先に見つけたのはわたし
消しそうな予感に満ちております。
はっきり言わせてもらえば、僕はめちゃ頭が良い。優良である。
中学の頃にはパソコンを自作できたほど優良である。
理工系は言わずもがな、現代文に古文漢文、英語に中国語に2ちゃん用語、地理に歴史まで古今東西どんとこいである。
そこまで頭よくてパソコン持ちで中坊で自室も与えられていれば行く道はひとつ、ネトゲ道である。
父は仕事から帰ればファミコンに興じ、長男の僕は自室でネトゲ三昧。弟は一度僕のパソコンをバットで叩き割ったが、もちろん僕は恨み辛みしか感じなかった。
今まで積み重ねてきた架空のあれやこれ、収集してきた架空のどれやそれが、一瞬にして消えた。
その価値と、その喪失が理解らない家族に、心底怒りを覚えた。
そんな思春期を過ごしたからか、そこらのリア充、分けても礼を失する阿呆などとは、なにか雑談しても疲れるだけで、黙って聞くのが精いっぱい。
結果、大人しいとかしゃべらないとか無口とかノリがどうのとか、同世代リア充との三次元コミュニケートではだいだい赤点をくらってしまう。
僕はめちゃめちゃ頭がいいのだが、そのポテンシャルを発揮できずに、各種イベントのたびに虚弱体質が発動してしまうのだ。
寝込みながら僕は夢を見た。
僕だけを見て、僕だけを愛し、健康で、僕の代わりに三次元で活躍し、やがて僕の弱点を治す画期的な方法で寝込み続ける僕を救いだし、僕の配偶者になってくれる、完璧なる二次元の美少女─白薔薇の花嫁こと、豆鈴そらちゃんの夢を。
その頃にはしっかりと鬱病を発症していた僕は、今も神と仰ぐ監督の手掛けた膨大な作品群を見尽くし、俺のそらの物語をblogに書き上げたら、思い残すことなく異世界に転生しよう、と考えながら、二次元アイドルのプロデューサーとして辣腕をふるっていた。
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わたしの敬愛する立体アニメーション監督が亡くなった。まだ60代であられた。
立体アニメーションと言っても、アナ雪みたいなCGではない。
思えば監督と相棒の作画監督さんは、ずいぶん前にアメリカでお仕事をし、戻って来られて以降すっかり作風がおかしくなってしまった。
スピリットは変わらないのに、何作も新作を手掛けられ、きちんと仕上げられたのに、渡米前の「あれ」はもう見ることができなかった。
おまけに、ネトゲが原作の十代向けの劇場版なんてものまで引き受けられたらしく、わたしが気づいた頃には2板に監督への罵詈雑言が書き散らかされていた。
監督は職人だから、ぜひにと頼まれたらどんな無謀な作品でも受けて立つだろう。
そういうところも含めて、なんてすばらしく、なんて不遇な監督だったろう、と、訃報を知った後はただただ毎夜、監督への思いをつづった皆さんのツイートを、タイムラインにリツイートしながら泣いていた。
そのついったらーのうちの一人が、脳内妹と婚約している、あの坊やだった。
よくも悪くも、アイコンから何からおそろしく個性的な坊やだった。
僕は人口を減らしたいんだ、だから社会からはじかれて無差別殺人をした人を非難なんかしない、愚民は滅びるべきなんだ、などと、読み手の背筋が凍るような、しかも何ら法に触れないつぶやきをサラサラと書き流していた。
こんなに若い子が、わたしの敬愛した古参の監督の、いったい何に興味をもってくれたのかたずねてみたかったが、おっかないので訊けなかった。
でも、おっかないツイートのほかは、二次元アイドルの仮想プロデュースに廃課金してウキウキしていたり、三次元での就業に一喜一憂していたりで、読めば読むほど、興味の尽きない子だった。
心臓にわるいツイートも突発的に撃つ子なので、アカウントを記憶して何ヵ月かに一度くらいそーっと様子を見ていた。
わたしも就業がハズレばかりで慌ただしく、そのツイートを見つけたのは、ようやく就職が決まった翌月なかばだった。
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(エタるかも)