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観月くんはブスが好きなんですね?

 帰り際に、隣のクラスの観月みづきくんに呼び出されました。

 校舎裏でただ戸惑うばかりです。


「おい、ブス。こっち見ろよ」

 観月くんが言いました。


 小学2年で隣の席になった時から、彼は私のことをずっとブスと呼び続けているのです。

 でもまあ……それはいつものことですし、ブスと呼ばれてもそうなのかと思うだけで特に返す言葉もありません。

 それに実際のところ、私には人の美醜というものの基準が分からず、これまで自分のことを特に美しいとも醜いとも思ったことがないのです。

 幼少のころからずっと、人間の価値は外見ではないと教えられてきたということもあります。


「おい、ブス!!」

 観月くんがまた私を呼んでいます。


 けれど私は決して顔を上げません。

 彼の前で常に俯いた姿勢を保ち続けます。

 醜いと感じる容姿をさらして、彼にこれ以上不快な思いをさせたくないからです。



 私は小学2年のあの時からずっと、彼と視線が合うことを避けて、極力彼の方を見ないようにしてきました。

 とはいえ、観月くんはとても目立つ存在です。クラスが違う私ですら、彼が校内のどこにいるのか分かるくらいです。

 彼に群がる人の数を見るに、きっと彼は人間性の優れた素晴らしい好人物に違いありません。

 私にブスという言葉を発するのも何か意図があってのこと。

 寧ろ勇気をもって彼だけが正直に真実を私に教えてくれているのではないかとすら思うのです。


「あの……私は何で呼び出されたのでしょうか? 私のことなんて見たくないですよね?」

 私はそう言って、何歩か後退しました。


「今までそんなこと言ったか?」

「え?」

「だから、今まで俺が一度でもお前を見たくないなんて言ったことがあったかって聞いてんだよ?」

 薄暗い校舎裏に彼の声が冷たく響きました。


 こんなに近くで話すのは数年ぶりです。

 近いせいか、なんだか今日は特に威圧されているように感じます。

 彼は本当に人間性の優れた好人物なのでしょうか?


「それは……ないです」

 俯くというより、私はもうただ真下だけ見て答えました。


「大体ブス、お前以外は全員ブス以下なんだよ」

「……全員。あ、あの、もしかしてそれは観月くんも私と同じで、人の美醜を判断できないってことですか?」


「俺はお前以外は・・・・・って言ったんだ。初めて会った時から、お前だけ特別ってこと。……分かるだろ?」

 観月みづきくんはそう言うと、黙り込んでしまいました。



 ブスが特別……?

 そんな感情、分かりません……。

「何を言っているのか全く分からないのですが……」

 私はそう言いながら、自然にまた何歩か後退していました。



「分かるように教えるから、いいかげん俺のことちゃんと見ろよ!!」

 彼は距離を詰めてきます。

 それはもう、なぜかとても必死な声で……。

 怖いというより、彼が今どんな表情をしているのか気になって、私は勇気を出して何年かぶりに彼を見てみることにしました。



 恐る恐る顔を上げ、彼と視線が会った瞬間、驚きました。

 成長しています。

 小学2年の時の面影は少し残っているけれど、もう男の子ではありません。

 ちゃんとした男の人です。

 その知らない男の人が、じっと私を見つめているのです。


「ブス」

 観月くんはそう言うと、優しく笑いました。


 人の美醜なんて全く分からない私ですが、彼のその顔を綺麗だと思いました。

 初めて人間を……綺麗だと思いました。

 観月くんの色素の薄いサラサラの髪が、切れ長の瞳が、長い睫毛が、白い首筋が、スラリとしたスタイルが、全てが美しく完璧に整って見えました。

 そして、なんて優しい瞳で私を見つめるのでしょう……。



 突然、血液が逆流するような感覚に襲われました。

 なんだか顔も体も熱く、頭がくらくらして、足元がふわふわします。

 異常です。

 これは異常事態です。



「あの……体調が悪いので、帰らせていただきます」

 私はやっとのことで彼にそう伝えました。

 頰が赤くなっているのが自分で分かります。


「……ブス、一緒に帰るぞ」

 観月くんは勢いよく私の手を取り、教室に向かいます。

 教室に戻る間、周りが騒がしいことに気づきましたが、自分の体調がおかしいのでそんなことに気を取られている場合ではありません。

 ふらふらします。

 なんだかすごくふらふらします……。






 目を開けると天井が見えて、私は保健室のベッドに寝ていました。

 観月くんが心配そうに私を見ています。


「ブス、大丈夫か?」

 優しい声で彼が尋ねてきたので、私は小さく頷きました。


「飲み物買ってくる」

「大丈夫です。観月くん……あなたはやっぱり私が思っていた通り、人間性の優れた素晴らしい人ですね」

 私は精一杯、彼に笑いかけました。


「……どこが?」

「ブスの私にこんなに親切にしてくれて」

「何でそうなる? 全然……伝わらないな」

 観月くんは独り言のようにそう言って、しばらく考えるような仕草をしていました。



 それから私に優しくキスしました。

 彼のサラサラの髪が私の額にかかります。




「……分かっただろ?」

 得意げな顔で観月くんが言いました。


 何が……ですか?

 ……全く分かりません。

 そんなことより今……何気に、キス……しましたよね?

 キスは……。

 キスは好きな人にするものではないのですか?


「あ、えっと、つまり……観月くんは……ブスが……す、好きなん……ですね?」

 私はしどろもどろになりながら、もうそう聞いてみるしかありません。


「馬鹿だろ、お前」

 観月くんが呆れた顔をします。


「……馬鹿……ですか?」

「おい、ブス。これからずっと俺のことだけ見てろ」

 彼はそう言ってもう一度キスすると、とびきり優しい顔で私に笑いかけました。

お読みいただきありがとうございました。

本編は終わりですが、あと1話ちょっとしたおまけがあります。

宜しければそちらもご覧くださいませ。

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