中編③『罪と更生』
三人は『狙撃手ヤスコ』こと森康子の自宅の傍にSUVを止める。
直ぐそばに駐車しないのは、三人の来訪を悟られないため。
康子が在宅なのは前もって電話して確認してある。
白い一軒家、多少古ぼけてはいるが手入れはされている。
黒木はインターフォンを鳴らした。
インターフォンから老いつつも、上品でかわいらしい声が聞こえる。
「どなた」
だが普段とは違い何かに怯えた、そんな声色だ。
「生活相談室の黒木です」
「すぐ開けますから」
二週間おきの程度の訪問だが、今回ばかりは勝手が違うのはすぐに分かった。
ドアの向こうでばたばたと足音が響く。
一旦ドアが開くがチェーンが掛かっている。
康子はドアの隙間から直接三人を確認してから、向かい入れた。
「おいおい、どうした、ばぁさん。なんかあったか」
少しだけ深刻そうに植山が問う。
植山は昔のグループに関する話をするなと二人に厳命していた。
もし康子がスリ一味の再結成を狙っているなら、
康子に『警戒してますよ』と伝えるのは無論愚行である。
またはなんらかの接触を受けているなら、
話すか否かで康子がどれだけ相談室を信用してるかわかる。
接触の有無は相談室に許された監視網を使えばすぐにわかる。
仮になにも接触を受けて居なければ、
三人は地方から昔の仕事場を観光に来たか、それともこれから接触を図るかの二択。
いずれにしても黙っていたほうがいいと植山は判断したらしい。
「あの……警察に言うなって、言われてて」
康子は悲痛な顔をしている。
普段はかわいらしく老いたおばぁさんというイメージだ。
グレー寄りの白髪が多い髪も艶がある。
声もひばりの鳴き声の様だ。
最初この人がスリ一味の首領でしたと言われても信じられなかった。
しかし警察に言うな、か。ずいぶんと物騒な話になりそうだ。
「ふむ、ちょっとまってな」
植山はコートから相談室手帳を取り出す。
相談室手帳はスマートフォンに似た江戸紫の八角形デバイスだ。
機能はは立体フォログラフィ―投影、
指向性スピーカー、本人認証、
警察、特能省特殊部隊へのホットライン、
特能案件への介入申請機能と充実。
植山はそれをぐるっとあたり一面にかざしてみる。
「盗聴器、監視カメラの類は無いぞ。ばあさん安心して話しな」
植山が促す。そんな機能があるとは黒木も知らなかった。
「それじゃ……玄関で話すのもなんだし中へどうぞ」
康子はそれでも不安を隠し切れない様子で三人をリビングに招いた。
シンプルな丸い食卓に、二脚の椅子が並ぶリビング。
植山と康子が座り、黒木と赤沢は立って話を聞いた。
普段なら康子がどこかから足りない椅子を持ってくるが、今回はそれがない。
よほど切迫しているのは明白だった。
「んで、ばぁさん。何があった」
植山が取り調べのような口調で尋ねる。
「もう、植山さん、今回は私被害者なのよ、そのしゃべり方よしてよ」
「あぁ、ワリィ。癖でな。それで、どうしたんですかい」
多分、最初の詰問口調はわざとだ、康子の反応を探ったんだ。
「あの、四日ほど前にね昔の仲間が、ウチを訪ねてきたの」
「昔の仲間ってぇと、えーと名前は」
植山はとぼけたふりをする、無論前もって三人の名前は照会済み。
「倉持梅子、尾木良枝、浜田瑞稀の三人よ」
「そうそう。それで、なにか旧交を温めた、って訳じゃなさそうだな」
植山が身を乗り出す。
「そうなの、皆、あの事件以来田舎に帰ったでしょ、でも……」
康子は不安そうにテーブルの上に置いた手を見つめる。
「あの人たち、私と違って手当も年金も出ないし、それに盗むってことが好きでね……」
康子が深いため息をつく、どこかやるせなさを感じさせる顔だった。
「結局田舎でスリや万引きを繰り返して、地元に居られなくなったのよ」
「それで、東京で昔の仲間のお前の給付金目当てでやってきた? 」
「ちがうのよ、昔みたいに仕事をしようって言ってきたのよ」
康子は苦々し気な顔をする。
「私は今の手当で満足している。足洗ってお天道様に恥ずかしくない生き方をしてるのよ。でもあの人たちはそんなのお構いなし、挙句の果てに……」
康子の顔からぽろぽろと涙がこぼれる
「さくらを攫っていったの」
「ゆ、誘拐ぃー!?」
黒木が素っ頓狂な声を上げた、植山に睨まれる。
「さくらは、私にとっては孫みたいなものね……」
「みたいなもの、って言うと」
植山がメモを取り出す。
「私が財布を透視して、スリをしていたのはずっと昔から。あの事件の時、他にもそういう特殊能力者が居るんだって初めてしったの。怖かった、私も殺されるんじゃないかって。
だから政府が特殊能力者を認めて、共に生きようって言ってくれた日はとても嬉しかった、
でも今までやってきたことを凄く後悔したの」
植山がハンカチを差し出し、康子が受け取りそれで涙をぬぐう。
「その日、雨の中だったんだけど、ぶらぶらと歩いてたの。昔の罪を後悔しながら。
タマエ、桜のお母さんがね、名前わからないからそう呼んでるのだけど、倒れ込んでいたの」
康子はハンカチを植山に返す。
「ほら、あの時パニックだったから、病院にも連れて行けず、私の家で介抱したの。
そしたらおなかに子供が居てね。知り合いに手伝ってもらってどうにか出産したの」
「この家で出産したんですか」
少しばかり信じられないが、助産師が居れば問題ないのかもしれない。
「そうよ、あの時、病院は人が殺到しているか、閉鎖しちゃったかのどちらかだったから」
植山も少しばかり驚いた顔をしている。
「でも直後にお母さん、亡くなって。身元もわからないから、私が育てたの。
あの子を育てることが、せめてもの私なりの罪への清算だと思ってね」
康子がリビングに面した和室に目を遣る。
そこにはタマエと名付けられた本名不明の遺影と一輪のバラが添えてあった。
そうか、そういうことか。
黒木の中で三人組への激しい怒りがこみ上げるのを感じた。