中編⑦『相談室、暁の出動』
特能関連装備の即効性プロテインを最大限活用するため、黒木は酒を飲めなかった。
一人だけ、良くわからない注射を打たれ、ちびちびとプロテインを飲む。
植山と赤沢の二人もさすがに酔っ払わない程度に、水割りを飲む。
「で、訓練中に言った様に、例のバァさん達には本気で怒鳴りつけてね」
赤沢の語気は強い、元々そのつもりだった所に、特能省からの注文がついたのだ。
もう彼女は『イケイケゴーゴー』な訳である。
「ええ、わかってますよ。もう二度と康子さんに近寄れない位に怒鳴ればいいんですよね」
抽象的ではあるが一応、それが目安になっている。
「ノモンハン事件前の関東軍ってこんな感じだったんだろうな」
植山は訓練場でそうぼやいていた。
しかし、自宅のリビングという日常空間にいると改めて赤沢は美人だと思う。
整った顔立ちで、やや棘があるもののそれがまた特徴となり、
『平凡な』美人とは一線を画している。
「男は狼だぞ、そんなに簡単に家へ連れ込まれていいのか」
黒木宅へ向かう道すがら植山はガルルと唸っておどけながら赤沢に絡んだ。
確かに、普通であれば、こんな機会はめったにない。
「赤ずきんの狼は猟師に殺されたでしょ、私は赤ずきんじゃなくて猟師なの」
赤沢はアタッシュケースに変形するサブマシンガンをちらりと見せた。
そう、『お誘い』でもない限り彼女には手が出せない。
そんな黒木のもやもやとした思いとは裏腹に、
『作戦会議』という名のもとちびちびとした酒宴は進んでいる。
「確かに、早朝奇襲は人質奪還作戦のセオリーだけど、今回は夕方で良かったわね」
赤沢は自分の元々の計画を振り返る。
「年寄がいくら早起きだからって、そんな時間に起きてはいないわな。
寝ぼけたところで脅したって、効果も微妙だろう。やっぱり夕方で良かったな」
植山が補足する。
「僕としては、全員を一気に拘束したいので全員をリビングに集めたいんですよね、
一番突入口も広いし、身を隠す場所もあるし」
黒木もこの一日の訓練でそれなりに、こういった物事における思考力が付いた。
「じゃ、明日一度康子に電話かけさせて、連中が対応を決めるのに何処に集まるか探るか」
植山が新たな案を出す。
「別に連中はこの手のプロじゃないからそんな場所決めてないと思うのよね……」
「康子さんが直接赴くから居場所教えてって連絡してもらえばいいんじゃないですか」
「はい、解りましたってねぐらを吐く程耄碌してねぇだろ。連中も」
三人は黙りこくった。
「その件は明日の昼から現地で偵察するから、それ次第にしましょう」
一味を一点にどうやって集めるかは一時保留となった。
それからは今日一日の訓練を振り返り、注意点を繰り返し、
明日の作戦のシミュレーションを繰り返した。
ただ、もうこのころから黒木の脳は睡眠を欲していた。
一日のトレーニングと即効性プロテインによる筋肉の超回復の疲労が頂点を迎えたからだ。
時計は一時を指す頃になってようやくお開きになった。
三人は明日直接現場に向かうことになっていたので普段通り早く起きる必要もなかった。
黒木はシャワーでざっと汗を流すと、ベッドに倒れ込み深い眠りについた。
「おーい、起きろー。全く、ホントに襲いもしないで爆睡かー」
赤沢が黒木をビンタする、アラームでも起きなかった黒木をこうして起こしに来たらしい。
彼女はどこか満足げな表情だ、やっぱりサディストなのか。
「そんな度胸あったら、この世で怖いものは無くなりますよ」
ぼやきながら時計を見る、午前8時。
「本当は7時に起こすつもりだったんだけど、昨日の訓練もあったしね」
赤沢の稀に見せる優しさはありがたい。
今日は本当に疲れていた、睡眠時間の一時間の差でも疲労回復は大違いだ。
「んじゃ、パジャマ脱いで」
黒木はパジャマを着ないと寝れない派でも強硬派。
どんなに厚くてもパジャマを着ないと寝れない、多分ライナス症候群に近しい。
一方、彼女は既にグレーの都市迷彩の戦闘服に着替えている。
だが、そんなこと今はどうでもいい。
いきなり美女に服を脱げと命じられている。
「変な意味じゃないの。ほら、プロテインの効果みたいの」
即効性プロテイン、断裂した筋繊維を瞬く間に修復させ、筋肉量を増大させる。
特殊能力関連製品のプロトタイプ、黒木はいわば実験台でもあった。
赤沢に従い服を脱ぐ、内心黒木も期待している。
たった一日のトレーニングでどれだけ効果が出るか。
深夜番組での通販でもあるまいし、しかし特殊能力関連製品だからひょっとすると、
そういう期待と不安がないまぜになっていた。
結果を言えば、確かに効果はあった。筋肉痛は全くなく、一晩で筋肉は再生していた。
今まで細かった手足に筋肉らしきものが付いている。
高校時代一度鍛えてみたものの、効果が一切なかった黒木にとって初めての経験である。
「ふーん、まぁまぁね。これがそれなりに生産できるようになればいいんだけど」
赤沢は黒木の筋肉を触って、その効果を確かめる。
「でもこれだけ筋肉付いたら、これから本格的に鍛えられるわね」
黒木の不幸を赤沢は嬉しそうに語る。
「おーい、濡れ場は終わったか」
植山が廊下から声をかける。
「もう終わりましたよ」
植山の下卑た絡みに、黒木は淡白に返す。
「よしよし、いいねぇ。それじゃ飯食って出かけるぞ」
赤沢の無言デコピンを食らいながらも、植山は下品なスタンスを崩さない。
目玉焼きにご飯、インスタントの味噌汁というシンプルな朝食。
三人はリビングの食卓を囲む。黒木と赤沢が既に迷彩服を着ている以外は普通の食卓だ。
「黒木、ところでお前のおふくろさんって介護どうしてるんだ」
認知症を患った母については昨日の夜説明しておいた。
「ああ、中国からの特殊能力難民の家族をヘルパーで頼んでます。複数人雇っているので、三食お世話してもらってますよ」
「確かに働き盛りじゃそれもアリだな。施設に入れっぱなしよりもいいしな」
植山は味噌汁をすする。
「うちのおふくろもそうすれば良かったかな」
植山はボソッと独白した、が直ぐに食卓の空気が変わりかけたのを察して切り替えた。
「まぁ、難民経済の安定ってやつだな。良いことじゃねえか」
植山は普段のテンションに戻そうとする、赤沢もそこに助け舟をだす。
「そういえば石川さんから連絡きてた、ERTが作戦了承したって」
赤沢は目玉焼を茶碗にのっけて、その上に醤油をかける。
「ただ、条件として、まぁ元々が非公認作戦だからアレなんだけど、
終わったら大宴会を開けって言ってきたんだって」
ベイジンショック以降、都内の飲食店はどこも撤退。今じゃ宴会場はほとんどないし、
あったとしても東京に残った省庁、役所、セクションの争奪戦の的だ。
だから、宴会と一口に言っても昔とはその価値が違う。
「じゃあ、ジェリーの店使おうぜ。あそこ元々がデカい店だし、連中に特殊能力者を見せておくのもわるくねぇしな」
「それでいいんじゃないですか、こないだジェリーさんに永久会員権もらいましたし」
先日『御用聞き』でジェリーの店に行ったとき、金色の玉が二つ描かれたカードを渡された。
永久半額とかいう破格のサービスだ、しかも毎回オカマショーが付く。
だが相談室がジェリーの命を助けたのがきっかけだからそれでも安い位だが。
「そうだな、ジェリーの奴給付金も上がったから、大宴会の半額程度なら問題ないだろう」
植山はスーツに常備するつまようじを取り出す。
「そろそろ、出動といくか」
三人は腰を上げ、玄関へと向かう。