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中編⑧『監視所設営』

 一行は黒木宅から現場に直行せず、都庁にに戻ることとなった。

ただし、あくまで相談室には立ち寄らず地下の装備庫だけが目的地だ。

それに相談室に立ち寄ってまた余計な仕事を押し付けられるのも癪にさわる。

SUVは地下駐車場に滑り込んだ。


 三人は『装備庫』と書かれたコンテナの中でおのおの作業を進める。

コンテナは三つあり、そのうちの備品庫に三人はいる。

コンテナと言ってもかなり大きい、黒木が上に手を伸ばしても天井に届かない。

黒木は赤沢によって、全身にもりもりと装備を盛り付ける。

「これはプレートキャリアー」

「これがマガジンポーチ、この編み目に差し込んで使うから、一回目はやってあげる」

まるで成人式の女の子の着付けみたいだ。

だが実際は見た目だけの兵士が出来上がっている。

このMOLLEシステムとやらに慣れた黒木は自分で出された装備をつけていく。


「おっさん、サーマルビジョンの使い方わかる? 」

赤沢は双眼鏡のような機械を植山に差し出す。

「暗視装置ならFBIの実習で使ったことがあるが、サーマルってなんだ」

「簡単に言えば熱を『見えるように』してくれるの。タグを見たら先月配備の新装備。

勿論特殊能力関連装備。使い方は、多分わかると思う」

「ふぅん、マニュアル読んでみてだな。それにそんなもの無くたって張り込みは出来るさ」

己の腕と経験への自信はある様だが、この手のテクノロジーに割と敏感らしい。

そこが普通の名刑事とこの奇妙なハードボイルド気取りの違いなのか。

黒木は一人で思案し、納得する。

「おい、黒木、お前配置に着いたらこれを窓につけろ」

植山が黒い小さいプラスチックの箱にコードが付いた電子機械を差し出す。

「こいつは盗聴器だ。俺がこのサーマルが使えなくてもこれをつけりゃ相手の会話と

おおよその位置がわかる。使うときは本体のテープをはがして壁に着けて、

このケーブルの先を窓につけてその上からこの透明なテープで貼り付けろ。

タイミングは俺が指示する」

黒木はうなずき、それを受け取り腰回りに着けたポーチに入れる。

赤沢は石川と連絡をして、無線の周波数を合わせている。

「黒木、おっさん、無線の周波数合わせたから。一応、これは大使館側にも流すって」

赤沢が植山に無線機を渡して、黒木の胸元にあるポーチに無線機をセットする。

「これがヘッドセット、と言っても今回は銃撃戦にはならないからイヤフォン型だけど」

赤沢が黒木の耳にイヤフォンをねじ込み、マイクの角度をセットする。

「ふむ、こんなものね」

赤沢は黒木の足元からつま先まで見回す。

「はい、じゃ一回脱いで」

これまでの作業をぶち壊しにするラグナロクの笛の音が響く。

「それ着て一日中移動と監視をする覚悟があるならいいけれど」

黒木は破壊の女神の一言を受け入れた。


 「ここは? 三階建てだから庭木に邪魔されないんじゃない」

「遠すぎる、それに黒木の突入口を監視できない」

赤沢と植山は件のコンテナの中でアジトを監視するポイントを決めている。

無人と言えども持ち主が居る家に勝手に乗り込み、

あまつさえ監視所にするなんてことは普通認められない。

確かに警察には認められていない、だが東京都には認められている。

『放置家屋の調査に関する条例』

過疎化によって無人になった家の状況を確認するため作られた条例だ。

普通この手の条例には反対運動が撒きあがるのだが、

反対運動をする人間がいない東京はすんなりこの条例を受け入れた。

それをこの相談室は逆手にとって、勝手に民家を前線基地に仕立て上げようとしている。

「やっぱり最初の候補のここしかないんじゃないですか」

それはアジトの真隣の二階建て3世帯住宅だった。

「そうだな、ここにするか。よし、車に荷物詰め込めるぞ」

植山は大きな三脚を肩に乗せ、SUVへと向かう。

黒木も様々な監視用機材を詰めたコンテナを運ぼうとするが

「精密機器だから、私がやる」

と横から赤沢に奪われた。

結局黒木はサブマシンガンを入れたガンケースとマガジンを運び込んだ。


 『ガシャン』

窓ガラスは植山の握ったハンマーにより簡単に砕かれた。

「俺がこんな泥棒みたいなマネするとはな」

植山は自嘲気味につぶやきながら、窓を開き二人を室内へ招いた。

三人とも土足で上がり込む。

本来ならそれでも法的には微妙だが、玄関からピッキング入る手もあったが、

それではアジトから丸見えの為、裏側になる窓から侵入した。

車も500m離れた車庫の中に隠した。

三人の姿を見られない限り、

恐らくスリ一味にこの武装集団の接近を探知するすべは無い。


「二階に三脚持ってくから、黒木手伝ってくれ」

黒木は三脚の脚を持ち、狭い階段を上る。

階段にはこの家の子供が描いたと思われる絵と、

祖父母の趣味と思われる公園の水彩画が飾られている。

元住人はまさかここが勝手に前線基地として使われるなんて思いもしなかっただろう。

「それじゃ、ここに陣取るぞ。各自準備にかかれ」

結局、スリ一味のアジトに面していた部屋は子供部屋だった。

見たところ男の子の部屋だ、地球儀やずらりとそろった図鑑、子供には高価そうな車の模型。

親の教育熱心さが伝わる、そんなレイアウトだ。

だが二段ベットの下には段ボールで作られた秘密基地がある。

いたずら書きからやんちゃさも垣間見える。

そこに無線機、サーマルゴーグル、望遠鏡、盗聴器の母機、サブマシンガンが運び込まれる。

もはやここは本物の秘密の前線基地だ、赤沢は盗聴器の動作を確認し、

植山は三脚に大きな望遠鏡を備え付けている。

黒木は専門道具のセットが出来ないから、元の住人の遺産をどかし場所を作った。

「私、連中のアジトにセンサーつけてくるから。何かあったら無線で教えて」

赤沢はコンテナの中から小さな機械と盗聴器を取り出し、外へ出ていった。


「黒木、お前昨日頑張りすぎたから、今位休んでいいぞ」

植山が望遠鏡をのぞきながら声をかける。

「ありがとうございます、お言葉に甘えて」

黒木は勉強椅子に腰を下ろした。車から荷物を運ぶのにもかなり疲れた。

「ばぁさん三人は、カーテン下ろしてやがるな、予想の範囲内だが……」

「日中光浴びないと体内時計狂いますよ、あの年なら効くでしょう。マトモじゃないですよ」

「普通の人間は残り少ない命を削ってまでスリなんかしようとは思わんよ」

植山はため息交じりに返し、サーマルビジョン付き双眼鏡のマニュアルに目を通す。

「案外簡単に使えるもんだな、いや簡単に使えるように設計されてるんだ、こいつ」

植山は双眼鏡を覗き込み、持ち手についたスイッチを何回か押した。

「よし、これでばっちり。おお、良く見える」

植山はこの装備を大層気に入ったようだ。

『こちらオオタカ、ヤマザクラ1、聞こえるか、目標1はリビングにいる、オワリ』

植山の声が黒木のイヤフォンからも聞こえてくる。

『こちらヤマザクラ1、了解、虫は取りつけた、撤収する。オワリ』

今度は赤沢の声だ。


 植山が盗聴器の母機をいじると悪党の会話が聞こえる。

『どうしよう、オムツもうそろそろ切れそうなんだけど』

『だから、オムツもっともってこないとって言ったじゃない。東京にドラックストアなんて無いんだから。どこか置いてある店調べるからちょっとまってて』

武装した三人組に監視されている人間の会話とは思えない能天気さだ。

能天気といっても、すこし事態は切迫しているようだが。

黒木は少し笑ってしまった。

「どこがツボに入ったんだ」

植山が興味ありげに聞いてくる。

「いやスリ一味と言っても会話は案外普通なんだなって」

「まぁ、そうさなぁ。でも、そういう奴『も』怖いんだぜ」

植山は缶コーヒーを二本開き、一本を黒木に渡した。


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