第九話 王子様からのお手紙
あの日以降、お茶会は毎週開催されるようになった。
次の婚約者を決めかねているのか、なかなか決まらない上、招待されるご令嬢の数が減るということもない。
だがいくら王家主催とはいえ、遠方のご令嬢方は長期の王都滞在が難しいようで、回を増すごとに参加者は少しずつ数を減らしていた。
この会場限定とはいえ、お菓子とお茶情報を共有し友好な関係を築いていた彼女達も気付けば姿を消していた。
何度目かのお茶会でそろそろ畑が~とぼやいていたので、仕方のないことなのだろう。
まさか彼女達も、その両親もここまでお茶会が長期化するとは想像もしていなかったに違いない。
下手に良いところのお茶会なので、短いスパンで開催されるとはいえドレスの被りは許されない。毎回新しいものを用意して、馬車を走らせ、必要ならば王都に宿も取らねばならない。
この世界のお金事情をよく知らない私も、相当な出費であろうことは容易に予想が出来る。
それも遠方から来ている、比較的地位の低い家ならなおのこと。
自動的に残されるのは爵位が高く、王都にほど近い場所に屋敷を構えている家の娘ばかりとなった。
当然のように、初回から王子の周りを囲っているご令嬢方も残っている。
毎回脱走王子を取り逃しているようだが、それでもめげずに今日もベストポジションキープに必死だ。
婚約者として選ばれるのもおそらく彼女達なのだろう。
私は完全に当て馬レースから外れたと見てもいいだろう。どの令嬢が優勝するのか見守るように、また新たに追加されたお菓子を摘まみながら彼女達を眺める。
「お嬢様、お茶のおかわりは」
「頂くわ」
王子争奪戦に参加する気配はまるで見せず、毎回毎回お菓子ばかりを食べている私は使用人達にすっかり覚えられてしまい、定期的にお茶のおかわりを運んできてくれるようになった。また新作追加のお菓子一覧が書かれた紙を渡してくれる者もいる。
私が途中で抜け出していることなど、絶対気付いているだろうにそのことには一切触れることはない。
嬉しいし、助かっているけど、城サイドはそれでいいの!?
脱走癖のある王子様がバラを嫌ってくれているおかげで見つからずに済んでいるが、会場を留守にしている間、何をしているかとか気にならないのかしら?
毎度なっがいトイレだな~とでも思われている?
それはそれで嫌だな……。ぼんやりと空を眺めながら、マカロンを口の中に放り込んでいく。ここまで回数を重ねると自然と王子の視線も気にならなくなってくる。そろそろ王子もこのド派手ピンクに慣れてくれと思うが、まぁいい。私の方は人に囲まれることもなく、平和なものだ。
適当に時間を潰した後で、使用人が周りに来ていないことを確認してバラ園へ向かう。
サンドイッチが置かれた台の後ろ側。木の隙間にひっそりと隠れた道がある。子どもが通るのがやっとな場所に身体を押し込め、バラの迷路に入り込む。そして適当な道順をしばらく歩いて止まる。ハンカチを引いて、その場に座り込んだ。後はフレイムさんが見つけてくれるのを待つのみ。
フレイムさんがやってくるまで大体十分程度。
会場付近で待機しているからか、ピザの宅配よりも早い。
「今日も派手なドレスだな」
「探しやすくていいでしょう」
「ああ」
今日も迷路の中からすぐに見つけてくれたフレイムさんに手を伸ばし、胸の中に包み込む。
「今日はブラシと手袋、どちらにしましょうか?」
「手袋」
「私、ブラッシング下手ですかね?」
「下手ではないが、手袋の方が気持ちいい」
手袋で撫でた後すぐにブラッシングを許してくれたフレイムさんだが、彼のお気に入りは手袋らしい。力加減は最大限気をつけているつもりだが、剣山のようなブラシでは好きなようになで回すことは難しい。
背中をブラッシングするだけだったらあまり気にすることもないのだが、フレイムさんは羽根の裏やお腹など、比較的デリケートな部分を指示することが多い。
この前はついに尻尾まで触らせてもらった。
ブラシでは許してくれないだろう場所だ。そんなこんなですっかり私達の間でお馴染みとなった手袋は、使用回数と合わせて柔らかくなって手に馴染むようになった。
今日もポケットから取り出し、装着する。
「今日はどこがいいですかね~」
「頭」
「了解です」
そう告げるとフレイムさんは膝の上に降りることなく、私の肩に首を乗せた。
これも最近ではお馴染みとなった格好だ。背中とおしりあたりに腕を回して支えながら、いい子いい子と撫でる。するとフレイムさんは気持ちよさそうに目を細めた。
見た目はドラゴンなのに、犬猫みたい。
回を増す事に甘えてくれる彼が可愛くてたまらない。にやにやと緩んだ頬は戻ることのないまま、彼の頭を撫でる。今日も存分にフレイムさんを堪能していると、外からはお馴染みとなった王子を捜索する声が聞こえてくる。
「今日は開始四半刻ももちませんでしたね~」
「そうだな」
王子様の逃走タイミングは徐々に短くなっており、ついに今日30分を切った。これで終了まで見つからないというのだから、一体どこに隠れているのだろう? 案外このバラ園のどこかで息を潜めているのかもしれない。
毎回真面目に参加しているご令嬢方にはたまったものではないのだろうが、私は脱走癖のある王子様に感謝している。彼が脱走し続け、お茶会を毎週開催してくれているおかげで今日もフレイムさんに会えるのだから。
本当は屋敷に連れて帰りたいけれど、でも出来る訳がない。
私達は所詮、このバラ園でのみ戯れることが許される仲なのだ。
いつか必ず来てしまう別れから目を逸らしながら、癒やしのひとときを堪能した。
ーーその翌日、事件は起きた。
「アドリエンヌ、手紙が届いている」
「手紙、ですか?」
「ああ。フレインボルド王子からだ。便せんも用意したから使いなさい」
父は王子からの手紙、というかアドリエンヌ個人に初めてきた手紙に浮かれているようだ。背後に控えたメイドが所持している便せんの量が明らかに一通の手紙に返す量ではない。お茶会の招待客全員分に出す用? と思うほどに多い。
よく見れば種類も複数用意してあるのか、この場からでも色の違う便せんがいくつか確認できる。
父の溺愛を知らなかった頃のアドリエンヌが見れば、確実に王子の心を射止めろということか。失敗は許されない、と気を張るところだが……まぁ考えていることは分かる。
夫婦揃ってはしゃいだ結果だろう。
無表情でくるくると回る姿が目に浮かぶ。
ありがとうございますと短くお礼を告げ、王子から送られた手紙と用意してもらった便せんと一緒に部屋へと戻った。
「参加者全員に出しているのかしら? 王子も大変ね」
メイドが下がった後で、手紙を開封する。
封筒の中から出てきた便せんはピンク色。私のドレスからイメージした色なのかな。この手の気遣いは乙女のハートをガッツリ掴むことだろう。
参加者への手紙発送は今さら開始したわけではないのだと思う。
王家が獲得したいと思うご令嬢達から順番に送っているのかもしれない。
私が最後から数えて早いのか、はたまた一回に数人分しか送っていないのか。
どちらにせよ興味すらないだろう女に手紙を送らなければいけないというのは面倒だろう。来てしまった以上、こちらからも返さなければならないのでそれもそれで面倒なのだが、私はこの一回で終わりだ。
定型文に合わせて適当なお礼でも書けば良いだろう。
そう思って手紙を開いたのだがーー。
「なにこれ……」
定型文なんてわずか数行で、残りは私の好きなお茶やお菓子について触れられていた。
そこまでならまだ使用人が集めた情報から自分の持つ知識を合わせたか、手紙担当の者に書かせた文をそのまま使っているのだろうと考えられた。
けれど手紙の中にはどうしても見過ごせない文字があった。
「城の赤バラをあなたに捧げたいなんて、フレインボルド王子はバラが苦手なはずでしょう?」
だからこそ捜索の手がバラ園に伸びずに済んでいる。
ご令嬢達がバラ嫌いを知らないと思っているのだろうか?
城のバラ園はお城の自慢だから?
だが通常、赤バラを捧げる相手は恋人か配偶者・婚約者と相場は決まっている。恋愛には毛ほども興味のなかったアドリエンヌですら知っていた常識だ。
なのになぜーー。
担当の者が間違えたのかと一瞬頭を過ったが、それにしては同じ便せんに書かれたお菓子やお茶は確かに私が飲み食いしていたものだ。さすがにここまで大量に書き連ねていれば途中で間違いにも気付きそうなものである。
「一体何を考えているの?」
これを求婚まがいだと考えるほど私の脳みそはお花畑ではない。
花よりお菓子。
もふもふのウサギさんよりごつごつのドラゴン。
だからこそこの手紙の裏を考えずにはいられない。
考え事が得意ではない頭をフル回転させて、隠された特別な意味について考える。
自室にいる間はずっと手紙片手にウンウンとうなり、食事の間もずっと謎解きに必死だった。
フォークを口に突っ込みながら静止する私に、両親は何も言わなかった。代わりに翌日にはインクと便せんが追加で部屋に運ばれた。
両親は手紙の中身を知らない。
おおかた、娘が初めてのお手紙になんと書いて良いか迷っているのだとでも思っているのだろう。
まさか王子の真意について計りかねているなんて夢にも思うまい。
私だってこんなことで悩むと分かっていたら、手紙の封を切らずに突っぱねていたことだろう。だが返事を書かずに放置する訳にもいかない。
そんなことをしてしまえば今後、城のお茶会に参加出来なくなってしまう。
自分のミスでフレイムさんと会えなくなることだけは嫌だった。
散々悩みに悩んで、お茶会前日に書き上げた手紙を送った。
『赤バラも素敵ですが、私にはもっと欲しいものがございますの』ーーと。
どこのお姫様だ。上から目線すぎる。とてもじゃないが王子様相手に出す手紙ではない。
だが脱走王子がバラ園での私達を見ていたというのなら、きっと伝わるはずだ。
婚約者争奪戦に参加するつもりはないから邪魔するな、と。
特に意味がなければ不躾な令嬢だと流されるだけだ。
今の『変なドレスを着た令嬢』に一つレッテルが増えるだけ。何も問題はない。
これで問題解決! と今回も大量のリボンがついたドレスに腕を通すのだった。




