一章8話 数の暴力に暴力をぶつける
目の前に犇く魔物の種類は多岐に渡る、一度対処した事が有る魔物はいい、前に対処できたと言う事は今の俺なら前より簡単に始末できる。
師匠がやろうとしているのはあの家族の護衛役の救出だ、魔物たちの中へ突っ込んで行った師匠が戻って来ないということは、護衛役をまだ見つけられていないか、護衛役を見つけ護りながら戦っているかだ。
俺がやる事は師匠の退路を確保する事、少しでも魔物を減らし師匠の負担を減らす事。
「行くか!」
とにかく囲まれないように立ち回る、できるだけ背後から不意を突く、ボロ剣や槍を投げる攻撃方法も遠慮無く使う、でもやばくなったら逃げる。よしこの方針で行こう。
もう既に見えもしない師匠に気をとられている魔物たちを背後から奇襲する、ポーチから槍を取り出し刺さりやすそうな魔物を狙い投擲して串刺しにする。軽く斬れそうな魔物は躊躇わず両断し、低空を飛ぶ羽のある魔物はその羽を切り裂き地に落し、他の魔物たちの足蹴にさせることで潰す。
やがて俺に気付く魔物も出てくるが、そいつらに優先して剣を振るい槍を投げ潰していく。
「師匠の状況が全く分からないな……」
少しずつ削っているとは言ってもこれだけおしくら饅頭してちゃ魔物しか見えない、師匠の事だから心配は無用だろうけど、こっちも頑張るか。
師匠から聞いた能力値の強化部位を持つ魔物が何匹も混じっている、まだ食った事の無い魔物もたくさん居るけど今は気にしている余裕は無い、しかしその強化部位を持つ魔物を狩るために師匠から得た知識は有効活用させてもらう。
魔物の中に混じっているブレイクナッツと言う魔物、大きな蕾を付けたパイナップルのような魔物は絶命の瞬間その体内から大量の種子をばら撒く、その勢いは細い木なら容易くぶち抜くほどだ。
俺は魔物の密集する場所でブレイクナッツを見つけ、離れた場所から剣や槍の投擲で仕留める。
ブレイクナッツは種子を爆撒させ周囲の魔物に多大な被害を出していく。
「あんなもん近くで喰らったら俺なんか一溜まりも無いな」
師匠から知識を得ていて助かった。もし知らずに戦っていたらあれにやられていたな。
そう考えると初見の魔物にはもっと注意して挑んだ方が良さそうだ。
「しかし、数は力か……」
よく言ったものだ、全ての魔物の敵意が俺に向いている訳じゃないにも関わらず俺はずっと数が劣ると言う意味で不利な状況だ。上手く立ち回りその不利をできるだけ軽減しているがいくら倒しても減っているように見えない魔物の数は俺の精神を体力と共に削っていく。
師匠の修行が無かったら俺なんてとっくに殺られている。
「まだ余裕が有るといっても投げられる物にも限りがあるんだぞ」
投擲した武器を回収するのはほぼ不可能、魔物を倒して空いたスペースに直に別の魔物がやって来る現状では無理に取りに行くのは危険だ。
戦闘における俺の欠点の1つは手数の少なさだな、今俺がやっているのは剣でひたすら斬る事とボロい武器を投げること、そして投げる武器もその内尽きて斬る事しか出来なくなる。だから最近は魔法剣を必至になって練習してたんだけど……まだ、上手く魔力を剣に込められた事は一度も無い。
「無いものを強請っても仕方ない、今持っている手段でどうにかしないと……」
改めて覚悟を決め魔物に挑む、既に戦った事の有る魔物は早急に倒し、師匠から知識として教わっているだけで実際に戦ったことの無い魔物は慎重に知識と現実をすり合わせて行く。
「やっぱ、知らない魔物も居るよな……」
そんな中、会ったことも聞いたことも無い魔物が居るのは当然だ、師匠に全てを教わっている訳でもないし師匠が全て知ってるとも思っていない。
慎重に戦いながら分析する、知識に有る魔物と特徴が似ている奴は大概強い、知っている奴の上位種なのかもしれない。対処法は似ているが想定外の攻撃が来るかもしれないので注意が必要だ。
「蜂と女王蜂みたいなものだな、あの毒針飛ばしてくる攻撃は面倒だった……」
そうか、毒も注意しないといけないな、多対一でそんなもんくらったら一発アウトだ、治療している余裕なんて無いぞ。気をつけないと、未知の敵からの攻撃はできるだけ避けると……
だが全ての攻撃を捌けない以上どうしてもダメージは受けることになる、毒の類が懸念されるものを優先的に回避していれば心配無い奴の攻撃を捌ききれない時がある。さすがに致命に到るような傷は受けないように戦っているが、細かい傷が次第に増えていく。
「血の流しすぎも駄目なんだが……」
この世界、能力値、ステータスなんてものが有るが、あれは基本的に攻撃力を分かりやすいように表示したものだと俺は思っている、いくら防御力の値が高かろうが首飛ばされたり大量に血を流せば人は死ぬ。多分防御力は盾などによる防御能力のことだ、師匠はドラゴンの肉で生命力が上がり寿命が延びるって言ってたけど、城で見た能力値の表記に生命力の表示は無かった、RPGにおけるHPは現実では計算できるものじゃないってことだ。
隙を見てポーチから止血薬を取り出し傷口に塗りこむ、ホントは消毒もしておきたいんだけどその辺はこの魔物たちを無事に片付けられてからだ。
いったい何時間戦っているんだろうか? 師匠との修行で日中は戦い続けているので体力的にはまだ持つ、けど戦っても戦っても減っているように見えない魔物たちとの戦闘は精神的にまいる。もしかして何時間も経っているように感じているのは精神的な疲労によるものでまだそんなに時間が経っていないのかもしれない。
少しずつ前に進んでいってるから魔物を減らせてはいるんだろう、実際に何匹も魔物を斬り伏せ、串刺しにし、始末してきた、けど師匠との合流は遠そうだ。
なんだ? 更に戦い続けているがどうなってる? 戦い始めた頃よりも身体が軽い、疲労は蓄積され、それだけ動きにも影響する筈なのに俺の動きには全く淀みが無い、むしろ魔物を倒す度に良くなっているようにも感じる、何か変な脳内物質でも出ているのだろうか? 例えそうでも今は有り難い。後が怖いが今は頼らせてもらう事にしよう。
槍を取り出し前方に投げる、これだけ戦い続けていれば既に魔物の不意を突くこと等無理だ、俺は完全に周囲の魔物たちに認識されている、少しでも数を減らし余裕を持つ為に投げた槍は今まで出一番の威力を発揮した。目標とした魔物を貫き背後に居た2匹の魔物も貫いた所でようやく止まった。脳内物質でもなんでもこんだけの結果が出るならもっとドバドバ出てもらって構わないぞ。
でも投げる武器はやがて尽きる、回収できるものは回収して再利用してはいるけど余裕が無くて放置して来た武器は多い、武器を持った魔物が居れば倒して奪って即投げるんだがこの辺には居ない。
更に時間が経過する、脳内物質がこれでもかというぐらい出ているのか、自分の動きがどんどん早くなっていっているように錯覚する、いや実際早くなってるのか? 目の前の魔物を一刀の元に両断し直に隣の魔物も数匹纏めて薙ぎ払う、警戒していた筈なのにそんなもの関係なく次の魔物の目の前に飛び込み剣を振るう。
何時しか魔物の方が俺に警戒し距離を置くようになっていた。
俺の周りには少し開けた空間ができている、俺が即座に駆け魔物を斬り倒せる距離分だけ魔物が俺から離れている。近付く魔物は速攻で斬り倒した。俺から駆け寄ってその周囲の魔物も纏めて殲滅もする。
ずいぶん進んだ、未だ師匠の姿は見えないが前方で大きな音がしている、近いのかもしれない。
俺の後方には魔物の屍骸と血で塗れた道が広がる、この屍骸放置しとくのは衛生的に不味いんじゃないか? 異世界ってそう言うのはどうなるんだろう? 同じように肉が腐って病原菌とかばら撒いたりするんだろうか? それよりもアンデットの魔物になりそうだな、食えない強化部位も無い面倒な魔物だけど発生すると厄介なようだし後で燃やしといた方が良いか? でも森で盛大に火を使うって危険だよなぁ……
余裕が有るような思考展開を見せているが現実逃避だ、先程から聞こえていた前方からの大きな音が次第に近付いてきている、それはあきらかに師匠が魔法剣で出した音とは違う大型の魔物が大地と一緒に魔物を踏みしめてこちらへやって来る音。
「でかい、でもこいつってあの時の魔物だよな」
俺が師匠に会った時戦っていた魔物だ、いやあの時よりも更にでかいサイズの奴だが、今の俺にこいつの防御を貫けるのか?
「まぁ、前も投げた剣を刺すぐらいはできたんだ、やってやらぁ!」
若干上がっているテンションで大型の魔物に斬りかかる。剣は魔物の腕の半ばまで斬り割き止まった。
「あ……」
やっちまった。剣が抜けない、迫る魔物の攻撃を避けるためには剣を手放さなくちゃならない。
「くそ!」
剣を手放し後ろへ跳んで魔物の爪を回避する。
そしてポーチから多少マシな剣を取り出して構える。
「次は浅く広くだ……」
俺達の戦闘に巻き込まれないように他の魔物は遠巻きに見ているだけなのは有り難い。
目の前の大型の魔物だけに集中できる、魔物の爪の攻撃を回避しながらその腕を撫でるように浅く斬り裂く、何度も繰り返し魔物の腕をズタボロにする。
「GURORORORRORORO!」
度重なる攻撃についに切れたのか魔物が大きく後退する。
逃げるのかと思ったらそのまま俺に突っ込んで来た。
「体当たり!」
その巨体で行われる体当たりは脅威だ、頭から突っ込んでくる魔物に対して俺はポーチから槍を取り出し投げた。
槍は魔物の頭に突き刺さり魔物の勢いと合わせてその身をズブズブと魔物の頭に沈めていく。
「GUROROOAAA……A……A……」
大きく横に跳び脳をやられ勢いの弱まってゆく魔物の突進を回避しその絶命を確認して剣を回収する。
槍の方は深く刺さりすぎて回収できそうに無いが愛用の剣は取り戻せた。
今の失敗からもう剣を手放すような事はしないように注意しよう。
「さて、どんどん行こうか」
数の暴力に対する孤独な戦いはまだ続く……