幕間②『元霊能力探偵』
林は靴カバーもせず、ズカズカと現場に踏み入る。
そのあまりにも不遜な態度に星もあっけにとられる。
しかし、あの丸々と小太り気味だった子供がこんな別嬪さんに成長するとは……
やっぱりこの林は同姓同名の別人じゃないか、そんな疑いが頭をもたげる。
星にとって林は、商売敵であり、確たる根拠のない重大証拠をもたらすものであり、
現場に混乱をもたらす、一種の悩みのタネだった。
霊能探偵ゆかりちゃんという可愛らしいあだ名とは裏腹に彼女の経歴は血生さい。
彼女が『愛羅ちゃん事件』で戦慄のデビューを果たしたのは2009年の頃だった。
東京都内の大型プールで当時小学2年生の愛羅ちゃんが忽然と姿を消した。
両親、妹、警備員が必死に探したものの、その姿は見つかることなく、警察が呼ばれた。
状況から誘拐事件と踏んだ警察により大規模な捜索が行われた。
しかし、半年ほど続いた捜査にも関わらず愛羅ちゃんの行方は杳として知れなかった。
否、犯人の目星は付いていた。客の一人、警備員で現場でも働いたことのある男だ。
彼には児童ポルノ所持の前科もあった、物証さえ出てくれればと祈ったものだ。
神経をすり減らした家族は報道番組を気取るバラエティーに一縷の望みを託した。
当時特捜部に組み込まれた星は家族を引き留めようとしたが、それも無駄だった。
家族が愛羅の無事の解放と、身代金を払う用意があることと涙ながらに訴えた。
そこに『林由香里』が現れた、星にとって全くの想定外だった。
自宅に却って、ビールを飲みながら番組を見ていた星は怒りに震えた。
元FBIや元刑事が出演するならまだわかる、だがイタコの血統の霊能少女だと。
TV局とはこの出演が終われば縁は切れるが、警察はそうはいかない。
捜査に悪影響がもたらされる、星が苦情の電話を知り合いのTVマンに掛けようとした。
林由香里は目を瞑り、 奇妙な弦楽器を打ち鳴らす。
彼女は苦悶の表情を浮かべた後、あどけない少女の顔に戻る。
「あそこに愛羅ちゃんのタオルが落ちてる」
現場となったプールで『霊視』をする少女はボイラー室を指さした。
星は電話に伸ばした手を思わず引っ込めた。
これは犯人のみが知りうる情報、つまり取り調べの際に裏を取るのに使う情報の一つだ。
内部から情報が漏れてる、そう決断した星は特捜部に電話を掛ける。
相手も困惑していた、誰が何のために漏洩なんてしでかすのか、全くわからない、と。
テレビクルーは神妙な面持ちを保ちつつ、わざとらしく驚愕しながら由香里に従う。
由香里は再び弦を弾き、内なる目で現場を見る。
「ここから外に出たの、男の人と一緒。この部屋で服を着た」
それも警察が追っている線だ。
現場には監視カメラがある、このルートだけが唯一カメラに映らず外へ出る道だった。
「ここで車にのったの、中にはおとこの人が二人いた」
複数犯は想定内だったが、異常小児性愛者の警備員単独犯が有力な説だった。
「それはどんな車」
レポーターが優しく問う。
「アイスクリーム屋さんの車」
「アイスクリーム屋さんね。我々もこの後車で愛羅ちゃんの行先を突き止めます」
緊迫した声ととともにCMに入った。
これは内部情報のリークに基づいた茶番だろうと思いつつ、星は存外緊張していた。
同時にNシステムで該当しそうな車の履歴を調べるべきと考える自分がいることに驚いた。
林は幾つかのパーキングエリアで車を乗り換え、4人の共犯者がいることを霊視した。
流石に警察はそこまで追い切れていなかった、特捜部は一視聴者になってしまった。
一行は導かれるままに、群馬県の廃村へと到着した。
殺人事件から廃村か、霊能力といい、オカルトにすぎる。
星はようやく冷静を取り戻し、番組へ苦情を再度入れようとする。
「ここに愛羅ちゃんがいる」
何かを震え、恐れる林が指さしたのは、不法投棄されら家電に埋まる小さな冷蔵庫だった。
冷蔵庫はガムテープで封をされている、確かに奇妙ではあるが……
テレビクルーが恐る恐る封をはがす、その様子を星も生唾を飲み見守る。
ぐしゃ
小さな音と共に腐乱した遺体が飛び出した。
直ぐにスタジオの映像に切り替わる。
だが、一瞬でもわかる、アレは、人間の死体だ。
星はタクシーを呼んで、特捜本部へと駆け付けることにした。
結果、あの遺体は愛羅ちゃん本人だった。
死因はおそらく餓死、複数人による暴行の形跡が認められる。
体液は検出できなかったが、体内から複数の陰毛を発見、DNA鑑定に回す。
林の霊視はアタリだった。
娘を嬲りものにされ、冷蔵庫に押し込まれて惨い最後を遂げた両親は半狂乱だった。
特捜部も半狂乱だった、霊能者、それも子供に出し抜かれた。
林由香里以下テレビクルー全員が重要参考人になった。
『霊視』は十分な証拠がなく、一行は偶然発見したということになった。
だが、彼女の霊視のみが遺体を発見したのも事実であり、彼女の言う足取りを追った。
これも、林の言った通り、アイスクリームのバンや乗り換えた車の特徴を突き詰め、
持ち主を当たると全員はかなり怪しかった。
小児ポルノ愛好家、幼児専門の露出狂、強姦魔、行き過ぎたサディスト。
全員何らかの前科があった為、DNA鑑定も進み容易に逮捕、立件できた。
だが容易と言っても林を抜きにこの愛羅ちゃん事件は解決できなかった。
主犯格と思われた警備員はただの囮だったからだ。
特捜はこいつを追い回すあまり他の犯人へと
その後も、何回か林はいくつかの失踪、誘拐事件を解決し、話題をさらった。
しかし、いつしか姿を見なくなった、確か東日本大震災のあたりだ。
星はどこかで彼女も被災者の一人ではないかと思っていた。
その彼女を名乗る若い女が目の前にいる、丸かった顔はその面影を残していない。
「おい、林由香里って……あの林由香里か、霊能力の」
星は呆然として呆然として誰何する。
「霊能力ね、昔のファン? 違う、あなた愛羅ちゃん事件の時の」
「そう、間抜けな特捜刑事の星だ。お久しぶりだな、由香里ちゃん」
当時、星は二回ほど林の聴取に当たった。
聴取と言っても子供相手だから、普段の厳しい口調は使えず困惑し、
ゆかりちゃんと呼んでいた癖がふいに出てきた。
「間抜けだったら特能警備局いないと思いますけど……」
林は返答に困っているようだ。
「なんで嬢ちゃんが特能事故調にいる。この案件も霊視で解決するつもりかい」
星は訝し気に問う。
「星さん、違いますよ。彼女は霊能力じゃなくて特殊能力者だったんですよ」
浅沼が事情を全く知らない星へ説明する。
「じゃ、イタコの血統云々は関係なく、愛羅ちゃん事件も特殊能力だったと」
「今じゃそうなってます。僕も特能事故調ですが、彼女は特殊班。つまり特殊能力者で構成された捜査部門で勤務してます」
「そういう事です、今では私も同業者ですよ星さん、ちょっと変わってますけど」
林がラフに敬礼する。
「そうか、霊視じゃなかったのか、ちなみに君の能力を教えてもらえるか」
情報保全上、断られるのを承知で尋ねてみる。
「私の能力は『過去視』です。過去に何が起こったか『観える』ちゃうんです。
だからこうして、特能事故調で鑑識が困難な事件専門部署にいる訳で……」
あっさりと言ってのける林とは裏腹に、星は絶句した。
愛羅ちゃん事件の時、10代前半の彼女は悲惨な事件現場を『観て』しまったんだ。
延々と続く性的暴行、密閉された冷蔵庫の恐怖、それを彼女もまた観ていた。
俺はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
彼女は単に偶然やいかさまで事件を解決したのではない、『観た』のだ。
もう少し配慮してやってもよかった、カウンセラーに当たらせるべきだった。
林は警備局手帳と似た、電子端末を取り出す。
「班長、林です。現場に到着しました、特殊能力の行使を申請します。了解しました」
林は覚悟を決めた顔になった。
「これより、過去視を行います。お静かにお願いします」
彼女の一言により世界は静寂に包まれた。




