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ゴミの臭いがつんと鼻を突くけど構ってはいられない。狭い路地を奥へ奥へと逃げてゆく。
通行人が彼に気付いていたということは、少なくとも僕にしか見えない悪霊やその他の類ではないらしい。その点では安心したけど、結局僕に危害を加える何かだという点は一向に改善されない。
ただでさえ狭い道を更に狭くしている室外機を乗り越えようと悪戦苦闘しているうちに、彼が背後に立った気配がした。あたふたと道を奥に逃げる。
両足を地面につけてまず安心した。さっきまでは障害物だった室外機だけど、今となっては頼りになる盾だ。間を隔てるそれを、アカリは黙って眺めている。
諦めて帰ってはくれないだろうか。じりじりと後ろに下がる。また先ほどの跳躍力で越えてくるのか。
幸いというか、彼の背後は車道だ。助走はつけられないはず。彼は依然虚ろな目で室外機を見つめている。
着物を着ているから足を上げられないのか、と気付く。となれば越えることはまず出来ないはずだ。
っていうか、さっきは着物の状態で跳んできたのか。今更だけど明らかに人間ではない。
お願いだから帰って。見据えると、アカリは深くため息をついた。肺の中の空気をすべて出すような息の吐き方だ。
諦めてくれたのかな。彼は腕をだらりと降ろした。
そしてしっかりとバットを持ち直し、室外機を下から突き上げるように吹き飛ばした。
「嘘ぉ!?」
僕の素っ頓狂な声と吹き飛ばされた室外機だったものが斜め上の壁に叩きつけられる音が重なった。
バリケードを突破したアカリは僕に向かい歩を進める。僕は無意識に背を向けてよろよろと路地を逃げた。