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異世界人~無能勇者~  作者: リジア・フリージア
終章 それぞれの後日談・異世界人
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終章最終話 エピローグ5-新たなる序章ー

 田嶋たちを降ろした国の隣国の首都、街の外に着地した俺はすぐに人の姿に戻り駆け出した。

 田嶋や玲奈にはまだ及ばないものの、常人には認識もできない速度で街の門を無視して通り抜け走り続ける。


「城門は閉まってるか……」


 そりゃそうだよな、勇者を召喚しようって言うんだ邪魔が入らないようにしておくのは当然だな。でも関係無い、門を無視して壁を駆け上り難無く侵入に成功する。


「やっぱ地下かな?」


 自分たちの喚ばれた経験上多分儀式を行っている部屋は地下にある。と、予想はできるものの、構造を知らない城を闇雲に探してもその場所は見つけられないだろう。城なんてどこも大体同じような造りだろうから適当に行っても良いんだけど……そう思って適当に進んだのがいけなかった。

 なんか上へ上へと向かっている気がする。これは……どうするよ?

 これならブレスで城ごと吹き飛ばした方が早いか? 一旦外に出ないといけないけどその辺の壁か小窓をぶち壊せば出られるだろう……。

 色々面倒になって適当に壁をぶん殴ったら壁はあっさりと砕け散り俺が普通に通れる位の穴を開ける……いや、面倒だからって適当は良くないな。外に出る積りだったが、そこは魔法の明かりに照らされた高級な物だと分かる家具ばかりが並ぶ部屋だった。


「誰か身分の高い奴の部屋か、ハズレだな……」


 幸い誰も居なかったのでその部屋には入らずに反対側の壁をぶち壊す。うん、面白いように壊れるけど、こっちもハズレだ。部屋・通路・部屋と並んでいる場所に居たみたいだな。ハァ、もう一枚壁を抜く必要が有るってことだな……。

 とっととぶち抜こうと部屋に足を踏み入れると、視線を感じたのでそちらを振り向く。

 部屋の隅でプルプルと震えながらこっちを見ている少年と目が合った。


「だ……誰か!」


 まぁ、いきなり壁ぶち破って入ってきたら不審者だよな。怯えながらも人を呼ぼうと声を出したみたいだけど、その声に応える者は誰も居ない。俺がここまで来る間に誰にも出会わなかったからな。多分召喚の儀式や隣国との争いに人手が割かれているんだろう。

 城をブレスで吹き飛ばすよりも平和的に話を進めるために、やばい奴(俺)が目の前に居るのに誰も助けに来ない現実に泣きそうになっている少年に声をかける。


「今召喚の儀式をやっている場所知ってるか? 知らないなら城ごと吹っ飛ばすから良いけど……」

「ふ、吹き飛ばす!?」


 いきなり何を言い出すんだと戸惑う少年だが、ブレス、魔法剣、壁を吹っ飛ばして見せた単純な物理攻撃(パンチ)、方法ならいくらでも有る。

 やがて、少年は俺が本気で行っていることを悟り戸惑いを増長させ、同時に身の危険が増したことも感じ慌てだす。


「ま、まま、待ってください! 召喚の儀式場ですよね!? そこに行って何するんですか?」


 お? この状況で聞き返して来たぞ……なんだこいつ? 見たまんまの印象じゃなく意外と胆が据わっているのか? 一応試しておくか……。


「お前は、儀式で召喚される奴をどう思う?」


 俺がいつ暴れだすかと怯えながらも少年ははっきりと答えを返してくる。


「この国を救ってくれる勇者様です……」


 その答えは、大した事を知らされていない者の一般的なものだった。故に、この少年とはまだ話す価値がある。


「なら、その勇者は、召喚される前は何をしていたと思う?」


 少年は答えられない、そんなもの分かる訳が無い。でも、俺がこれまで出会ってきた異世界人は、召喚される前は魔物と戦うような必要も無い基本的には平和な国の一般人だった。そして、田嶋のような奴とこっちに大切なものができた奴以外は皆ゴルディリオンの帰還術式で元の世界へ帰る事を選んだ。


「少なくとも、俺はこの世界に来るまでは魔物と戦った事も無いし、人を殺したことだって無かった」

「!!」


 少年がはっと目を見開き、俺の顔をじっと見つめて来るその顔からは次第に血の気が引いて行く。

 気づいた……か、勇者召喚がただの誘拐で、望まない者にもこの世界のルールを強要するものだって事に……。


「儀式場はどこだ?」

「……案内、します」


 召喚される異世界人と話がしたいと、少年には言い突然暴れる気は無い事を伝える。壁をぶち壊して現れた奴が何を言っているんだと言われそうだったけど、少年は自分が気づいてしまった事実について深く考えているようでそれどころではないみたいだな。

 先導する少年に付いて行き召喚の儀式場が有ると予想していた下の方を目指す。よかった、ちゃんと下に向かっているみたいだ。

 やがて、本格的に地下へ向かっていると分かる階段を下っていると、行く手にに頑丈そうな扉とこの城で初めて見る兵士が暇そうに突っ立っているのがが見える。

 そして、完全に竜化してから向上した俺の聴覚はその兵士たちの暇つぶしに為されている無駄話を捉える距離に来た。


「なんだ、……知らないのかよ…………王族に逆らえなくする…………刻まれ……」

「いいなぁ……が女……なんでも…………るんだろ?」


 ……隷属印? 過去の異世界人が作った隷属の首輪の様な物か? あれ? この会話って召喚される勇者にその隷属印を刻むって話か!?


「悪い、話は後回しだ……」


 俺は魔法の鞄(マジックポーチ)から慣れた手つきでそれぞれの手、右手に愛用の剣を、左手に魔剣アンブレイクを取り出しすぐに魔力を蓄えながら、少年を置き去りにして扉に向かって駆け出した。




――――――――――――――


 日に日に馬鹿になって行っている気がするハーレム野郎によってスカイダイブをする事になったが、江ノ塚の能力で上手く着地して事無きを得た。


「ドラゴンは背中に乗せた者を振り落とさないと気が済まないのかな?」


 江ノ塚はのんきにそんな事を言っているが今はそれどころじゃない、着地の音と衝撃でぐちゃぐちゃになった城の庭園に人が来る前にこの場を離れないと面倒な事になる。

 流れるように隠密で俺と江ノ塚の姿を隠して消音を重ねて音で気づかれなくする。この世界に残って十年以上経っているんだ。こっちに来た頃から使っている能力ぐらい息をするように行使できる。


「よし、姿は隠した。江ノ塚、召喚が行われてる場所を探れるか?」

「あっちだね」


 魔力かなにかで調べた江ノ塚が向かった先にあるのは、神殿か? 城に隣接するように建っている神殿ぽい建物の中で複数の兵士と偉そうな髭、綺麗な女性が集まって魔方陣を囲っていた。


「「あ……」」


 あ~あ、暢気に構え過ぎていたな。俺たちの見ている目の前で召喚の儀式は完成してしまった。

 魔方陣が離れた場所から見ていても眩しいと感じる程の強烈な光を発した後、魔方陣の上に誰かが立っているのが窺える。俺たちの時のように何十人と言う人数は居ないみたいだが、一人ではないみたいだ。

 光が治まると呼ばれた者の姿がはっきりと確認できた。

 一人は召喚された当初の俺たちのような高校生ぐらいの少年。誰かに似ているような気がするんだが……誰だったかな? もう一人、こっちは女性だな。他の奴がどう判断するかは分からないけど俺好みの美人さんだ。先の少年よりは随分と年上に見えるが女性の年齢を考察するのは止めておこう。そして、この女性も誰かに似ている気がする。どっちも黒髪黒目の日本人的な顔立ちだから向こうでの知り合いに似ているんだろうか? もう十年以上前だからはっきりとは思い出せないな。


「さて、どうするよ江ノ塚君」

「う~ん、この建物魔方陣の描かれている場所以外に魔力を祓う効果が付いてるみたいだね」


 は? 何が言いたいんだ?


「だから、魔法主体の僕じゃ手が出せないから頑張って」


 まっじか? これ結構な人数が居るんだが、江ノ塚の魔法無しだと無力化するのに手間がかかるぞ。

 そうこう話しているうちに神殿の方も動きだした。周囲がざわつく中、女性が庇う様に状況の理解できていない少年の前に出て周囲を警戒した瞳で見回す。


「勇者様、どうかこの国を……」

「…………」


 召喚に参加していた綺麗な女性が美人さんが庇う少年の方に目を向けテンプレ乙だが、少年はそんな女性など眼中に無いといった様子でしきりに周囲を見回している。召喚されたもう一人の、美人さんは女性の言葉を聞き流して周囲を警戒しながら何かを確認している。


「本当に占い!? つ、使えない……」

「先生! 奏華が居ない!」


 高深の言う聖女がこっちに居るとすればあの美人さんだよな、とりあえず話をするために周りを黙らせようか。まぁ、隠密のまま近づいてこっそりと無力化して終わりだ。


「え? ええええ!!」


 神殿に居る異世界人以外が次々と倒れて行くんだから驚くのも無理はない。

 いつも通り麻痺毒や眠り薬を付けた針を高速で移動して一人一人打ち込んでいっただけだ。

 召喚された二人以外が倒れたことをしっかりと確認して俺と江ノ塚は二人の前に歩み出る。


「異世界へようこそご同輩、色々思う事はあるだうが、とりあえず落ち着いて話をしよおおおおお!!」


 え? なにこれ? 全部言い終わる前に美人さんが抱き着いて来たんだけど! 何、ついに俺にもフラグが立た!? マジ! ひゃっほう!


「よかった……田嶋君」


 ん? 美人さんの口から俺の名前が出た事と触れた部分から伝わる微かな震えに昂った気持ちが落ち着く。その落ち着いた頭で改めて十数年前の記憶から美人さんに似た者を探す。


「お前、朝霧か?」


 どうして結びつかなかったんだろうな。この世界に来た当初、シルバーブルノ城に残って捜索班の皆を守ろうと動いていた時、一番長く一緒に居たんだけどな。


「ごめん田嶋君、また来ちゃった」


 いや、当然不可抗力だろうからそれは構わないんだが、朝霧の事を思い出したのと同時にその持っていた能力も思い出してチョイ焦っている。

 元々十分に美少女だと思っていた彼女は俺好みの美人さんになっている訳で、こんな抱き着かれた状態だと色々考えてしまう。それがばれるとなると、俺としては悶絶物なんだが。


「二人とも、そこの彼が置いて行きぼりだよ」


 俺の背後からささやかれた江ノ塚の声で朝霧は、パッと俺から離れて少年に目を向ける。

 少年は不安そうな表情でこちらの様子を窺っているが、こいつ……なんか微妙に雰囲気が情けないから気が付かなかったけど相田じゃないのか? 異世界の能力値も無いのにあの頃と変わらない若さってどんだけチートなんだよ。


「先生、奏華が……」

「っ! そうだわ、田嶋君! 私たちの目の前で召喚された子がもう一人いるの!」


 大丈夫だろ? 今この世界に召喚される筈の場所をここ以外にもう一か知っているが、そっちには……。


「多分大丈夫だよ、ここ以外でも高深君が動いているから」


 江ノ塚が二人を落ち着かせるように優しく話す。こいつは、リーシアが側に居るようになってから以前とは随分と変わったよな。まぁ悪い方向に変わってないから良いんだが。


「高深……」


 相田が何か考え込むようにその名を呟く。相田はあの頃何度か高深に助けられていたからな。色々思うとこも有るんだろう。

 まぁ、とにかく今はここを離れよう。話はあらかじめ相談しておいた合流場所に着いてからだ。



――――――――――――――


 まだ大丈夫、確信を得たわけじゃない。扉の前の兵士を斬り殺さずに気絶させるに留めるぐらいの冷静さは残っている。

 声も上げずに倒れる兵士たちは放置して目の前の頑丈そうな扉を斬り開く。

 ばらばらになり、派手に音を立てて崩れる扉、その先の部屋も魔法の明かりで満たされていたので状況を確認するのに何ら支障は無かった。

 壁際にずらりと並ぶ兵士たちが突然壊れた扉に注目する中、俺は堂々と部屋に足を踏み入れる。

 部屋の中央に効果を失った魔法陣の痕の上にここの王子と思われる若い男と召喚されたと思われる黒髪黒目の少女が居る。だけど、その少女の胸元は服が破られ明らかに良くないものだと分かる紋様が刻まれていた。


「貴様!」

黙れ(GAAAAAAA)!!」


 見た目だけは人の口からドラゴンの雄たけびが発せられる意味もその内容もこの場に理解できる者は居ないだろう。ただ俺は周囲の兵士を威圧しながら進む。

 兵士の何人かは俺の威圧に耐えられずに気絶したが、少女が近くに居るために威圧の効果範囲に入れられない王子が震えながら命令を下す。


「そ、そいつを殺せ!」


 この場で王子の命令に従える兵士は居なかった。エバーラルドのようにドラゴンに慣れているか、ゴルディリオンのように異世界人やその血を引く師匠のような者が育てた兵士でもなければ今の俺の威圧には耐えられないだろうな。

 だから、この場で俺に攻撃ができたのは一人だけだ。胸元に扉前の兵士たちが話していた隷属印を刻まれた異世界人の少女だけが、王子の帯剣した剣を取り俺に斬りかかって来た。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 印の効果で自分では止められないんだろう。少女は目尻に涙をにじませ、必死に謝罪しながら剣を振るう。

 異世界人にも効果の有る隷属印か……危険すぎるな。場合によってはこの国を亡ぼす決心をして少女の攻撃をそのまま受け入れる。


「え……どうして……」


 俺の威圧に耐えられない兵士程度だと、人の姿だとしても俺に血を流させることは難しいんだけど、さすが異世界人と言ったところか……少女の振るった剣は俺の腹に深々と突き刺さる。戸惑いからか、普通なら明らかな致命傷だからか、少女の動きが止まった。


「大丈夫だ、どうにかするから……今は何も考えなくていい」


 少女が止まっているうちに、俺は腹に剣を刺したまま王子(アホ)の所まで歩み寄る。


「王族に逆らえなくする隷属印だったか? 命令を出せる王族が居なくなれば意味は無いよな?」


 アホ王子よ理解できるか? 俺はとりあえずお前を殺すと言っているんだぞ。


「な、や、止め!」


 止めない、異世界人の一人としてお前のやった事は見逃せない……右手の剣にはストームブレイドを、左手の魔剣にはブレイカー、併せて……。


「テンペストブレイカー」


 破壊の効果を帯びた暴風が王子を飲み込み、向こうの壁際で威圧に耐えている兵士を何人か巻き込んでも止まらずに壁を突き抜けて地上へと風穴を開ける。その光景を見て周りの兵士は威圧に抵抗することを止め次々と気絶していく。

 上手い事吹き飛ばされてくれたので目に見える死体も無し、少女にグロイ物を見せなくて済んだな。


「あ、駄目! 逃げて!」


 俺と少女以外が皆気絶したところで威圧を止めると、少女から警告が発せられる。

 俺がいつまでも死なないから再度さっきの命令が少女に働き始めたんだろうか? 少女の手には気絶した兵士の剣が握られていて、やはりそれで俺に斬りかかって来る。


「殺す前に命令を解除させるべきだったな」

「そんな暢気な事言ってないで避けて下さい!」


 いや、剣を奪ったらどうするんだろうな? 片方の剣をポーチにしまい、残った魔剣アンブレイクで攻撃を弾きながら隙を見て刀身を掴み、ぺいっと剣を取り上げる。回収した剣はポーチ行きだ。

 他の兵士の剣を取りに行くかと思ったけど少女は殴りかかって来た。まぁ、異世界人って言っても来たばかりだし、殴られるぐらいなら全く問題は無いかと無抵抗でいたら腹に刺さった剣を引き抜かれた。

 思わず声が漏れたけど傷はすぐに塞がるから大丈夫だ。


「め、命令は取り消しです! 戦いを止めてください!」


 この声は、ここまでの案内をさせた少年のものか……威圧を解いたから部屋に入って来たんだな。その少年の声で少女の攻撃が止む、と言う事はあの案内させた少年もここの王族か……。


「この場に居ない王族は後何人いる?」


 魔剣アンブレイクを少年に向けて気絶しない程度に軽く威圧する。話してもらうぞ……この子の自由を奪う奴は全員排除する。


「ま、待ってください! 僕たちは彼女の刻印の命令権を破棄します! 遵って王族の命令を聞く必要はありません!」


 少年が命令権の破棄を宣言すると、少女の胸元の隷属印から魔力の込め過ぎで魔法道具が壊れる時のような音がしてそこから嫌な気配がしなくなる。


「戒めが無くなれば自分が危険かもしれないのに、よく破棄したな?」


 召喚を行った者が、この世界が決して恨まれない訳じゃない事はさっき理解しただろう?


「まだ何も分かっていない僕には、これ位しかできませんから……」


 勇者召喚に加えて隷属印なんてものまで使ってしまう国だけど、この少年なら大丈夫かな……。


「よし、なら召喚の儀式と隷属印を今後使用しないように封印、破棄するなら俺はもう何もしない……少年、お前に約束できるか?」

「はい、それらを使った者の末路はこの目で確認しましたから……」


 多分少年にとって兄だろう王子は消し飛ばしたからな……そんなのを見て今気丈に振る舞えるんだから、この少年に任せても良いか……。何か有れば、他の奴も連れてもう一度来ればいい。


「それじゃあ、ここは少年に任せる。俺たちの手助けが必要なら冒険者協会ではぐれのパーティを指名して依頼してくれ。お前に非が無いなら出来る限り力になろう」

「ありがとうございます」


 うんうん、素直なのは好感が持てる、他人からのアドバイスを素直に受け取れるのはそれだけで才能だ。素直過ぎると足元を掬われるかも知れないけど……話を聞かない奴よりはこっちの方が良い、うん、追加情報も上げよう。


「それと、今ここと争っている隣国も勇者召喚を行っているんだけどな……」

「ええ!?」

「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だ。あっちにも仲間を置いて来た。どうなってるかは予想がつくよな?」

「……はい」

「先に言った二つを使用しないなら戦争を続けるのも勝手だけど、その場合は俺たちは協力しないからその積りでいろよ」

「……はい、よく考えて決めます」


 よし、まぁこれで大丈夫だろう。そう思って改めて召喚された少女に目を向けると、俺の血がべったりと着いた剣を手に座り込み呆然としていた。人を斬った事なんて初めてだろうから普通はこうだよな? 平気だった俺たちがおかしいだけだ。


「お~い、大丈夫か?」


 少女の目の前で手を振ると、少女は泣きそうな顔で俺の顔を見上げて来る。


「貴方の方こそ!」


 まぁ、大丈夫だな。剣で刺された傷はもう塞がっていることを少女に示す。さっきまで剣が刺さっていた場所は血の跡が残っているだけで傷跡すらなく治ってしまっている。


「色々見て経験して少しは理解しているかもしれないけど……説明するから黙って聞け」


 効果を失った刻印の残る胸元が隠せるようにポーチから旅用の外套を取り出して少女に渡す。少女は受け取った外套を羽織、胸元を隠しながら一応話を聞く姿勢を見せてくれたのでそのまま続ける。


「ここはお前が居た世界とは別の世界、異世界だ。元の世界に帰る方法はある、けどまぁ、すぐに準備できるものでもないからしばらくこの世界で過ごしてもらう事になる、そういった事についていろいろ説明するからとりあえずついて来てくれないか……」


 多少の警戒をにじませながら、少女は俺の言葉に従ってついて来てくれることになった。この場の後の事を少年に任せて、俺たちは外へ出る。

 ドラゴンになるのは驚かせるかと思ったのと、色々と説明する時間が欲しかったのでこのまま歩いて田嶋たちとの合流場所に向かう。


「貴方も、その異世界から来た人なの?」


 そして、道中いくつか説明を終えたけど少女の警戒心は変わらない。そう言われれば自己紹介的なものがまだだったな。


「そうだな、俺も十数年前にこの世界に来た異世界人だ。こっちに来る前はただの学生だったから、突然の状況に戸惑うお前の気持ちが分からないって訳でもない」

「そう、なんだ……」


 少しは警戒心が解けたか?


「そう言えば自己紹介がまだだったな、俺は日本って国からこっちに来た。名前は高深蒼也、この世界では冒険者のソウヤだ。好きに呼んでくれ」


 少し考え込んだ後、少女は俺の名を口にする。


「蒼也お兄ちゃん……」


 なんで兄になった? 訳が分からない。


「い、いや、どうして兄に……」

「高深奏華です。よろしくお願いします。お兄ちゃん」


 高深? 名字が同じだからお兄ちゃんってなったのか?


「ちょっと待ってくれ、やたら恥ずかしいんだが……」

「でも、好きに呼んでくれって言ったよね?」


 こんな事になるなんて思ってなかったから仕方ないだろ!

 なんとか諦めさせようとしたけど、全く止めてくれない。お兄ちゃん呼びになってから少女、奏華の警戒心が無くなったみたいだから良いって言えば良いんだけど……。

 ニコニコと俺の方を笑顔で見て来る事に耐えられず、ドラゴンの姿に戻り奏華を背中に放り投げて乗せる。これで顔を見られなくて済む。


「お兄ちゃん、照れてるの? こんなにおっきく固くしちゃって……」


 ちょ! 背を撫でるな! ああ、もう! 俺の周りの女の子は強過ぎないか!?




 ドラゴンのまま、合流場所に着いた時、緊張から解放された為か奏華は俺の背中で静かに寝息を立てていた。

 田嶋たちは……もう来ているみたいだな。集合場所にしていたここまでの道のりが田嶋たちの方が近かったから仕方ないんだけど、あのまま歩いて来ていたら随分待たせる事になっていたんだな。


『だれか、この子降ろしてくれ眠ってるから優しくな』


 そう言うと、田嶋がサッと俺の背に上って奏華を降ろしてくれる


「この子すっげぇ幸せそうな顔してるが、高深、お前何したよ?」


 何もしてねぇよ!


「奏華!」


 田嶋たちの方は異世界人が二人か。そのうちの一人奏華と同じ年頃の少年が駆け寄って来た。


『相田? ちょっと縮んだか?』

「縮む訳ねぇだろ、相田紅、相田の息子だ」


 へぇ、あいつ結婚できたんだな。相田が一人と結ばれるのって難しいと思ってたんだけど……いや、あいつが一人を決めたらもう、世界がその子を後押しするか……あいつはそんな奴だよな。で、相田が元の世界で安定したから代わりに息子が呼び出されたと……となると、もう一人の女性は巻き込まれた口か。これは、奏華が聖女で決定か?


『なら、そっちの女性は?』

「朝霧だよ、盗るなよ、俺の嫁だからな!」


 取らねぇよ! 嫁なら三人も居るから間に合ってるっての! てかその人、朝霧か!? まぁ、相田に紅ぐらいの歳の息子が居るんだから俺たちと同級生だった奴も成長してるよな……こっちに残った面々は全然見た目が変わらないけど……。


「奏華、大丈夫?」


 奏華は紅と言う相田の息子に任せておこう。多分俺は近付かない方が良い。


「う~ん、お兄ちゃん大好き~」

「ええ!? なにそれ! どういうこと!?」


 聞こえない、俺には何も聞こえない。

 何も聞こえません、と俺は人の姿に戻って我関せずな態度をとっている江ノ塚を睨む。


「え? 人に羨ましがられる状況に居ながら僕に八つ当たりされても困るんだけど」


 まぁその通りなんだけどな、俺だって当事者じゃなければ田嶋みたいに騒いだり、江ノ塚みたいに関わらないようにしようとしただろうな。正直、俺たち居残り男子三人の中では一番安定している江ノ塚の方が羨ましい。


「朝霧久しぶり、いいおばさんになったな」

「殴るわよ、確かにいい歳だけどね……それよりも高深君、貴方奏華に名乗ったわね?」

「ああ……」


 確かに名乗った。そして、その後からお兄ちゃん呼びで懐いて来た。


「やっぱりこうなったわね……」

「高深だし、どうせまたフラグ立てたんだろ?」

「名乗っただけだ!」

「それで十分よ、奏華は幼い頃から高深君の事を聞いて育っているんだから」


 どういうことだ?


「奏華は美咲さんの養女よ。つまり、お兄ちゃんって呼ばれているみたいだけれど、本当に高深君の義妹って事よ」


 マジか!? なら絶対に元の世界に帰さないといけないな。聖女? 知るか! 婆さんの最後の願い? それよりも母さんから再び子供を奪わない様にする方が大事だ!


「あ~高深君、何か決心しているところ悪いんだけど……奏華だっけ? 彼女に隷属印(懐)って状態異常が付いてるよ……多分僕にも治せないやつだねこれ、元の世界にとっては異物だよ」


 は? 既に俺や玲奈たちと同じ状況になってるって事か? ゴルディリオンの帰還術式では帰れないと…………。


「やっぱりあの国戻って滅ぼして来よう……」

「気持ちは分かるけど止めてくれないかなぁ! 君が派手に暴れるといつの間にか後継人的な立場になってるシルバーブル他二国に迷惑がかかるんだよね!」


 珍しく江ノ塚が俺を止めにかかる。むう、俺が無名な頃なら多少暴れようが謎の人物がやったってなるだけだったんだけどな……。


「相変わらず貴方たち三人は何故か仲良いわよね……」

「「「は? どこが!?」」」


 くっ……計らずも声が合った事で俺たちは黙り込んでしまう。


「だから、私はお兄ちゃんのお嫁さんになるから、紅との演技は終りね」

「でも! 僕は……」


 会話が途切れたことでいつの間にか目を覚ました奏華と紅の会話が耳に入って来る。 


「って何勝手に嫁になるとか言ってるんだ! もう三人も居るから間に合ってるって!」

「なら私一人増えるぐらいいじゃない、お兄ちゃんのケチ」


 拗ねて唇を尖らせる奏華を紅が説得しようとする。頑張れ、相田の息子ならできる筈だ!


「はは、もう一度式を企画しねぇとな」

「いやいや、そこは待ち望んでいた相手の現れた田嶋に譲るって……」

「どっちも、また僕が企画しようか?」


 止めろ! シルバーブルノ国王が企画すると他国まで巻き込んでの盛大なものになるだろうが。あんなもの一度で十分だ。


「やっぱり仲良いよね?」

「「「どこが!?」」」


 デジャヴ……。さっきに引き続いてまた三人揃ってしまった。これじゃ朝霧の言葉を否定できないな、別に否定してもしなくてもどうでも良いんだけど……。


「ねぇ、そろそろ行きましょう。高深君が運んでくれればすぐでしょ? 私、玲奈たちにも会いたいわ」


 うん、まぁ、俺が運ぶ積りだったから良いんだけど……。


「うふふ、お兄ちゃんは硬くておっきのよ」

「な! 蒼也さん! 奏華に何したんですか!」

「何もしてねぇ! お前も見ただろ! ドラゴンの姿の事だよ!」


 こいつら連れて行くのか? その積りで迎えに来たんだから連れて行くんだよな……分かってる、でも……玲奈たちの反応が怖いんだよ!! あの三人はいつの間にか仲良くなってたけど、俺が他の女に言い寄られたらその相手に敵意むき出しにするんだから……内二人は妊娠中でちょっと不安定だし! やばい、不安しかない。


「はぁ、玲奈たちに子供もできたし、聖女の件が片付いたら少しのんびりしようと思ってたんだけどな……母さんには奏華を帰してやりたいし……」

「相田の息子が召喚されたんだから、今後この世界で絶対に何か起こるよな?」

「まぁ、そうだろうね」


 まだ当分俺は休めそうにないな……。


最後までお付き合い頂き有り難うございました。これにて本編を締めさせていただきます。

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