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近藤一家の日常  作者: 須谷
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私がメイド長でございます。

メイド長と長男のお話し。

 とある屋敷でメイド長をやらせていただいています、近藤愛乃こんどうよしのと申します。

 そうですね、まずは私がメイド長になった経緯でもお話いたしましょうか。


 さて、私は元ヤンというやつでして、高校2年生のとき、夜遊びが過ぎる私に母はあきれ、高校を退学させました。

 高校を退学した私は、どうにか更生しようと決意を固め、バイトを始めることにいたしました。

 バイト探しに明け暮れるつもりでしたが、そうはなりませんでした。

 電信柱に、メイド募集といういかにも怪しいチラシが張ってあるのを見つけたからです。

 そうです。いかにも怪しいのです。

 しかし私、勢いだけは達者なやんちゃな娘でしたから、何も疑わず記載されている場所に向かいました。

 ごく普通の住宅街の中にそびえ立つ、大きなお屋敷。そのスケールに感動しながら、私はためらうこともなくそんな豪邸に足を踏み入れたのを覚えております。

 案の定、あんな怪しいポスターに飛びつく人はなかなかいらっしゃらなかったようで、私が一人目でございました。まったく動じませんでしたけどね。

 そのせいというかおかげというか、必然的に私がメイド長をやるということになった次第です。

 

 しばらくメイドは一人しかいなかったものですから、仕事は山盛り。

 炊事に洗濯、掃除などなど広いお屋敷ではかなりしんどいものです。ましてやヤンキーをやめたばかりの私は家事の勝手などほとんどわからなかったものですから、勉強の毎日でございました。

 教えてくださる方もおられなかったわけですから、洗濯機が動かなくなったときは一蹴り入れさせてもらったものです。

家事はずっと奥様がやっていたそうなのですが、足腰を痛められてしまったようでメイドや執事を探していたそうでした。ダメもとのポスターでやってきた髪の毛が傷んだ怪しい私を奥さまや旦那様、お子様といっても当時同い年だったりもしたのですが、歓迎してくださったことを今でも大変感謝しております。

 おかげで、仕事に打ち込むことができて、ヤンキーの面影は大分なくなったのではないでしょうか。時々、出てきますけどね。血ですね。


 私が勤め始めた当時、長男の貴之たかのり様は大学受験前という大事な時期でした。奥様のご要望もあり、私は貴之様に集中的にお仕えすることになりました。これは結構な人生の分かれ道だったのではないかと、今は考えております。

 

 貴之様は大変フレンドリーなお方でして、受験生であるにもかかわらず休みのたびにお家にご友人様をお呼びして遊んでらっしゃいました。

 勉強はそこそこに、遊びに命を懸けていらっしゃったのです。あの頃は本当にお若かった。お互いに。

 しかし、私は当時、経験値もない新人でしたし、貴之様は一つ年上でしたから、何も言うことはできませんでした。

 ただ奥さまや旦那様が心配そうな面持ちで貴之様の行動を見守ってらっしゃるのを拝見すると、やるせなさを感じざるを得ませんでした。


 そこで事件は起こりました。

 貴之様が補導されたと、お屋敷に電話があったのです。

 その時、奥様も旦那様もお仕事のために出かけてらっしゃったので、私が警察に向かうことになりました。

 私の方だって未成年ですから、外に出て安全といえる時間帯ではありません。しかし、非常事態です。年齢さえ聞かれなければ大丈夫ですし、私は高校生には見えないらしいので構わないと思って向かうことにいたしました。

 あまり近いところではなかったので、16歳のときにとったバイク免許を活かし、メイド服を着たままバイクに乗って警察に向かいました。

 今思うと二度見したくなるような、アンバランスな恰好でしたが、当時はまだまだヤンキーが抜けていませんでしたからそんなことお構いなしで警察へ向かったのです。

 若気の至りですね、本当にお恥ずかしいです…。

 

 交番につくと、貴之様はけろりとした顔をして椅子にドスンと座ってらっしゃいました。 

 反省の顔なんて一切見えません。

 ご友人様と一緒に大きな態度で、そこにいらっしゃったのです。

 なんでしょうかね。その時私はその態度に怒りを覚えたのでしょう。こんな長いスカートをはいて、遠くまでバイクで来てやったのに…とそんな感じで。

 私は年上で、主人にあたる貴之様に対して、とんでもないことを言ってしまいました。

 

「てめぇ、なめとんのか。」


 貴之様から素っ頓狂な声が漏れるのも待たずに、怒鳴り散らしましたね。


「補導されても懲りねぇのかてめぇは。真夜中にこんなところに呼び出されてこっちは迷惑しとんじゃ!!!」

  

 私が叫んだ瞬間、貴之様もその場にいらっしゃったご友人様もひきつった笑顔になられて、警察に向かって土下座をし始めました。それも全員。一部こちらを向いている人がいたのが気になりますが、まあ。

 皆様どうなされたんでしょうね?


 おかげで警察の方も学校には言わないと言って下さり、無事皆様帰宅することになりました。

 貴之さんはすぐに私のもとにやってきて、おどおどしながらおっしゃいました。

「愛乃さん…。」

「何?」

 一度スイッチが入ると、寝て起きるまで治らない人間なのです。私は。

 一回寝させてほしかったですよね。

 貴之さんはおびえたような顔で、言います。

「俺さ、ここまであいつらのバイクでにけつしてたんだよね。…俺家まで歩き?」

「そりゃそうだろ。あたしは車は運転できない。…まぁしゃあねぇな。バイクの後ろのってけ。ああ、今のんなよ?交番の奴の目につかない位置でな。」

 貴之様は終始おどおどしてらっしゃいました。かわいらしい。


 私と貴之様は二人で同じバイクに乗り、帰宅しました。

 運転はもちろん私でしたから、貴之様は後ろから私に抱き着く形になりました。しかし私は何も思わずただ帰り道をぶっとばしました。

 ちなみに当時、私はもう住み込みで仕事をしていましたから家に帰るという感覚でございます。


 豪邸に着けば、奥様と旦那様が玄関にそわそわとしながら立っておられました。

 貴之様はそのあとご両親にこっぴどく怒られていましたが、私は少し予定が遅れてしまった家事を着々とすませておりました。


 後日から、貴之様はご友人様をお家に呼ぶこともなくなり、必死に勉学に励んでらっしゃいました。

 そして、今まで決して返さなかったご両親や私からのあいさつにもきちんと返事をなさるようになりました。

 仕方がないので、私も少々勉強して教えることもございました。

 おかげで貴之様は無事第一志望の大学に合格なされました。

 その時には、ご両親も、もちろん私も大変喜ばしく思ったものです。

 

 問題はそのあとでございます。

 貴之様は突然私に、いろいろ言い始めました。

「受験で合格できたのは愛乃さんのおかげだ。本当にありがたく思っている。」

 なんのことでしょうね?

「愛している。」

 私には一方の気もございませんでしたから、答えかねました。

「大好きだ。付き合ってくれ!」

 本当なんなんでしょうか。この人。


 一日で終わると思っていたのに、それを毎朝朝食時に連呼してくるものですから、ご両親もご兄弟様も呆れ顔。

 何か月も続けてくるものですから私も懲りて、とりあえずお出かけなんかからお付き合いさせていただくことにいたしました。

 貴之様は優しい方でございます。

 私に不自由はさせません。


 貴之様のおかげで、長らく袖を通していなかった私服を着ることになりました。

 さすがに、お出かけをするときにメイド服は着ていられませんからね、

 私がメイド服以外の服を着ているのを初めて見られたときに貴之様のお顔は本当に、ふんわりと優しかったです。さすがに、愛されているなぁと感じてしまいました。

 貴之様は私をいろんなところに連れて行って、嫌といっても色々なものを購入してくださいました。

 貴之様は器用な方ですが、恋愛はどうしたらいいのかわからないようで、迷いを見せながらも彼が正しいと思うように私に尽くしてくださいました。

 次第に私の気持ちも、貴之さまのほうへ向かっていきました。


 私のファーストキスは貴之様です。それも、私から。

 私もたいがい不器用ですね。貴之様はいつも私に愛をささやいてくるわけですが、私はそれをずっと軽くあしらっていたわけですから、彼への恋愛感情を意識したといってもうまく言えないわけです。普通に返せばいいんですけどね。でも、周りが見えなくなるものなのですよ。

 ある時貴之さまが、キスシーンのある映画に私を連れて行ってくださいました。お互いまさかそんなシーンがあるとは思っていなかったのですが、すごいですね、映画というものは。

 終わった後、キスをいつも以上に意識してしまったのです。

 夕食を終え、駅から家に歩いているとき、貴之様がじっとこちらを見ておっしゃいました。

「愛乃さんが俺のことを好きだって言ってくれたら、心置きなくキスとかできるのにな。」

 貴之様、受験生の時はやんちゃしてらっしゃいましたが、やっぱりお金持ちの息子ということで育ちがいいのです。恋愛に関しては恐ろしく紳士でいらっしゃいます。

 ここで私が好きだと言えればよかったのですが、無理でした。

 顔に熱が上がってきて、この人が好きだなと思って。気が付いたら口づけをしていました。

 暗かったけれど、貴之様が真っ赤になって、そして本当にうれしそうに微笑んて下さったのはよく見えました。

 後から聞いた話ですが、貴之様もファーストキスだったようですよ。


 その日を境に私たちの関係はがらりと変わりました。

 まず、貴之様と二人でいる時だけですが、敬語と様付けをやめたこと。

 これは彼にとってかなりうれしかったようですね。特別な感じがして。

 もう一つ、奥様と旦那様に報告をさせていただき、お付き合いの前に、結婚前提という言葉が付きました。私はやっぱり怖気づいてはいませんでしたが、旦那様が代表取締役社長という地位につかれてからは本当に恐ろしい話だったなと思います。


 それから少しずつ、貴之様とは仲良くさせていただくようになり、貴之様が大学を卒業するのと同時に、籍を入れさせていただくことになりました。

 プロポーズの言葉は私だけのものですから、秘密です。


 あれから10年ほどたったでしょうか。相変わらず私は、近藤家のお屋敷でメイド長をやっております。そして、私も近藤性を名乗らせていただいています。

 メイドや執事は今じゃ8人まで増えました。一人でやっていた時を思い出すと、少し手持ち無沙汰な感じもしますが、楽に楽しくやらせていただいています。

「愛乃、またメイドが増えるらしいぞ。」

「あら、そうなの?またにぎやかになりそうね。」

「お前、本当穏やかになったよな。あの日の喝が忘れられない…。」

「忘れなさい、もう…。」


私は今、大変幸せでございます。

 


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