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第二十話 ライバル登場?

「お二人は本当に仲がよろしくて羨ましいですわ」

「私の隣にアドリエンヌがいて当然のように、彼女の隣は私しかあり得ない」

「まるで引き寄せられる運命のようですのね」

「ああ。まさしく私達は運命によって引き寄せられた夫婦なのです」


 フレインボルド王子は私の腰を抱きながら、今日も今日とて仲の良い夫婦アピールを開始する。

 結婚前はビジネスパートナーと割り切り、結婚してからも私への執着の現れだと思っていたし、納得をしていた。けれどヒロインの存在を自覚してしまうと、本当に自分がこの場所に居続けて良いのか疑問に思うようになった。いや、私が怯えているのはきっとヒロインだけではない。彼女が竜の審判で闇を選んだのなら、私がこの場所にいる価値を失うこととなるだろう。竜化が解ければおそらくこの指輪の効力も……。来賓に笑みを向けながら、今この瞬間、左手に輝く指輪から輝きが消え去るかもしれないと怯えている。


 こんなに愛情を向けてもらいながらも、私は捨てられることを恐れている。

 だって私はただのドラゴン好きでしかない。竜化が解けてしまえば固執される理由がない。


 自分の令嬢としての価値がさほど高くないことくらい自覚しているのだ。

 いっそ子どもでも生まれれば……なんて馬鹿みたいなことを考えて視線を落とした時だった。


「フレインボルド王子、お元気そうで何よりですわ」

「イリア……」

「王子?」

「ああ、アドリエンヌ。紹介しよう。彼女はイリア=ギルドバーグ。私の幼なじみだ」

「初めまして、アドリエンヌ様。私、フレインボルド王子の幼なじみで、以前は彼の婚約者でしたの」

「婚約、者?」


 目を丸く見開きながら、真っ先に浮かんだ感情は焦りだった。今まで不在だったはずの彼女がなぜ今さら出てきたのか。少し前だったらどうでもいいと流せただろうに、なぜ私が思いを自覚した後に……。小さく唇を噛めば、イリアと名乗った少女は心底嬉しそうに笑った。


「少し事情がありまして婚約を解消させて頂き、社交界からも遠ざかっていたのですが、フレインボルド王子がご結婚なさったと聞いて久しぶりに参加させて頂きましたの」

「今さら、何の用だ」

「本当は遠くから見守らせて頂くだけの予定だったのですが、指輪を見て、気が変わりましたの。私も少しくらい我慢すれば良かったなって」

「我慢?」


 眉間に皺を寄せれば、彼女はふふっと声を漏らしてから私の耳元でこっそりと呟いた。


「王子のドラゴン趣味。あなたはそれで受け入れられたのでしょう? 少し我慢して王子妃の座が手に入るなら安いものですものね」

「っ!」


 我慢ですって?

 自分のドラゴンへの、フレイムさんへの愛情が馬鹿にされたことに怒りが湧き上がる。

 けれど何より、私達を強く結ぶ指輪を馬鹿にされたことが許せなかった。

 ここが社交の場でさえなければ襟元をグッと掴んで馬鹿にするなと怒りを爆発させてしまいたい。けれどこの場には沢山の貴族達がいる。声を荒げることすら許されない。今はたまたま近くに人がまばらなだけだ。どこで人が耳をそばだてているか分かりはしない。グッと感情を腹の中にしまい込めば、彼女はそれすらも楽しそうに目尻を下げた。


「あら怖い。そんなに睨まないでくださいませ。それでは私はこれで、失礼させて頂きますわ」

 口元を手で覆いつつ、私の心をかき乱すだけかき乱して金色の髪を揺らしながら去って行く。おそらく深紅のドレスでやってきたのも宣戦布告の意味があったのだろう。


 気をつけるべきはヒロインだけではないらしい。

 会場を後にする王子の元婚約者を目で追い続ければ、王子はこっそりと私に耳打ちをした。


「アドリエンヌ、何を言われたんだ?」

「別に。王子がお気になさるようなことではありませんわ」

「だが」

「お気になさらず」


 何か言いたそうな王子を強く突き放し、手のひらに爪を立てた。


 いつまた来るか分からない元婚約者と、どこにいるのかも分からないヒロインの登場に怯えて一週間。

 ついに私は立ち上がった。


「ヒロインを探そう!」

 元婚約者はともかくとして、ヒロインへの恐怖はいつ来るか分からないからという面が強い。

 まだ姿は愚か、性格すら捉えられていないというのも大きい。ならばこっちから見つけて必要とあらば話し合いをすればいい。


 この考えに辿り着くと一気に恐怖が霧散した。

 いやぁ本当に私は考えることに向いていない。元婚約者の嬉しくない登場は、ある意味私を前向きにさせてくれた。


 一人で悶々と悩むから暗くなるのだ。遊園地のお化け屋敷も入って少しした辺りが一番怖いみたいな。途中で止まったら負けだ。私はびびりだが、お屋敷のピーク部分はあまり怖くないのだ。キャーキャー叫びつつも、一周回って楽しさの方が勝る。


 だから私は自分から進むことにした。

 まだどうにか出来るところがあるのならば、そちらからどうにかしよう、と!


 王子が加護持ちとの会議とやらで一日留守にする機会があって良かった。

 夜会でのこともあり、王子はギリギリまで私を連れて行こうとした。私もヒロインよりドラゴンの方が……と心が揺らぎかかった。それはもうぐわんぐわんと揺れに揺れ、お泊まりの準備も整えてしまったほど。けれど昨晩やっと私を連れて行くよりも学園に一人で行かせた方が安心という結論に至ったらしい。


 残りの水竜と風竜にも会ってみたかった! とハンカチに歯を立てながら見送りつつ、私は私の役目を果たすことにした。


 学園に来たのに、速攻で屋上に上ってサボタージュを決め込む。

 そこで家から持ってきたオペラグラスを装着しながら午前中、ヒロインもとい桃色の頭髪少女捜しに励んだのだが一向に見当たらない。


「やっぱり普通科にはいない、か」

 かれこれ入学してから半年ほど経つが、桃色の髪は一度たりとも見たことがなかった。そして今日、ヒロインが普通科にいないという確信に変わる。だがそれはあくまで普通科に見当たらないということでしかない。だが彼女がいなければ『竜の審判』とやらが行われないこととなる。他のコースか、学園外にいなければならない。


「午後からは場所を変えて専門コースの方を確認するか……」

「アドリエンヌ嬢、どなたをお探しで?」

「実は巫女様を」

「それって私のことかしら?」

「え?」


 振り向くと、見覚えのない少女が胸に手を置きながらにこりと微笑んでいた。

 割烹着のような服を着込んだ彼女は薬科の専門コースに在籍している生徒だろうか。

 結構目立っている自覚はあるので名前を知られていたことに驚きはない。だが巫女の名を騙るとはいただけない。

 ヒロインの髪色は桃色で、肩の辺りで切りそろえられたショートカット。一方で目の前の少女は茶色の髪を三つ編みにし、一本にまとめたそれを左肩から下げるように垂らしている。瞳の色は同じ、透き通った緑だし、よおく見れば顔付きが似ていないこともない。けれど乙女ゲームのヒロインが深く切りすぎた爪を薬草色で染めているはずがないし、ましてや黄色がかった何かをパンパンに詰め込んだ瓶を左右のポケットに入れているとは思えない。おそらく瓶の中身はマヨネーズ。だがなぜマヨネーズを持ち歩いているのかは不明である。


「いえ。私が探しているのは別の方ですわ」

 なんかヤバい人に声をかけられてしまった……。

 オペラグラスを胸元に抱えるようにしてその場を立ち去ろうとすれば、彼女はぼそりと呟いた。


「ニーナ=シンドラー」

 その名前に思わず足を止め、振り返ってしまう。

 割烹着姿の彼女も遅れてこちらへと顔を見せた。ふわりと裾を揺らした彼女の笑みが見えたと同時に背景が変わった。


「なっ」

「いきなりでごめんなさい。でも、どうしても悪役令嬢であるあなたにご相談しておきたいことがありまして」

「ここはどこ? さっきまで私、確かに屋上にいたはずじゃ……」


 辺りを見渡せば、女神像やステンドグラス、大きめの鐘とベンチと目に入るものはどれも教会にありそうなものばかり。先ほどまで裏庭にいたはずの生徒が消えたどころか、景色すら違う。


「え? 転生者、ですよね?」

「そうだけど……」

「もしかしてゲーム未プレイ勢?」

「えっとプロローグまで」


 それってこの場所と何か関係があるの?

 訳も分からずに首を傾げれば、ああ~えっとすみませんと申し訳なさそうに頭を下げた。


「ここに来れば大体分かってもらえるものかと思ってお連れしたんですが、それだとこの状況どころか審判の内容やヒロインと悪役令嬢の役目もわかりませんよね。順序が逆になっちゃいましたが、初めから説明させて頂きますね。とりあえずマヨネーズでも」

「お気遣いなく……」

「ニーナ、とりあえずでマヨネーズを出すなと何度言ったら分かるんだ! アドリエンヌ嬢、紅茶を用意した。砂糖とレモン、ミルクは好きなだけ入れるといい」

「あ、ありがとうございます」

 どこからかやってきた、同年代と思われる男の子は私の前に紅茶を置いた。私達の他に人居たんだ。というか、ついさっきまで目の前に机なんてなかったよね? 一体何が起きたの? 他にも変化があるのだろうか。きょろきょろと辺りを見回せば、紅茶を用意してくれた男の子とは別の、長身の男性が柱の一つに寄りかかっていた。首元までの髪は白く、肩から腰までの髪は黒い。途中はグラデーションのように色が変わっている。どうやって染めたんだろう? じいっと見れば、男はふうっと息を吐きながらこちらへと近寄ってくる。


「安心しろ。それは普通の紅茶だ」

「マヨネーズだって美味しいのに……」

 呟きながらポケットの中に入った瓶の蓋を取り、太めのストローを差した。

 ズズズと音を立てながら吸い込む姿は一見するとタピオカでも飲んでいるよう。あの黒いストローの中を通過しているのがマヨネーズだと思うと見ていて胃もたれしてしまいそうだ。視線を逸らせば、他の二人は「美味くても飲むもんじゃないだろ……」と顔を歪めていた。まるで飲んだことがあるような反応だ。


「まぁいいか。それより王子がいない今日のうちに話をまとめなきゃ」

「王子がいないうちに?」


 王子がいない時を狙ってやってきたというのか。

 何を企んでいるの?

 警戒心を高め、身を固めれば彼女はマヨネーズをずごずごと吸いながら呟いた。


「ヤンデレに睨まれることほど怖いことはないですから……。せっかくここまで進んだのにまた初めからとか冗談じゃない」

「ヤンデレ? それに初めからって何?」

「あ、記憶リセット勢でしたか……。それは一旦置いておくにしても、もしかしてアドリエンヌ様はこのゲームがなんて呼ばれているか知らなかったりしますか?」


 記憶リセット勢? そんなのいるの?

 分からないことだらけだが、とりあえず教えてくれるものから聞いていくことにしよう。


「ごめんなさい。友達に借りたもので……」

 包み隠さず答えれば、ニーナさんはなるほどなるほどとコクコクと頭を前後させた。


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