第十四話 私達の色
ガタゴトと揺れる馬車の中。
せっかく二人きりだというのに、どこから見られるか分からないからという理由でドラゴン姿にはなってもらえず、私は外を眺めて過ごす。
けれど今回の目的地は少し遠く、早々に暇になった私は隣で私を観察する王子様にとある疑問を投げかけた。
「フレインボルド王子」
「なんだ?」
「私はいつまで真っ赤なドレスを着続ければいいんですか? そろそろ屋敷の中でくらいは地味な色の服を着たいんですけど」
「死ぬまで着るんだ。いずれ慣れる」
「確定なんですね」
「ああ」
フレインボルド王子の目からは少し前の両親と似たような何かを感じる。
あのピンクに固執していた両親と。
だがどちらも私の地味な色のドレスが着たいという意思はガン無視だ。
この色には何かしらの意味があるのだろう。
死ぬまでというと最短でシナリオ開始直後か。
ぶしゃあと吹き出す鮮血が目立たなくて、ヒロインの視覚に優しそうだわ~。
窓の外を眺めれば、私の視覚に優しい緑が広がっている。
今日でフレインボルド王子の婚約者として彼と一緒にお茶会に参加するのも何度目か。少なくとも両手の指では数えられない回数となっていた。婚約発表後、全ての社交に赤いドレスを身につけていったため、すでに赤は私と王子の色として認識されており、他のご令嬢達と色が被ることはない。なんなら婚約者の瞳や髪の色をドレスやアクセサリーの一部に取り込むことがブームになりつつある。
私は好んで取り入れているわけではなく、毎回毎回ご丁寧にドレスもアクセサリーも王子が用意してくれているので仕方なく身につけているのだが。
それにしても真っ赤なドレスに真っ赤な靴、金髪のツインドリルとはなんとも悪役らしい風貌だ。ここに真っ赤な扇子でも加わったら完璧である。
馬車で揺られている間にも私は着実に悪役令嬢として成長しているのかもしれない。
「はぁ……」
小さくため息を吐けば、肩を抱き寄せられる。
今日も今日とて向かいの座席は空席だ。当たり前のように隣に腰を降ろし、布が触れるほど近い。もうこの妙に近い距離にも慣れつつある。私は自分が思っていた以上に適応力の高いタイプであったらしい。
こんなんだからお茶会の度にご令嬢達の期待の眼差しが強くなるのだ。
理解していても私にはこの甘えたがりで押しが強い王子様をどうにかすることは出来ない。
「明日はアドリエンヌの好きなお菓子と紅茶を用意して、一日二人でゆっくりしような」
「フレイムさんの方でお願いします」
「わかった」
「約束ですよ」
「ああ。手袋、用意しておいてくれ」
「もちろんです」
フレインボルド王子は定期的にご褒美のフレイムさんとのふれあいタイムを用意してくれるのだから。
飴と鞭を理解し、使い分けている。
まるで私専門の調教師のよう。
今日も今日とて上手く懐柔された私は、彼のエスコートでお茶会会場へと踏み出す。
回を増す事に見守り隊特有の目をしたご令嬢&ご令息が増えていくが気にしたら負けだ。
私は所詮、当て馬役。
一時的に祭り上げられている? だけの期間限定の婚約者ーーのはず。
悪役令嬢ってそんなポジションであってるよね?
字面とトモちゃんから教えて貰った情報としては間違っていないはずなんだけど、周りの反応がなんか違うことくらい分かるわけで。なんだかな~と思いながら、ビジネスライク? なウィンウィンな関係を続けている。
「フレイムさん、あ~ん」
「あ~」
膝に乗せたフレイムさんのお口にサンドイッチを運ぶ。
具はささみ。フレイムさんのお気に入りだ。ちなみに私の得意料理でもある。湯がいて、塩コショウは軽く振ってパンに挟むだけだが。
休日は専ら王子の自室でフレイムさんと戯れる。
使用人の出入りする時間は私が入室する時と退出する時の二度と決まっており、それ以外は部屋に近寄らないように指示を出してある。お昼は毎回私が持参したサンドイッチ。ささみの他にもたまごやBLTサンド、トマトなど具材はその時によって様々だ。お菓子とお茶は初めの入室の時点でカートに乗せて運びこんである。
万が一、初めに用意されたお茶が足りなければ、私が外に出て使用人に用意してもらう。外で待機していると気を使わせてしまうので、トイレに行って時間でも潰している。そしてニューカートと共に、フレイムさんがくつろぐ部屋に戻るのだ。
もちろんこれらは、フレイムさんのドラゴン姿を見た使用人達が騒ぎ出さないように配慮した結果である。
婚約者になってからしばらくして知ったのだが、フレインボルド王子がドラゴン姿になれるということは城の中でもごくごく一部の秘密なんだとか。婚約発表の日にドラゴン姿にならなかったのは、私の父に見られることを恐れて、という理由だけではなかったらしい。
なぜそんなトップシークレットな姿を私に見せてくれたのかと問えば、彼はいつだってだんまりを決め込んだ。
だから私は何かしらの策略に利用されているのではないか? という考えがなかなか抜けずにいる。
まぁシナリオが始まる前に気が抜けて、そのまま死亡ルートへGO! よりは全然マシなんだけどね。
「食べたら眠くなってきた」
「昨日は帰りが結構遅かったですもんね。寝てて良いですよ」
「だが来月からは頻繁に会えなくなる……」
私達が婚約を結んでから約三年。
半年前に15歳になった王子は来月から王立学園に通うこととなる。
二歳年下の私は学園に入学するのも、夜会の仲間入りをするのもまだ先だ。
いくら婚約者とはいえ、年の差はどうにもならない。
平日は学園に通う義務があるし、週末だって夜会や学園の行事と今までのように気軽に会うことは難しくなるだろう。
だからこそこの時間を大切にしたいというフレイムさんの気持ちはよく分かる。
だがうつらうつらとしたフレイムさんを無理矢理起こしておくなんて可哀想なことは私には出来ないのだ。疲れていると分かっているからなおのこと。
「本も用意してありますし、私は本を読んだりフレイムさんを勝手に撫でたりして過ごすので。起きたらまたおしゃべりしましょう?」
「ん」
手を軽く拭いてから手袋を装着する。
頭を撫でれば、フレイムさんの目は少しずつ閉じていった。
日も暮れて帰宅した後、自室のベッドに寝転びながら思考を巡らせる。
王子が学園に入学するということは確実にシナリオ開始のタイミングが迫っているということ。
「シナリオ開始はヒロインの入学式。王子の学年だけでも分かればタイミングがもっと正確に分かるんだろうけど……」
残念ながらプロローグ段階で王子様の学年は明かされていない。
入学生代表の挨拶が飛ばされており、式の後に王子との接触イベントが発生していたことから来年以降の可能性が高い、と思う。断定出来ないのは情報量が足りないから。また情報の足りなさでいうと、悪役令嬢の年齢もそうだ。規定の制服でもドレスでもいいなんてゆる~い校則のせいで、悪役令嬢が入学済みかどうかの判断すら効かない。
「改めて考えてみても、やっぱり知識がガバガバすぎるのよね~」
人型の方とはビジネスライクを貫こうと思っていた私だが、三年も接していれば少しは情がわく。あちらさんがどう思っているかは分からないけれど……それでもあの妙に近い距離にも慣れてしまっている。
ばっちこい! なんて受けの姿勢を続けていないで、こちらから婚約解消を持ち出すべきなんだろうか?
出来ることなら円満解消した方が王子サイドにも傷が付かずにすむ。
いっそ私が何かやらかして修道院でも入った方がいいのかな?
でもそんなことしたらドラゴンの背中に乗るという夢も叶う確率がグンと減る。
「みんなハッピーで終われるなんか良い方法ないのかな~」
呟いてゴロゴロと転がるが、良い案など浮かぶことはなかった。
代わりにやってきた睡魔は私を包み込み、そのまま眠りの世界へと誘っていった。




