第十七話 透明人間ではありません
「悪かったな」
「いえ。送ってくださり、ありがとうございました」
屋敷の前まで送ってもらい、ぺこりと頭を下げる。誘拐まがいのことをされてお礼を言うなんて変な話だが、相手は王子だ。今後国際問題に発展しても困るし、一応。屋敷に背中を向け、それでは、と彼の馬車を見送ろうとする。けれど後ろから怒鳴り声が聞こえてくる。聞き慣れた声に思わず勢いよく振り向いてしまう。
「アドリエンヌはどこだ!」
「お、王子落ち着いてください」
「あいつはどこに行ったんだ! 誰と会っている!」
「それは……」
「男だろう! 相手ごと連れてこい!」
どんどん声が近くなる。
今日会うはずだった彼がこちらへ来る前にとりあえずアーサーさんを隠さねば!
だが隠すといっても開けた場所では馬車の中に隠すくらいしかない。バッと振り返り、急いでアーサーさんの背中を押す。
「アーサーさん、早く馬車を出して!」
間に合うかは正直微妙なところだが、本人がいなければどうとでもなる。最悪、賊に襲われていたところをたまたま通りがかった優しい方に救われたとか即興で話を作れば良い。ぐっぐっと押し込もうとするが、私の細腕ではびくともしない。当の本人に動く気配がまるでないのだ。騎士というだけあって足腰がしっかりと鍛えられているようだ。だが空気を読む力も鍛えて欲しいところだ。「早く」と小声で告げる。けれど彼は平然とした表情で馬車とは逆方向へと足を進めていく。なぜか私の手を引いて。
「いや、会っていく」
「でも……」
「早めに訳を説明しなければ。俺もまさかここまでとは思わなかったんだ」
「え?」
離して~と手を揺らしてみたものの、解放されることはない。けれど私の歩幅に合わせてくれる。変なところで気を回す男だ。もうどうとでもなれ! 頬を膨らましながら、視線を下げれば、王子は私達を視界に捉えたらしい。前方から地面を蹴る音が聞こえる。
「アドリエンヌ! ……と、アーサー?」
「久しぶりだな、フレインボルド。ちょっとお前の婚約者借りてた」
「借りてた?」
「良い子だな、彼女」
「まさかお前アドリエンヌにあの姿を見せたのか!?」
フレインボルド王子はアーサーさんに詰めよった。怒っているというよりも焦っているようだ。答えろと首元を掴んで揺らす彼は何かに怯えているようにも見える。
それにしてもあの姿ってなんだろう?
フレインボルド王子がここまで焦るとは、一体どんなにヤバい形態をお持ちなのだろうか。人の婚約者のことを化け物呼ばわりしておいて、まさかこの人も……?
ドラゴンに変化出来る人間がいるくらいだから、他の魔物になれる人間がいても驚かない。いきなり襲いかかられたら驚くけど、そこは人としての理性が備わっていることを願うばかりだ。
「見せていないが……」
「そうか、良かった」
「って、お前こそこの子にあの姿見せたのか?!」
ホッと胸をなで下ろすフレインボルド王子。けれど今度はアーサーさんが焦り出す。
アーサーさんが言っているのは多分、ドラゴンの姿のことだろう。もしかしてあの超絶可愛いドラゴンさんを化け物呼ばわりしてたの?
ギロリと睨みを効かせれば「ひっ」と小さな声を上げて身を震わせた、かと思えば私の目の前から姿を消した。
「え?」
人が、消えた?
一体何が起きたのか分からず瞬きを繰り返す。
ファンタジー世界って透明人間もありなの? しかも服ごと消えるとか万能すぎない? なんて考えていれば、王子の手元に丸い塊が抱えられているのを発見した。王子のジャケットで何かが包まれていると理解するまで数秒かかった。おそらく服の中に姿を変えたアーサーさんがいるのだろう。
「アドリエンヌ、このまま城に行く」
「使用人に伝えて来ます」
「分かった。詳しいことは馬車の中で話す」
私の誘拐に続き王子の来訪と騒ぎになっていたプレジッド屋敷に戻り、一番初めに見つけた使用人に父への伝言を頼んだ。
馬車の前に現れた相手は王子の知り合いであったこと。そして今からその人も含め、王子と三人で城に向かうこと。
隣国の王子様なんて伝えても面倒なので、王子にサプライズをするために私の前に現れたということにしておいた。帰ってきたら詳しく話を聞かれるだろうが、今は何かに姿を変えたアーサーさんが優先だ。
まだ事情を理解出来ていない使用人の制止を無視し、私は「いってきます」と屋敷を後にする。
馬車へ乗り込めば、すぐに発進する。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、王子はようやく腕の中の物を見せてくれた。
「この子がアーサーさん……」
「お、驚かないんだな」
なぜかビクビクと身体を震わせる彼は、茶色のドラゴンになっていた。ドラゴンといってもフレイムさんとは異なり、うろこの部分にはふんわりとした毛が生えている。なんというか羽根の生えたモグラもしくはキウイっぽい。
「驚きよりも可愛さと感動が強いです」
「アーサーは俺と同じドラゴンなんだ。ただ種類は火竜じゃなくて土竜だが」
「土竜……」
だからモグラっぽいのか。見ただけで分かるもふもふ感。スタンダードなドラゴンのフレイムさんもいいけど、もふもふドラゴンさんもなかなか……。思わず伸びてしまいそうな腕を必死で抑えつける。
「撫でるなよ?」
「撫でるなら了承を得てからにします!」
「ダメだ」
「なんで!?」
「俺以外のドラゴンを撫でるのは禁止だ」
「む~。フレイムさんって案外焼きもち焼きですか?」
「今知ったのか。そうだ。俺は心が狭いんだ」
ふんっと顔を背ける姿は人型なのに、なぜか胸がきゅんと高鳴る。ヤバい、可愛い。
「あの、我慢するので後でドラゴン姿で同じ台詞言ってください」
人型でもこれだけの破壊力を持っているということは、ドラゴン姿で言われたら最後、尊さで心臓が止まるかもしれない。だがドラゴン好きとしては望まずには居られない! 額を膝にゴチンとぶつけて頼み込む。本当は土下座でもしたいところだが、スペースの関係上叶わぬこと。ここが馬車でなければと悔やむばかりだ。
「分かった。だがその代わりに他の男の元に行くのは諦めるんだな!」
「他の男? そんなのいませんよ?」
「は?」
「私はフレイムさん一筋ですので!」
この一途なまでの愛を疑われるなんて!!
もしかして私の愛情表現が足りなかった?
ささみのサンドイッチで満足せず、ひよこからの飼育を始めるなり、丸鳥のローストを献上すべきだったか。唇を噛みながら過去の行いを反省する。そこからすぐさま父になんとねだろうかとそれらしい理由を考え始める。けれどどうやら王子の勘違いの理由は他にあるらしい。
「じゃあなんで最近気になる女のことばかり聞いてくるんだ。俺にはアドリエンヌしかいないと何度も言っているのに」
「ヤバい。めっちゃ尊い……」
プンプンと頬を膨らませるフレインボルド王子。
子どもらしい一面に思わず私の心のカメラが起動する。これは脳内アルバムどころかスチル会館に保存すべき絵だ。カシャカシャカシャと忙しなく脳内効果音を立てながら、膝上のもふもふドラゴンさんとセットの最高の一枚を求めて連写する。
「聞いているのか?」
「え、あ、はい。って、もしかして最近妙に機嫌が悪かったのはそのせいですか?」
「怪しいと思って探らせているのになかなか見つからないどころか、ほとんど家から出ないんだ。一体何をしているかも分からず……焦りもするだろう」
「普通に聞いてくれれば良かったのに」
確かにこの一年ほど私は最低限の外出しかしていない。
一応お茶会には出席しているけれど、それ以外は王子に会いに行くくらいだろうか。
前世でもあまり外に出て遊ぶタイプではなかったため、言われるまで気にしたことはなかった。だが王子にとっては結構重要なことだったらしい。わかりやすいほどに顔を歪めた。
けれど近況を聞き出す機会なんてそれこそ沢山あった。
別に他人に聞かれて困ることをしている訳でもない。ただ久々に会って話す話題として適していないと思ったから話さなかっただけ。うとうととした彼に私がダラダラ過ごすだけの話など聞かせたところで、眠りを妨げるだけだ。何の面白みすらない。
「他に男がいるのかなんて聞けるか! ただでさえ、無理にこぎ着けた婚約だ。好きな男が出来たらこちらが弱いに決まっている。それに……アドリエンヌがドラゴンの姿にしか興味がないから」
「権力で迫ってきたとは思えないほどの弱気ですね」
私に好きな男が出来た所で、王子との婚約解消が出来る訳がないだろう。
そんなことくらいフレインボルド王子本人がよく知っていそうな気がするのだが、今になって私に居なくなられると困る理由でも出来たのだろうか。ただでさえ王子は私にいろいろと隠し事をした上で、婚約を結んでいる。先ほどアーサーさんが言っていた『前の婚約者との婚約解消理由』もその一つだ。まぁ今さら踏み込もうとは思わないが。




