一章1話 逃亡するも追っ手は無し
刃を潰した模擬剣を振り上げて振り下ろす。水平に構えて横薙ぎに振るう。
「む! なかなかやるな、ではこれでどうだ!」
左上から斜めに右下へ袈裟斬りそのまま反して逆袈裟、そしてまた横薙ぎ。
「まさかここまでやるとはな、だが私もシルバーブル騎士団の副団長として負ける訳には行かない!」
股下から上斬り上げまた反して唐竹、一連の動作を数十回と繰り返す。
「はぁぁぁぁ!!」
終わりっと、振るっていた模擬剣を訓練所の壁に立てかけ噴出した汗を拭う、クラスメイト全員に身を守る術を身に付けてもらうという名目で、国を救う為の戦闘班・帰還方法を探す為の捜査班関係無く始められた訓練は俺の一桁の能力値では剣を振るうことすら困難だったが、今ではずいぶんと様になってきたように思える。尤も俺以外のクラスの奴らは最初から各々の武器をぶんぶん振り回していたが……
「そろそろか?」
休憩している俺に音も無く近付き小声で声をかけて来たのはクラスメイトの田嶋だ、異界の暗殺者なんて称号を持っているせいか、気配を感じさせずに行動する事が多くなって少しビビル。
田嶋がそろそろかと言ったのは俺が城を抜け出す日取りだ、ここ数日で嫌な予想が当たり勇者としての能力がカスな俺への冷遇が始まった。
とは言っても訓練でひたすら素振りをさせられるとか食事をもらう際に向けられる目が冷たいとか些細な事だ。それでも居づらい事には変わりないので田嶋の協力の下、城を抜け出すことにした。田嶋は称号に異界の暗殺者と付いていた。その為、隠密行動なんかには向いていて、協力してくれるのはありがたかった。
「そうだな、それなりに武器の扱いにも慣れて来たし、近い内に頼む」
「ああ、任せろ」
この世界はファンタジー世界だ、人が居て国があり魔物が存在し剣や魔法で戦う。この国は魔王との戦争と他国の侵略を退けるために勇者を召喚した。勇者に与えられた力は個々に差はあれどどれも強力だ、しかし俺の得た力は勇者の中では最弱の能力値に特殊能力無しと言うものだ。能力値が低くともいかなる攻撃も防ぐ強固な結界を張る特殊能力を持っていたり、道具と材料さえあれば最高の品を作り出す武器や防具作成能力を持っていたりと何かと役に立てる。だが俺は違う、剣を振るう事すら困難な、全ての能力値が一桁と完全な役立たず、ただ飯を食らうだけなのも気不味いしクラスメイトに同情されている現状も日に日に鬱陶しくなってきた。できることなら今直ぐにでも逃げ出したいのだが、この世界には魔物が居る、盗賊なんかも普通に出てくるらしい、そんな場所で今の俺が1人でやって行ける訳が無い。だからこうして武器を扱えるようになるまでは逃げるのを我慢しているわけだ。
「お~、相田の奴ついに副団長に勝っちまったな……」
訓練初日から日課になっている相田とこの国の騎士団の副団長との手合わせがようやく終わったようだ。ほんの1週間ほどなのだがついに相田が勝ってしまった。さすが、豚姫の(利用しやすいって意味で)お気に入りの勇者だな。
「副団長顔赤くなってないか?」
「1週間かそこらでのほほんとした餓鬼に負けて悔しいんじゃないか?」
短期間で強くなる相田の勇者適正に驚きだがな、そう言えば称号に勇者って付いているのは相田だけだったな。
「いや、何言ってんだよ高深、あれどう見たって落ちた瞬間だろ……」
「落ちた? 何処に?」
「恋に……」
「…………」
「……」
「……」
頭大丈夫か? 田嶋がそんな事言って来るとは思わなかった。
「頼むからそんな心配そうな目で俺を見るな、ほら、前にも話しただろ? ネット小説やラノベでこう言う展開だとそうなるんだよ」
「へぇ……」
としか言えないな、そう言うもんか?
「クラスの奴も何人かは相田を狙ってるだろ?」
「それは知ってる」
相田は容姿も良いし人懐っこく困っている奴を放って置けない性格だ。召喚された時のように勝手に突っ走る時も有るけど、それでも最終的には全ての問題事を解決して感謝され女には惚れられる、クラスだけでなく学園内外問わず相田に好意を寄せている女は多い。
「この国の女狐じゃなくて……お姫さんもそのうちの1人だろ?」
あの豚姫は違う、田嶋も言い直したが女狐って分かってるじゃないか、あれは勇者を利用する気満々だ。演技で簡単に涙を流せるタイプだぞ。
「とにかく相田は順調にハーレムを構築中って訳だ」
「それもラノベのお約束か?」
「そんなとこだ」
相田ハーレムねぇ……ということは、あそこで面白く無さそうに相田を睨んでるクラスの不良グループがあきらかに格下の相手に集団で訓練と言う名の暴行を加えだしたのは腹いせか。相田の何が羨ましいんだろうな? でも、下手をすれば能力無しなんていう俺がアレを受けることになったんだよな、能力値が低すぎて下手に手を出すと簡単に死にそうな俺を標的には出来なかったみたいだけど……。
「ん? また白山たちか? ちょっと相田に告げ口して来る」
田嶋、豚との会話の時もだけどお前は本当にいい動きをする。相田なら勇んで止めに行くだろう、「訓練したいなら俺が相手になるよ」とか言いそうだな。
「訓練したいなら俺が相手になるよ!」
あ、言った……。
「「さすが……」」
戻って来た田嶋と同時に感嘆の声を漏らしてしまった。ホント、期待を裏切らない奴だ、そこが面白くも有り厄介でも有るんだけどな、まあ、この勇者召喚に関わる出来事を最終的には相田が全部丸く収めそうな気がする。
「ヤ、タ、仲良くなった?」
田嶋と苦笑を向け合っているとそんな声をかけられた。確かに、逃げる為の協力者という事もあり、召喚されてからは良く田嶋と一緒に居る。ちなみに今疑問の前につけられていたヤとタはヤが俺のことでタが田嶋の事だ、ちなみに相田はスケ、全員名前がソウから始まっている為こいつは俺達3人のうちの誰かが一緒に居るとそれぞれを後の短い言葉で呼ぶ、一人ずつの時は普通に名前で呼ぶんだけどな。ま、俺たちの誰も気にしていないので好きに呼ばせている。
「どうした伊勢」
「ん、そろそろ訓練始まる」
どうやら田嶋を呼びに来たみたいだ。彼女は伊勢 玲奈下手すると小学生に間違われるぐらいのチビだが一緒に召喚されたクラスメイトの1人だ。称号が異界の暗殺者の田嶋同様に異界の忍の称号とそれに見合った能力を持つ。召喚されたクラスメイト達は各称号によって組み分けされている暗殺者の田嶋に勇者である相田と同じ訓練をしても効率が悪いからだ。田嶋と伊勢は同じスカウト系を集めた組で、当然俺は何処にも属していない。
「分かった、すぐ行く。高深、例の決行時の相談は飯の時にでもしよう」
「タ、なんの話?」
「なんでもねぇよ」
二人を見送り俺ももう少し素振りを続けようと剣を取る。召喚されて数日しか経っていないけどずいぶん様になってきたんじゃないだろうか? 最初剣に振り回されていた時の事を思えばいい上達振りだと思う、俺って剣の才能有ったのかなとは思わない、相田を見て思える訳が無い、無能力の俺がこの世界で1人で生きていくには才能なんて物に頼らずに地道に努力するしかない、幸い成果が実感出来ているから続けられているものの、召喚さえされなければこんな事する必要も無かったのにな……。
あ~、なんかイラッ☆としてきた。
「召喚っていってもやってることは召喚される者の同意の無い拉致だ、拉致って犯罪だよな、そんなことする国の奴らなんて殺しちまえばいいんじゃないか? 俺以外の奴にはその力が有るだろう……」
「何か物騒な事言ってる……」
おっと、つい漏れた言葉を聞かれたか。
「冗談だ、本気にするなよ江ノ塚」
俺を見て少し震えた声で呟いたのは江ノ塚 航、さっき相田に助けられていた奴だ。それよりも、無能の俺の言葉に怯えるなよ、お前でも、いや、お前以外の誰でもだが能力的には俺なんかに負けるわけが無いんだぞ、これが普段から白山たちに弄られ……いや、ぶっちゃけ虐められて来た影響か……あのクズ共は人の人生を1つ潰している事に気付いているんだろうか? 気付いてないからそう言うことが出来るんだろうな……死ねばいいのに。
あれ? そう言えば江ノ塚は術士組みだったよな、確か不良グループの1人、寺坂と一緒の火炎術士って言ってたと思うんだけど、何で剣の訓練に参加してるんだ?
「術士の訓練はいいのか?」
「え! う、うん、大丈夫だよ今回は白山に……白山君につき合わされただけだから、今から術士の訓練に戻るよ、うん、大……丈夫」
こいつ相当ストレス溜まってるな、本当に大丈夫か? 近い内に居なくなる俺が心配する事でもないか。
「そうか、がんばれよ」
「高深君も、がんばって」
江ノ塚に内心でエールを送りつつ自分の訓練に戻る、心なしか先程よりもスムーズに剣を振るえている気がする。繰り返し繰り返し、同じ動作を行う。調子に乗り徐々に徐々に、その動きを早めていく。
本当に調子がいい、一通り素振りを終えてから追加の訓練だとは思えないぐらいに身体が軽い、調子に乗りすぎると明日がきつそうだ、今日はもう少ししたら終わりにしよう。
「剣舞?」
まったく、今日は良く声をかけられるな、動きを止め声のした方に向き直る。声から誰かは分かっている、予想通り相田が感心したような目を俺に向けていた。
「唯の素振りだ、俺のことより自分の訓練はいいのか?」
「俺の方はもう終わりだよ、明日は団長さんが相手してくれるんだって」
ホント、順調に勇者してるな。
「そうか、良かったな。それより、ほら、お迎えだぞ。とっとと相手しに行け」
丁度訓練所の入り口に豚姫が姿を現したのが見えたので相田を促す。豚姫の目当てが相田なのは間違いが無い、早急に退散してもらおう、容姿と外面だけは良い豚姫が来て浮かれている男子共も気の毒だからな。
「あ、ホントだ、どうしたんだろ? とにかく行って来るね」
「そのまま戻って来るな、特に俺に用事があるわけじゃないだろう」
能力が無くて低い俺のことを気にしてくれているんだろうけど、お前は自分のことを気にしろ、ホイホイ豚王や豚姫に従っているだけだと取り返しの付かない事になるぞ。まあ、周り女子共がそうさせないな。相田に惚れてる女はまだ良い、むしろ問題なのは異世界なんて極限状態において拠り所を見出せない者たちだ、一部の女子や男子の大半はゲームのような現状を楽しんでいるようだけど、これから彼等がやらされるのは殺し合いだ、それを実感した時どう転ぶか……。そんな人の心配している場合じゃないな、此処から逃げ出すって事は俺は1人でそれらと折り合いをつけてやって行かなきゃならない訳だから。
この時まで、自分に出来る準備は万全にしておこう。
「高深、これ持って行け、少ないけど餞別だ」
数日後、普通なら訓練の時間だがそれをサボり、田嶋の見つけて来た豚王の隠し部屋で最後の打ち合わせを行っていた。そう、今晩俺はこの城を抜け出す心算でいる。
話し合いも十分に出来た所で田嶋が腰につけるのに丁度良いポーチを手渡してきた。
「これは?」
「一種の魔法道具だって言えば想像が付くか? 見た目以上に物が入る鞄だと思っておけば良い、中に手を入れれば何が入っているかは把握できる様になっているらしいから中身は後で確認してくれ、といってもこの世界の金が少しと安物の剣ぐらいしか入ってないけどな」
身を守るための武器にこの世界の金、俺以外のクラスメイトは国から支給されていて少しは持っているようだけど俺は貰っていないので有り難いが……
「いいのか?」
「ああ、これから先無一文でやって行く訳にも行かないだろう? 遠慮するな、俺の方はどうとでもなるし、武器も俺が使うなら剣じゃない方が良いから高深が使えよ」
「分かった、ありがたく使わせてもらう」
「よし、じゃあ今晩だな」
「おう、よろしく頼む」
そうして俺は田嶋の手引きの下、豚王の城から抜け出すことが出来た。はっきり言って警備はざるだ、穴だらけでここまで警戒する必要は無かったんじゃないかと思わせるほどだけど、それは多分田嶋の得た能力が優れていたからだろう。実際俺以外の奴等には寝泊りしている部屋の前に護衛と言う名の見張りが付いている、当然田嶋にも付いていたんだろうけど、こうして何食わぬ顔で俺の案内をやり遂げた。
「高深、がんばれよ」
「ああ、そっちも」
「数日はばれる事は無いからそれまでに街を離れる事を勧める。
出来るだけそっちに興味が向かない様にする心算だから安心しろ。
最後に、こっちは相田が何とかするだろう、でも高深は自力で必ず生き残れ」
ああ、下手するといずれ殺されるかもしれない城を抜け出したんだ、その後にむざむざのたれ死ぬ心算は無い。必ず生き残るし、この国に属したままじゃ得られないかもしれない帰還の方法を探すために俺は行くんだ。それに、田嶋への恩もいつか返さなきゃいけないしな。
「お互いにな」
「ああ」
外灯の魔法の光も弱まった街へ田嶋に背を向けて歩き出す。
さてまずはどうしようか……。
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蒼也が街の中に消えて行くのを見送る颯太の隣をすり抜けるように疾走する小柄な影、その走りは事前にその存在を感知していた颯太によってあっさりと止められた。
「……タ、離して」
「離したらお前、高深を追って行くだろうが」
「ん、心配……」
伊勢玲奈、城からの追っ手ではなく純粋に蒼也の事を心配して付いて行くと言う彼女に颯太は少し緊張を和らげる、それでも颯太は玲奈を行かせる心算はなかった。少なくとも今この時は……
「大丈夫だ高深なら何とかする、あいつは多分主人公だからな」
「?」
颯太の言葉に不思議そうな顔をして動きを止める玲奈、その顔は次第に可哀相な者を見るものに変わる。
「こういう展開のお約束ってやつだ、クラス纏めて異世界召喚、皆が能力を得て俺強エェ状態なのに1人だけ能力も無くステータスも低い、そんな奴が主役じゃない訳が無いんだよ、伊勢は自分が生き残る事を考えてあいつが帰って来るのを待ってろよ、きっと相田よりも勇者になって帰って来るぞ」
玲奈はその言葉に納得したわけではないが、颯太が今自分を行かせる事は無いと理解した為抵抗を諦め、伝わらないと理解しつつもしばしの別れを伝える為、蒼也の消えた街並みをじっと見詰めるのだった。
その後、結託した颯太と玲奈によって蒼也が居なくなった事が隠蔽され、知られてしまった後も2人の工作によって蒼也に追っ手が向けられる事はなかった。