二章6話 リミュール・ヴェルデ・エバーグリーン
リミュール・ヴェルデ・エバーグリーンと名乗った麻袋の少女は文句も言わずに俺の後を付いて来た。
名前とか物腰から、貴族とかそんな感じの偉い身分の奴なんだろうなって言うのは想像が付くんだけど……特に偉ぶった所も無く好感が持てる、街道をのんびり進んでいるけど、この調子なら日が沈むまでには街に着けるだろう。
「貴方、冒険者なのよね?」
無言で歩き続ける事に堪えかねたのか麻袋、もとい、リミュールが話しかけてくる。
俺も暇しているのでそれに乗ることにした。
「そうだよ、といってもまだ冒険者LV10になったとこなんだけどな」
「だったら今も依頼で出ていたのよね? それは、もう終わったの?」
「…………あ」
色々やっちゃってすっかり忘れていた。せっかく倒したブレイドボアの牙剣も回収していないぞ。
「しまったな、まぁいいか、明日にでも何とかするからいいや」
依頼の期限はまではまだ日が有る、早急に金が要る訳でもないしだいじょうぶだろ。
「いいの? 貴方みたいな低LVの冒険者にとって依頼の成否は死活問題なんじゃないの?」
俺は隷属の首輪の依頼で一気に稼いだから新人冒険者の感じが全然分からないんだよな、冒険者経験値を貰わず、昇格試験も受けてないからLV10のままなのであって昇格試験もクリアして冒険者経験値を貰っていたら今頃次の昇格試験目前だって受付で言ってたな。
「大丈夫大丈夫、そんなの人それぞれだから俺は大丈夫だ、依頼は君を送り届けてからで問題無い……」
「そう……ありがとう」
街までは俺みたいに足で旅してきた者なら全く問題ない距離だが、貴族の女の子にとっては結構きついんじゃないだろうか? リミュールの歩く速度に合わせているとはいえ、大人しく付いて来てくれているので楽な方だ、これが道中我侭言い放題だったら間違い無く見捨てている。
「それにしても、言葉が砕けて来たな……」
その方が俺も砕けた言葉で話せるから楽で良いが、なんだろう、あまり気安く話していると俺の中でリミュールのイメージが近所のガキみたいになってくる。適当にからかって適当にあしらう感じだ。
「駄目でしょうか?」
「いいって、子供があんまり気ぃ使うな、歳相応な話し方してくれた方が楽だ」
「……わかったわ」
ん? ちょっと機嫌悪くなったか? 子供って言ったからかな?
「そうだ、グミ食うか?」
ポーチから蜂蜜グミを取り出す。
前に隷属の首輪の依頼で使い切った心算でいたんだけど、ポーチを整理していたら蜂蜜瓶が2つ出て来た。師匠から貰った分が未だ残っていたので、戦闘中でも使い易いように1瓶全部グミにした。
これで機嫌をとろう、子供で女の子なら甘いものだ。
「グミ?」
知らないか、何か怪しい物を見る目つきだ、さすがお嬢様。まぁ俺が適当に作った物だから見た目が悪いってのも有るんだが……やっぱり宿の店主に作って貰った方が良かったかな?
「ただのお菓子だ、とりあえず食べてみな」
先に俺がグミの入った瓶から1つ取り出し食べる……うん、蜂蜜味のグミだ。
俺が食べるのを見てリミュールも差し出した瓶から1つ摘み出し、意を決して口に入れる。
「……蜜の味、でもこの食感はなに?」
グミだとしか言えないな、俺にはそれ以上この世界の人に説明できない、作り方も漫画で読んで偶々知ってただけだしな……。
「嘘、魔力が回復した……これサイビーの蜜使ってるの!?」
「おお、良く分かったな、正解だ」
さすがお嬢、舌が肥えてる。
「貴方馬鹿なの! そんなものお菓子に使うなんて勿体無いでしょ!」
「いやいや、戦闘中にでも使い易くする為にグミにしたんであって、お菓子にするのが目的じゃない、グミが偶々お菓子だったってだけだ」
「それでもお菓子として食べてたら一緒でしょ!」
それは、リミュールの機嫌をとろうと思って……なんて言ったらもっと怒るだろうから言わない。
「まあまあ、いいじゃないか」
「はぁ、まぁ貴方がいいなら私はいいけど……」
あらら、余計機嫌悪くなってないか? そっとしておいた方が無難だな、どうせ街までの付き合いだしな。
俺たちは暫く無言で歩き続けたが、リミュールが沈黙に耐えきれなかった様でいろいろと話題を探して話しかけてきた。
だが生憎、俺はこの世界に対して詳しくない、殆ど何も知らないぐらいだ。
そんな俺はリミュールの言葉に相槌を打ち聞きに回るぐらいのことしかできない。
それでもなんとか会話を続けつつ街まで辿り着いた。
「ただいま~」
東門の門番に気軽に挨拶して門を潜ろうとするリミュールに続く、俺は冒険者証を出して門番に確認してもらおうとするが、門番は慌ててリミュールの前に回りこむ。
「どうしてリミュール様が外から来るんですか!」
お~い門番、仕事しろ~。
「貴方たちが不審な馬車を見逃すからでしょう、もう少し気合を入れて仕事してください」
「え? それはどういう……」
「はぁ、街道をずっと行った所、馬の無い馬車が放置してある場所に商人の装いをした男が4人転がっています。確認してください、魔物に殺されていなければまだ転がっているでしょう。ソウヤさん、いきますよ」
あちょっと、俺まだ冒険者証見せてない……。
リミュールに手を引かれ手街の中に入る、まぁ門番は何も言ってこないので大丈夫なんだろう。
さて、無事にリミュールを街まで送り届けた。さっきリミュールが門番に言っていたからリミュールを誘拐した犯人も捕まるだろう、あの場所をたつ前に犯人共をリミュールがぐるぐる巻きにされていたロープで縛って来たから、もしかしたらもう魔物に食われてるかもしれないけど……それは知らん。
そう言えばあの馬車の馬俺が殺っちゃったんだよな、馬が居なけりゃ馬車は引けない、リミュールを助けた結果的にだけど倒れた馬車を立てる必要無かったな、グローブ1つ無駄にした……。
とりあえず、護衛は終わりだ。
「で、もう大丈夫なんだよな? それとも、家まで送った方が良いか?」
「大丈夫よ、もう人気の無い場所は通らないから……」
だったらそろそろ手を離そうな、さっきからずっと引かれたまま歩いてるぞ……。
「居たぞ! リミュール様を保護し犯人を取り押さえろ!」
なんだ? どっかで見たような緑鎧がわらわらと……あ~この国の兵士だな
鬱陶しいぐらい湧いて来て、あっ、という間に俺たちを取り囲んだかと思うと、リミュールだけを包囲の外に追いやった。
そして、俺に対して抜き身の武器を向けてくる。
「はぁ……これって勘違いされてるよな?」
リミュールが、外から兵士たちを止めようとしてくれているようだけど……
「危険ですので、リミュール様は下がっていてください!」
聞いてないな、兵士共、保護対象の話ぐらい聴けよ! 大人しく捕まればリミュールが何とかしてくれるか? でも、長い間拘束されるのは面倒だな……逃げるか。
鞘から僅かに剣の刀身を出して魔法剣を行使する。
「ミラージュソード」
本来は幻影の剣を織り交ぜた斬撃を放つ技として考えた魔法剣だが、今回は俺自身の幻影を作りこの場に立たせ、本物の俺は見えないようにしてここを離れる。
「確保おおっ!」
緑鎧の兵士共が一斉に俺の幻影に突撃する、おい! せめて盾を前に出せ、どいつもこいつも、どうして抜き身の武器を突き出して突進する!? 殺る気満々か!?
「止めなさいって言っているでしょ!」
リミュールが一際大きく声を張り上げるが、まあ大丈夫だ。もうとっくに逃げている本物の俺はそこには居ない。兵士たちの武器は俺の幻影を貫くが、当然手応えなんて無い。不審に思う兵士たちの前で俺の幻影が消失する。慌てて俺を探そうとする兵士たちに見付からないうちに退散しよう。背後に、ぶち切れたリミュールの怒声を聞きながら俺は宿へ戻った。
翌日、俺は、一応兵士たちが俺を探していないか警戒しつつ宿を出た。まあ、リミュールが誤解は解いてくれているだろうから大丈夫だろう、実際、問題無く東門まで辿り着けた。
今日は、昨日狩り損ねたブレイドボアの牙剣を確保しないとな。
「あれ? 君、昨日帰って来てた?」
昨日と同じ門番に冒険者証を掲示してみせると、そんなふざけた事を言われた。リミュールに気をとられて仕事を放棄していた奴が何を言う……。
面倒なので適当に受け答えして外に出た。
少し行った所で街道を外れ森の中に入って行くと、あっさりとブレイドボアは見付かった。昨日みたいに、ブレイドボアを探して森をうろついていたら結構街から離れていた、なんて状態にならなくて良かった。
他に依頼も受けていないのでさっさと街に帰り、冒険者協会に報告に行く。
いつもの受付で依頼の牙剣を納品して報酬を受け取る。今日はまだ早いので次の依頼を見繕ってもらおうかな……
「ソウヤさん、奥の部屋で会長が呼んでます」
会長? 何の会長だ? ああ、冒険者協会だからその長は会長か。
冒険者協会の会長が俺に難の用だ? 俺何かしたっけ?
「ソウヤさん?」
「行けば分かるか、奥の部屋ってこの前の部屋か?」
「いえ、本当に一番奥の会長室です。案内しますね」
冒険者協会の奥に有る部屋の本当に一番奥、案内してくれたいつもの受付の女性が、他の部屋と同じ造りなのに何故か威圧感を感じる扉をノックし、中の人物に声をかける。
「会長、ソウヤさんをお連れしました」
返事は直にあった。
「ああ、入ってもらって構わないよ」
会長室の扉を開き、促されるままに中に踏み込む、会長室はトロフィーとか、観葉植物とかそういった余計な物の無い校長室って感じだった。
「よく来たね、ささ、座って座って」
会長なるおっさんに促されソファに腰掛ける、机を挟み向い側のソファに会長も腰掛ける。
「で、何ですか?」
「あ~、もうちょっと待って」
会長がそう言って直に会長室の扉がノックされて開かれる、俺だけ入室させて入って来なかった受付穣がトレイにカップとポットを乗せ入って来た。
「どうぞ……」
俺と会長にお茶を出すと受付穣は退室し、それを確認した会長が話しだした。
「僕はラルフ、今は冒険者協会エバーラルド本部の会長を任されているけど、昔は冒険者だったんだ」
「はあ、で、その元冒険者の会長さんが俺に何の用で?」
まさか自分の武勇伝を聞いて欲しいとかじゃないよな? そんなものに付き合ってるほど暇じゃないぞ。
「いくつか有るんだけど、先ず一つ目、ソウヤ君、そろそろ昇格試験受けない?」
「強制依頼がめんどい」
それがなかったら報酬の良い依頼も受けられるようになるから、昇格試験を受けるのに何の問題も無いんだけどな。
「強制依頼なんてそう発生するものじゃないよ、冒険者LVが上がればそのLVに見合った依頼も受けられるんだよ」
「今案内してくれた彼女に、昨日レッサードラゴンの討伐依頼を勧められましたけど?」
「何やってるんだ、あのこは……」
会長、頭を抱えて嘆いてるよ、部下の教育も大変そうだな。
「ソウヤ君はどうして冒険者になってんだい?」
どうして……冒険者になった理由か、とりあえず旅の資金を稼ぐ為だよな。今は魔法剣連発用の武器代も要るけど……。
「金のため?」
「どうして疑問系? まぁいいか、お金のためなら今よりもっと稼げるように昇格しないとね。最初の試験は冒険者として問題無いかの面接だけだから、合格にしておくね」
「ええ!」
ちょ、試験受けるなんて言ってないのに勝手に合格にするなよ!
「それで、2つ目、隷属の首輪を破壊した方法ってやっぱり秘密なのかな?」
「昇格の話を取り消すなら教えます」
まぁ、今回昇格しても冒険者経験値を貰わなければLVは上がらないから問題無い。取り消そうが取り消すまいが俺にはどっちでもいい。
「しかたない、これは諦めよう、でもまた指名依頼は出すと思うから、その時は頼むよ」
諦めるのか、適当に昇格を取り消して、隷属の首輪を破壊する方法を聞いて、後日また無理矢理昇格したら何にも痛くないと思うんだが……当然俺は警戒するし、冒険者協会への信用も無くなるが……。
「3つ目だ、ソウヤ君、昨日東門入り口付近で騒ぎを起こしたね?」
違う、あの時騒いでいたのは俺じゃない。だから……
「何の事ですか? 昨日だったら、依頼に出てその日の内に帰ってきてますから、東門には行きましたけど、騒いでなんていませんよ」
俺は騒いでない、うん、間違いない。
「……はは、ソウヤ君が騒いでないのは分かってるんだけどね~」
こいつ、殴ってやろうか。
「騒いだ騒いでないって言うのはどうでもいいんだよ、僕の目的は君をここに留めておく事だったからね」
なんだそれ、何が目的なんだかさっぱりなんだが、俺をここに留めてどうしようってんだ?
「訳が分からん? それを何故今言う?」
「もう、目的は果たしたって事だよ」
会長の言葉を合図に会長室の扉がノックも無く開く。
そこには不機嫌そうなリミュールが立っていた。