後編
こんばんは。クリスマスです。
そして
クリスマス編です。クリスマス。
イブが終わり、クリスマスの朝が来た。朝起きた弟は、目の前にあったクリスマス柄で包装された箱を見て興奮した。
「サンタだ! サンタが来たんだ! やったーっ!」
可愛いやつ。我が弟よ。
パジャマのまんま、大はしゃぎだ。
弟は待ちきれない、という風に きれいに包装されていたはずの包装をビリビリと無残に剥がし、箱を開けて中身を見た。
気をつけ! されたガオレンジャーの人形。本当はもっと大きいはずだったんだけど。
「見て見てお母さん! ガオレンジャーが来たよ!」
手に持って、台所で洗い物をしているお母さんの横でグルグルと走りまわる元気な弟。時々、人形を落とす。おいおい、買ったばかりで壊さないでよ。
さてと。バイトに行かなくちゃ。
私、早見ゆうは服に着替えた。ボーダーの長袖Tシャツに裏地があったかいカジュアルスカート、プラスお気にのペンダントを付けて。昨日から雪が降っていたみたいだし、今日も寒いな きっと。
そうだ、去年買ったロングのコートを着て行こう。
私は支度を済ませ、まだリビングで走りまわっている、弟の手に持ったガオレンジャーの人形を横目でチラっと見ながら。
(……小っちゃくなっちゃって、ゴメンね)
と……心の中で謝った。
人形が小さくなったわけ。
……今頃 彼はどうしているんだろう?
気になった。
「『ゆかり』って何なのよ、まったく……」
私は呆れていた。お化けと一緒に居たいだなんて、すごくヘン!
お化けと居たって、所詮は住む世界が違うのよ! と、私はヤキモキしていた。これはきっと、嫉妬かもしれない?
嫉妬……確かに、私は昔、カズくんの事が好きで好きで、たまらなかった。毎日カズくんの事ばかり考えていた。あの時だって……。
私は段々と、しまい込んでいた思い出を一晩かけて引っ張り出していた。
隣の席になった事。班で机を向かい合わせて給食を食べた事。
郊外学習、班行動したよね。遊園地に行ってジェットコースターに乗った。さすがにメリーゴーランドは やめたっけ。いや、確かすごい男子の反発を受けてジャンケンして負けて渋々やめたような。
同じ生き物係になった事もあったっけね。トノサマガエルを掴んだらカズくんに「ホラーガール」と罵られたような。
教室で野球していたら先生に一緒に怒られなかったっけ。
掃除当番、男子がサボるのでホウキで立ち向かった事があった。
あと、それと……。
……きりが無いな、思い出が。
あんなに皆で仲良かった思い出が。
突然、カズくんの転校でプッツリ切れてしまったんだね。私の中の思い出が……。
私は最後の手紙を書こうとして、書けなかった。
一人部屋で、泣いていたと思う……。
頭の中が真っ白で、ペンが進まない。何て書いていいのか わからない。
ラブレターを書くんじゃない。お別れの言葉を書くだけじゃないか。
「さようなら」……例えばそれだけでも。
(ひどいよ、もう会えないなんて……だって、好きなのに)
白い紙の上にポタポタと、しつこいくらいに涙が落ちて せっかくの紙を台無しにする。
ポタリ。
ああ また紙を替えなくちゃ。
繰り返し繰り返し。
……何て書けばいいの。
結局、……一言だけ。
『また会おうね』
それから、自分のお気に入りのシルバーの十字架ペンダントを添えた。カズくん、シルバーアクセが好きだったって聞いた事があって。あんまり高くて買えないけど……なら、私のお気に入りのを、あげる。
私はまだ小5だった。子供だったんだ。
好きだって書けば良かった。今ならそう、あの時の自分に命令するんだけど。
あの時は、書けなかったんだよ……。
「早見さん!」
ハッと、手元を見た。
じゅうっ。
「熱うっ!」
すっとんきょうな声をあげた。フライパンの中で何かが燃えている。ボオオオオッ……。
イモのようなものが焦げた においが厨房の中を充満していた。
えっ、今 私、何をしたっ!?
「早く消火っ、消火ぁっ!」「はっ、はいっ」
呆然とした私の体をドンと突き飛ばして、主任の中川さんが洗いおけに急いで汲んだ水を熱くなりすぎたフライパンにブッかけた。と、同時に林店長も消火器を持ち出して来た。
……どうやら、ポテトに油を注いだらしい。
いや……そもそも調理の仕方から、私は間違えていた。
しかしその事が わかったのは。
……バイトをクビ宣告を受けた、後の事で……。
もしや私に悪魔が取り憑いてやしないかと、何度自分の体の外見・上方・下降・左右を確認しただろうか。
幸い、取り憑かれていない。良かった。
ああ でもサイアク。あわや大惨事になるところだった。店長や主任に何を聞かれたって、うまい言い訳も何も言えなくて。まさか「好きだった男の子の事を思い出し過ぎていました」なんて言えなくて……だんまりしていたら当然のごとくクビだ。
仕方ない……。
フライパンが火を噴くほどボケッとしていた自分が悪いんだ。これから自分を慰めに何処かへ行こう……。
私の足は、自然に公園へ向かっていた。
ちょうど家の帰路に公園はあるんだ。行こうものならすぐ行ける……けど。
居た。
カズくんが……まるで昨日からそこを一歩も動いていないように、昨日と似たような服を着て、同じベンチに座っていた。
ダランと体をベンチに預けるように座っていて、目を閉じていた。寝ているの?
「カズくん……」
私は近づいて呼びかけた。しかし、何の反応も無い。
「ここで何してるの……? クリスマスだよ?」
あまりクリスマスは関係ないが。とにかく何かの反応が欲しかっただけ。
ところが それでも何も反応が無い。
「ねえ!」
業を煮やして私は彼の体を揺さぶった。
そうしたら。
グラリと……私の方へ体が傾き そして のしかかった。
「!」
冷たい。体が、冷たい。
これは死人か!?
「カズくん!?」
……でも、頼りないけど息はしている。生きてはいるようだ。
私はペチペチと頬を叩いたり温めたりしてあげた。そっ……と、彼は ようやくまぶたを開けてくれた。
「……寒い」
わかってるわよ! ああ良かった!
「何処か建物に入ろう! それか、家は何処? 何なら家に来る?」
「いや、……いい。ちょっとウトウトしてただけだから」
そんなゾンビみたいな顔して。しかも昨日より やつれてやしないか?
ひょっとしてコレは。
私はキッ! と、空を睨んだ。
こっちは取り込み中だったんで、あえて無視していたんだけど。
私たちの頭の上で……恐らく『ゆかり』が、せせら笑うかのように浮遊している。
人の形をしているわけでもなく、はっきりとしない姿をしている。白い霧、と言ったら近いかもしれない。
彼に取り憑いているのね、まだ。
払ってやりたい。今すぐにでも!
「アンタが居ると、カズくんが迷惑なのよ!」
と、私は怒った。しかしカズくんが激しく拒否する。「迷惑じゃない!」
何でっ!?
こんなに青白い顔をして……何で、そこまで。
「やめてくれ……いいんだ。俺らは一生、そばに居るから……」
(「そばに、居るっ!?」)
冗談じゃないっての!
「いい加減、目を覚ましてっっ……!」
私は彼の肩を揺すった。昨日は乾いて心の中にしか流れなかった涙が、目から出てきてくれていた。
こんなの、いいはずがない。
どうして あなたは、この霊をかばうの。身を犠牲にしてまで。
そういえば「俺も寂しかった」と彼は言ってなかったか。
自分が寂しいからって、寂しい寂しいって。何かを犠牲にしたらいいかって、それは違う。
カズくんの体は、カズくんのものだ。
お化けなんかにカズくんを取られてたまるかっ……!
「私は昔、カズくんの事が好きだった」
昔。そう、昔。昔の私は、昔のカズくんが好きだった。
「あの時は子供だったから、何もできなかった。追いかけて行く事もできずに。……言いたい事も ろくに言えなかった。でも……」
もう、過去の事よ! 過去過去カッコウ!
「今なら、私はカズくんのところへいつでも行けるんだ! いつでも、会いたい時、会う事ができるよ! ……カズくん、だから……」
強く、両肩を掴んだ。真っ直ぐ彼を見た。
「 今 の 私 を 見 て っ … …! 」
……涙が地面に落ちた……。
まだ、溢れ出てくる。流れていく。
涙の一つが、首筋を伝った。そして、私の首から下げていたペンダントのトップに、涙は沿っていった。
ペンダントの鎖の先には……シルバーの十字架。
「あ……」
宝物でも発見したかのような声を彼はあげた。そして手で、十字架に触れる……。
「俺も持ってる……同じのを……誰かにもらって……ああ」
彼の目に光がさした。
「私があげたんだ。嬉しいな、思い出してくれたの!?」
その私の言葉に、さらに光は強く増していった。
「覚えてる……持っている……。早見、俺……引っ越してから……。うまく、人と話せなくなって……ずっと、人と、距離を置いてきていた。もう……一人でいいんだと思ってた……でも……寂しい……」
今度は彼が泣く番だ。いや、泣いてはいない。
ただ、体が小刻みに震えている。
私はしっかり体を包み込むように抱きしめた。絶対離すもんかと思った。
「私が居る。私がずっと、カズくんのそばに居る!」
生きた人間に取り憑かれた方が まだマシでしょう?
……なんちゃって。
私はもう一回、空を睨んだ。
これで、最後よ。
「 出 て け っ ! 」
ファイト一発、というワードが頭に浮かんだ。
腹からこめて出した渾身の気合の声は、とてもよく静かな公園内に響いたようだった。
『ゆかり』は消えた。
あなたには悪いけど。
お化けはお化け同士で、仲良くしてよ? ……
……それから、しばらく2人で歩道を歩いた。
もう夕方も過ぎ、これから夜だなという頃。「手を繋いでいいか」と彼が言ったので、「うん。さぁ来い」と返事をしたら彼は笑った。
全然、寒くなかった。彼の手も冷たくなくなっていた。
「これから初詣に行こうか」
……彼は真顔で言った。
えーと……斬新なボケですね。まだ師走もこれから大締めなんですが。
とりあえずツッコもうか……私は彼の頭にチョップをかました。「何でやねん」
「イタ。……いや、俺にとっては初詣。今年、まだ行った事ないからさ」
ああ そうなんですか。わかりにくいよ。
「何しに?」
「願い事しに」
「何を?」
「……後で言うよ」
彼の言うがまま、手を引かれるがまま。
神社で私は賽銭箱にお金を放り込み、願をかけた。「次のバイト先が見つかりますように」と。
「ずっと、早見とずっと一緒に、居られますように」
横で彼が声に出して手を合わせた。
私の胸が熱くなる。思わず彼の方を見ると、彼もこっちを見た。
「俺、早見に出会えて良かった」
少し笑いながら。
気のせいだったかもしれないけど、彼の背後で彼によく似た少年が、大空を駆けて行ったかのように見えた。
あれは、昔見た私の記憶の中の、カズくんじゃ?
私は後悔している。さっきの願い事……訂正したくて。
「来年になったら、また初詣に来たらいいよねっ」
そう自分に言い聞かせた。
「一緒にね、カズくんっ」
と、付け加えて。カズくんは よく笑うようになった。
「さて。明日はどっか行こうか」
手をずっと繋いだまま、私たちはまた歩道を歩いた。私を家まで送ってくれるという。もう完全にラブラブモードだ。……少し恥ずかしい。
「うーん。何処でも……カズくんは?」
「そうだな……」
「うんうん」
「遊園地……ガオレンジャーに会いに」
なんじゃそりゃ!
《END》
【あとがき】
読了ありがとうございました。
初期から順に見ていくと、この頃から小説風の物語っぽくなっていくような。
ナンセンスコメディから成長したみたいですね。にょきにょき。
ではでは。