前編②『桜ちゃん救出作戦』
フラッシュバンをまともに食らった補聴器付き悪女三人は失神寸前の醜態をさらしていた。
スリグループの監視役で『鷹の目ウメコ』とあだ名される、坂野梅子は失禁していた。
といっても彼女は介護用おむつを履いていたので尿が床を濡らすことはない。
リビングの中はヨーロピアンな白い高級家具で固められていた。正に豪邸といった趣だ。
その室内に似合わない武装をした黒木はこのみじめで哀れな三人組に銃口を向けて叫んでいる。
「特能省だ! 抵抗するな! 貴様らには特殊能力者恐喝の容疑がかかっている」
実際は抵抗するどころではない。
立ち上がることもままならない相手に定型文を読み上げる自分がなんだかおかしくなってくる。
ただ、それでもかなり威圧的に怒鳴り続ける。
玄関を爆破し、突入した赤沢がリビングに侵入してきた。
彼女もまた黒木と同じように戦闘服を身にまとい、JMP7を構えている。
赤沢は『鷹の目ウメコ』、『剃刀のヨシエ』『山手線のミズキ』と呼ばれる一味をうつ伏せにひっくり返す。
本来なら銃で脅し、犯人が自らうつ伏せになる手はずだが、この三人組はその力もない。
老人は骨が弱い、ひっくり返すときに骨折でもされたら後々問題になりかねない。
赤沢が丁寧に悪人三人組をひっくり返すさまは犯人を拘束する特殊部隊というより介護士だった。
「ちょ、ちょっと、まって腰、ぎっくり腰になった、優しく、優しくしてお願い」
最高齢のウメ子が涙を浮かべしゃがれた声で懇願する。
ウメ子の顔にはシワが深く刻まれ、年齢からくる弱々しさを露呈している。
この家から拝借したと思われる高級そうな花柄のシャツもその老いを隠すことは出来ない。
こんなざまで本当にスリグループの再結成をもくろんでいたのかと呆れるほかない。
昔、有名監督が老いぼれヤクザの映画を撮っていたっけ。
「貴様らは森康子から桜ちゃんを拉致し、それをネタにグループに加入を迫った、そうだな」
黒木が怒鳴り、銃口を三人にそれぞれに向ける。
赤沢は後ろ手に手錠をかける。
ウメコはもう答える能力が無い、呼吸をするのもやっとの様子だ。
「だったらなんだってのよ、文句あるの! ポリ公でもないくせに偉そうにしやがって」
最も若い剃刀のヨシエが叫ぶ。
ヨシエは人込みでバックを密かに切り裂き財布を抜き取る名人だった。
その割合過激な手口同様気丈な性格らしい。多分冷え性なのだろう、
五月なのにも関わらずそれなりに高価そうな赤いセーターを着込んでいる。
だが醜く太った彼女には正に豚に真珠だ。
黒木はこいつを集中的きに脅すことにした。
黒木は一瞬だまり、腹ばいになっているヨシエの後頭部に銃口を突き付ける。
「我々には無条件での発砲が許可されている、意味はわかるな」黒木はドスをきかせ呟く。
ヒィという悲鳴と共にヨシエも失禁者の会の輪に加わった。
彼女はウメコと違っておむつを履いてないから、ベージュのズボンに染みが広がる。
「他のものも同様だ、繰り返すが我々には無条件で発砲することが許可されている」
年老いた悪女三人は一同悲鳴を上げる。
黒木は再び犯罪の認否を確認する。
「繰り返す、森康子か桜ちゃんを拉致し、恐喝した、そうだな」
「そう、そうですよぅ、認めますよぅ、だから撃たないで、ね、頼むよ」
山手線の中を主な狩場としていたミズキが声を上げる、三人で一番冷静なのはこいつだ。
化粧さえすれば美魔女とまではいかなくとも、この家の主人たるマダム然たる美貌になるだろう。
「おとなしく罪を認め、解決に協力するなら発砲はしない、だが隠し立てをすると」
黒木は三人の前に立ち、それぞれに狙いを定める。
「一人ずつ撃たれる、そういう事もあるかもしれないな」
全く普段なら『殺せるのは虫くらい』な黒木らしからぬセリフである。
ウメコとヨシエは悲鳴を上げ縮こまる。
ウメコは縮こまったせいでぎっくり腰を痛め、再び悲鳴を上げる。
これが『作戦』だとは思えない、があくまでそうなのだ。
ミズキは割かし冷静だ、歳は還暦より少し若い程度だったはずだ。
「特能省ってのは凄いんだね、お巡りじゃそんなことできっこないよ。
あたしたちゃとんでもないことをしでかしちまったようだね」
ミズキは諦念し腹を括った様だ。
「ウメコのバァさんのぎっくり腰はウソじゃない、結構な頻度でやらかしてるんだ。
それにヨシエは結構肝っ玉が小さくて文字通り小便臭いガキだ。話を聞くなら私にしな」
ミズキは結構なタマだ。だが、この手の人間にはい、そうですかとなると主導権を失う。
「それはこちらが決めることだ、いいかこちらの質問への回答以外の発言を認めない」
黒木は力いっぱいの腹から出した声で断言した。
赤沢が三人から見える位置に立ち、短機関銃を向けている。
「それで桜ちゃんは無事なのか」
「ぶ、無事だと思う」
「無事だと思うとはなんだ! 何かあったら貴様らただじゃ済まんぞ! 」
黒木の雄たけびがリビングにこだまする、三人は余計に委縮した。
「桜ちゃんはどこにいる! 」、銃口をミズキに向けて黒木が叫ぶ。
「二階の押し入れだよ、ったく大げさだね」
赤沢が黒木に一瞥をくれると、リビングから吹き抜けで通じる階段を駆け上る。
「貴様らは特殊能力者恐喝の容疑が掛けられている、認めるか」
先ほどまでの雄たけび程ではないが、黒木なりに精一杯ドスを効かせて尋ねる。
「そ、そうなるの……たかだか昔馴染みのスリ仲間を集めようとしただけじゃないか」
ミズキはため息をついている、そんな重罪になるとは思っていなかったようだ。
二階からは赤沢が部屋から部屋へと桜ちゃん探しを続ける音がせわしなく響く。
「言っておくがな、特殊能力者恐喝はかなりの重罪だ。臭い飯をたんまり食わせてやる」
あぁ、普段の僕なら思いつかないようなセリフがペラペラと出てくる。
「おいおい、ウメコのバァさんムショで死んじまうよぅ、全く無常だね」
「貴様らが犯した罪相応の罰だ、観念するんだな」
これは特殊部隊ではなくハードボイルド系刑事ドラマのセリフだと言った後で黒木は後悔した。
「桜ちゃん確保ォ」赤沢の声が家中に轟く、まるで獣の雄たけびの様だ。
『桜ちゃんの容体は』
黒木は無線で赤沢に尋ねる。
『本当に押し入れにいた。汚い檻に入れられてて、なきっぱなし。そちらに連れていく』
この三人には人間の血が通っていないのか、黒木は怒りを爆発させた。
「貴様らぁ! 桜ちゃんがケガ一つでもしていたら、あの世に叩きこんでやるからな! 」
ミズキを除く二人恐ろしさの余り、盛大に声を上げて泣き始めていた。




