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海斗の阪神大震災が終わった


2018年6月23日。土曜日。


11時30分に、三ノ宮駅中央口で待ち合わせて、三宮センター街を通り抜け、栄町へ。

新しいイタリアンのレストランで、ランチする二人。

海斗は、朝にお父さんの御墓参りで、鵯越(ひよどりごえ)の方に寄ってから、三ノ宮に出て来たと言う。

海斗のお父さんは、震災から10年後、海斗が大学生の時に、ガンで、この世を去った。

葵も、大学生だった時に、何回か会っていた。

草野球が趣味で、震災前に、足を挫いていた海斗パパ。

野球好きだけあって、とても健康的なお父さんだったのに、極めて悪性度の高いガンで、急な旅立ちだった。


海斗はランチ中でも、饒舌だ。

会話の途中にも、笑いの要素を入れるのを忘れない。

海斗に笑わせられると、日常の不安を、一瞬だけど、忘れることが出来る。

あ、でも、最近の不安の原因は、海斗の煮え切らない態度なんだけどなあ……


「飯、食い終わったらさ、メリケンパーク行こうぜ。今日、天気も良いし、散歩するのも、気持ち良いと思う」


何か提案する時、海斗はいつも唐突だ。

食事の会計を済まし、二人は、店を出る。


六甲の山々を背に、浜手向けて歩き出し、阪神高速道路の高架の下を超えると、左手にホテルオークラが見え、右手には、KISS FM KOBEのスタジオ。

そして、その奥には、神戸ポートタワー。


波止場前の階段状の広場の前では、ジャグリングのパフォーマンスで、人集りが出来ている。

広場の階段に、腰掛ける、海斗と葵。


海斗は、ぼんやりと、ポートタワーを眺めていた。

「ポートタワー、小学3年の時、遠足で、ここに来たよな……葵、覚えてる?」


葵は、コクンと、頷いた。

ただ、遠足を覚えてることは、覚えてんだけど、遠足なのに、みんな、家族で一度来たことあるから、全然つまらない、とか言うクラスメートが多かったな、くらいの印象しか無い。


「ここに来た時さ、葵、俺とは隣のクラスだったじゃん。だから、全然、話したこともなかったんだけど……正直、ここで葵を見て、俺、葵に、一目惚れしたんだ。だから、4年で一緒のクラスになれて、凄く嬉しかった」


え……海斗、わたしのこと、そんな前から好きでいてくれたの?

ちょっとした驚きだった。


「だからさ、小学4年の……震災前に、みんなで行った林間学校の時さ、夜、クラスメートと一緒の部屋で寝る前に、おい、お前、クラスで誰が好きなんだよ、みたいな会話の時……俺、葵の名前を出したんだよね……ライバルが2.3人いて、葉原って人気あるんだな、って、俺、結構焦ってたよ」


えーそんなことがあったんだ……あ……海斗、ゴメン。あたしは林間学校の時、女子部屋で同じような内容で、盛り上がってて、サッカー部の鈴木くんの名前、言っちゃってたわ……


「それで、避難所で、あたしと、色々話してくれたの?」


海斗は、首を横に振った。


「あの時……葵が、独りぼっちで、寂しそうにしていたのを見てて、何かしてあげたい、て言うのもあった。でも、それだけじゃないんだ。地震が起こった1月17日、家の近所の人、家屋の一階部分が、グシャって押し潰されて、中に人がいるのが分かって、親父、おふくろと、他の近所の人たちで、瓦礫の中から、おじさんを掘り出して、助け出したんだ。その時、助け出された人……そのおじさん、何て言ったと思う? わし、地中から這い出たモグラみたいやな、って言ったんだよ。

なんで、こんな緊急事態で、助け出されたばっかりの時に、笑いを取りに行くんだろう……って思ったんだけど、同時に、これが、『関西人魂』なんだなって……だから、もう敢えて、みんなを笑わせて、神様、あんた、こんな辛いことを与えるけど、神戸(こべ)っ子は、そんなんでも、笑いに変えるで!って、天に向かって叫んでやりたかった、っていうのもあった」


葵は、黙って聞いている。


「だから、あの時、葵の寂しそうな姿を見て、関西人魂にかけて、葵を笑わせて、元気づけさせよう、って思ったんだ。もちろん、葵と仲良くなりたい下心も、あったんだけどね」


中突堤から、Ocean Prince号が、出航する。

船は、ゆっくりと、遠いて行く。今日は、天気が良いから、気持ちのいいクルーズになるだろう。

海斗は、また、ポートタワーを見上げた。


「やっと、返し終わったよ」


「えっ?」


「親父の残したローンと、俺の大学の奨学金。震災で、結局、家を建て直したから、二重ローンでさ……親父、俺が大学生の時、死んじまったし、持病で生命保険に入れなかったから、死んでもローンは、そのまま。

おふくろのパート代じゃ、生活費でいっぱいだし……一緒に過ごした家を売りたくなかったから、親父のローンを肩代わりして、この歳で、やっと完済だよ」


えええ?…一体、どれだけ返済してたの、と聞いた葵に、海斗は、スマートフォンの計算機で、その金額を打ち込んだ。葵は、スマートフォンを覗き込む。


ええええええ!!!そんな金額、どうやって払えんのよ!

普通に阪急岡本辺りで、洒落た中古のマンション買えそうじゃない……って思ったけど、そりゃ、二重ローンで、奨学金まで含めてるんだったら、それくらいの金額には、なるだろう……とワンテンポ遅れて、気がついた。


「て言うか……なんで、今まで、何も言わなかったのよ。知ってたら、デート代とか、あたしが出してたのに……」


「二十歳そこそこで、こんな借金背負ってるって知られたら、葵が離れちゃうんじゃないかと、不安だったし……余計な心配掛けさせたくない……てか、格好悪いだろ。デート代全部、彼女持ちなんてさ……。

でも、それも先月で終わり。

笹林海斗の阪神大震災、これで、完全終了しました」


さっぱりとした表情の海斗が、話を続ける。


「葵……神戸のポートタワーって、その形から『鉄塔のヴィーナス』って呼ばれるんだって……俺、辛い時、神戸に帰って来た時に、このタワーを見て、また、頑張ろうって、自分を奮い立たせて来た……つもりだった。

でも、違うってたんだな、俺が頑張れたのは、葵が、いてくれたから……葵が、俺のヴィーナスだったんだ」


海斗の声が、少し震えてる。

一呼吸置いて、じっと、葵を見つめる。

って……まさか、まさか……言ってくれるの?


「我がヴィーナス、葉原葵さん、俺と結婚して下さい!」


ええええ!! プ……プロポーズは、嬉しいんだけど、ちょっと、さっきのあなた言葉、要訂正箇所が、あるんだけど……


「あ……答えは、あの、はい!、で回答するんだけど……さっき海斗、ポートタワーの別名が、『鉄塔のヴィーナス』って言ったと思うけど、ポートタワーの別名は、『鉄塔の美女』だよ!あたし、卒論で神戸の観光業について纏めたんだから、間違いないって……海斗、諏訪山のヴィーナスブリッジと混ざってない?……それとも、笑いの要素を盛り込んだ、とか?」


「……へ?」


間の抜けた海斗の声が、漏れ出た。


「あ…ああ、なんか、俺、完全に勘違いして、覚えてたみたいだな……あちゃー、せっかく、プロポーズの決め言葉にしようとしたのに……俺、格好悪いな、プロポーズなのに……」


海斗は、バツの悪そうな表情で、頭を掻いている。


「も……もう!さっき、はい、って答えちゃったけど、その、プロポーズじゃ、不合格!もう一度、やり直し!

ヴィーナスブリッジと混ざってたんだから、今から、ヴィーナスブリッジまで行って、もう一度、プロポーズして!じゃないと、さっきの返事、取り消しちゃうからね!」


「おいおい、さっきのプロポーズの言葉、事実誤認があったけどさ、一週間以上、考え抜いた決め言葉だったんだけど……」


「つべこべ言わない!ヴィーナスブリッジまで、歩けば30分は、掛かるんだから、その間に、最高のプロポーズの言葉を考えるの!」


葵は、グッと海斗の手を引き寄せ、山手に向けて歩き出した。微笑み合う、葵と海斗。


結婚する前に、記憶に残る最高の言葉を聞きたいの。

あたしが、おばあちゃんになって、ふと昔を思い出した時に、胸が温まるような、そういう言葉が。


だから、30分の間で、新しいプロポーズの言葉を考えて!

そして、今度こそ、あたしを、ドキドキさせてね。


夏の到来を予感させる、南国の香りの風が、浜手から山手に流れる。

滅多に穿かないスカートが、ふわり。


ポートタワーの上には、流れる白い雲と、青い空。


最後まで読んで頂き、有難う御座いました。

今後の創作活動の参考にしたいので、宜しければ評点とコメントをお願い致します。

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