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そんな、「当然でしょう?」みたいに言われても。
僕はそれに対して何とも返せず、ただ座り込んだまま動けなかった。彼――アカリは一瞬呆れたような表情になった。そして先がコンクリートにめり込んだバットを引き上げる。
「全く不用心な…ちゃんと祈りを込めておいたはずなのに…」
ぶつぶつと不満そうに呟きながら、アカリは握り心地を確かめるようにバットを軽く左右に振る。
バットの表面には何か白いものがへばりついていた。注意して見ると、どうやら御札のようだ。
紙片がバットにまばらに張り付いている光景は何というかシュールだ。ぼんやりとそれを目で追っていた僕は、いつの間にか自分が上を向いていることに気付き、慌てて飛び退いた。
今まで僕が立っていた場所にバットが振り下ろされた。轟音と共にコンクリートが飛び散る。舞い上がった塵を手で払うようにしながら、アカリがこちらを向いた。
「なぜ逃げるんですか。大人しくしててください」
いやいやいやいや。
僕は勢いよく首を振っていた。
バットで殴られるのが分かっていて避けない人間などいない。っていうか、バットで殴りかかろうとする方がおかしい。あんなもので殴ったら、ひとたまりもなく――
僕はやっと気づいた。今の現状の異常さに。
おおよそ人間とは思えない姿をした人物が、バットを持って僕に殴りかかってくる。これが異常でなくて何だと言うのか。
アカリがバットを肩に担いだ。そしてコンクリートの上を草履を擦り、一歩、また一歩と近づいてくる。
逃げろ。
脳から発せられた命令に従って、僕は地面へと続く階段へと駆け出した。
「ッちょっと!」
背後から声をかけられる。立ち止まる気は起きない。僕はよろけながら階段を降りる。
ともかく逃げろ。人気のある場所に逃げるんだ。
今更湧き上がってきた凄まじい恐怖を押さえつけて、アスファルトの上を逃げ出した。