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第十二話 当て馬令嬢らしくビジネスライクに?

 翌朝、父と共に城へと向かった。

 婚約と今後について話し合う父は客間へ通され、私はフレインボルド王子の自室へと通された。


「よく来たな、アドリエンヌ」

「テイム解除は出来ないんでしょうか?」

 挨拶もせず、すぐに本題を切り出す。

 けれどフレインボルド王子はそれを咎めもせず、平然と問いに答えてくれる。


「契約時同様両者の合意が必要だ。そして俺はそれを呑むつもりはない」

 私だってそんな人間ばかりに都合の良いシステムだとは思っていない。それに裏事情がなんであれ、すぐに契約を解除するはずがないことも頭では理解している。でも全くもってフェアじゃない。そりゃあ私も悪役令嬢が~とかその手の事情を話すつもりはないけれど。

 それは私自身もよく分かっていない不確かな情報だし、何より言った所で信じてもらえるはずがないから。

 むうっと頬を膨らませてはみたものの、もしもフレイムさんが実は人間なんだと言った所ですぐに信じることは出来なかっただろう。ドラゴンジョークなんですか? と切り返して笑っていたかもしれない。


 お互い様なの?  隠し事のある者同士仲良くやるべきなの!?

 だが解除が出来ないにしても、事情くらいは知っておきたいものだ。


「……なぜフレインボルド王子は私と契約しようと思ったんですか?」

「俺が契約をしたかったから。ただそれだけだ」

「ちっ」


 あくまで詳しい場所には足を踏み入れさせない、と。

 やっぱりハメられたパターンだ。

 私が思い描いていた道順とは異なるとはいえ、結果として当て馬レースを勝ち抜いたことには変わりないらしい。


「王子様だって知っていたら近づかな……いなんてことは無理でも、適度な距離を置いてウォッチングにシフト……出来ていたとも限らない。くそっ、フレイムさんが魅力的すぎる!! 時間が巻き戻った所であんなに可愛い&格好いい詐欺師なら喜んで首を差し出すわ!」


 後悔しながら頭を抱える私だが、欲望に嘘は付けない。

 こればかりは私の性だ。転生を自覚したばかりの私が持っていたのは憧れだけ。だが実際触れあって、フレイムさんの魅力を知ってしまったのだ。


 呆れつつも撫でさせてくれるところとか、たまにほっぺを擦り寄せてくれるところとか。お腹を撫でさせて欲しいと土下座をすれば、渋々お腹を見せてくれる優しささえ持ち合わせている。深入りするなという方が無理だ。


 何度繰り返しても私はきっと地面に額を擦り付けることだろう。


 恥?

 そんなもの持ち合わせていない。誰かに見られたらそちらを排除すればいいだけだ。いつの世も尊い犠牲というものは存在するのだから。


「……アドリエンヌってやっぱり変わってるよな」

「ドラゴンの姿でだましていた人には言われたくないです!」

「騙していた、か……」

 フレインボルド王子は悲しそうに視線を落とす。

 だけど『騙す』『ハメる』以外のコマンドなんてないでしょう?

 私以外に利点がないのはもちろんのこと、家自体も公爵家とはいえそこまで歴史のある家でもない。つまり私が知らない分野での価値を見込まれたということ。後々利用するための当て馬要因以外にどんな理由があるというのだろうか。


 だが私だって利用されっぱなしになるつもりはない。

 いくら当て馬役に就任したとはいえ、自分の欲のために目の前の王子様を存分に利用するつもりだ。


「それで、一日何時間までドラゴンの姿でいられるんですか? これから会う時は人型でとか言いませんよね?」

「人型は日によって安定しない日もあるが、ドラゴンの姿に時間制限はない」

「あ、人型の方が辛いんですね。なら今すぐドラゴンの姿になっていただいて!」

「今は問題ない」

「ちっ」

「舌打ちをするな。全くお前というやつは……。もっと大事なことがあるだろう?」

「ないです。王子の婚約者になっちゃったことは諦めます。騒いでも仕方がないので。だから最重要であるフレイムさんとの時間確保を要求します!」

 フレイムさんは私にとって今世を捧げてもいいと思える相手。生涯一緒と約束してくれた、いわば伴侶のようなものだ。フレイムさんと共にあるために、余計なおまけがついてきてしまったと考えれば我慢出来ないこともない。

 フレイムさんはまだ幼体だ。成体になればあんなことやこんなことが出来るようになるだろう。牛一頭献上出来る日を想像すれば思わず頬が緩んでしまう。


「俺もフレイムなんだが……」

「私の中でのフレイムさんはドラゴンです。あなたはフレインボルド王子でしょう? 仕方ないので婚約者役はやりますけど、婚約解消および婚約破棄はいつでもお待ちしております。お気軽にどうぞ。あ、もちろんフレイムさんとの交流は続けていく方向で!」

 当て馬になってしまったのはもう認めるにしても、悪役令嬢なんて役をさっさと辞めて、生存ルートが確立出来るに越したことはない。


 長く生きれば生きるほど、フレイムさんと共に過ごせる時間が増える!


 仕事はするけど、さっさと退場してくれと良い笑顔で婚約破棄を勧める。けれど当の王子はハッと鼻で笑うだけ。


「婚約解消などするつもりはないから安心しろ」

「安心と言いましても、私以上に顔も気立ても性格も良い女性は沢山いるわけで」

「だがドラゴンにもなれる俺を好きになってくれる令嬢などお前以外にいるはずがない」


 は? フレイムさんの魅力を過小評価しすぎじゃない?

 あの可愛さ、国宝級でしょ! むしろ婚約者なんて滅相もない。下僕にさせてくださいと頭を下げるべき存在だーーなんて今重要なのはそこではない。


「私が好きなのは、ドラゴンにもなれる王子様ではなく、ドラゴンのフレイムさんです!」


 私が好きなのはフレイムさん。

 世界で一番可愛らしい真っ赤なドラゴン。

 死んだ魚の目がデフォルトの脱走王子なんかではないのだ。


 そこの所を間違えないで欲しい、と強く主張する。

 けれど王子にはまるで通用しなかった。


「そうだな。お前は王子なんて立場がなくとも俺を好きになってくれる」

「俺って……。その言い方だと誤解を招きそうなんで止めてもらえます? 私、人型の方とはビジネスライクの関係を築くつもりなので」

「ドラゴンの方とは?」

「一生涯寄り添わせて頂く所存であります!」

 この状況下でも解除を許してもらえず、婚約者になることを回避出来ないのであれば、今後私側から解除することはないだろう。

 あのとき契約をしなければ良かったと思うほどに厚かましく寄りそわせてもらうつもりだ。

 手始めに毎日のブラッシングとかなでなでタイムを……と両手をすり合わせれば、呆れたような目に変わる。声は人型の方が少し高いのに、目はそっくりなんだよな~。


 ドラゴンっぽさを感じる鋭くも優しい瞳だ。


「……お前は私の婚約者で、将来は妻となるのだ」

「お世話役とか忠実な下僕とかでも一向に構わないのですが」

「下僕なんかにしてやるものか。アドリエンヌは俺の使役者兼婚約者だ。これからよろしく頼む」


 なんで私なんだろう?

 上手く操りやすそうだったからかな?

 若干なでなでを我慢すれば、物や愛情を与える必要もないし……。


 でも本当にそれだけだろうか。

 他にもっと適任なご令嬢が会場にいたのではないか?

 首を捻ったところで、疑問は解消されぬまま。

 裏の事情を教えてもらうことすら出来ぬ私は、差し出されたフレインボルド王子の手を取る。


「出来れば、フレイムさんとだけよろしくしたかった……」

 もちろんもっと言いたいことはある。

 けれど彼は呆れたように笑って、人型からドラゴンへと姿を変える。そのまま羽根をパタパタと動かし、少し離れたソファの上に着地すると、お腹を天井へと向けた。


「ほら、撫でて良いぞ」

 上手く懐柔されている自覚はある。

 けれど最高に可愛い生き物が足をもだもだと動かして撫でられ待ちをしている状況で、理性を保てというのが無理な話だ。


「失礼します!!」

 最敬礼を披露し、スッと流れるような足裁きでソファへ移動する。

 今日のところは今後のことなど忘れて、手袋を装着。

 そして顔をゆるっゆるにしながら、ここぞとばかりに撫でさせて頂くのだった。


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