終章9話 聖剣返還
田嶋と江ノ塚以外の帰れるクラスメイトが元の世界に帰った後、シルバーブルの事は江ノ塚に丸投げして、俺たちは晴れて自由の身となった。まぁ、別に拘束されていたわけじゃないんだけどな。
俺は相田に頼まれた聖剣の返還の事もあり、玲奈と冬子と一緒にチンピラドラゴンに乗ってぶっ飛ばしたセントコーラル、シルバーブル間の道のりを玲奈と冬子と共にのんびりと歩いて来た。田嶋も一応誘ったけど前に聞いた時と同じように断られた。あいつは冒険者から始めるって言って一人で飛び出していった。
「GAUUU~」
街道に出て来た魔物を軽く片付けたこと以外は何事も無く、もう少しでセントコーラルが見えてくるといった地点で小さな毛熊の群れが前方からやって来た。
いや、待て待て待て! あの毛熊小さいけど火を吐いてるぞ……火を吐く毛熊ってドラゴンとの混血種だよな? セントコーラルの聖女の婆さんが飼ってるセインクマがそうだったと思うけど……変異種で火を吐く奴か居るのか?
「GAU? GAUUUUU!!」
おおう!? 小さい毛熊の後ろから来た大人の毛熊が俺たちの方に来た。セインクマの時みたいに挨拶しに来たのか?
「GAUUUUU!」
って! 飛び掛かって来た! 蜂蜜よこせ? どうして急に蜂蜜!?
咄嗟に鞘に入ったままの剣でぶっ飛ばしたけど……なんだ? 殺んのか?
{GAUU……GAUUU……」
剣を手にしたまま警戒していると、その毛熊は悲しそうな目で蜂蜜~蜂蜜~と縋り付いて来る。さっきみたいに飛び掛かって来ないなら危険は無いかと思って様子を見ていると、そいつは俺のポーチを嘗め回しだした。
……こいつセインクマか?
「ほーれ、新鮮な蜂蜜だぞ~」
ここに来るまでの道中に補充したサイビーの蜂蜜をセインクマ? の前に置くとサッと搔っ攫って小毛熊の方へ駆けて行った。
「あ~やっぱセインか……なんとなく言ってることが分かるからそうじゃないかって思ったんだけど、あの小毛熊は何だ? 火ぃ吐いてるけどセインの子供か?」
「セインちゃんの子供って、私たちがセントコーラルを離れてからそこまで時間たってないよ」
まぁ、そうだな。子供が生まれるような間は無かったよな?
「二人共、この世界を甘く見ちゃだめ、キティベアは一週間も有れば増えるわよ。一生の内に行う繁殖回数は少ないものの魔物なだけあって一度に複数の卵を産むから数は見ての通り」
てことは、あの小毛熊はセインクマの子供か……。小毛熊共がセインクマの持って行った蜂蜜に群がってる。追加が要りそうだな……あの数が満足する量となると今回補充した分全部出さないと駄目そうなんだけど……。
「GAU!」
それじゃあ蜜狩りに行ってくる? あ、セインクマ自力で蜂蜜採るようになったのか……。 今はガキ共を連れて蜂の巣に行くところか……。
てか毛熊って戦闘力結構高かったよな、そいつが火を吐く特性まで受け継いでいるって、あの小毛熊って結構凶悪だな。あいつらも聖女の婆さんが飼ってるのか?
「で、そこんところどうなんだ?」
「いや、どうって聞かれても、何の事だい?」
セントコーラルに到着して、聖剣を返そうと城に向かった俺たちを出迎えたセントコーラルの第一王子、ティル・ライトネス・セインティアは質問を返してくる始末。
「セインちゃんが小さなキティベアを連れていたから、どうしたのかなって事ですよ」
「そうならそうと言いたまえ、あれはセインクマの子で合っているよ。一応聖女殿が面倒を見ている事になっているが実際は君たちの見た通りにセインクマがしっかりと父親として面倒を見ているよ」
母親はどうしたんだろうな? 逃げられたか? まぁ、そんな事も無く嫁毛熊は第二児たちを抱えているとの事だ……。
「って、おい! 毛熊って繁殖回数少ないって冬子が言ってなかったか!?」
「ドラゴンの血を侮ってはいけないよ……」
ああ……セインクマは節操無しの血が混じった毛熊だったな。常識を無視するぐらい余裕か……ん? ドラゴン? 竜化して言ってる俺ってどうなるんだろう? 各地を旅している間に日増しに玲奈の接触に抵抗がなくなっていったのは竜化の影響じゃないよな?
「大丈夫、蒼也は結構流されやすいからドラゴンのせいじゃないよ」
何が大丈夫なのか分かんないけど! ナチュラルに思考を読まれるのはもういい……とっとと聖剣を返してしまおう。
「王子、聖剣を返しに来た。まぁ、なんだ、うちの勇者殿と一緒に随分活躍してくれたよ」
そう言って相田が元の世界へ帰って以来、セリアはもう出てくる気は無いのか、沈黙を続ける救世の聖剣をポーチから取り出してティルに返す。
「ああ、聖剣の勇者の活躍は話に聞いているよ。私は戦場には間に合わなかったが、聖剣はしっかりと役目を果たしたようだね」
ティルは俺の差し出した聖剣を丁寧に受け取り、竜化の影響が無ければ聞き取れない程の小声でよく頑張ったと聖剣に声をかけていた。
その後、俺たちは同郷である聖女の婆さんに俺たちと共召喚されて来た異世界人の大半は帰った事と帰る方法が有る事を報告することにした。もしかすると婆さんも帰れるんじゃないかと思ったけど……。
「あらあら、精霊の禊が帰れない要因になるなら私も無理ねぇ。聖女として神託を継承する時に行ったもの……それに、この年になるともうとっくに諦めはついているのよ。でも、知らせてくれてありがとうね」
多分年に関しては元の世界に帰ればこっちに来た瞬間に合わせて戻るらしいから問題無いんだろうけど、俺たちのように帰れない状態になっているなら今の方法じゃどうしようもない。まぁ、元の世界に帰る事に対してもう婆さんの中で決着がついているようだし、俺たちがどうこう言う事じゃないな。
俺なんかはまだ帰れる方法が有るなら帰ろうかと思うけど、長く過ごしていればこっちでも大切なものができて帰れなくなるんだろう……。
「ところで、やっぱり二人は神託を継承する気は無いのかしら? 私もいつ天に召されてもおかしくない年だからそろそろ後継を見つけておかないといけないのよね」
「異世界人の生命力ならまだまだ寿命じゃ死なないだろ……」
俺に至っては竜化で寿命なんて数えるのも馬鹿らしくなているけどな。玲奈や冬子もこの世界の普通の人間よりは寿命が長い筈だ。
「私は事故でこの世界に来たから召喚でこっちへ来たあなたたちとは能力に大きな差が有るのよ」
俺たちが呼ばれた召喚術には精霊を犠牲にすることによって異世界人を強化する術式が組み込まれている。でも、事故でこの世界に来た者にはそれが無く、世界を越えた際に得られる能力だけのようだ。
「とりあえずはここでやることも終わったな、次はどこへ行こう?」
協会で暫く資金稼ぎをしてもいいけど、魔剣が見つかる可能性のあるダンジョンにも少し興味が有るんだよな、能力の強化の為にも……。
「蒼也、まだ強くなる気?」
「何をするにしても……いや、のんびり過ごすにしても弱いより強い方が良いだろ?」
「強ければ強いで面倒なことになりそうだけどね」
冬子の言う事にも一理ある、協会なんか高レベルの冒険者には有事の際に強制依頼を持って来るからな。
「ソウヤ、君は一度エバーラルドに向かった方が良くないか?」
俺たちが次の目的地を話し合っていると聖剣を置き終わったティルがやって来てエバーラルドへ行けと言う。エバーラルドに? なんでだ?
「ゴルディリオンでリミュール姫を放置しただろう? 各国にリミュール姫が愚痴交じりに君の所在を問い合わせている様子からその後も連絡を取っていないようだし、一度顔を見せておいた方が良いんじゃないかい?」
リミュールか……そう言えば忙しそうにしていたから邪魔しちゃ悪いと思って近づかないで居たらいつの間にか居なくなっていたんだよな。けど……。
「ここからエバーラルドか、シルバーブルを挟んだ向こう側だよな……」
面倒だな……一度来た道をまた戻るって言うのがやる気を無くす。もうこのまま放置でよくないか?
「よし、マギナサフィアに行くか! 図書館の地下ダンジョンで魔剣探したい!」
「全然話聞いてないね!?」
「私も魔剣欲しい」
玲奈も魔法剣が使えるからな、魔剣を見つけるのはこのパーティの戦力アップに直結するんだよ! ちょっと待ちたまえと、俺たちの考えを変えようとするティルを無視して俺たちはセントコーラルを離れることにした。
「GAU!」
「GAUU!」
「GAU~」
城を出て街を進む途中、蜜狩りを終えたらしい毛熊たちと挨拶してからマギナサフィアへの街道へ行く。リミュールの所へは気が向いたら向かう事にしよう。
「冬子は良いけど、リミュールはダメ」
ぼそりと隣から聞こえた声に、意味は分からないけど少し背筋が寒くなった。




