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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あっちとこっち

ウチの神殿長は、

作者: 木。

 ウチの神殿長は口が悪いです。

だからアッサリと言いました。


聖女(せーじょ)さんのお客さまに(のろ)いをかけたって……あの国ばかなの?」


 わたしもそう思います。

神殿長は思ったことや感じたこと・考えたことをポンポン口にするものだから、ちょっとした騒動が後を絶ちません。

が、コレは状況がひどい。

仰々しい文箱に入って届けられた依頼書――翻訳文書ではなく原書――を、読み上げた神官長も渋面です。他国からの依頼、と言うことで同席した会計医部長は呆れ返っています。

しかも、


「その呪いをコッチで解いて欲しいって……」


 神殿長は、むぅっと下唇を突き出しました。

心の底からイヤなことや納得できない事案に直面したときにする仕草です。ビクリとします。神殿長がこう(・・)なったら止まりません。ぶうぶう言いたい放題になります。


「あの国ばかなの? そもそも聖女さんだって異界から魔法で誘拐したんじゃん。『二度とやるな』って前の神殿長がウチ以外の宗派も周辺各国も巻き込んで連盟作って会議して採択して正式文書作ってキッチリ厳重注意したのに。だから僕、彼女を送還する時は手伝おうかなっと思ってたら、こっそり新しい別の人をまた誘拐して挙句に『(のろ)っちゃった。解いて』とか……あの国ばかなの?」


 あ。

わたしは思わず上役二人を見ました。神官長と部長が沈痛な表情で目を閉じています。かの国に黙祷を捧げている姿に、そっと目をそらしてしまいました。

 ぶすくれた神殿長が同じ言葉を繰り返したときは本当にダメです。信頼する神官長や部長をはじめとする神殿関係者どころか、国府の行政命令や出ないけれども王命ですら聞き入れません。一昨年亡くなった御祖母様のお言葉なら、かろうじて聞いてくれそうですが、既に鬼籍に入られて数年経つ故人に、死んでからも御迷惑をおかけするわけにはまいりません。そんな事をすれば、神殿長がガチでキレ――えふん。失礼しました。


 ともかく、断るにしろイヤがるにしろ依頼書に対する返事は出さないといけません。

午後から神殿長の側仕え当番でわたしはここにいますが、いつもは祭祀お勤めをする神官兼神殿経理を処理する事務官です。事務の一環で通信文書の草案作りは職務内容の一つですから、頭の中でどの形式が沿っているのか検索します。穏便かつ遠回しにキッパリ拒否るって難しいんですよ。

部屋は一時(いっとき)沈黙に包まれました。やがて、むくれかえった神殿長は考えるそぶりを見せてから言いました。


「呪われちゃった人、ココに来られるかな?」


 はい?

わたしは目を(またた)いて神殿長を見ました。神官長と部長は謹聴して待っています。

神殿長は「自分達がかけた(のろ)いも始末できないなら何でかけたのか全っ然わかんないけれど」と前置いてから、考えたらしい事を話し始めました。


「今現在、異界の人にとんだご迷惑をかけているのは間違いないんだから盟主としてあの国を訪問してお詫びするのが筋なんだろうけど僕この国から動けないし、何より加盟してくれた他の宗派や国々は未だ知らないだろうから連絡しないといけないし。そしたら一騒動おきちゃうよ。『二度とするなって言ったのに何やってんだ』って。そうなる前に、その人は一度あの国から出た方が良いと思う。聖女さんみたいに、あの国に囚われる<神の場縛(じょうばく)>の呪い(まじない)系がかかっていたら危険だけれど、人間に(のろ)われちゃったンならそうでないみたいだし。なら物理的に距離を置けば、呪いは解けなくても威力は弱まるかも知んない。少なくとも今かかっている以上に強くなる事は無いし、大体あの国を恨みこそすれ良い心象とか持って無いと思うから、出国自体には難色を示さないんじゃないかなぁって」


 どうかな? と、尋ねた神殿長に、神官長は顎をなでながら部長を見ました。

政治的な駆け引きや日程の調整は神官長が得意だけれども、移動にかかる交通経費や護衛の人件費の捻出は会計医部長の管轄です。もちろん最終的には連盟の基金から出されますが、当面の費用の立替はウチが請け負う事になるでしょう。どこから引っ張ってくるにしても、今すぐ動かせる現金がどのくらい準備できるのかは部長の手腕がものを言います。

遠くを見るような仕草をした部長は(おもむろ)に神殿長と神官長を見ると顎を引いて指を三本立てました。


「三十かぁ」

「難しいですな」


 ガッカリしたような声を上げて神殿長は頭を抱え、神官長は天井を仰ぎました。

三十とは育ち盛りの子供が二人いる四人家族の一月分の生活費に充当する金額で、大金と言えば大金です。(ひと)りお徒歩(かち)(たび)なら、宿代込みで足ります。が、腕のいい護衛を雇えば手付けの前払い金で全額吹っ飛ぶこともありますし、それ以前に国境自体に難所が多く移動距離が長いので、動物を(あがな)い旅の供としなければ辿り着く事もできません。

部屋の雰囲気のしょんぼりっぷりに部長はムッとして言いました。


「違う。三千だ」


 ガタリと机が音を立てました。

失礼。わたしです。あまりの額の大きさに動揺してしまいました。でも、ちょっとした(ひと)財産に近い数字じゃないですかヤダー。あの、けれど部長?

それひょっとして、


「コーリドーフの売れ行きが尋常じゃなくて」

「待ちなさい。コーリドーフとは何ですか?」


 ……眉をひそめた神官長から、そっと目を逸らしながら報告する気ですか部長。

だけど気持ちはわかります。

ええ。

それはもう。

初めての工房体験が思いがけず楽しくって、部署が違いましたが事務官(わたし)達も調子に乗って豆を加工する作業に参加しちゃあ没頭しましたから。

交替で。

 ひっそりと(うつむ)いた部長に近付いて、頭をワシリと掴んで上向かせた神官長は神殿長に何かを言おうと振り返って――絶句しました。


「神殿長……また貴方ですか」


 ものすごく気まずそうな表情を浮かべた神殿長が顔を背けたものだから、……あれ? え、ちょ、神殿長すみませんコッチに顔を向けないで下さい。神官長の視界の中にキョドるわたしも入ってしまぅうわあぁ目が合ったぁあ。


「イルタパイヴァ事務官……貴方まで」


 ぇええぇそんなっ神官長ガッカリどころか残念な子を見るような顔なさらないで下さい地味にショックです。

頭ワシリされたまま開き直った部長は早口で報告を始めました。


「去年は一昨年に続いて豆が大豊作で値崩れして売れなくて保管できる量も決まっているし備蓄は一昨年の豆がまだたっぷりあったし畑で腐らせるのもアレだなぁって思ってたらたまたま外遊に来ていた医家(いか)仲間が『コーリドーフにすれば』って助言と製法(レシピ)くれて試しに作って食ってみたら美味かった!」


 ちなみに会計医部長は魔法医ですが、神殿管轄の施療院と、独立機関である会計検査院をイロイロあった結果兼任部長しています。

通常は施療院の部長として患者に向き合っているので、いつも新しい技術や学術が治療に転用できないか模索し珍しい情報に敏感で研究熱心です。

外遊に来ていた医家仲間というのは、随分昔に異界から落っこちてきた有名人ですが、我々が<異界>の存在を知った切っ掛けの人物でもあります。

ウチの神殿長は結果的ヒキコモリですが珍しモノ好きで冒険心があり、実は医家と面識を得ています。初対面で神殿長と部長と医家の三人はウマが合っていました。公休日の神官長には内緒にしていたのに何故かバレて、後日めちゃくちゃ叱られてましたがウチで起きる椿事は大体この二人が中心になっています。

 だから、神殿長もキリっとした顔で言いました。


「常温で保管できる豆の加工品があんなに美味しいなんて思わなくて、種まきが終わった祈念祭で振る舞ったら次から次へと売ってくれって反応が嬉しくて。今年も豆が大豊作だったし、じゃあ備蓄分をのけて今ある一昨年からの在庫全部使って作って売るように僕が指示った!」


 神殿長、(いさぎよ)いです。

とっても凛々しい姿にポっとなるお嬢さん達が出そうですが、まだ九歳なので色気は皆無。どっちかというと、今はお年寄りやおっちゃんおばちゃん達に可愛がられています。神殿長なのにお菓子貰ってキャッキャ喜んでいたら「虫歯になるから」と一個を残して全部取り上げられ半ベソかいてた今日のオヤツの時間は語り継がれる事でしょう。

 余談ですが、午前中の側仕え当番が取り上げたお菓子は、明日には腐っちゃう生菓子だったので一口大にカットされて神殿に出入りする皆のオヤツになりました。

美味しかったです神殿長。


 そして、報告を聞いて満面の笑みを浮かべた神官長は、ギリギリと部長の頭をアイアンクローしました。部長が痛がってワタワタし始めます。神殿長が青ざめました。

元騎士だった神官長の握力はとても強いのです。

やらかした神殿長と部長を叱って後始末をするのは、いつの間にやら神官長のお役目になっていますが、それは業務ではありませんので特別手当は出ません。

神官長の目が据わってきました。ひぃ。


「そ  れ  を、ナゼ私に言わなかったんです? 何か忙しそうにコッソリやってるなぁとは思いましたがね? 春の大会議の後はムリでも、それこそ評価を得た祈念祭の後にでも新しい加工食品の目途が立ったとでも報告すればよかったんですよ会計医部長」


 神官長はパッと手を離して神殿長に近づきました。

解放された部長はその場に崩れ落ちて頭を抱えています。ちょっと涙目になっているのは見なかったことにしますね。

神官長はビビる神殿長の頬っぺたを両手で真横に引っ張りました。むにょっと、広がります。神殿長は抵抗しますが体格差が大きいので(かな)いません。


「神殿長も神殿長です。相談して下されば良かったのに、おかげで今年の冬の交流会は大忙し決定ですよ私。出入りの商人を通じて商業組合に面会予約を入れなきゃなりません。問屋街と運搬組合の兼ね合いを考えて下さい。需要に対する供給も重要ですが、そもそも物流には限界があるんです。イキナリ新しい商品を求められても用意できなかったら商人の名折れですし上手く回っている流通事情にも打撃を与えることになります。お(うち)の商売をお手伝いなさっていた神殿長ならお分かりでしょう」


 神殿長の実家は金物貸(かねものか)しです。

新興の金貸しで、紹介制の変わった店ということで業界話題になったそうです。預けられた質草を他者に貸し出すという商売は、当時はとても珍しかったと聞きました。もちろん質草を粗末に扱うようなことはしません。返済が終わって帰って来た宝飾品に細やかなクリーニングが施されていた丁寧な仕事に、稀少本も持ち込まれるようになったそうです。そちらは店の外への持ち出しと写本を禁止する徹底ぶりで、閲覧は時間制でしたが法外な料金を取らない。その代わりに、読後は別棟に造った喫茶店でお茶を飲むことを条件にした為、本を目当てに知識人が集いました。

 こちらは世間の評判になりました。

なんでこんなに詳しいかと言うと休日の神官長と部長がその店が開店してからの常連で、緊急のたびに呼び出しに行っているからです。神官長は珈琲という変わった飲み物が好きで、部長は本に釣られて集ってくる知識人との交流が目当てでした。


 ついでに申しますと探し続けていた今代の神殿長が、そこン()の孫だったと知った時の衝撃は忘れられない思い出です。

隠蔽し続けた神の御業(みわざ)に感動するより先に、何年も通ってて気付かなかった上役二人の落ち込みっぷりはもちろん、わたし達だって立ち直るのに時間がかかりました。


「それにイルタパイヴァ事務か」

「はい! すみません!」


 (かぶ)り気味に謝罪しました。神官長が硬直したまま、みょんと伸びた頬っぺたの神殿長と目を合わせると二人して溜め息を吐きました。何となく、わたしに呆れているようです。

すみません。

小心者なんであんまり見ないで下さい。

心の声が伝わったのか、神官長から解放されてプイと横を向いた神殿長に感謝します。でも頬っぺたは赤いです。さすさすしているのは痛いからですね。後で氷嚢(ひょうのう)持ってきますから、もう少し我慢して下さい神殿長。

神官長はテキパキと依頼書を文箱に収めると言いました。


「では、異界の人の呪いを解こうと思うので、こちらに来ていただくように返事をする。ということで宜しいですか神殿長?」

「うん」

「うんじゃなくて、」

「はい。そのように返信願います」


 神殿長の返事に、神官長と部長はニッコリ笑いました。特に神官長は、神殿長の公式の受け答えに気を遣っておられます。言葉遣いや礼儀作法は普段から心掛けていないと一朝一夕には身につかないからです。

 文箱をわたしに渡しながら神官長は指示を矢継ぎ早に出しました。


「イルタパイヴァ事務官は夜の当番に前倒しで側仕え業務を引き継いだ後、直ぐに草案作りに着手しなさい。相手国と我が国の二カ国語分の作成になりますが、出来次第、国府に返信と現金を送ります。会計医部長は動かせる金子(きんす)を千と五百と千五百の三つに分けて準備を。千は国府に、五百はコチラで保管する為に、千五百は――対隠密修練を積んだ神官騎士達を派遣する費用です。かの人の護衛に行かせます。……本日中に」


 ひそめられた声音に、文箱を持っていたわたしはピクリとし予備の紙に何かを書き付けていた部長が目を上げました。

さすさすしていた神殿長の動きも止まっています。

全員から注目された神官長は静かに説明しました。


「何故あの国が再び異界から人を拉致したのか、医家のコーリドーフで解りました。自助努力をせず魔獣を払う力を欲して異界から聖女の力を持つ少女を拉致した国です。彼女の力で魔獣が減り人口が増えたせいで食糧不足に陥ったあの国は、開墾や牧畜農業改良普及に努めるのでなく、手っ取り早く解決するために異界の知識を求めたのですよ」


 ザッと血の気が引きました。

つまり今回の件は我々が作ったコーリドーフが一因でもあるのです。部屋の緊張を感じた神官長は「コレは私の勝手な推測ですが」と言いました。


「聖女のお客を呪った理由は、多分、かの人は知識を(あた)えなかったからではないかと思います。有識者や技術者は、よほどの天才でもない限り成人しています。少女(コドモ)だった聖女は(だま)せても、高い技術力と分別をもつ異界の大人に嘘や誤魔化しは利かなかったでしょうね。だから呪った。ところが、それを聖女に知られてしまったのではないですか? 呪いというのは魔獣の元になる力ですから、それを払って来た彼女にわからないはずがない。でなければ古代禁術監視連盟の盟主でもあるウチの神殿長に依頼書が届く理由がありません。こちらの返信が届けられ、かの人の出国が決まれば揉めるでしょう。神殿長そういうことで、活動時間と睡眠時間がズレますが神官騎士達の派遣命令書と付随する辞令書を人数分発行して下さい。それがないと国府は通行許可証と相手国への入国許可願い書を発行できません。大至急です。私は派遣する神官騎士達の人選に入ります」

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