二章7話
今、俺はどういう訳か、エバーラルドの王城に居る。目の前のテーブルにはティーセットが置かれ、それを使い紅茶を入れてくれているのは、銀髪碧眼の好青年っぽい男、名前をフリード・リーデル・エバーグリーンと言う。
その名前で予想がつくが、リミュールの家族だ。
リミュールは、俺の座っている椅子の向かいの椅子に腰掛け、フリードの入れてくれた紅茶を手に、先程冒険者協会の会長室に来た時よりは若干機嫌良さそうにしている。
冒険者協会の会長、ラルフに無理矢理昇格させられたり、隷属の首輪の破壊方法を聞かれたり、昨日、兵士が暴れた事について聞かれたりしているところに、街までの護衛も終わって、もう会うことも無いと思っていたリミュールが突然現れた。
リミュールが会長に、俺が冒険者協会に来たら、足止めして知らせてくれ、と頼んでいたらしいが、俺、そのついでで昇格させられたんだよな……でも、冒険者LVは上げないから問題無い。
「それで、何か用なのか?」
俺が訊ねると、少し機嫌が良くなっていたリミュールが元の不機嫌そうな表情に戻る。
「なによ、助けてくれたお礼ぐらいさせてくれてもいいじゃない……それに、昨日はうちの兵士が貴方に在らぬ疑いをかけて攻撃したから謝罪も……あの時の兵士たちにはしっかり教育しておいたから」
「はは、あの時のリミュは凄かったね、中々礼を言い出せない内に兵士たちの勝手な行動でその機会を逃して相当怒ってたからね」
「何を笑っているのですか? 兄様も兵士たちの中に混じっていましたよね……」
「むしろ指揮していたね!」
「直悪いです!」
俺はこいつらのじゃれ合いを見せる為に呼ばれたのか? てか、フリードも俺を攻撃してきた奴の1人か……緑鎧ばっかの中に、こんな奴が混じっていれば気付きそうなものだが、居たかこんな奴? こいつには後で個人的に仕返ししよう……。
「指揮だけだよ! それに捕らえろとは言ったけど、殺せなんていってないよ!」
それはこの国の指揮系統に問題が有るな、指示がちゃんと伝達されていない、指示を正確に実行できない、指示に従わない、碌な練度じゃないぞ。この国もシルバーブルと戦争中なんだよな? そんなんでよく戦えるな……。
「兄様……」
「いや、ソウヤ君だったね、昨日はすまなかった。そして、リミュを救ってくれてありがとう。あの後、誘拐犯は街道に転がっていたのを確保した。いや~、魔物に殺られて無くて残念だったよ」
言訳していたフリードも、リミュールに睨まれて慌てて謝罪する。
昨日の誘拐犯はあの状態で無事だったのか。街道だし魔物も出にくかったんだろう、馬やブレイドボアの血が魔物を呼びそうなものだけどな……。
「はあ、兄様、反省してください」
「でもリミュが居なくなって心配だったんだよ!」
ああ、ただのシスコンか……なんか、リミュールの方がフリードよりしっかりしているように見えるな、ちっこいのに偉いな。
「何か嫌な気配を感じたわ、ソウヤ、貴方また私を子供扱いしているわね?」
何で分かるんだよ? ちっこくても女の勘は鋭いってか?
「言っておくけど、私は18歳よ、エバーラルドの王族はドラゴンの血を引いていて、その血が濃く出れば出るほど寿命が長く身体の成長が遅いから、こんななりなだけだからね!」
嘘だろ、俺より年上かよ、この小ささで……。
「また……はあ、まあいいわ、謝礼と賠償として、件に加担した兵士から減給分と兄様の懐から痛む程度の額を。金銭で解決しようと言うのも心苦しいのですが、どうかこれで今回の事は許してください」
あんな状況だったけど、いつの間にか居なくなった冒険者に対して、態々探し出して謝罪してきたんだ。他の連中はともかくリミュールの誠意には答えてもいいんじゃないだろうか。
「わかった、俺の無実がちゃんと証明されているならいい、でも、お前らの国の兵士もうちょい何とかしたほうがいいぞ、そこの兄もか、あの時は直に逃げたから俺も無事で済んだけど、あそこで、無実だから誤解が解けたら大丈夫だ、大人しく捕まろう、なんて考えてたら大怪我か死んでいたぞ」
ホント、シャレになってない。
「本来皆を纏める立場の者が、シルバーブルとの戦場に出向いていることと、この兄が私が攫われて冷静じゃない状態で兵を指揮したものだから余計に収拾つかなくなってしまいました。兵士も兄も改めて指導教育し直します」
「戦場? 国境付近にも、通行料取ってる緑の鎧の集団が居たぞ」
「う゛、すみません、それも調べて対処します」
人の悪い所ばかり挙げたら限が無いからな、リミュールのような奴も居るんだ、悪い方に考えすぎるのは良くない。でも少しぐらい仕返ししておかないとな。
「いや~、ホントにすまなかったね」
「お前は罰追加な、暫くリミュールに近付くの禁止で」
なんか、ポケットマネーが減ったぐらいでは、全然堪えて無さそうなフリードに追加の罰を加えておく。
「必ず守らせるわ」
リミュールもノリノリで、早速フリードをこの場から追い出した。
「リミューーーーーーー!」
フリードは呼び出された兵士によって無慈悲にリミュールと引き離される。
「ソウヤ、国境を通って来たって事はシルバーブルからこっちに来たの?」
あ、さっき国境に居た緑鎧の事を指摘したことで気付かれたか。まあ、俺が異世界人だって事に気づかれなければ問題無いよな?
「ああ、周辺4国と戦争してる国になんて居られるかよ……。
でも、どうして、周辺の国もこの国もシルバーブルと戦争しているんだ? 魔王と戦ってるのはシルバーブルだろ。シルバーブルの地をいくら削ろうが、魔王にシルバーブルを潰されたら次は他の3国だろ……」
「……他の国を、悪く言うものではないんだけど、シルバーブルは交渉方法を間違えたのよ」
交渉方法? 豚王は協力を要請したみたいなこと言ってたけど?
「シルバーブルは周辺3国に対して、マギナサフィアには国宝である魔法道具の無償提供、セントコーラルには教会に保管された過去の勇者の聖剣の譲渡と聖女の派遣を……そして、エバーラルドには竜の血を要求してきたのよ」
竜の血? ドラゴンの血か? 変だな、寿命が延びるって話しの事を言っているなら、強化部位はドラゴンの血じゃなくて肉だ、血に何か効果が有るなんて師匠は言ってなかったぞ。
「私のことよ、先祖にドラゴンを持つ一族で、その中でもドラゴンの血が色濃く出た者。私の姿形は人間だけれど、寿命は人より遥かに長いのよ。普通の人間からしたら羨ましい限りでしょ?」
この国の王族の特徴か、確か乗合馬車で一緒になった冒険者も話していたな。あくまで噂って事だったけど……それが本当で、その仕組みを調べる為にリミュールを欲したってことか。
「シルバーブルは魔王との戦いを前に、私欲で周辺国に対して動いたってことよ」
そんな要求呑む訳が無いよな、そんなことも分からないのか、あの豚王は。
周りの奴らも止めろよ、国が追い込まれるの分かってるだろうか……。
「それで、エバーラルド、マギナサフィア、セントコーラルは連絡を取り合い。シルバーブルを落した後に3国で協力し魔王を討つ計画が進められているのよ」
ん~、シルバーブル詰んでるな、でもあそこには田嶋たちが居るんだよな、一応知らせておくか。この世界がどうなろうが構わないけど、田嶋たちには無事で居て欲しいからな、まぁ相田が何とかするだろうけど……。
「ただ、シルバーブルには古に勇者を召喚した技術が残っているから……ソウヤは最近までシルバーブルに居たんでしょ? 何かそんな話は聞いていない?」
どう話そうかと思っていると、リミュールの方から聞いてきてくれた。もしかしたら最近までシルバーブルに居た者には、皆に聞いているのかもしれないけど、これは都合が良い。
「噂程度で良いなら、シルバーブルの城に出入りする俺ぐらいの歳の奴が数十人要る、今まで見かけた事の無い連中だって噂になっていたな」
「やはり、既に召喚は使用されていると見た方がいいのかもしれないわね。最近周辺3国に対する防衛へ回される兵士が増えているから、勇者は魔王との戦線に回されているのかしら?」
ブツブツと考えに没頭しだしたリミュールに、今まで強くなること、生き抜く力を身に付ける為に後回しになっていた俺の旅の本来の目的に対して聞いてみる。
「召喚された勇者って言うなら、元の場所に強制的に送り帰したりできないのか?」
「生憎、エバーラルドには勇者召喚に関する資料が殆ど無いの、セントコーラルの勇者選定とは全く別物みたいだし、エバーラルドでも、マギナサフィアでも調べては居るんだけれどね、そんな方法が見付かっていれば、もっと大胆に侵攻しているわよ」
一国の王族でもたいした情報は無いか。豚王のように本当の事を話しているかって疑いだしたら、いくらでも疑えるけど……。
リミュールの話では他の国もたいした情報は持っていない、これ、どこを捜せば帰還方法が見付かるんだ?
「俺は、各地を回って旅してみるつもりだから、その中で何か分かったら知らせるよ」
こう言って置けば今後もリミュールから情報を得やすいだろう、また会えるかどうかは分からないけど……。
「それは有り難いけど、私ったら、謝罪した後は情報提供してもらうだけのつもりだったのに、余計な事まで話しているわね」
話しも粗方終わった感が有るが、そこで、ようやく自分が色々話していたことに気付きため息を付くリミュール。
「助けられた時は、私の名前を聞いても気付いてないみたいだったから分かるんだけど……今は私が王族だって気付いているのよね、それでも態度を変えないから私も気が緩んじゃったかしら?」
「なに? 敬語使った方がいい?」
「いいわよ、他国出身の冒険者にそこまで求めてないわ。あまりにも態度の悪い奴はムカつくけど……」
この娘、立場上ストレス溜めてそうだな、小さいのに大変だ。いや、俺より年上か。
外見と中身が一致してないからな、こんな世界じゃ成人する年齢が低いだろうから見た目よりしっかりしているって納得はできるし実際俺より年上らしいんだけど、やっぱり違和感があるよな。
「とにかく、情報提供もかねて、謝礼の方は少し多くしておくわ。それでも、今直ぐ用意できる訳じゃないからどうしようかしら? 泊まっている宿を教えてくれれば後日届けるわよ」
量が多いってだけなら、ポーチが有るから今直ぐ持って帰れるんだけど、国の金を動かすにも手続きが必要か。金は有ったら助かるけど、今直ぐ寄こせとか無理言う気は無い。宿の場所を教えて、もうお暇させてもらうことにした。
城門までは呼び出されたメイドさんに案内してもらう事になったが、途中の通路で、壁に背を預け俺の事を待っていた奴が居た。
「やあ、ソウヤ君、もう帰りかい?」
「フリードか……」
相変わらず軽い感じで話しかけて来たが、リミュールが居た時とは少し違う感じがする。
「やれやれ、もう僕が王族だって分かっているのに変わらない態度、いっそ清清しいね」
「五月蝿い、俺だってちゃんと目上の者には敬語を使う、ただ、お前は駄目だ、お前の指揮で動いた兵のせいで、一歩間違えれば俺は死んでいたんだぞ、そんな奴敬えるか……」
「はは、それは構わないんだ、今回の用件は僕も君には感謝を伝えておかないといけないと思ってね。
リミュールを助けてくれて有難う、賊の方はきっちり尋問して色々吐かせたら、シルバーブルの刺客だって分かったよ、大方、リミュールを人質にして侵攻を止めさせようとしたんだろうね」
「そんな事、俺に話していいのか?」
俺がどうこうするって訳でもないけど、そういうのは無闇に話していいものじゃないよな?
「気にはなるだろう? それに、このことが君からシルバーブルの豚に伝わらなくても、刺客が帰ってきていない以上、こっちが気付いているのには想像がつく、だからどの道一緒だよ」
そういうものか?
「これでも君の素性は調べたんだよ、でもシルバーブル方面から来て、この国で冒険者になったってことぐらいしか分からなかった。この国に来る前、過去の記録が無いんだよ……」
この世界の情報網ってちょっと調べたぐらいで人の過去まで分かったりするのか? 無いな、情報伝達手段なんて口伝か魔法道具による通信とかぐらいだろう、本当に通信用の魔法道具が有るかどうかは知らないけど……。
「調べた情報通りだ、この国に来る前は、シルバーブルに居たぞ、そんで、ひたすら鍛えてたな」
間違った事は言ってない。召喚されてからはずっと、貧弱な能力値をどうにかしようって、鍛えてた。
多分俺がシルバーブルの間者とか工作員じゃないかって心配しているんだろう。それもシスコンから来る思い込みで……。
俺がリミュールを助けたのは、フリードが言うシルバーブルの刺客と演技をしたからじゃなく偶然だし、呼ばれなければ城にも来なかった。
そんな俺を疑っているだけ時間の無駄だ、俺は田嶋たち、クラスメイトに手を出されなければ敵にはならない、俺の敵は豚王とかだ。
田嶋たちのことは心配だが、俺より強いあいつらなら自分でどうにかするだろう、こうして俺が帰還方法を探して旅しているのは、能力値が低く特殊能力を持たない俺が皆と居ても、足手まといにしかならないからだ。豚王が嫌だったってのもあるけど……。
「まぁ、いいさ、僕はリミュが無事ならそれでいい」
誤魔化したって思われたか、別に何も企んでないんだけどな……。
まあ、こいつと会う機会なんてもう無いだろう、放って置こう。
「そうか、じゃぁしっかり守っとけ……」
フリードの横を通り抜けメイドに案内されて城を出る。
さて、リミュールの話を聞いた限りじゃ、この国で元の世界への帰還方法は見付からないかもな。もう少し俺なりに調べて謝礼貰ったり、その金で武器を調達したりしたら、マギナサフィアに向ってみるのがいいかもしれない。リミュール曰く、マギナサフィアも召喚された勇者を元の世界に送り返す方法を調べているってことだし、何か分かるかもしれない。
でも、もうちょっと旅の準備してからだな。