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とある春夏秋冬の4コマ

とある晩秋の一コマ

作者:

「ねぇ、先輩。先輩っていうことば、なんかカワイくなくないですか?」


 放課後の部室で、後輩がなにごとかを抜かし始めた。

 手は動かしながら、とりあえず聞き返す。


「何がどうしてそうなったの」

「なんとなくですけど。輩ってのがかわいくないです。やからですよ?漢字だって非に車ですし、ゼンゼンカワイくなくないですか?なんで先輩の感性はそう貧困なんです?」

「まぁそう言われればそうかもしれないと思ったけど、そこまで言うコタないだろ。

 逆に聞くけどお前の好きな漢字ってなんだ?」

「えっ、そう言われても……」

「ないのかよ!じゃあなんでさっき俺を責めたの!?」


 理不尽すぎて手を止めて立ち上がる。びっくりして体が跳ねた後輩の、特に跳ねた胸筋に目線が吸い込ま、れてないですよ。ほんとに。

 ニヤっとしかけた後輩は俺の後ろに目線をそらして神妙な顔をした。


「ふむ。しかしこれをセンパイとカナ表記にしてみたらどうかしら、涼真」


 いや、それはさすがにあざとくないか、姉貴。

 振り向いた先の実姉はドヤ顔をしている。まぁ、確かにそれはヒットするだろう。実際した。ブルズアイだ。

姉貴は胸の下で腕組みをして勝ち誇っている。高校全体で一番の巨乳と名高い姉だが、姉ゆえに逆効果だ。逆に引く。


「ふふ、男はパイに弱い。そうだろう?さぁ、お姉ちゃんのこともセンパイと呼んで見てはどう?」

「いや、姉貴は男じゃないでしょ」

「ほう。前半部分は否定しないのかな?」

「一般論としてはね?」

「個人としてはどうなんですか、セーンパイ?」

「セクハラ!セクハラ禁止!」

「えぇ〜?だったら美咲さんのほうを先に怒ってくださいよ。私だけ怒られるのは損でしょ。ね、センパイ?

……あ、だめだこれ。毎回テンション上げてセンパイ♪って呼ぶのはムリです。ご期待に添えずかたじけなし」


期待してないから。その腕組はやめなさい、学年ナンバーワン。

げんなりして椅子に座るが、二人はまだ腕組みをしてお互いを見つめ合っている。


「ふふふ、私のことは涼真と区別して小鳥遊と名字で呼んでくれて良いんだぞ、秋葉ちゃん」

「いえ、その……それは遠慮しときます」

「ふむ。そうか。秋葉ちゃんの敗北宣言が楽しみだよ」

「しませんから、期待するだけムダですよー?」

「いや、秋葉は昔から姉貴に負け続けてるだろ」

「おっぱいに黙らされた先輩にそれを言う資格があるんですかっ!」

「負けてねーから!姉と弟っていう時点で試合になんねーよ!俺の不戦勝だわ!!」


俺の反撃を最後に口を噤んだ秋葉が椅子をもとに戻して、机の上から文庫本を拾い上げる。姉貴も腕組みを解いて、机の上に広げたノートに自称落書きと呼んでいるイラストレーションを始めている。

しかしなんか冷えてきたな。まだ残暑も厳しい季節なんだが。


俺は部室に備え付けのパソコンに向き合い、キーボードに指を置く。置くだけだ。どうにも指先は動かない。モニターに映る言葉の続きがうまく出てこない。


「さて、涼真。私の方はそろそろラフが書き上がるが、本文の方は進んでるか?」

「さっきから姉貴のペンの音しかしてないじゃん。分かってんだろ、聞くなよぉ」

「分かってるでしょ。発破をかけてるだけよ」

「そっちこそ分かれよ。俺はマイペースなの!発破かけられたってベンキョーもシュミも加速しないの!」

「加速も悪けりゃ速度も出ないんじゃ、私の勝ちじゃない?」

「ぐぬぬ……」


何もかも優れた上に、昔からケンカをしつくした姉に勝てるわけがなかった。

悔し紛れに横山節めいた嗚咽しか出てこない。

顔を天井に向けて、思いっきり強く目を瞑る。

くそがー。悔しい。なんとかしてぇ。だけど気合いを理性で入れても心のエンジンは燃えないままだ。

溜息をつく。肩の力を抜く。それでも後悔は消えません。もっとカブを抜くパワーをくれー。地球のみんなー。

現実逃避をしていると、逆サイドでパタンを本を閉じる音がした。


「ところで美咲さん。最近何をされてらっしゃるんですか?先輩に聞いても家族の秘密だと教えてもらえないのですが」

「言ってなかったの、涼真?」

「だーかーらー!分かってんだろ!言えないから言ってねーんだ!言えることなら秋葉にはとっくに言ってるっての!!」

「「ほう……」」

「なぜハモる?」


二人がまたも見つめ合う。

三人そろって幼馴染だから言葉が要らない時も多いのだが、最近はこうやって俺だけ置いてけぼりにされることが多い。


「そうね……姉として最大限弟に配慮してヒントを上げると、愚弟は次の冬に出す私の薄い本につける小説を書き上げられない場合、とても恥ずかしい目に遭うわ」

「ねぇ、もうちょっと配慮して最後のとこぼやかせなかった?罰ゲームがあるとかさ」

「先輩がはずかしめに」

「漢字にこだわりのある秋葉さんの発言が不穏だ……」

「ちなみに抽象的にどの程度の恥ずかしい目に遭うのでしょうか?」

「ねぇ、ほんとに置いて行かないでくれる?」

「うーん、もしかしたら恥ずかしくて二度と秋葉ちゃんの目の前に出られないかもしれないわね」

「は?」

「ねっ、涼真。どうかしら、あの約束。秋葉ちゃんに知られたら……」

「まぁ、もし知られたとしたらそうかもな」

「………」


秋葉が真剣な表情で考え込み始める。胸を机に乗せて頭を抱えている。あれが一番リラックスできる姿勢らしいが、それほど集中しているというわけだ。

しかしまぁ、どれだけ考え込んでも当てられまい。つーか、当てられたくない。秋葉には関わりのない世界の話なので知られることもなかろう。


いや、どうだろうか。姉の出すウスイ=ホンはその手の人達には人気らしい。その高名に煽られて風の噂が門外漢の彼女のもとにまで届く可能性は、ゼロではない。

やはりこの小説を完成させなければならないのか。金無し学生の俺には早割料金から追加になるならあんたが払いなさいよ、という姉の言葉に首を縦に振ることはできない。

姉が挿絵を描く期間を逆算して、小説の締切は今週末だ。今日はフライデイ。現在の進捗率、一割。ムリだ。ムリムリ。


「先輩の小説が、この土日に間に合えば良いんですか?」

「うん?うーん、そうだね。条件の仔細もヒントになってしまうからぼかすけども、まぁそんなところかな?」

「……分かりました。それなら、先輩はもう完成させてます」

「「えっ?」」


なにそれ。えっ。ちょっ、まっ、えっ?

心当たり?ある。あるけど、それを知られていることに心当たりがない。


「先輩が裏アカウントで投稿してる小説です。ご査収くだ」

「うぉぁあぁぁああ!??!」


思わず手を伸ばして秋葉の差し出したスマホを奪い取ろうとするが、姉インターセプト!

弾き飛ばされ、秋葉ともみくちゃになって押し倒しかけたが、背中を抱えてなんとか片手で床に手をついて耐える。


「せ、せんぱっ……」


いやいやいや。顔を赤らめてんな。押し倒した?床に触れてないからセーフ!これは筋トレ!だから!


「ってか、おま、雰囲気出して誤魔化すな!なんっ、知っ」

「インターネットの海に公開した小説が見つかることになんの驚きが?

だいたいいつから下読みしてると思ってんですか。ボトルレターでも先輩の文章なら分かりますって」

「海にかけたつもりか?うまいけど鍵垢でしか公開してないやつだし、アクセスも数えるほどしかないのに見つかるかよ!?」

「先輩、鍵をかけても、ggr先生のキャッシュには残るんで、マジ注意してくださいね」


二度と忘れません。

とりあえず秋葉を床におろして立ち上がる。


「気がききませんねー」

「うるせー。文芸部男子が人を片手で抱えたまま抱き起こせるかよ」


背中についた埃は払ってあげるんで、非力は許してくれよ。

尻はさっとガードされたが、叩いてやろうか、マジで。無理だけど。

そこでようやく、俺らは姉貴が黙っていることに気がついた。


「姉貴?」

「良い。良いわね。これは本にできそうだわ。鍵閉めて帰ってから描くから、あんたらも、帰りなさい」


蹴り出されるようにして俺達は部室から追い出された。つーか、俺はマジで蹴られた。


「秋葉ちゃん。大金星よ」

「どもです。ってことはご許可頂けます?」

「それは無理だけど、代わりにいいものあげるわ」

「はぁ。期待して待っておきます」

「ふふ、その態度覚えておくといいわ。鼻血だすわよ?」


姉貴の強気な宣言に秋葉も若干ドン引きだ。

廊下を早歩きで去っていった姉貴を見送って、俺らは呆然と立ち尽くし、


「……帰るか」

「仕方ないですねー」

「こういう時は「噂されたら恥ずかしいし」みたいなこと言うらしいぞ」

「それ、高校で出会ったピンク髪の娘が好感度低い時に言うやつじゃないですか。お隣さんの幼馴染と距離空けたら、逆に噂されますって」

「そんなもんか?」

「女子の間では、そんなもんです」

「そりゃ、反論できねー」

「されたら通報しますよ。ところで、先輩のおかあさんから買い物メモが来てるので、荷物持ちお願いしますね」

「……いや、既読もつけてないし、俺は気づいてないんだけど」

「ほら、行きますよー」


なんか色々あったけど、結局その後はいつもどおりの放課後だった。

スーパーに買い物に行って、パートで働いてる秋葉のおばさんに彼女の家の夕飯の荷物まで持たされる。

早く女の子を抱き起こせる筋肉つけてくださいねー、とかなんとか煽られながら帰宅する。

最後に「先輩の秘密を暴いたお詫びです。私、好きな漢字はありますので、それを当ててくれたら、私のとっておきのヒミツも教えますね?」とかなんとか。

なんの話だっけ?と思いながらうろんな返事を返したけど、今日の最初の話題のことか、と思いだしたのは風呂につかったタイミングだった。

つーか、分かんねぇよ。漢字多すぎ。二択くらいにしてくれ、神様。






そして、残念ながら、誠に遺憾な後日談がある。

秋葉は鼻血を出した。

勝負の条件は「姉貴の合同誌に小説を寄稿」だ。

姉貴は俺の小説をもとに別の本を一冊出し、俺は原稿を落とした罰ゲームで女装をされ、秋葉は何故かコミケに初来場していた。

以上が、後々まで笑い話にされるくそったれな晩秋の一コマである。



ggr先生「さすがに鍵がかかった状態のツイートはキャッシュに乗せられないよ」

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