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前編


 メリー・クリスマス!

 イブとクリスマスで前後と分けました。

 イブ編という事で。




 私、早見ゆうは可愛い弟のためにクリスマスプレゼントを買って来た。

 まだ高校生なもんで、そんなにお小遣いも無く。仕方ないのでバイトして、そこそこお金は貯まった。弟のプレゼント代くらい出してやる。そんなところでケチらない。なあに、可愛い弟のためじゃないか。

 余裕だ、余裕。

 私は都会の雑踏に紛れて、心の中でそんな大きな余裕の笑いをかましていた。

 これから家に帰って、弟に見つからないようにクローゼットにでもプレゼントをしまって、弟が寝たら横にこれを そっと、気づかれないように置いておくんだ。

 計画は完璧。

 今日は私は弟のサンタになる。赤い服は着ないけど。


 ああ、寒いな。鼻が冷たく感じる。

 白い息がたまにうっとうしい。革の手袋をつけたまんまの手は、黒のジャケットの両ポケットに突っ込んだままだ。

 腕には百円ショップで買ったが百円じゃない紺のバッグと、弟のプレゼントが入ったピンクの大きいビニール袋。

 通行人に当たらないように、うまくかわして大通りを歩いて来た。

 交差点で信号待ちをする。目の前をタクシーや ごっつい大型バイクが忙しそうに通過して行く。私のすぐ前にはキャピキャピしたカップルが ふざけた会話をしていたりした。

 何処の百貨店からか? クリスマスソングやベルの音楽や音が聞こえてくるわね。

 クリスマス、なんだなぁ……今日はクリスマス、イブ。

 一人身で、寂しいわ。


 やがて、信号が はっきり青に変わる前に人々は動き出した。

 横断歩道は通行人で広がっていく。前のカップルも進み出して、私も後を追うように歩き出した。

 さっきまでカップルの背中しか見えなかった視界が、開いていく。

 私は前を見て歩いていた。そして、少し前を歩くカップルを早足で追い抜かす勢いで、少し斜めに歩いたんだ。

 そうしたら……。


(…………?)


「違和感」を感じた。気配、とも言うべきか。

 この世にいるはずのないもの。

 異質なもの。


 そう、お化けだ……。


(あの人だ)


 ちょうど、真正面に居る男の子。こっちに向かって歩いて来ていた。

 高校生くらいで、ジーンズに黒のコートを着ている。細身で、黒いキャップを深めにかぶっている。別に普通の人に見えるんだけど。

 うつむいているから顔がよく見えないけど……彼に、何かが取り憑いている。

 私にはわかるんだ。昔から、「見える」から。


(取ってあげよう)


 私と彼がお互いすれ違う瞬間を狙って、私は彼を取り巻く「それ」を取ってやった。

 なあに簡単、少し気合を込めて念を送るだけよ。痛みなんか無い。感じるはずが無い。

 そのはず……。


 ガシッ。


「!」


 突然、腕を掴まれた。彼に。そして……。


「余計な事をするな」


と、言葉を吐いた。

「な……」

 私は ひるんで彼を見つめていた。その間に、信号が点滅し出す。

 しばらく、私と彼の時間だけ止まった。周りの人々は追いたてられるように時間が進んでいるのに。

 私と彼だけが この空間に取り残されている。

 彼は、ずっと私を睨んでいる。

 普通なら、ここで驚いて謝るかもしれない。けど私は違った。


「……カズくん?」


 驚いて目の色を変えたのは彼の方だ。掴んでいた手を離した。

 私は、この目を知っている。

「真鍋、カズくんでしょ?」

 彼は黙ったままだった。そうしたら いきなり車のクラクションが けたたましく怒鳴った。

「いけない。行こう」

 今度は私が彼の腕を掴んで、横断歩道を慌てて渡りきった。

 そして改めて彼は、私の顔を見つめた。

「……早見? ……早見、ゆう、か……?」

「そうだよ!」

 私はパッと表情を輝かせた。

 嬉しいっ、覚えていてくれてたなんて!

「……懐かしいな。……訳を話したい。……来て」

 少し声が擦れている。間を一つ一つと置くように話していく。

「帰って来い。……ゆかり」

 彼は上空を見上げて呼んだ。ゆかり、って??

 すると……さっき私が払ったはずの、白い霧がまた戻って来た。彼を取り囲む。

 やがて霧は薄くなった。

 彼の中に「入った」のだろう。

「どうして」

「後で話す。……行こう」

 彼が先に歩き出した。



 近くの小さな公園に落ち着いた。私は缶コーヒーを自販機で2本買ってから、ベンチで休んでいる彼の元へ行った。

 彼は私の手から缶を受け取ると、頬に当てた。「寒いな……」とため息のような白い息を吐いて。

「それで……」

 どういった事情でお化けに取り憑かれているわけ? 趣味? 趣味なの? ……という攻撃的な言葉をグッと我慢する。

 まさかイエス! ではあるまい。

 私の中の過去のカズくんは そんな愉快な子ではない……なかった、はず。

「懐かしいよな。小5だっけ。俺、転校して……手紙、くれたよな、確か。あんまり覚えてないけど」

 はぐらかすんじゃないよ、このトンチカチン……というアホなツッコミを再度、引っ込める。

「コホン……そうだね、懐かしい。名前とか、覚えていてくれて良かった。私も覚えていたし」


 忘れてないよ。小5の時、好きだったんだから。

 憧れてたんだから。


 いきなり引っ越すって聞いて……『また会おうね』って書いたカードと。

 一緒に……シルバーの十字架のペンダントを入れておいたはずだよ。


「親の都合でさ……去年、こっちに戻って来て高校もこっちで受けたんだ。誰も知らないだろうけど。言ってないし、誰とも昔の知り合いにも会ってない」

 両手に握り締めてた缶コーヒーを見つめて、何かを考えているかのように話し出した。

「俺の中に『ゆかり』が居る……。お前、見えるんだな。知っての通り、浮遊霊なんだ。散歩してたら取り憑かれて……でも」

 でも?

「いいんだ、このままで。ゆかりの気持ちが流れてくる。恋人に裏切られて死んだんだ。行くところが無い。俺で良ければ……ずっと一緒に、居てやりたい」

 彼がそんな事を言い出した。

「俺も……寂しかったから……」


 私の知っているカズくんじゃ無かった。


「嫌だ」

 私は反発する。ごめんね、我慢できない。

「そんな顔してるカズくんを見るのは嫌だ」

 私の記憶の中のアンタは、もっと子供っぽく笑っていたはずだよ。

 だから、憧れたんだ。サッカーが上手くて、カッコよくて。

「おかしいよ! お化けと一緒に居たいなんてそんなの……間違ってる!」

 私は言い切った。そうしたらカズくんは……。


「 俺 ら を 放 っ て お い て く れ ! 」


 ……怒った……。

 空気が震えたのか、私の体がすくんだのか。

 次に起きたのは私の涙だ。いや、目からは流れていない。

 残念ながら、目は乾燥しているよ。

「…………」

 言葉が見つからない。

 私にはこれ以上、彼の領域には踏み込めない。地雷でも地面に仕掛けてあるところを通ろうとしているんじゃないか? ……そんな気持ちだ。

 私にはなす術が無く……黙って去ろうかとした時に、存在を忘れていた腕にぶら下げたまんまのピンクのビニール袋が目についた。

 弟の……。

「カズくんに、コレあげるよ」

 私はこの大きな袋を彼に押し付けた。結構、無理やりに。

 キョトン、とした。

「今日の私は、カズくんのサンタだ。……じゃ」

 言うだけ言って、さっさと去ってやった。強引、なのはわかってる。でも。

(カズくんのバカ。私のバカ。……知らない)

 なんで今日はクリスマスイブなのよ……私は何とクリスマスにまでイチャモンをつけた。

 私は公園を出て、しばらく道を歩いて、立ち止まった。

 ハア……と、白い息をついて両上腕を撫でた。

 片手が空いて、軽くなった、けども。

「……また、買いなおしだ」

 弟のために買った『ガオレンジャーの巨大人形』はカズくんに渡してしまった。

 もうあんまりお小遣いは残っていない。

 どうすんだ、ばかやろう。


 見上げると空から降ってきた雪の粉に目を直撃されてしまった。



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