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人気のある場所なら、彼も追いかけて殴りかかって来ないと考えたけど、とんだ見当違いだったらしい。
アパートの手すりをほとんど蹴飛ばすように足蹴にして、彼は僕の頭上を軽々飛び越えた。影が見えた瞬間に急ブレーキをかけて立ち止まって正解だった。目の前の道路がバットにより数センチ陥没する。
「鬼ごっこでも始めるつもりですか?」
かがんだ彼に下から睨まれ、蛇とカエルの図同然に固まる。泣く子も黙るド迫力だ。鬼ごっこ。確かに追っかけている側の彼は鬼のような角を生やしているがそういう問題ではない。
遠巻きに「何?」「ドラマの撮影?」といった声が聞こえる。撮影なわけがないし何より助けてほしいが、怖すぎて声が出ない。ぱくぱくと口を動かしている僕に、アカリはゆっくりと近付いてきた。
「さて…」
焦って僕は踵を返して走り出した。
今の時代が仇になってる。スマートフォンを構える通行人を追い越して、裏路地に飛び込んだ。