別れ
「本当に行ってしまうのですか」
不安そうな声が聞こえて、僕は後ろを振り返った。
立っていたのはおそらく小学生くらいの男の子。黒くて切れ長の目からボロボロと絶え間無く涙を流している。自分とさほど歳は変わらないはずなのに、子供らしさはあまり感じられなかった。
力強いけど少し間の抜けた音を立てて電車のドアが開く。立ち尽くした僕の腕を、その男の子は掴んだ。
いつものどこか冷静な表情はもうどこにもない。ひどくしゃくりあげて泣いている。その姿が見ていられないくらい可哀相で、僕は首にかけていたネックウォーマーを外してかけてあげた。男の子が顔を上げる。
「悲しいけど、もう行かなくちゃ」
これはあげるね、と青いネックウォーマーをぽんぽんと叩いた。
「『 』くんは寒がりだから。僕だと思って大事に使ってね」
僕が言うと、男の子は黙って頷いた。そして自分の腕のあたりを探り、外した数珠を僕の手に握らせた。
「あげます」
寂しいのを我慢しているような声だった。
「えっ…いいの?これ大事なんじゃ…」
「いいんです、私だと思って大事に持っててください」
しっかりと僕の目を見て、男の子は言った。数珠を受け取って、僕は笑顔を作る。
「ありがとう」
お礼を言うと、男の子も笑った。寂しそうな笑顔だった。
電車に乗り込む。首筋が寒い。ドアのすぐ側まで男の子が駆け寄ってきて、僕の名を呼んだ。
「さようならナスカさん、またいつか」
やっぱり最後までその呼び方だった。懐かしくて笑うと同時に、さようならという言葉が強く胸を打って泣きそうになった。
またねとか細い声で返すと同時に、ドアが閉まる。男の子は手を振った。僕も彼の姿が見えなくなるまで、手を振り返した。
線路の上を走る電車の音が耳につく。誰もいない車両の中、席に座った。
景色はどんどん流れて行く。学校、男の子と一緒に通った通学路、一緒に遊んだ森---
知らないうちに頬が濡れていた。体を丸めて泣いた。
それは忘れもしないことだっただろうに。
あの時の電車の匂いだって覚えているのに。
どうして僕はあの子の名前を覚えていないのだろう。
あの子は誰だっけ。
あの子は…『何』、だっけ。…