三章10話 精霊
俺たちは準備を整え精霊石の有る森とやらに来ていた。
「ここの魔物はいつもとちょっと違うな……」
師匠から教わった中でもヤバイ奴が多く生息しているみたいだ。
俺も師匠から教わった事前知識が有るおかげで余裕を持って戦えているところが大きい。
「でも精霊は確実に居るわね」
美波がこの森に入ってから見えるようになったという小精霊たちに、精霊石を産み出せるほどの力の大きな精霊の居る場所を訊ね、それに従いながら森を進む。美波のこの能力は今この時においては実に便利な能力だ。
「魔物、強い……」
そう言いながらも立ち塞がる魔物を次々と斬り伏せて行く伊勢、俺も多少は師匠から教わった魔物の情報を元にアドバイスしているが、そんな物要らないぐらいに勇者の能力は凄いな、伊勢の動きに技術なんて全く無いのに、それでも事足りる能力とステータスが有る、全く羨ましい限りだ……。
俺の方は我流ながらも師匠に鍛えられた剣技で1対1なら普通に勝てる、2対1なら魔法剣に頼らないときつくて、それ以上だと1人では対処はできても倒すのが難しいって所か……。
まぁ、伊勢が居るから俺が無理しなくても魔物は何とかなっている。
森に入ってからずっと戦闘続きだから、いいかげん伊勢の動きにも目が慣れてきたな。対峙したら別だろうけどこうして離れて見ている分には十分目で追えるようになったな……。
伊勢との訓練とかで能力値とは違った方面が強化できてるんだろう。
「魔物、多い……」
伊勢は文句を言いつつも淡々と魔物を屠る……。
「あ、伊勢ストップ!」
伊勢の前に巨大化した食虫植物のような魔物が出て来た。
エビルプラントって見た目さえ我慢して喰えば、結構な魔力の能力値強化部位を持った魔物だ。
後、倒す手順が有る奴だ……。
「あれは、言った手順どおりに倒してくれ」
俺だけだったら面倒だけど、伊勢が居るならその手順を踏むのは簡単だ。
他の魔物の相手をしながら手順を説明する。
「まずは蔦を根元から全部切り離す」
突然倒し方を要求したにも関わらず、伊勢は完璧に応えてくれる。うん、さっき伊勢に技術は無いって思ったのは間違いかもな、技術なんて必要無いくらい能力値が優秀で態々使っていないだけなのかもしれない。
「完了」
「次は……美波、これ持っててくれ」
ポーチから空瓶を取り出して美波に持たせる、美波は精霊に頼んで使用する能力の関係上、調整が精霊任せな為、攻撃が高威力になることが多い。その為ここまでの戦闘はずっと俺と伊勢が引き受けている、美波は邪魔にならないように立ち回っているだけだ。だから、その手が空いているなら使わせてもらおう、俺の方は複数の魔物を相手にすると余り他のことに割く余裕が無い。
「瓶?」
「ああ、あの魔物の蜜を採集する。普通に倒した後じゃただの甘い水でしかないけど、ああして蔦を全部切り取って攻撃手段を無くし、花弁に水系の魔力を叩き込む……アクアブロウ」
図書館の地下ダンジョンで手に入れて来た指輪の中に混じっていた魔法剣に一度耐えられる物を使って、言った通りに水の魔法剣をエビルプラントの花弁に叩き込む、もちろん倒さないように加減はしている。
エビルプラントは水の魔力を花弁に叩き込んでやるとその魔法を吸収して活性化する。植物系の魔物に水をやる愚行だが、攻撃手段である蔦は全部切り取っているから攻撃手段は無い。そうなると活性化した力が何処に向かうかと言うと……まずは濃い蜜を精製し始める、その蜜が有る程度溜まると種を作り出してその辺に撒き散らして増えるので蜜を作った時点で刈り取る。
「伊勢、もう切って良いぞ、でも蜜が零れないようにしてくれ」
「了解」
種を生成し出す前に手早く刈り取ってもらう。
「美波、瓶で蜜を回収して直に蓋して」
種を蒔かれるのも厄介だけど濃い蜜を放置するのも他の魔物を呼び寄せるので面倒だ。
伊勢と美波が蜜を回収し終えたところで俺の方も魔物を倒し終える。これで、この周辺にはもう魔物の姿は見当たらない。
「高深君、戦闘中に態々どうしたのよ?」
「あ~、なんつーか、これが俺の修練方法の1つだ。普段は1人で変な倒し方したりするから良い訓練になるんだよな……前に話しただろう、魔物の中には食えばステータス、能力値を強化する部位が有る魔物が要るって。ただ肉を食えば良い奴も居れば、今みたいに特殊な倒し方をしないといけない奴も居るんだよ」
こうして地道に能力値を強化してるということを説明する。
前にブレイドボアの肉を回収した時は、そのまま肉を解体して調理して食ったから何も言わなかったけど、その強化部位を食べるだけで効果があるモノはそれなりに美味い。そのままじゃとても食えた物じゃない強化部位も今回のように手順を踏めば味が良くなる、味が良くなれば強化部位として収穫に成功しているとも判断できる。もしかしたら、強化部位が無いって思っている魔物も見つかっていないだけで、特殊な手順が必要なものが有るのかもしれない。態々方法を探す気は無いけど……。
「この蜜は?」
「魔力だな、美波も魔力は欲しいだろ? 食っとけよ、少しだけど足しになるぞ」
この森妙に魔物が強くて豊富だから他にも居そうだな、伊勢たちに手伝って貰うと楽だから積極的に狩って行くか……。
「あ、高深君、そこに有るの精霊石よ」
美波が突然無造作に俺の足元を指す。
角度を変えてよく見ると虹色に見える拳大の石が転がっている……精霊石ってこんなにあっさり見付かるものなのか? 美波の能力のおかげなのかも知れないけど簡単すぎだろう。
「でも、すんなり見付かる方が楽でいいか……」
精霊石を回収してポーチにしまう。これで、後は俺たちの目的を果たすだけだ。
「この近くのようね、小精霊たちもこれ以上先へは進めないみたい……これは、この先に居る精霊に期待できそうね」
精霊石の落ちていた場所から暫く進むと、次第にあたりの空気が神秘的なものになり出した様に感じる、美波の言葉が示すように力の大きな精霊の居る場所が近いのだろう。
この空気に当てられてか、魔物の姿も見かけなくなった……それに、精霊石らしき石をちょこちょこと見かける、少し進んでこれだけの量を見つけるとなると、この辺りにはどれだけの精霊石が転がっているのか想像も付かないが相当な量だ。美波が止めるので追加で拾ったりはしていないけどな……。
「あ……」
それを見て思わずといった感じで声を漏らす美波、伊勢も少し目を見開いているから驚いてはいるのだろう。
『お?』
そして、それも俺たちに気が付いてこちらに顔を向ける。
何か居た……。神秘的な空気がより一層増した森の奥、底が容易く見えるほどに透き通った水に満たされた小さな泉、その淵に有る座るのに丁度良い岩に腰掛けた半透明の少年、幽霊ではないよな、多分目的の精霊だろう、容姿は相田でも敵わないと思うほどに整っているが師匠に似た大人びた雰囲気と悪戯好きそうな雰囲気を合わせ持っている。何が言いたいかと言うと、相田よりも美少年だと言う事だ。
『お~、こんな所まで人間が来るなんて珍しいな……ん?』
ここに辿り着くまでに美波が話していた小精霊って奴らは俺や伊勢には見えないけど、こいつは見えるし声も聞こえるな……それが、この精霊が大きな力を持っている証拠って事か?
『人は人……でも勇者か、私の所へ来たという事は、精霊術の能力を得た者が居るな……』
何か勝手に理解し始めた。
「私が精霊術士です……」
美波が前に出て精霊と対話する、まぁ、ここは任せておいていいだろう。
『先生の気配を感じる……そうか、逝ってしまわれたか……能力を得るのに先生の力を使ったとなると、精霊術を得るのも当然か……で、君たちの目的はやはり精霊の移住かな?』
勝手に納得してどんどん話を進める精霊、話が早くていいんだけど……。
「はい、自業自得であるのは分かっていますけど、お願いできませんか?」
美波が精霊に頭を下げ伊勢もそれに続く……。後、俺たちじゃなくてシルバーブルの豚王共の自業自得な。
『応えてあげたいのは山々なんだけどね、君も精霊術士なら気が付いたんじゃないかい? この国も今ちょっと拙い状態なんだよ』
「もしかして、首都周辺に精霊が居なかったのは……」
『お、やっぱり分かってるみたいだね。そうだよ、この国の精霊も今減少傾向に有る、でもその原因が私には掴めていないんだ……現状この場で精霊石を孵化させて小精霊を増やすって言う補充作業しかできていないんだ、その増やした小精霊も直に原因不明で消えてしまう……本当、いたちごっこだよ、精霊石を産み出すのも孵化させるのも無限にできるわけじゃないのにね……』
黙って聞いていたけど、それってやばくないか? てか孵化って言ってるけど精霊石って精霊の卵なのか?
精霊が足りないから移住を頼みに来たけど、こっちも精霊が減っている……しかも原因が分からないって、この流れは、移住して貰えるして貰えないに関わらず、俺たちで原因を調べないといけないんじゃないか? 放っておくとこの国にも異変が起き始めるってことだろう?
顔を上げた美波も俺と同じ結論に到ったようだが精霊と話を続ける。
「そうすると、やはり……」
『うん、原因を突き止めて何とかしてくれないかな?』
あ~、やっぱり面倒な依頼が来たな、受けなきゃ拙いってのは分かるから仕方ないって言えば仕方ないか……でも、精霊でも分からないような原因が俺たちに突き止められるのか?
『正直、この国でも定期的に勇者召喚を行っているんじゃないかって疑いたくなるけど、消えている精霊が全て力の弱い者ばかりみたいだから、勇者召喚の線は無いね、あれには上位の精霊の力が必要みたいだ……』
俺たちが知る精霊の減る原因については軽く今回の件とは違うと否定される、これで本当に手がかりの無い状態だ。
「高深君、玲奈……」
美波は引き受ける気満々なんだろうけど、俺たちの意見も伺って来る、美波はこの辺しっかりと常識が有るよな、相田だったら俺たちの意見なんか聞かずに引き受けるぞ。
「ん」
伊勢は躊躇無く精霊の依頼を引き受けることを肯定する。
「まぁ、何とかしないと拙いんだろう? だったら仕方ないよな」
こうして、俺たちは精霊の依頼を受けることになった。