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中編⑥『アンタッチャブル』

 赤沢は突入作戦に集中するあまり、

肝心の逮捕者輸送手段について失念していた。

ここが元SP赤沢のSATごっこの限界なのだろう、

赤沢は凄まじくバツの悪い顔をしている。

そこに救いの手を差し伸べたのが銃器対策部隊の石川だ。

だが、まだその救いの手がいったいどんなものかは全く分からない。


 「警察、特能省は中国大使館に恐れをなして、このちんけなアジトに突入できないんだな」

石川が再度確認し、赤沢が力なく首肯する。

「アンタッチャブルなんだな、文字通り」

石川は顎をさする。

四人は射撃場の脇に作られた個室で、アジト周辺の地図とにらめっこしている。

「ふむ、ERTって知ってるか」

黒木以外は首肯する。

「ERT、つまり緊急時初動対応部隊ってのはイベント会場や施設を警備したり、

テロ、事件への初動対応をしたりと、柔軟に運用される予定で作られたんだが」

石川は後頭部をポリポリと掻く。

「銃対《銃器対策部隊》なのに、都庁警備させられてるウチみたいに、連中も大使館警備に回されちゃってる訳。そもそも今の東京は初動対応でも戦車がすっ飛んでくるから、ERTの連中の本来任務も必要もなくなっちまったんだけどな」

石川は小指で耳くそをほじり、ふっと息をかけて飛ばす。

普通の人間がやったら小汚く感じるが、石川の剛体だと、まるで豪傑のしぐさに見える。

「その部隊の任務についてはわかりました。それがこの事件とどう関係するんですか」

黒木にはまだアジトとこの部隊の関係性がつかめない。

「それが大有りなのよ。都庁とは違って大使館警備は大使館の中に拠点を作れない。

つまり交代の時間があるわけだ、ある場所から部隊員がやってきて、それで引き継ぐわけ」

赤沢が何かひらめいたようだ。

「石川さん、にはかなり階級の高い知り合いがいる。そうじゃない」

「その通り、つまりだ——」


 石川の立てた連行作戦はこうだ。

先ず相談室がフラシュバン、ドアブリーチャー——ドアの蝶番を爆破する小型爆薬を使い、

爆発音を立てる。その後相談室は突入、犯人を拘束。

そこを丁度、警備の交代で帰り際のERTが通りかかる。

この爆発は何ぞや、ERTは現場に急行する、そこには犯罪者を逮捕した相談室が居る。

聞けば特殊能力関係の犯罪者を拘束したものの足がないと言う。

事件が事件だから、惜しみなくERTは協力し、装甲車で容疑者を連行する。


 「ちょっと、話が出来すぎじゃない」

赤沢が戸惑う。

「元々がお前の『作戦』が滅茶苦茶だったんだから仕方ないだろう」

植山が呆れた顔で返す。

「それは別としてだ、これから俺はERTに連絡しなきゃならんのだが」

石川が少々苦々し気に話を切り出す。

「これが特能省の作戦なら、大使館と外務省も黙ってるかも知れんが、相談室になると……」

「すさまじい抗議の嵐ならまだマシ、下手すると権限の縮小、お取り潰しですね」

黒木は古巣の力を改めて思い知った。

特能省は日本社会の要、従って多少のことなら他省庁を黙らせることもできる。

だが、今はあくまで都庁の職員だ。万能の盾は今、手元にない。

「ちょっと楠木のじいさんに話してみるわ」

植山が腰を上げる。

確かに、彼は好々爺とした顔をしながら、老獪さを醸し出してはいる。

が、勤務中ずっとラジオを聞いている、そういう一面も持っている。

あの老上司にどうこうできる問題ではないだろう。

黒木はそう思った。


 三人は相談室へ戻り、事のあらましを伝えた。

「あぁ、わかりましたよ。ちょっと待っててくださいね」

そんな軽い一言で片づけられた。

楠木は事の重大さを認識できていないんじゃないか、

いや本当にどうにか出来る力を持っているのか。

黒木の判断はどちらにも同額のベットを掛けている。

 

「お久しぶりです、楠木です。ええ、ありがとうございます、劉少将もお元気そうでなにより。今は東京都でお仕事をさせてい頂いております。いえ、やりがいがある仕事ですよ。

それで、私の仕事の話で少々ご相談が——」

連絡先は中国大使館、駐在武官最高階級の劉軍少将だった。

「なんでそんな人とツーカーで話せるんですか」

このつかみどころのない上司を前に黒木は困惑する。

「古巣で、ベイジンパニック当時にたまたま知り合っただけですよ」

楠木によって黒木の質問はサラリと受け流される。

「劉少将は当室の行動については一切関知しない、これは警備部隊にも徹底させると約束してくださいました。よかったですね、赤沢さん」

楠木は茶を一口すする。


「では次の電話は……」

楠木は紙のメモ帳を探る、恐らく携帯に登録しては漏洩が不安なのだろう。

その手の連絡先があの手帳には載っている。

「もしもし、江崎さんお久しぶりです、楠木です。内閣官房時代お世話になりました」

内閣官房、そういったか。

日本の政治的意思決定の中枢、内閣官房、ここに目の前の好々爺が勤めていたと? 

国家戦略の方針決定、省庁へのトップダウンの指令、情報収集、危機管理が仕事。

楠木はさっき在日人民解放軍の最高幹部と連絡していた、つまり、安全保障系か。

外務省の安保系か防衛省出身なのか。

「ええ、中国側の了承も勿論とってますので、はい劉少将です。

では事務次官殿、この老いぼれの頼みですが、よろしくお願い足します」

そういって楠木は電話を切る。

「外務省にも了解が取れましたよ、これで、もう実行あるのみですね」

楠木はニコニコと笑っている。

外務省の事務次官と、いきなり電話して了承をとれる。

この老上司は、恐らく想像の外にある世界の人間だったのだ。


 「それとですね、特能省警備副局長から連絡がありまして、ちょっとお願いがあります」

楠木が三人に『お願い』をする、これまでの楠木の連絡先から鑑みて『大変』な内容だろう。

「警備局は動きませんが、『相手に二度と舐められないよう』にしろと要求がありまして」

最悪だ、自分は手を出さないくせに要求だけはつきつてくる。

「クソッタレ、てめぇはなんもしねえクセに。一丁前に注文だけは付けてきやがる」

内心にとどめる黒木とは違い植山は吐き捨てる。

「元からそのつもりです、ご安心を室長」

そんな中ただ一人、赤沢がニヤリと笑う。


 「貴様ら―、武器を捨てろー」

腕立て伏せをしながら黒木が絶叫する、が腕が悲鳴を上げているから声はかすれている。

「声が小さい! 腕立てもう十回追加! 」

黒木は体を下ろす。

「貴様ら! 」

流石に黒木は膝を床につける負担の低い腕立て伏せをしている。

体を持ち上げるとき、即ち腕に最も負荷が掛かるタイミングで大声を出す。

赤沢曰く、これが最強の大声練習法なのだそうだ。

相談室が舐められないようにするための赤沢の工夫その一、大声で相手を威圧する。

「おらぁ、もっと腹から声出せ! 」

「うらぁ! 」


 黒木の筋肉が悲鳴を上げる。

正直、このコンディションで作戦に臨むのは好ましくない。

だが赤沢が言うにはとっておきの特能関連『装備』が有るという。

筋肉の再生を促す、即効性のあるプロテイン。

筋肉痛を伴わず、直ぐに筋力が向上する。

ただ、先行少量生産で数が限られている。

相談室には一本しか配備されていなかったが、

『今日こそ』はということで飲まされることになっている。

だから、作戦前日の猛烈なトレーニングという無茶苦茶なメニューをこなしている。


 「はい、御終い」

スクワットと走り込みを終えた黒木はもう半分倒れかかってる。

コンプレッションウェアでも、この疲労感はとれない。

「まぁ、今日できるのはこんなところかな」

赤沢が時計を見る、もう夜の八時だ。

作戦が明日の夕方だからって言ってもそろそろ休みたい。

「じゃぁ、家帰ってもいいですか」

とにかく風呂に入りたい、汗でべしょべしょだ。

「駄目よ、今日は都庁の仮眠室で泊まり」

赤沢にきっぱりと否定された。

「だな、明日決行だから全員が一か所にいたほうが良い」

植山も赤沢に同意する。

「じゃぁ僕の家はどうですか、ここから十五分も歩けば付きますよ」

全員賛成の元、黒木宅に一行は向かうことになった。


 狭い家ながら、失踪した父の部屋、そしてリビング、黒木の部屋と一人一部屋は使える。

植山が父の部屋、赤沢がリビングに敷布団を敷くことになった。

二人は仮眠室よりもずっと居住性がよいと喜んでいる。

しかも都庁からは例の防弾SUVで来たから、直ぐそばだ。

「じゃ、これでもちびっと飲んだら寝るか」

植山はウィスキーのポケットボトルを取り出し、ささやかな宴が始まった。



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