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中編④『相談室、突入せよ』

 『狙撃手ヤスコ』は孫同然の桜ちゃんを人質に取られた。

目的はスリ一味の復興、犯人は昔の仲間たち。

スリ一味は一応犯罪組織というカテゴリーに入るだろう。

そうなれば特殊能力犯罪を狙う一味となり、

これに対処するのは特能省警備局捜査一課だ。

最近犯罪組織の特殊能力者獲得対策に躍起になっている。


 「森のばぁさんよ、安心しな。特殊能力犯罪にはもんの凄い力入れて対策してるからよ。

そりゃもう、見ればわかるだろ。外を戦車が走ったりよ、そういうの見かけるだろ」

植山が力を入れ、康子に語り掛ける。

「だから間違っても、相手の脅迫にはのるな。いいか絶対だぞ」

「えぇ、お天道様に誓って」

康子は60代とは思えぬかわいらしい声で答える。

植山の説得に少しばかり安心したのか、声に震えが無くなってきた。

「そう、特殊能力を使ってパクられたら、多分死ぬまでムショでお勤めせにゃならんからな」

植山は康子へ遠回しに脅迫しているのだ。

だが、恐らくそれは事実なのだろう。

特殊能力犯罪は極めて重罪になる、それがたとえ元々は軽犯罪だったとしてもだ。


「ところで、連中への回答への期限はいつまでなんだ」

ようやく捜査じみたことへ話が踏み込む。

「一週間っていってたわ。また来るって」

「連絡先は」

「帰り際に『その気になったら連絡して』って瑞稀が書置きしてた、ちょっとまって」

康子が立ち上がり、電話機が鎮座するサイドボードへ向かう。

「やっぱり『カミソリのミズキ』は頭がキレるな、いや、ただボケていないだけか。

それにしても他のばあさんはどうやって連絡するつもりだったんだ」

植山が呆れる。まぁ元々がスリグループだ、誘拐、恐喝は初めてだから勝手が違うのだろう。

「はいこれ」

レシートの裏に走り書きで連絡先が書いてある、植山はそれをメモした。


 「多分連中も初めてのやり口だ、素人も同然。安心しな、桜ちゃんは助け出すからよ」

植山は康子へ手を伸ばす。

「うんお願いね、植山さん」

「それじゃ、俺達は一旦引き上げる。都庁の凄いマシンで三人の足取りを追う」

植山は席を立ち玄関へ向かう。

「何かあったらすぐに連絡してください、直ぐに駆け付けますから」

事務的だが力のこもった赤沢の口調は、赤沢なりの康子への配慮だろう。

「所轄にはこの家の周辺への警備を増やすよう頼んでおくから」

植山は最後にそう言い残して家を出た。

三人がSUVに乗り込むと、植山は携帯で昔の知り合いにその警邏の増強を依頼した。


 三人は空っぽのメガロポリスを走り抜け、都庁へと舞い戻る。

「警備局に連絡しますか」

黒木は切り出したが、植山に一蹴された。

「まだ早い、なにせ相手がバァさんばっかりだから放置されるかもしれんぞ」

植山は淡々と否定する。

「それに特殊能力犯罪って言ったって、ケチなスリじゃあな……

この事件は警視庁の捜査一課でも扱えんし、三課は特能には関わりたがらない」

植山もこの事件をどこのセクションに解決させるか決めかねているらしい。

「とにかく先ずは情報収集だ。話はそれからでいい」


地下三階の防爆庫に駐車すると、相談室のある四階へと向かう。

「そうだ、黒木、アレお前見たことないよな」

植山が少し楽しげに切り出す。

「アレってなんですか」

未知のものを代名詞で尋ねる問に対する当然の答えである。

「昔の映画でしか見たこと無いような部屋を見せてやる、期待してろよ」

相談室には銃火器、装甲車、自動車爆弾以外にも驚くべき施設があるのか。

四階で降りると、相談室には向かわずその脇にある部屋に向かう。

この部屋の扉は大金庫を思わせる相談室程ではないが、頑丈なつくりになっている。

「相談室係員、植山道弘は情報収集センター使用を申請します」

相談室員手帳と呼ばれるデバイスを扉にかざし、インターフォンに向かって宣言する。

ドアのロックが外れる音がした。

「まぁ、意外と小さいが、それなりのもんだかならな」

ヘヘヘと笑いながら植山がドアを開く。

中には、大きなスクリーンと、それに向かって何台ものPCが並んでいた。

そうだな、確かに映画で出てくる防空指揮所の様だ。

この手の設備はベイジンショック以降のサイバーテロ増大で使い物にならないと聞く。

だから最近のこの手指揮所なんかは分散することで、

一気に指揮系統が乗っ取られるなんてことを防いでいるらしい。

「ここは、サイバーテロ対策の最先端技術をつぎ込んでる。まぁいたちごっこなんだがな」

「警察とか自衛隊は元から外のネットと切り離してるけど、ここはそうじゃないの。

外と繋げつつ、不穏な輩は蹴落とす。そういうシステムなの。そのプロトタイプ」

赤沢が植山の補足をする。

「で、これってなんなんですか。戦闘指揮所じゃないですよね」

この相談室はまさかってことが余裕でありうる。黒木は恐る恐る尋ねた。

「違う違う、ほら『東京都セキュリティーセンター』って聞いたことない? それがここ」

赤沢が『まっさかー』という顔で否定する。

「知ってます、鳴り物入りの無用の長物って叩かれたアレですね」


『東京都セキュリティーセンター』

北京の一部と中国の首脳部が液体になったテロを受け、都民はテロへの恐怖に慄いた。

そして都民が日本中の田舎へと散らばった、通称大疎開が巻き起こる。

時期も悪かった、東京オリンピックにはまだ現実味があった。

だから東京都は全力で街頭にたんまりと監視カメラをつけ、安全性を印象付けようとした。

その集約センターが『東京都セキュリティーセンター』だ。

結局、都民の流出を防げず、オリンピックもご破算になった。

正に無駄な投資だった。


 「それが案外俺らの仕事にゃ有用なのよ」

植山はこの部屋がまるで頼れる相棒かのように眺める。

「とりあえず、一味のアジトを抑えるぞ」

植山は首を左右に振り、骨を鳴らす、そして肩をゆっくり回した、まるで戦闘準備のように。

そしてパソコンを起動し、死した都市に張り巡らされた目を覚まさせる。


 しかし、植山の準備体操とは裏腹にあっさりと一味の現在地が露見する。

世田谷区元麻布の一軒家、持ち主は現在青森在住、つまりは不法侵入。

「あっけないね、もう少し時間かかると思ったんだけど」

赤沢は意外そうな口ぶりだ、確かにこの部屋に入ったのは10分前の出来事だ。

三人の顔は事前に顔認証システムで追跡されていた。

植山はそのログをあさるだけで事足りたのだ。


映像を見たところ桜ちゃんはこの家に連れ込まれている。

持っていた食料から見て彼女も多分食事は与えられている。

最悪の状況っていう事ななさそうだ、ひとまず安心した。

「それじゃ、警備局捜査一課に連絡しますね」

相談室手帳のホットラインメニューから捜査一課を呼び出す。

目標の居場所も分かったことだし、あとは彼らの専門分野だ。

一味は突然強襲され、さぞや驚くことになるだろう、

そう高をくくっていた。



「すみませんが、一課は『今は』動けないないのです」



捜査一課の返答はコレだった。黒木は文字通り絶句した。

否、植山が方々に連絡した警察各部署の返答もこれだった。

植山は昔出動した銀行立てこもりで知り合ったSAT隊員に問いただした、

結局、答えは単純明快だった。


アジトのそばに中国大使館にある、それも近からず、遠からず、最悪の場所だ。

中国からは特殊能力難民を受け入れている、その能力は日本にとって貴重な『資源』だ。

一報中国にとっては内戦続く国内から『資源』の保管を日本に委託する形になる。

日中関係は、昔の日米関係には遠く及ばないものの高度な互恵関係に発展している。

実際、中国大使館の警備は日中合同練習なんてものをやってのける位には強化されている。


一味がもう少し大使館よりにアジトを構えれば、それ自体を問題に排除できる。

もう少し遠ければ、何の問題も無く事件として介入出来る。

老悪党はその絶妙な塩梅をついてきたのだ。

彼女たちにそんな高度な戦術はない、恐らく元高級住宅街に何となく住み着いただけだ。

どのの役所も大使館の存在にビビっているのだ。

何が『今は』だ、どの部署も恐らくその今はずっと続くのだ。



 だから、特能省警備局も警察も恐れているのだ、万が一の現実を。

しかし黒木には理解できない、たかだかケチな窃盗団が相手だ。

日頃訓練を重ねた特殊部隊の精鋭でどうにかできないのか。

容易に片づけられるだろう、それを上が渋っている。

クソッタレ。

植山と黒木は深刻を通りこして憂鬱な顔をしている。

己の古巣の不甲斐なさを嘆いている。全く、どうしてこうなった。


 だが、この場において、一人、わずかに笑顔を浮かべるものが居る。

赤沢美咲だ。その笑顔は、はたから見れば見惚れるような美しさを浮かべる。

しかし、黒木は嫌な予感しかしなかった。

植山も悟った、

植山は赤沢の口から、極めて厄介な解決方がでるのを防ごうとする。

「おい、まてお嬢ちゃん、俺の知り合いで頼れるのが——」

「こうなったら、相談室、突入せよ、ね」

赤沢は残念ながら興奮状態にある。最早誰も彼女を止められない。


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