ時点で選択ミスるとどれだけ強化してもラストステージでヒロイン含めて全滅しますし、真相エンドに入る少し前に壁画の確認怠ると攻略者と王族が生贄として食われます」

「もうなにを突っ込んでいいのやら……」



 えっと、とりあえず私は3作目に転生したことも喜ぶべき?

 ちょっと意味が分からなすぎて素直に喜べない。というかヤンデレ縛りの次は激ムズRPGって、変な記録打ち立てすぎでしょ……。開発会社どこよ……。1・2作目が大ヒットしたにしてもよく企画通ったな。採算取れているのかとやや心配になってくるわ。


「こちらのゲームは恋愛さえしなければ分岐は比較的楽ですし、反撃するための力は蓄えています。終盤でするはずの光闇竜のテイムも済ませましたし。ただフレインボルド王子の存在だけが少し厄介でして……」

「王子が?」

「あなたに強く執着しているようですから。ドラゴンのままでいいのか、人に戻ればいいのか迷いまして……間違えたら殺されそうじゃないですか~って、王子がドラゴンになれることはご存じですか?」

「はい。初対面がドラゴンの方だったので」

「ああ。だから強く執着しているのか。謎が解けてすっきりしました」

「執着はされているかもだけど、さすがに殺しはしないわよ」

「いや、あいつならする。火竜の執着を舐めてはいけない」

「え?」

「まぁ私も同意見ですかね。私は何度か死に戻っていますが、彼はあなたが存在する時のみ悪役令嬢に異常なほどの執着を見せています」

「死に、戻り?」


 初めて聞く話ばかりで頭がパニックになってくる。

 だってこの世界は乙女ゲームよね? と言いたいところだが、すでに普通の恋愛シミレーションゲームでないという話は散々された後だ。それでも上手く理解して飲み込むことは出来ずに、瞬きばかりしてしまう。ニーナさんは何と説明したらいいかと頬を掻いた。


「信じられないとは思うんですけど、私達は何度もループしているんですよ。私は転生の間で記憶の維持を選びましたが、あなたは記憶のリセットを選んだのでしょう。だから前回までの記憶がない」


 随分と突飛な発言だ。

 私には前回までの記憶なんてまるでないのに、彼女の言葉には不思議と違和感がなかった。

 ループをしてしまっている以上、前世と呼ぶのが正しいのかは分からないが、トモちゃんと過ごしたあの世界で何度かループもののアニメや漫画を読んでいたのもすんなりと受け入れられる理由の一つなのだろうか。分からない。けれど私は目の前の彼女の言葉が事実だと信じることにした。


「もしかして私達の他にも転生者がいるの?」

「いますよ。今は確か13人だったかな? この学園の誰に転生するか、クリア条件とギフトの取得個数は各々違うようですが。とはいえ、今残っている方のほとんどが記憶リセット勢のようです。どのキャラも死に方が悲惨であることが多いので、記憶を維持したまま何度もループするのは絶えられなかったのでしょう。」

「まだこの学園に転生者がいたりするの?」

「一度に出てくるのは二人までと決まっているようです。どちらかが死んだとしてもそこから他の転生者が誰かに入り込むということはないようです。あくまでスタート地点は固定されているようで。この転生のルールとして、同じ役職の転生者が同時に出てくることはないです。また協力出来るキャラが出てくるか、お互いに邪魔し合わねばならないキャラが出てくるか、はたまた全く関係のないキャラが出てくるかはランダムのようです。あなたが私と同じ世界にやってきたのは、私が幼少期に発現する癒やしの力を隠し始めてからですかね。それでも死ぬタイミングが違うからか、悪役令嬢が以前のような意地悪令嬢のこともあります。ただ、ここ数回連続して悪役令嬢が『あなた』であり、私が参加し始めてからかなりの人数が脱落しているようなので、そのうち転生者が自分だけの世界も出来るのでしょうが」

「難しいわね……」


 結構丁寧に話してくれているのだろうが、混乱に混乱が続き、そろそろショートしそうだ。

 多分私が記憶のリセットを選んだのも、設定がよく理解出来なかったからとかなのだろう。

 目を回す私にニーナさんは困ったように笑った。


「記憶リセットを選択するとクリア条件や自分が与えられたギフトすら忘れることになるらしいので、あまり難しく考えない方がいいですよ。そもそもなぜあなたがまだループを繰り返しているのか私には分かりません。もう何回分前かは分かりませんが、卒業式も普通に参加していらしたので。条件がよほど特殊なんでしょうが、言われるまでリセット勢とは気づきませんでした」

「え、本当に?」

「はい。でも前進はしていると思いますよ。前回は結婚はしていてもその指輪はありませんでしたから。私はあなたがこのゲーム攻略の鍵であると睨んでいます。ただ接触を計った過去数回は全て失敗し、途中で殺されているので話すのは初めてですが」

「殺された?」

「あなたの護衛や王子様、雇われた暗殺者に、気付かない間に背中に毒針が刺さっていたこともありましたね~」


 自分が殺されたことをまるで笑い話かのように明るく語る。

 何度ループしたのかは定かではないが、気が狂ってしまっているのだろうか。


「それ、軽く言うこと?」

 まともな人かと思ったが、ヤバい人だったり?

 目を細めて半歩ほど距離を取ると、ははっと軽く笑い飛ばされる。


「私、恐怖耐性と痛覚緩和を取っているのでVRゲームやっているような感覚なんですよ。それに記憶整理で死んで転生の間に戻る度にいる記憶といらない記憶の整理をしているし、記憶の共有でここの二人とは情報共有も行っています。来世に残すギフトの数はもうほとんどありませんが、ストレスは少ないんですよ。最短で記憶を取り戻した数日後に殺されることはありますが、大抵学園に入学してからなので、死ぬ度に年単位で巻き戻るのには飽きてきまして……そろそろ本気でクリアしたい」


 それらにどんな効果があるのかは分からないが、彼女の言葉を鵜呑みするのならば蓄積されるストレスは他よりも少なく済んでいると解釈していいのだろう。


 そこまでして記憶を残しておきたいものなのだろうか?

 忘れて一から始めれば自分がループしているということすら分からなくなる。何度も何度も繰り返しながらも自分はこの世界に転生してしまった! どうしよう? からスタートすることが出来る。ストレスはゼロとまではいかないが、それでも少なくて済むし、何より蓄積するということがなくなる。


 ただクリアへの道のりはずっと遠くなる。

 ゲーム知識があってもなくても同じところで躓いて死んでしまう可能性が高い。

 記憶がないため、リタイヤの道を選ぶことすら出来やしない。


 もう一度記憶のリセットと維持が選べると言われても、私はもう一度リセットを選ぶことだろう。


「クリアしたら何かあるの?」

「さぁ?」

「さぁ、って」

「説明を受けることも出来ましたが、ゲームに集中したいからと聞くことを断ったので知らないんです」

「不安じゃないの?」

「次の転生でも前世の記憶があるとは限りませんから。それに何度も殺されているせいか、次にどんな世界に転生しようがあまり……」

「なるほど」


 あくまで彼女にとって、この世界はゲームでしかないのだろう。

 だから何度殺されても、何度同じ地点に戻っても立ち上がって進むことが出来る。根本的に私とは感覚が違うのだ。そしておそらく、他の転生者達とも異なる価値観を持っている。だからこそ彼女はリタイヤせずにここに立ち続けている。


 私の前に彼女が現れたことは幸運か、不運か。

 そして与えられた情報のどこからどこまでが正しいのかすらも分からない。けれど彼女が私と手を組みたがっていることだけは確かだった。


「まぁそんなわけで、あなたの意見を聞くことにしたんですが。ただ今回は今まで以上にアドリエンヌ様が一人になる機会がなくて。審判前に会えて良かったです。さて、審判の内容について説明させていただきます。竜の審判はいろいろ道具を揃えてフラグを立てて~といろいろある訳ですが、あなたにお聞きしたいのは最後の二つのルートについてです。闇ルートに進めば竜の加護を失い、竜化が解ける代償として特別な力を失います。反対に光ルートに進めば竜の加護はそのままなので竜化が解けることはありません。光ルートは今まで通りですが、闇ルートは最悪国が滅びます。水・土・風の三竜からはどちらでもいいとの了承は得ています。まぁゲーム内でもそうだったので、問題は火竜。現国王には何度か殺されているので対策はバッチリですが、王子はどうにも出来ません。あの人の行動パターンが読めないんですよ」

「私が闇を選んだら、あなたは王子の手を取るの?」

「絶対嫌」

 これでもかと顔を歪め、力強い拒絶を示す。隣の二人も何かを知っているのか、あり得ないとばかりに首を横に振っている。記憶の共有云々を信じるとすれば、過去に何かあったのだろう。私には少し執着が強い以外甘えん坊な人でしかないのだが……。なぜそこまで嫌がるのだろうか? と首を捻れば、彼女は呆れたようにふうっと息を吐いた。


「私も取りませんけど、そもそもあなたがどちらを選んだところで王子があなたの側を離れることは絶対ないので安心してください」

「そんなことないわよ。だって私はドラゴンが好きなだけだもの」

「君は火竜の執着を甘くみすぎだ」

「え?」

 白と黒の混じった髪を揺らしながら、彼は私に言い切った。

 真っ直ぐにこちらを見据える目は色こそ違えどフレインボルド王子のものとよく似ているような気がする。不思議と目が離せずにじいっと見つめかえせば、ニーナさんは新しい瓶にストローを差し替える。


「彼、元火竜なので信用してもいいと思いますよ~」

「そうなんですか?」

「ああ。それで君はどちらを選ぶんだ?」

「それは……」


 フレインボルド王子が過去に元婚約者と何があったのかは分からない。

 けれどあの日の彼女の態度から察するに、彼女は竜化した王子を見てしまったのだろう。ドラゴン趣味に~と言っていたため、王子自身がドラゴンであるという事実は知らないようだが。それでもほぼ確実に、婚約解消理由は王子の竜化だ。竜化がなければ私との婚約は成されなかった訳だが、言い換えれば、それさえなければ私との婚約が結ばれなかった可能性が高い。


 彼の賢さがどのくらい竜の加護によるものなのかは分からないが、それでも彼は普通の王子様でいられるだろう。ニーナさんが彼の手を取らないと言ってくれたところで、ドラゴンにさえならなければ、彼が私と一緒にいる理由はない。テイム契約だって無効化される。


 フレインボルド王子の幸せは私と共にいることなのだろうか?

 竜化から解放されてしまえば、私なんて不要になるのではなかろうか。何度考え直しても、私はその問いから先に進むことは出来ない。


 幸せになれる自信はある。

 けれど彼を幸せに出来る自信もなければ、他人と幸せになる彼を祝福出来る自信もない。


「ごめんなさい。私には選べないわ」

 深々と頭を下げれば、ニーナさんは困ったように視線を彷徨わせた。


「審判は一ヶ月後の満月の夜です」

「……」

「もしもそれまでにどちらにするか決まったら、この場所に来てください。この石を砕けば転移出来る仕組みになっているので」

「いいの?」

 彼女は首から提げたネックレスを私に握らせた。

 私の手を包む彼女の両手は温かく、そして力強かった。


「私が選ぶよりもクリア出来る確率が高いと判断しました。……それにダメだったらまた一から始めればいいだけなので」


 口ではそう言いつつも、揺らぐ瞳はもう死にたくはないのだと訴えていた。


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