一章6話 身体能力の違和感
振るうことも侭ならなかった剣は今では軽く振り回せる。
駆ける速度は召喚された当時とは比べ物にならないぐらい速くなった。
魔物の攻撃を見てから避ける事にも慣れた、多分反射神経がかなり良くなっている。
魔物を倒す事によって召喚された当初に見せられた能力値のLVが上がったのだろう、元の世界じゃ短期間にこれほどの能力向上はまず有り得ない。そのせいか少し体に違和感がある、それが元々低かった能力値がここ最近の師匠の修行で一気に上がったせいで思考と能力がかみ合っていないからなのか、他の要因があるのかは分からないけど……
「師匠、今の自身の能力値ってどこかで確認できないんですか?」
あれからどれぐらいLVが上がっているのか気になる。
「能力値の確認には過去の勇者が作った特殊な魔法道具が必要だ、複製できたって話は聞かないから今残ってるのはこの国の王城に1つと王都の冒険者協会に1つ、マギナサフィアの研究所に1つ、セントコーラルの教会に1つ……近くではこんな所か?」
逃げてきた場所か別方向の国にしか無いのかよ、なんでエバーラルドには無いんだ?
「ソウヤは前に一度確認したことが有るって言ってたな、この国の冒険者協会でか?」
「え、ああ、そうそう、そんな感じ、その時はあまりにも能力値が低かったから冒険者登録は見送ったんだ」
とりあえずそう言うことにしておこう、以前言っていた話と辻褄は合ってる筈だ。
「まあ、魔物もだいぶ倒してるしそれなりにLVは上がってるだろうな、追加で攻撃力、魔力、敏捷なんかも上がってる筈だぞ……」
「追加ってなんですか追加って、師匠俺になんかしました?」
この師匠は偶に怪しい事を言う、使ってる技とか色々おかしな所の有る人だから殆どは聞き流してるけど自身に関することは聞き逃せない。
「怪しい事はしてないから安心しろ、一般には知られてないけどな、魔物には食うと基礎能力値を上げる効果の有る奴が居るんだ、ほら、前にドラゴンの肉で寿命が伸びるって話しただろ、あれは生命力の能力値が上がる結果なんだよ」
その話を信じるとすれば最近のグルメ紀行は俺の能力値を底上げする為だったってことか。
「まぁ、全部の魔物にその効果が有る訳じゃないし、効果を得られる魔物の部位も決まってる、前に狩った奴だとブレイドボアは腹の肉で攻撃力、紫色の蜂の魔物、サイビーは特殊な方法で生成する蜜で魔力、草原の白い旋風ハイスピードコッケイは卵で敏捷が上がる」
適当に魔物を狩らせて食料を調達してるだけかと思ってたらしっかりと俺を鍛えてくれているようだ。師匠には頭が上がらないな。
「まあ、初回以降は効果は殆ど無くなって使えない強化方法だけどな」
でも知らずにやらないより有効活用した方が良い物だ。特に俺みたいな能力値の低い奴には知っていて実践することは他の勇者に追いつくのに有効だ。
「他の魔物の必要部位も別れるまでには叩き込んでやるから覚悟しておけ、それ以外にも教えたい事も有る、しっかり学んで、ちゃんと生き残れよ……」
有り難い、本当この人に師匠になってもらえたのは俺にとって僥倖だ。
「じゃぁまず、あれを狩ってみようか、ロックラビ、全身岩のように硬いラビって魔物だ、唯一柔らかい尻尾が能力値強化に必要な部位だ、さぁどう倒す?」
俺が攻撃力高かったら問答無用で斬り倒せるんだろうけど、ここは普通に弱点を狙う他無い。サイズは普通に兎ぐらいで尻尾が柔らかいって話だから尻尾から剣を突き刺すか口から剣を突き刺すかだな。
けこうな量の蜂の魔物や素早いハイコッケイと戦ったおかげか俺の回避能力は自分でも凄く上がっていると思っていたけど、魔物を食べた事も原因になっているみたいだな。
今回は気付かれる前に串刺しに出来るかと思ったけど師匠に邪魔された。
「それじゃ修行にならないだろう?」
確かにそうだけど、無駄に危険に突っ込む必要は……まぁ、これも修行か。
ロックラビに正面から斬りかかり少し吹き飛ばすも、思った通り硬い皮膚に守られ細かい傷しか付いていない。
「KYURUUUUUUU」
危なげ無く着地したロックラビが丸まって突っ込んで来た!
アルマジロかよ! 岩のように硬い皮膚が有るなら有効かもしれないけど、時おり尻尾が邪魔で変なバウンドしているぞ。
尻尾で跳ね上がった所を狙い上にかち上げる中空でバランスの取れないロックラビの背後に回りこみ一気に尻尾から体内を貫き仕留める。
「尻尾は丸焼きじゃないと駄目だぞ~、つぶしたからもう一匹な~」
そう言うことは先に言ってくれ! 先に言ってくれたらそうするよ!
「ホイ師匠、これでいいんだろ?」
新に発見したロックラビの尻尾を根元から断ち切った後に串刺しにして仕留めて師匠に見せる。
「おう、その調子でこの草原を一掃しようか」
あ~やっぱりそうだよな、修行なんだし1匹2匹で終わる筈が無いよな。
今日も師匠の指示で魔物を狩っていく、能力値強化に必要な魔物の部位も集め夜にはそれらを調理して食うそして野営でほどほどに休息をとり、翌日また狩で修練する。
「あれ?」
円柱形の胴体にコウモリの羽と顔がついたタルバット、こいつの胴体には幾つか穴が有る……ぶっちゃけ、○髭危機一髪だ。剣で正解の穴を突くと首が飛び残った胴体が強化部位になる。
正確に穴を狙う命中の訓練と思って戦っていたのだが、どうも思ったように動けない。
「くそ、また行き過ぎた……」
回避するタルバットの動きに合わせて狙いを修正する、しかし毎回修正した方向に行き過ぎて狙っている穴を越えてしまう、穴に刺さらずに体に刺さり防御力の無いタルバットは絶命する、しとめることは出来ても、胴体から首が飛んでいない状態では能力の足しにならない。どういう理屈かは分からないけど、魔物を食って能力値が上がる理由自体分からないから別に気にしない方がいいだろう、とにかく強く成れるなら今は何だって利用する。
それはそうと、身体が思うように動かないのはどういう訳だ?
「あ~、喰い過ぎかもな」
食いすぎ? 確かに最近運動量が上がってるからお腹がよく減る、空きっ腹に師匠に教わりながら調理した魔物の強化部位を使った料理は美味しくてつい食べ過ぎてしまっていたが、もしかして太ったか?
「普通にLVが上がって能力値が上がるだけなら何も気にしなくても変化に対応できるんだけどな、魔物の肉で強引に、それも毎日大量に能力値を強化しているだろ? その強化分の変化に身体が着いて来ていないんじゃないか?」
とりあえず太った訳ではないんだな、しかし能力強化のとんだ弊害だな。どうすればいい?
「まぁ、慣れるしかないな、頑張れ!」
適当だなおい! ったく、しかたない、やるしかないか……魔物で強化された能力値分過剰に動けると仮定して動きを調整する。何度も何度もタルバットを突き補正を重ね、タルバットの正解の穴を突けた頃にはなんとか今の能力値での感覚を掴む事が出来るようになっていた。
でも、これからも魔物の強化部位で能力値の強化をしていくのでその都度修正しないといけないな。
「お疲れ、成功はそれ1個だけだけどもうこの辺にはタルバットが居ないから仕方ない、次行くぞ~」
よし、感覚は修正できたから次からは上手くやろう。
目の前には不潔な服を身に纏い卑下た笑みを浮かべ、ボロボロの武器を手に俺たちの前に立ち塞がる醜悪な魔物。
「師匠、こんなの食って大丈夫なんですか?」
「いやいやいや、ただの盗賊に強化部位は無いから!」
なんだ、この魔物盗賊か~しかも強化部位が無いんじゃしょうがない、さくっと殺ろう。
「ソウヤ~こんなんでも一応人間だからな~」
「はいはい、そうなんでしょうね、師匠の中では……」
「世間一般でも一応人間だからな! おかしいのはソウヤだからな!」
そんなこと言ってる師匠も一応ってしつこくつけてるじゃないか、これを人間と思っていたらこの世界で生きていけないぞ。
「今回も俺が相手すればいいんですよね?」
「ああ、予定には無いが、前と比べてどれぐらい強くなってるか確かめてみればいいんじゃないか?」
師匠に会う直前に相手にしていた盗賊より数が多いんですけど……
まぁ能力値的にも上がっている筈だからやれるかな?
おっと、そうこう考えている内に取り囲まれた。
「てめぇら、ありがn……」
有り金全部置いて行けってか? そんなありふれた台詞言わせねぇよ。
正面で声を上げた盗賊におもむろに近付いて一閃、俺の剣は軽い抵抗を手に残して盗賊の首を胴体から斬り離す。
「てめぇyぎゃあああああ!」
てめぇよくもやったな、かな? 次に喋った盗賊は右肩から袈裟斬りにして蹴り飛ばす。
「な!」
驚きの声? 人を襲おうとしておいて反撃される事は考えないのか? 驚いてる暇があるなら行動しろ、その方が生き残る確率がほんの少しだけ上がるかもしれないぞ。
でも今驚いた声を上げた数人の盗賊は頭をカチ割り胴体を横薙ぎに斬り離し心臓を突き首を飛ばす。
「次は誰だ?」
「う、うわああああああ」
悲鳴を上げて逃げ出そうとした盗賊をワザワザ他の盗賊を掻い潜り追いかけて背中を斬り付ける。
他にも声を上げた盗賊を優先して追いかけて斬る。そうしていると嫌でも生き残った盗賊は理解した。声を出したら殺される……と。
「ソウヤ~遊んでないでもう行くぞ~」
声を出せなくなり、動く物音でも俺が殺しに来るんじゃないかと勘繰り動く事すら出来なくなった生き残り盗賊たちの命は師匠の呼び声で終わりを迎えた。
「はい、直片付けます」
棒立ちの盗賊たちの首と体を斬り離すだけの簡単なお仕事。無事に終えた俺は先に歩き出した師匠に追いつくために小走りに駆け出した。
前は金やら剣や槍を投げまくって何とか倒した盗賊を今回は奇抜な事をせずに倒す事ができた。
これも師匠のおかげだ、もう少しの間だろうけど師匠の下で頑張ってもっと強くなろう。
まだまだ、俺は強くならなきゃな。