終章15話 エピローグ4-帰還した異世界人-
「あれ? 先生、どうしたの?」
休日の昼前、今向かっている家から出て来た少女が私に気づき声をかけて来る。
「貴方こそどうしたの? そこ相田君の家よね?」
数年前……いえ、それよりも前からよく知っているこの少女は高深奏華、再婚する気の無かった高深君の母親、美咲さんが引き取り育てている子たちの一人で、今では教師なった私の教え子でもある。
「演技とは言え恋人ですから、紅ちゃんの家に居ても変じゃないですよ~」
同じく私の教え子で相田君の息子、相田紅は同じ年の頃の相田君そっくりに成長していて、あの頃の相田君のように沢山の女の子に迫られているけれど、最近恋人ができたという事で周囲は落ち着いていた筈。その相手が奏華で、しかも演技だなんて……周囲に期待を持たせないようにする対応なんでしょうけど、流されて誰にでも優しくしていたあの頃の相田君よりはマシな対応なのかしら?
「奏華、ちょっと待ってよ! 待ち合わせするにしても僕の方が先に着いてなきゃ彼氏として示しが……あれ? 先生? また母さんに用ですか?」
奏華を追って相田家から出てきた紅は奏華と話している私に気づく。紅の反応通り私はよく相田家へ足を運んでいる。紅の母親に会いに来たのだけど、この子たちがデートに向かうっぽい所が気になるわね。奏華は演技の恋人と言っていたけど、デートの一つもしておかないと周りが変に思うからってところかしら。
「母さんなら中に居ますから、どうぞ、入っちゃってください」
両親の友人で幼い頃から面識が有るからと言ってこうも簡単に家へ上げるのは……どうなのかしら? この子の将来が教師として少し心配ね。
彼女には事前に連絡して許可を取っているので問題は無いのだけれど……。
結局、連れ立ってデートへ向かう二人を見送って私は相田家へと上がり込む。
「澪、あの幼馴染たち、昔のあなたと似たようなことしているけど大丈夫なの?」
「あ、由宇ちゃん。いらっしゃい」
何度か訪れている相田家を迷うことなく進むと、暁澪改め、相田澪がリビングで出迎えてくれた。昔、暴走した白山君たちから澪を助けたんだから最後まで面倒見なさい、と相田君に澪の護衛を丸投げしたらいつの間にかこんな関係になっていた。
白山君たちの方はあの後も何度か問題を起こして今は警察の世話になっているからもう護衛は要らなかったんだけど、相田君の護衛はずっと続いたからおかしいとは感じていたんだけどね。
昔の澪と今の紅たち、恋人を演じるという点では一緒だけれど、彼らの方は澪の時とは状況が違うから大丈夫よね?
「私の時とは違うんだし大丈夫だよ。それに、紅は演技じゃなくしたいみたいだしね」
あら? 紅は奏華に……でも、望みは薄そうね。奏華は恋人役も本当にただの演技でやっているだけみたいだったし、あの子は小さい頃から思い出で美化された高深君の事を聞いて育っているから……もの凄いブラコンなのよね。高深君も居ないのに……。
「そう、でも紅君は大変よ、ライバルが異世界なんだからね」
「あ、やっぱり? 奏華ちゃんそうなんだ?」
美咲さんや相田君が話す美化された情報のせいで、奏華の理想が紅でも太刀打ちできないぐらいに高くなっているのは間違いないわね。
「紅君の頑張り次第ね……若いって良いわね」
「またそんなこと言って、由宇ちゃんだって若いよ」
同い年のあなたにあの頃の私たちと同じ年の子供が居るのに若い訳ないでしょう。誰かさん曰く私も十分美少女だったみたいだから、これまで何度か浮いた話しもあったのだけど、その度に誰かさんの顔がちらついてずっと独り身なのよね……。これってやっぱり、忘れられないって事よね……。
でも、どうにもできないのよね。こっちに帰る時に私に異世界に残るという選択が選べれば良かったのかもしれないけど……あの他者の心を読む能力を持ったままで居る事は私には耐えられそうになかった。
だから、帰るしかなかったのよね。
「由宇ちゃんは、まだ待ってるんだね」
そうね、教師になったのも私たちが戻って来たのとは別の帰還術式で時間が経った後で戻って来るかもしれない彼らを待っているから、なのかもしれないわね。
「まぁ良いじゃない。それより、今日は相田君は休みじゃないの?」
「うん、休みの筈なんだけど……星月君が」
何かやらかしたの? 異世界に召喚されて戻ってきたクラスメイトたちは、たいていは元の生活に戻ったのだけど、白山君たちのようにおかしくなった者も何人か居る。私もその一人だという自覚はあるけど普段は普通にしているなら問題は無いでしょう。
おかしくなった者の一人、と言うか、星月は元々鍛冶狂いだったようなのだけど、異世界で実際に鍛冶をして箍が外れた上に田嶋君の両親に出会ってしまって……こっちでも魔剣なんて作れるようになってしまった。もう、完全に危険人物よね。
相田君は、どういう経緯があったのかは分からないけど、田嶋君の両親と星月君を引き合わせてしまったことに責任を感じて星月君が何かやらかす度にフォローに出向いていたりする。今日もそうなのだろう。
「大変ね……」
「でも、星月君の作った装備が無いと宗佑も仕事できないからね」
田嶋君の両親と出会ってしまったせいか、私の父さんと出会ったからか、それとも別の理由か、相田君は警察官になった。そのうえで、異能者の起こす事件を取り締まる部署って言うのに志願したんだから相田君も頭可笑しいわよね。こっちでは異世界での能力なんて何もないのに……。
田嶋君の両親が相田君には運命に干渉する系の能力が有ると言ってその部署に推薦していたけど、同時本人の意思では使えないって言っていたから色々と手をまわして星月君と言う危険人物が生まれてしまった。
相田君にとって星月君の作る物は仕事道具でもある訳なのよね。
「星月君の装備が無くても、相田君なら持ち前のチートで何とでもするんでしょうね」
「由宇ちゃんは偶に田嶋君の影響を受けた発言をするよね」
呆れたように言われるけどこれはもうどうにもできないと思っている。
「そんな事より、今度同窓会をやるって話はもう聞いた?」
「そうなの? 高校のよね? 私も宗佑もまだ聞いてないわ」
「瑠璃が幹事の藤田君が張り切り過ぎているって困ってたわよ」
私は異世界帰還組のケアって事で、今でも度々皆と会って居る。それで、このことは前に瑠璃と話した時に聞いたのよね。
藤田君は相変わらず相田君大好きみたいだけど、瑠璃もよく頑張ったわ。今では見事に藤田瑠璃になっているんだから……。
元クラスメイトの近況などを話し合っているうちにいい時間になり、私は相田家を後にした。
自宅へと向かう足は無意識のうちに私が教職を務める学校へと向かう。以前通っていた母校であり、あの異世界召喚が起こった場所……。
部活動を行う生徒の声で、ふと気が付けば、あの時の教室で何をするでもなくただ佇んでいる。誰かを待つように、何かを待つように……でも、その期待は叶わない。
異世界に戻りたいんじゃない、でも、また彼に会いたいと……どうにもならない願いに涙が溢れそうになる。
「あ、先生」
教室の入り口から聞こえた声に、慌てて溢れそうになる涙を拭い、いつも通りの顔を取り繕って振り返る。
「奏華? あなた、紅とデートじゃなかったの?」
私の疑問には後から来た紅が答えた。
「途中で奏華が明日提出の課題を教室に置きっぱなしなことに気づいたんですよ」
デートが中止になって残念そうな顔、でも、これから奏華の課題を手伝うからまだ一緒に居られると嬉しそうな複雑な顔で紅は奏華が自分の席を探り課題のプリントを見つけ出すのを待っている。
「あれ? 何か変なのが入ってる……」
机を探っていた奏華が真っ白な封筒を手に首をかしげている。その封筒を見て紅が焦った顔をする。
「ま、まさかラブレター! 僕が居るのに!」
紅に恋人ができたことは周知されているけど、私がその相手を知ったのは今日よ。生徒にも知らない子は居るんでしょうね。奏華は美人さんだから、そういった子が告白してもおかしくないわよね。
「なんだろ? なにこれ?」
奏華は躊躇い無くその場で開封して中身を確かめる。だけど、奏華の反応を見ると出て来たのはラブレターじゃないみたいね。
「変な絵……」
そう呟く奏華の手元がちらりと確認できた。
あ、え? 魔方陣? 見覚えのある魔法陣に酷似した魔法陣の描かれた紙が奏華の手元に有る。
拙い!
「奏華! 今すぐそれを捨てなさい!!」
「え?」
警告が遅すぎた! 私の言葉を奏華が理解する前に奏華の持つ紙に書かれた魔方陣が光りだす。
「な! ええ!?」
そして、慌てて奏華に駆け寄ろうとした私と紅の足元にも同じような魔方陣が展開して即座に光を増していく。
拙い拙い拙い! 奏華に駆け寄ろうとした足は魔方陣に縫い付けられたように動かない。動けなくなっているのは紅も奏華も同じようで、ここに居る誰もが何もできないでいる。
私は良い、あっちに行くことを半ば望んでいたのも事実……でも、この子たちを一緒に連れて行くのは駄目! 高深君を失った美咲さんからまた子供を奪うのは絶対に駄目! それでも、この状況を打破する術が無い。
何も抵抗できないまま、私たちの視界を強い光が覆い隠した。
何もできない私は、せめて、彼らの居るあの時と同じ世界に召喚されることを願った。
ラストスパート! 次話で最終話です。




