中編①『赤沢教官の射撃教室』
着任して一週間後、都庁の地下駐車場に本格的な射撃場が作られた。
この一報は赤沢を大いに歓喜させ、彼女は喜びの余り黒木に抱き着いた。
都庁警備にあたる機動隊、銃器対策部隊の訓練が困難な為設立されたらしい。
警察側からの要望で作られたので完成するまでその正体は解らなかった。
無論、この特殊能力者生活相談室係員も使用できる。
このおかげで黒木は赤沢による猛烈な指導を受けるハメになった。
地下をぶち抜いて作られた広い射撃場の隅で赤沢先生による射撃教室が開かれる。
射撃場がオープンして初日だ、どれだけ嬉しいんだ赤沢は。
射撃場の半分は一人一人が区切られた、射座と呼ばれるブースで的を狙う形式だ。
もう半分はグループで使えるようにある程度開けた空間になっている。
昼食後に来たが、他に射撃場利用者は居ない。
「それじゃ、まずあの的を狙ってみて」
黒木は体を真正面に向けて両手で拳銃を握る。
当然、弾は入っていない。
「肩に力が入りすぎだし、肘も伸ばしすぎ。それじゃ反動をモロに食らうわよ」
赤沢は黒木の肩を軽くたたき、黒木の手を掴んで体の方へ押し戻す。
「完全に前傾姿勢、拳銃にビビってのけ反ってるよ」
赤沢が背中をぐっと押してくる、ボディタッチが過剰ではないか
「ふむ。足と左手は、それでよし」
「おいおい、ちょっとまった。俺が教わってるCARと全然違うじゃねぇか」
黒木の隣にいる植山がぼやく。
「初心者に応用技教える程野暮じゃない。むしろアンタはそろそろコレを卒業しなさい」
「だってこれじゃM29が映えないぜ」
悪びれもせず植山が返す。
「全く、あんたのせいで私が死んだら、地獄でたんまり訛り玉ぶち込んでやるから」
ただ、黒木はあまり植山の腕に不安感はない。
なにせFBIで指導を受けているのだ、普段は趣味全開でもいざってときは『やる』はずだ。
「で、黒木、左手離してみて」
黒木は右手で拳銃を保持したまま左手を離す。
「やっぱり、確度が違う。銃身と手は一直線になるように」
赤沢は拳銃と手とを握り、ひねるようにして角度を変える。
「あと右手、というか指に力が入りすぎ。爪が白くなってるでしょ、見てみて」
黒木は銃を握った右手を顔に近づける。
「はい、ダメ―」
赤沢に頭をどつかれた。
「いきなり、なにするんですか」
黒木なりに精一杯の抗議をする。
「銃口管理、銃口を自分や他人に向けないこと。もちろん敵は別だけど」
赤沢の顔が鬼の様に豹変する。
「これ、守らないと、ガチでシバくよ。死ぬよ」
冗談ではない、本気の顔だ。
当然か、引き金を引きさえすれば銃口の先にいる人間が死傷する。
「幸い、私は優しいお姉さんなので、腕立て100回3セットで許してあげます」
「僕、運動経験無いんですよ。死んじゃいますよそんなの」
黒木は比較的細い腕を示して見せた。
「大丈夫、フィジカルも私が鍛えてあげるから」
赤沢は悪いことに満面の笑みを浮かべている。
マゾヒストに生まれたかった、黒木はそう思った。
「とにかく、銃口管理だけは大原則。他の銃でも同様だから」
赤沢が黒木の鼻先に指さし、念を指す。
「わかりました、絶対にやりませんよ」
黒木は肩をすくめそう答えるほかなかった。
この後はみっちりと細かい動作について講義を受けた。
弾倉を銃に装填する動作。
弾倉に込めた銃弾を薬室に込めるタイミング。
銃に着いた凹凸、照門と照星を使った狙いのつけかた。
目線を集中させるコツ。
引き金への指の掛け方。
ことりと落ちように引き金の引く方法。
特に引き金に関しては的を正確に狙っていても外れる原因になると厳しく指導された。
ガク引き——力任せに引き金を引くのはご法度だとのこと。
「映画と違って正直結構気を遣うんですね、銃って」
トレーニングを終えた黒木はぐったりした。
「まだまだこれから。なにぐったりしてるの」
赤沢が黒木の横っ腹を軽くどつく。
「それにちゃんと扱い覚えれば映画でもこれは演出、これはリアルってわかるよ」
「そんなもんですか、それじゃ相談室もどりますか」
黒木が拳銃を仕舞い出口に向かおうとすると、赤沢が黒木の腕を掴まえ、止めた。
「ちょっと、私まだ一発も撃ってないんだけど」
極めて遺憾とでも言いたげな顔で睨まれる。
「いや、僕いてもいなくてもいいじゃないですか」
「だーめ、実弾射撃を実際に見るのも訓練の一環です」
残念だったな、逃げ場はねぇぜ。そんなセリフの似合う悪党みたいな顔の赤沢が居た。
三人は射撃場の備品のイヤーマフを装着した。
赤沢がスイッチを操作して的を自動で動くカーテンのように動かして奥へセットし、
ストップウォッチみたいな機械を操作する。
的との距離は25m、人型の的はそれなりに小さく見える。
赤沢は的に背を向け、両手をだらんと垂らして立った。
機械からブザーが鳴る。
赤沢は素早く振り返りながら、拳銃を抜く。
拳銃は黒木と同じ貸与品。
両腕を直角に曲げ、まるで拝むかのように両手で拳銃を包む。
赤沢は体が的に対して左側面を晒すように姿勢をとり、
拳銃を的に向かって突き出す。
直後、一発目の発砲。
乾いた炸裂音がこだまするが、イヤーマフのお陰で耳障りではない。
赤沢は連続して射撃する、弾倉が空になる。
赤沢は空になった弾倉を引き抜き、腰のベルトに着けたポーチから予備の弾倉を取り出す。そしてリロードする。
再び射撃。
二つ目の弾倉が空になる、合計20発が撃ち込まれたことになる。
ストップウォッチは20秒ちょっとで止まった。
「やっぱり二十秒の壁は超えられないかー」
赤沢は悔しがっている、が黒木にとっては早業に見えた。
映画じゃよく聞く硝煙の匂いってものは感じなかった。
的を引き寄せると、弾丸はだいたい胴体中央に当たっていた。
「正確さとスピードは引き換えだからなぁ、こんなもんじゃねぇか」
植山が口をはさむ、
「なに偉そうに。じゃ次は黒木君におっさんが悪い例を見せてくれますよ」
赤沢は皮肉をいいつつ、射座へと植山を押しやる。
「よーし、見てろよ黒木ぃ、これが本場FBI仕込みの射撃ってやつよ」
植山はいきなり大きなリボルバーを引き抜くとすかさず一発撃ちこむ。
そしてわずかな時間をおいて次弾を撃つ。
発砲の間隔は赤沢より長い。
植山は六発を撃ち終えると満足げに振り返った。
「お前らの銃は相手を殺すにゃ何発か撃ち込まないといかん」
そして植山はリボルバーをわざとらしくクルクルと回す。
「だがM29、こいつなら一発だ」
誇らしげにリボルバーを掲げて見せる。
「そして肝心の腕前はというとだな」
植山は天井のレールを使って的を手元に引き寄せる。
「全弾頭部に命中。お嬢ちゃん、文句あるかい」
植山は時代劇の悪代官の様な笑みを浮かべている。
「先ず9mmでも人は死ぬわよ。大口径神話を捨てなさいよ」
矯正不能な悪ガキじみた中年を前に赤沢は深いため息を吐いた。
銃器に触れる際って自衛隊や警察が使う和名か
カタカナ英語、どちらがいいんでしょうね