二章8話 どこかで見たことのある……
「頼んでいた武器の支払いの目処がついたので、一応報告に来ました」
謝礼って事で、リミュールからもらう金で武器の代金が賄える為、きちんと注文を済ませておこうと、レーヴェン商会にやって来た。
「あらあら、いらっしゃいソウヤさん」
以前来た時に、俺の事を憶えていた店員に呼ばれ奥さんが出てくる。
「ごめんなさいね、頼まれていた武器だったらまだ取り寄せの途中なのよ、普段とは違う所に注文しているから、もう少しかかるわね」
レーヴェン商会で取り扱っている武器は、普段は俺が追い払われたドワーフのおっさんの所で仕入れているらしい。
ちゃんと代金も用意できていないのに希望する武器を準備してもらっているんだ、盗賊から助けた事や街までの護衛の件で信用して、良くしてくれているんだろうけど、奥さんも旦那さんを亡くして商会を引継ぎ大変な時期だ、厚意に甘えすぎる訳にもいかない、お金のことはきっちりしておかないとな。
とはいえ、まだ金も品物も揃っていない、今日は軽く話をしただけで商会を後にした。
昨日は真面目な話しをして疲れたからかな、ついつい、だらだらとしてしまい今日の動き出しが遅れてしまった。
別に問題無いって言えば問題無いんだけど、師匠と居た時はずっと修行の日々だったから、身体を動かさないと落ち着かなくなっている自分が居る……。
とにかく昼を済ませたら冒険者協会に行って依頼を探そう。
「お、丁度いいとこに帰って来た。ソウヤ、おめぇにお客さんだ」
俺に客? いったい誰だ?
「あら? 意外と早く帰って来たのね」
高級感のある服に、腰まで伸びた艶の有る銀髪、身長は低く中学生になったばかりって位の歳か?
なんだろう、知らない奴の筈なのにどこか見覚えがある……。って、これ髪が長くなってるけどリミュールだよな? 何ですぐに気付かなかった? リミュールの奴肩を震わせて笑いを堪えてやがる……。
「はぁ、何やってるんだよ、こんなとこ居ていいのか?」
「こんなとこって言うのは、この宿の店主に失礼よ」
そういう意味じゃない、お前がここに居る事に問題が有るんだ。一回攫われてるくせに、なにのこのことこんなとこに来ているんだ。ウィッグか何かで微妙な変装はしているが、そんなんだから攫われるんだろうが……。
「はぁ、用件は?」
「謝礼を用意して届けに来るって言っていたでしょう?」
お前が直接来るとは思ってなかったんだよ。こんな事兵士にでも任せれば……あれの後じゃ任せられないか……国境付近の奴の事もチクッタばかりだしな。それでも信用できる奴ぐらい居るだろう、リミュールが直接来る必要は無い。
「届けさせるなんて言ってないわ、私は後日届けるって言ったのよ」
そうなら、俺が勘違いしただけなんだろうけど……。
「だったら、用件を済ませてさっさと帰れ、送って行くから」
「まだ用意できていないわ」
おい、本当に何しに来たんだよ。
「私にだって息抜きは必要なのよ! ソウヤが昨日言ってくれた罰のおかげで、兄様が寄って来ないのは楽なんだけど、その分兄様の仕事が滞って皺寄せが私に回ってくるのよ!」
それなら仕事しろよ、サボってると、どんどんたまる一方だぞ。
ストレスを発散させるなら、城を出なくていい方法を選べばいいだろ。
「ほら、ちゃんと変装もしてるから!」
「髪伸ばしただけじゃないか……」
てか、それはどうやってるんだ? この世界にもカツラとかウィッグが有るのか?
思わず伸びた分の髪に手を伸ばしたが、俺の手はリミュールの髪をすり抜ける。
幻術の類か?
「魔法?」
「魔法以外に何か有るのよ?」
魔法なんだったら、もっと色々弄ればいいじゃないか、髪伸ばしただけだと、知ってる奴が見れば直気が付くだろう。あ、でも意外と気付かれなかったりするのか? 良く分からないけど……印象は変わるよな。
「あ、悪い……」
何も考えず手を伸ばしてしまったけど、いきなり女の子の髪を触るとか失礼だよな。魔法で見せていた幻覚みたいだから、実際には触っていないけど……。
「いいわよ、べつに……」
「で、あの用件じゃないなら何しに来た?」
「遊びに来たのよ!」
「帰れ!」
結構自由な冒険者なんてやってるけど、俺だって遊んでる訳じゃないんだよ。
「そんな! 忙しい合間を縫って会いに来たのに帰れだなんて!」
サボってるだけだろうが、ちょ! 宿の店主、女性を無碍にする、そんな酷い男を見る目で俺を見るな! こいつのは演技だからな! ほら、口角がヒクヒクいってる、笑い堪えてやがるぞ!
店主はこいつがリミュールだって気が付いていないのか? 自国の姫だぞ。
「まぁまぁ、お昼まだなんでしょ? 一緒に食べよう、ね?」
リミュールに押し切られ、このままここで食事を取ることになったのだが……。
「金、持って来てないのか」
「うん……」
リミュールの分の食事代を立て替える事になった。決して奢りではない。
だいたいこいつ、城に帰ればもっと良い物が食えるだろう。
「ちゃんと後で返すわよ、謝礼とは別の日に……」
なんでだよ、一緒に持って来いよ。
それと、最悪フリードでもいいから他の奴に持って来させろ……なんて言っても無駄なんだろうな。
「せめて、護衛はつけて来いよ……」
エバーラルドの王族が勝手なのか、リミュールが変わってるのか、どちらにせよ面倒だ。
「飯も食ったんだし、お前もう帰れよ……」
俺はこれから冒険者協会に行って依頼を探すんだ。
「なら私も一緒に……」
「来るなよ」
ムッとした表情になったリミュールと暫く睨み合う。
「はあ、分かったわよ、帰ればいいんでしょ、帰れば」
やがて、リミュールは諦めのため息を吐く。
そうか、分かってくれたか、なら、城までぐらいは送って行ってやるか。
「大丈夫よ、変装だってしてるんだから」
魔法で髪伸ばしたように見せただけの変装の、どこが大丈夫なのか分からないが、実際に宿の店主も店の客も、こいつがこの国の王女だって事に気が付いていないんだよな、魔法的に認識阻害でも働いてるのかな? これなら大丈夫か。
「寄り道せずに真っ直ぐ帰るんだぞ」
「分かってるわよ、それじゃあね」
リミュールが、大きく手を振り店から出て行くのを見送る。
よし、俺も冒険者協会へ向かうか。
「なんだ?」
冒険者協会の前、いや、ちょっと東門寄りのところに人だかりができている。
あまり、長い日数此処に滞在している訳ではないけど、こんな光景を見るのは初めてだ。
「こんにちはソウヤさん、今日も依頼ですか?」
外の人だかりは混み過ぎていて何に集ってるのか全く分からなかったので、中を見るのはとっとと諦めて依頼を受ける為、冒険者協会の建物に入った。
いつもの受付がいつもの対応、ここは外の騒ぎなんて関係なく平常運転だ。
「ソウヤさん、外の見ましたか?」
平常運転でもなかった。
「見てない、だから依頼を頼む」
「見ていないのですか! 今、協会内でも凄い騒ぎになっていますよ!」
騒ぎになっているにしては、この受付嬢以外は平常運転に見える。でも冒険者の相手をしていない協会員はチラチラと外を気にしているようだから、いつもと違うと言えばいつもと違うな。
「なんでも、とある冒険者が東の森で巨大なオークを仕留めて来たようで、もしかしてオークキングなんじゃないかって話しになっているんですよ、あれがオークキングなら大変です。キングは仕留められているとは言え群れが残っている筈ですからね」
その、とある冒険者が狩って来たオークが協会の前に置いて有るらしい。オークなんて強化部位も無く、豚の癖に肉もイカ臭くて不味い、唯一利用できる所といえば睾丸が媚薬っぽい麻薬になる程度の魔物で、態々丸々持って来る必要も無いと思うんだが……とある冒険者とやらは何がしたいんだろう? でかい魔物を仕留めたと自慢でもしたかったのか?
「今、オークキングを狩って来た冒険者の方と会長が奥で話をしています。もう少しすれば、おそらく東の森の調査依頼が出ると思いますよ。調査だけなので冒険者LVに制限は有りませんからどうですか?」
東の森のオークの調査、オークの痕跡、もしくは群れを発見し報告する。
複数の冒険者に依頼される調査なので、成果が無くとも最低限は依頼料が出る。
オークの調査をしながら強化部位の有る魔物が居たら狩る、それ以外にも魔物を狩って本来の経験値を稼ぐのでも良いな。うん、最低限の依頼料が出るんだし、悪くないんじゃないかな。
「ならもう少し待ってるよ、正式な依頼になったら教えてくれないか」
「はい、直だと思うので少し待っていてください」
さて、少し待ち時間ができた。ここに都合よく知り合いが現れる訳も無く暇になる、こんな事ならリミュールをつき合わせれば良かったか? あいつでも話し相手ぐらいにはなるだろう。
暇を持て余す俺は外のオークを見に行く事にした。人だかりも、そろそろ飽きて散っていればいいな……。
そう言えば、2日前に俺も東の森でオークを仕留めたな、ブレイドボアと頑張って戦っていたオークの腹を、不意打ちで爆発させてやったんだった。あのオークが群れの一匹か、だとするとあの辺を捜せば成果が得られるんじゃないか?
外の人だかりはさっきより少しマシになった程度だった。
何とかオークが見えるな、どれどれ……。
確かにでかい、少なくとも俺が仕留めたオークよりも一回りはでかい、身体中に無数のかすり傷、腹にはでかいクレーターのような傷跡が有るが、これはこのオークを仕留めた冒険者との戦いで付いた物ではなく過去の傷跡のようだ。オークの息の根を止めたのはおそらく胸元にある小さな刺し傷、心臓を突かれたのだろう。
「うわ、大きいオーク、こんなのさっさと始末すればいいのに」
「だな、置いていても邪魔なだけだ……」
「死ぬ前も死んだ後も女の敵なんだから!」
死ぬ前は男は殺して女は犯す魔物。死んだ後は睾丸から作られる麻薬で被害者を出す。麻薬の方は使う奴が悪いんだが、媚薬っぽい麻薬だからな、被害は無理矢理使われた女性に多いって事だろう。
「仕留めたらさっさと焼き尽くすのが一番!」
「臭いけどな」
同意だ、今度仕留めるような事があったら魔法剣で燃やしておこう。
「それはそれとして、リミュールは帰ったんじゃなかったのか?」
「あ、名前呼んじゃ駄目! せっかく変装してるんだから!」
いつの間にか隣に来て俺と会話しているリミュールが、口の前で人差し指を立てて注意してくる。
ばれたくないなら来るな、それに髪伸ばしただけの変装なんてばればれだから……って、やっぱり周りの奴らは気付いていないのか、それどころか俺が呼んだ名前に反応して周囲をキョロキョロト見回し、リミュールを捜している。それだけで、もうオークへの興味はなくなったらしく徐々に人が退いて行く。
結局オークの前には俺とリミュールだけが残った。皆、気付かずにどっかいっちまたな。
「変装してる時はリミュでいいよ」
それフリードが呼んでいた愛称だろうが、ばれるぞ。
「はいはい、お前はなんで帰ってないんだ?」
「帰ったふりして後をつけてみたのよ!」
こいつは、アホなのか?
「一国の王女がこんなんで大丈夫なのかよ……」
「大丈夫よ、普段は真面目に王女やってるから」
ずっと真面目にやっていてくれ、王族ってのはろくなのが居ないんじゃないか?
「ソウヤ、このオーク、なんだか緑っぽくなってない?」
言われて見ればそうだな、オークの死体は全体的に緑色に変わってきている。
「腐った?」
「そんな、早すぎるわよ」
そうだよな、さっきまで普通だったのにいきなり腐りきる訳無いよな。だったらなんでこんな色になっているんだ? それと、さっきよりもでかくなってる様にも見えるんだが……。
「ソウヤ!」
リミュールも異常を感じているようだ、此処は離れた方が良さそうだ。
「リミュ! 離れるぞ!」
「BUGAAAAAAAAA!」
リミュールの手を引き、オークから離れようとした途端、死んでいたはずのオークが目を見開いた。
いや、それはもうオークと呼べるものではなかった。肌は全身緑色に変化し所々に鱗のような物が見える、胸にあった傷は鱗に覆われ有ったのかも分からない状態で全身の擦り傷はもはや跡形も無い、傷の無くなった身体は更に巨大化して4メートルは裕に超える。身体同様に手足も太く大きくなりそれぞれの指先に鋭い爪が備わっている。何よりの変化はその背中だろう、コウモリを思わせる皮膜の翼が大きく広がり目の前の存在の威圧感を上げる。
「何なのよ、これ……」
俺もリミュールもその存在感に気を取られ足を止めてしまった。
でもこれがいけなかった。俺たちを見据えたそれは、まるで最初からそうする事が決まっていたかのように、迷うこと無くその腕でリミュールを掴み翼を羽ばたかせ大空へ飛び上がった。
「やああ!」
「うおお!」
リミュールと手を繋いでいた俺もついでに上空へと誘われることになる。
「嘘だろ! 手離せばよかった!」
「ちょっと! 私を見捨てる気!」
逃がすもんかと俺の手を掴んでくるが、お前はこいつに掴まれてるから落ちないかも知れないけど、今、俺を支えているのはリミュールの手だけなんだぞ。今更手を離したところでパラシュート無しのスカイダイブをする羽目になるんだから離せる訳が無い。俺は必死でリミュールの手を掴む。
「ちょっとソウヤ、痛い……」
「ごめん! でもちょっと我慢して!」
「…………」
状況は理解しているようで黙って耐えてくれている。
くそ、こいついったい何処に行くつもりだ!?