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中編②『ソ連戦の英雄とスリ師達』

 赤沢教官による訓練を終えると、

一行はそのまま『御用聞き』へと向かう。

御用聞きとは特殊能力者への元へと直接赴き、

特殊能力の変化、犯罪組織からの接触、

その他さまざまな予兆に対する能動的捜査である。

三人は防弾使用のSUVに乗り込んだ。

「今日の対象は、そのアルツハイマーなのよ。だからいろいろと微妙だから覚悟してね」

赤沢が困惑顔を隠し切れない顔を浮かべる。

「それに、まぁ元々が変人だからな。いや、すごい経歴っちゃ経歴なんだがな」

「そうね、おっさんレベルとは行かないけど変わった経歴よ」

FBIアカデミーを卒業した日本警察警官と比較される経歴。

特殊能力者に纏わる人は特殊な事情を抱えてなければならないとでも言うのか。


「自分はソ連軍機甲師団の攻勢の中、前線から敵補給線へ浸透。

無反動砲、地雷を使用し戦車3両、弾薬輸送車1両を撃破いたしました」

瀟洒な作りの和室で黒木と特殊能力者、その妻が相対する。

目の前の老人がパラノイアじみた経歴を語っている。

「ソ連って、ロシアの前のソ連ですよね」

今やロシアは新ソ連と呼ばれている。

だから、この老人の話が何方であるかで意味合いは全く異なる。

「そりゃそうですよ。あなたあれは演習で、『撃破』したのはソ連じゃなくて自衛隊」

老妻が夫に何とか現実を教えようとする。

「何、ワシを友軍を撃つ賊軍扱いするか! 聞き捨てならん! 」

怒鳴り声をあげ、老人は勢いよく椅子から立ち上がるが、

その勢いで盛大に転ぶ。

「大丈夫ですか」

黒木がすかさず手を貸そうとする。

「大丈夫ですよ、この人体が頑丈なのだけが取り柄だから」

老人は何が自分を怒りへと突き動かしたのかすっかり忘れてしまったようだ。

ぽかーんとした表情で椅子に座りなおす。


 この老人は特殊能力者『伊藤真守』

能力空中を飛行可能。

飛行の際、スキー用具一式、防寒具を身につけなければならない。

つまり空飛ぶスキーヤー

経歴、北海道生まれ、高校卒業後、補士として陸上自衛隊に入隊。

後に昇格、三等陸曹へと昇格。

体力と戦技に卓越し、冬季遊撃レンジャー過程終了。

無論、スキー技術は一級である。

さっき言った戦訓は演習中の出来事だったらしい、

戦車三両を生身で屠るとは鉄人だ。

今の時代に最盛期を迎えて居たら特能省の特殊部隊員だっただろう。

ケガした同僚を担ぎ、吹雪の山中を滑り降りるという離れ業で表彰もされている。

後に書かれている情報は『ありきたり』な自衛官の人生なので省略。


 退職後、北海道倶知安町——これなんて読むんだ、

にマイホームと農地を買う。

JA倉庫警備員として勤務する傍ら、農業をたしなむ。

ベイジンショック後の地方土地バブル発生、

伊藤は倶知安町の土地を高値で売り払い、

二束三文の東京都内の家屋を購入。

残った資産は約五千万、特能給付金と年金合わせてちょっとした富豪。


 「奥様、なんで大疎開の時にそのままえーと」

「くっちゃん、倶知安町。言いたいことはわかるんですよ。なんで売っちゃたんだ、でしょ」

妻はほうじ茶をすすりながら、老いた夫に目を遣る。

「でもこの人が、テロリストがなんだ、俺に怖い物なんてありゃせんって言ってきかなくて……

息子二人には倶知安の土地残して全部うちゃって。やっぱり内地への憧れがあったんですかね」

老妻は淡々と語る。

「でも不便じゃありませんか、東京」

一昔前の人が聞いた全く意味不明の質問だ。

「いいえ、この人、土地を売った残りのお金のかなりの額をね」

老妻は立ち上がり、押し入れを開ける。

中には大量の保存食、防災用具、

果てには警棒なんてものも置いてある。

「こういうことにつぎ込んだから、食には不自由はしてないんですよ。

わざわざ定期的にでっかいトラックでこんなの運ぶよう契約してて」

変な夫をもった妻は少し困った顔を作る。


 「で、どういう風に特殊能力があるって解かったんですか」

黒木は自分の仕事、即ち特殊能力の詳細な把握に踏み込む。

「東京に引っ越してからね、荷物を整理していた時にスキーを見つけて」

床の間にはまるで家宝のようにスキー装備一式が飾られている。

まるで甲冑と日本刀の様に並べられたソレは芸術品の様だ。

「で、この人が懐かしがって履いてみたら」

「浮いちゃった、と」

「そうそう。それで、もうびっくりしちゃって。

だって世の中騒がしてる超能力者、いいえ特殊能力者ね、だったんだもの」

懐かしいような、恐怖体験を語るような表情だ。

想像に難くない。一時、特殊能力者は全て危険分子とまで言われていた。

今でも特殊能力を隠し生活している人も少なくない。

老人は目をつむっている、寝ているのだろうか。


 「最初はね、荷物を運ぶお仕事しようと思ってたらしいの」

慧眼である。当時、ドローン宅配はハッキングの危険性が高まり、

全ての関連プロジェクトが凍結された。

「確かに、ゴーストタウンでも速達の需要はありますからね」

「そうね、でもこの通りボケちゃったから。それも出来ずじまい」

さんざん自分を振り回した夫を慈しむ目で見つめる。

そろそろ時間だ、御暇するとするとしよう。


 「何かお困りのことがありましたらご連絡ください」

黒木はそう言い残し、伊藤宅を後にした。

所轄署巡りを終えた植山が運転席で待っていた。

黒木はいつものように後部座席に座る。

「よう、どうだったあの爺さん」

心配する風でもなく植山が尋ねる。

「かなり認知症が進んでますね、特能省でもあまり想定されてないケースです」

「そうだな。あの爺さんの能力で良かったよ、どうボケたって周りに被害はでねぇ」

「今後の課題として特能省の同期に回しときます」

「おー、キャリア様が動くとなれば安心だ」

からかい半分で植山が返す、が半分は本当の安堵感からくる声だ。


 ドアがノックされる、見ると赤沢が立っていた。

植山がロックを外し、助手席に赤沢が滑り込む。

「やっぱりおっさんの仕事じゃないこれ」

赤沢が不満をぶつける。

赤沢は伊藤宅周辺の無人家屋を回り、

タバコの吸い殻、空いた弁当、缶詰のゴミなど

最近人のいた痕跡が無いか探していた。

つまり伊藤を狙う不埒な輩がたむろっていないか偵察していた。


 「悪いな、でもここいらの窃盗犯係の奴らから気になる連絡あってよ」

植山曰く、大事件の起きる前にはわずかな予兆がある。

大量殺人犯、連続殺人犯は動物で殺しを覚える。

犯罪組織は目標の下見をする。

そういう事をかぎ分け、特殊能力者を守るのが植山の仕事。

無論、特殊能力者が事件に巻き込まれないとしても警察に通報し未然に防ぐ。

「ふーん、どんな情報」

植山の理由に納得した赤沢は、彼の得た情報に職務上の関心を抱いたようだ。

「いやな、不審な三人組のバァさんが路上でたむろしてたんだ。

だから職質掛けたら、昔の大物スリグループだったんだと」

「そのスリグループってもしかして」

「そう『狙撃手ヤスコ』のいたグループだ」

財布の中身を透視できる能力を持つ凄腕スリ師、森康子。

今は引退している、そのグループは東京にる。

「でもそれのどこが問題なんですか」

黒木は率直に問う。

「連中、大疎開で自分の田舎に引っ込んでたんだよ。それが徒党を組んで東京にきたってぇことは」

「グループ再結成が目的、ですか」

「そうだ、特殊能力犯罪は重罪だからな。未然に防げるなら越したことはない」

「おっさん、ちょっとした手柄じゃない」

赤沢が珍しく植山を褒める。

「よせよ、まだ事件になった訳じゃねぇ。それにお手柄なのは職質をかけた警邏の巡査よ」

こういうときの植山は割合真剣な顔になる。

普段はチワワみたに煩いのに、事件の匂いがすると猟犬にでもなるのか。

「今日の予定は全てキャンセル、森康子宅に向かうぞ」

植山は車を出した。


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