終章8話 帰還した異世界人1(相田宗佑)
眩い光に包まれキリヤの唱える呪文の終わりを聞いた後、気が付けばそこは俺たちの通っている高校のよく知った教室だった。
「俺たち、戻って来たのか?」
隣の席から声があがる。そちらを見ると親友の藤田明人が以前、異世界に召喚される前と変わらない姿で自分の席に座っていた。
異世界の物はこっちへ持って来られないから荷物の奥に眠っていた制服を着ているんだけど何人かは制服を無くしていて今半裸に近い姿をしている人が居ることが俺たちが異世界に居たことの証明になっている。
「やっぱり、あの五人は居ないんだね……」
少しだけ期待は有った。残った彼らが、異世界の物が混ざった彼らでも戻って来る方法を見つけて今この場に居ることを望んでいた。けど、この場に彼らは居ない……教室には主を失った空席が五つ。彼らは帰る方法が見つからなかったのか。帰ってくる気が無いのか。理由は分からないが、彼らは帰って来ない、そういう事だろう。
制服の紛失など、何人かに多少の変化は有ったが、俺たちの身体にあの世界での痕跡は無く召喚される前と全く変わらない……制服も戻っていたら、あの世界に残った五人もこの場に居たら、さっきまでの事は夢だったんじゃないかって風にも思えたんだろうな。
そんな風に考えていると、乱暴に教室の扉が開かれ数人のクラスメイトたちが教室を出て行った。
彼ら、白山君たちは元の世界に帰る事を望んでないみたいだったけど江ノ塚君に向こうから無理矢理追い出された。不満は有るのだろうけど、もうこっちに戻って来てしまっているんだから向こうでの感覚を引きずらないで元の生活に戻れるといいんだけどね。
彼らが教室を出て行ったことで他の皆もそれぞれ思う所は有るのだろうけど、とりあえず元の生活を送ろうと散って行った。
そんな中、教室に残ったのは俺と明人と朝霧さん。あと瑠璃ちゃんも残っている。
「あの世界での事は現実だよな?」
自分自身に確認するように明人が誰にともなく尋ねる。
「ええ、居なくなった五人がそれを証明しているわ」
朝霧さんもあっちに残った五人の席に順番に視線を向けながら自身が確認するように頷く。
向こうに残った五人の主の居なくなった席には彼らの荷物が残っている。
「あ、これって行方不明事件になるんじゃ?」
「あ……」
思い至ったところで俺たちにはどうすることもできないが、騒ぎになるのは間違いないだろう。真相を知っている俺たちが彼らは異世界に残ったなんて説明したところで信じてもらえると思えないんだよね。
「それは、皆で口裏を合わせておかないといけないわね。あの五人は戻ってこないのだから、まともな親なら今晩にでも騒ぎになるわよ」
遠くない内に警察なんかの捜査が入るだろう、その時に俺たちがバラバラな事を言っていたら怪しまれる。本当の事を言っても信じてもらえそうにはないんだから変に疑われるのは困る。
「そうだな、今日中に皆に連絡しておくか……はぁ、解散する前に一度話し合っておいた方が良かったな」
「落ち着く前に皆出て行ったから仕方ないわよ」
この後も話を合わせる際の内容や誰が誰に連絡するかなど思いつく限りを話し合っているうちに下校時刻になり俺たちも見回りの先生に追い出されることになった。
「いくつも話し合ってたわけじゃないのに何時間話し合ってたんだ……」
「色々脱線してたから仕方ないよ」
こっちでは全く時間が経っていないけど、時間を忘れて話すぐらい異世界で色々あったからなぁ……。
「仕方ないわね、私たちも今日は帰りましょう。幸い明日は休日だった筈だからその間に今日決めた通りに連絡をまわしておくこと、良い?」
朝霧さんが別れ際に俺たち全員に確認する。異世界でも彼女は皆のフォローに回ってくれていたから、この四人なら朝霧さんが一番纏め役に向いているだろう。進んでその役目を引き受けてくれるのは有難い。
俺たちは朝霧さんに返事を帰した後、それぞれの帰路につく。
「明人、瑠璃ちゃんを頼むよ」
もう遅いから女子たちを俺と明人で手分けして送って行こうかと明人に声をかける。明人と瑠璃ちゃんは帰る方向が一緒だから言わなくても自然とそうなったとは思うけどね。明人は「おう」と軽く頷き瑠璃ちゃんを促し去って行く。そして、二人を見送った後朝霧さんを送って行こうと振り返るとそこに彼女の姿は無かった。慌てて辺りを見回すと、学校の真ん前の家の玄関から顔をのぞかせる朝霧さんが居た。
「それじゃ、相田君も五人の家への連絡お願いね」
驚いた。朝霧さんの家って学校の目の前だったんだね。俺は拍子抜けした返事しか返せなかったけど、さして気にするでもなく朝霧さんは自宅へ引っ込んでいった。
はぁ、どうしよう? 今から明人たちを追う? 帰る方向は俺も一緒なんだけど、今から追いつくために走る気が起きない。いつも周りに誰かが居たから一人になると気が抜けちゃうな……。
「まぁ、居なくなったのは断っちゃったからなんだろうけど……仕方ないよね」
こちらに帰ってくる前に告白されて断った三人が頭に浮かぶ。いつも近くに居た彼女たちはあれ以来俺から距離を置いている。このまま俺の事なんか忘れて新しい恋を見つけてくれるといいんだけどね。俺はどうしたってあの世界で俺を支え続けてくれた彼女を忘れられそうにない。この世界で俺が誰かと一緒になるなんてこと、多分ないんだろうな。
それはもう終わった事だ、俺は彼女を元の場所に戻してもらう交換条件でもあるんだから高深君に託された伝言を確実に伝えないとね……。その伝言を信じてもらえるかは分からないけど、さっきの話し合いで他の四人の家族にも俺が説明しに行くことになっている。
それが、異世界に残った彼らに今の俺たちができる唯一の事だと思うしね。
次の日、学校は休みで、朝早くから朝霧さんから連絡が有った。高深君と美波さんと伊勢さんの親から彼らの捜索願が出ているらしい。どうやってその情報を得たのか気にはなるけど……。
帰りの遅い彼らの親がスマホのGPS機能で居場所を検索、学校に居ることが分かる。学校に連絡して調べてもらう、学校に乗り込む。その結果荷物だけが教室に残されていて彼らの行方が分からないことが判明。捜索願い。という流れらしい。
田嶋君と江ノ塚君の親にも報せは行っているみたいだけど、特にリアクションは無いとのこと……ホント、どうやって調べたんだろう?
「今、彼らの行方を伝えに行っても大丈夫かな?」
とりあえず、高深君の家に行ってから考えてみよう。他の人は別に頼まれていないけど、高深君からは頼まれて伝言を預かっているからね。
とは言え、俺はこっちで高深君と親しくしていたわけじゃないから彼の家を知らない。と言うか、異世界に残った五人の誰の家も知らないんだけどね。でも、そこは朝霧さんが調べて教えてくれた。ホント彼女はどうやってこういった情報を調べているんだろう?
休日とは言え、朝早くから押しかけるのには気が引けるとりあえず昼ぐらいまで様子を見た方が良いだろうか? とりあえず高深君の家の前までは来てみたけど、そんな風に考えてインターホンを押そうとしていた手が止まってしまう。
「家に何か用かしら?」
そこに背後から声がかかり、驚いて振り向くとあの世界で俺を支え続けてくれた彼女、セリアに似た女性が少し困ったような顔でこちらの様子を窺っていた。髪の色は違うけど、その容姿がセリアに酷似していることで再度驚き声が出てこない。
「蒼君のお友達かしら?」
そんな俺に再度セリアに似た女性は声をかける。困った顔がさっきよりも深くなっていることに気が付き罪悪感を覚える。
「え、えっと……」
「ごめんなさい、今蒼君は居ないのよ」
彼女は何か言おうと口を開いた俺を遮るように、そしてどこか辛そうに高深君の不在を告げる。
分かっている、高深君が帰っていないことも、今朝、朝霧さんに聞いて高深君の家族が彼を探していることも知っているんだ。
「いえ! 高深君の事でお話が有るんです! 今彼がどうしているのか……高深君に伝えてくれって頼まれたんです……」
慌てながらなんとか言葉を紡ぐ。彼女は高深君のお姉さんかな? お姉さんがセリアに似ているってだけで緊張するのに、高深君を心配している家族に荒唐無稽な事を伝えないといけないことでさらにその緊張は高まる。その上、お姉さんの表情を見て感じる罪悪感に押しつぶされそうだ。
「…………中で話しましょうか」
間違いなく俺の事を怪しんでいるみたいだけど、とりあえず話は聞いてもらえるみたいだ。お姉さんは鍵のかかっていた扉を開き俺を居間まで通してくれる。俺に少し待っているように言って居間を出て行ったお姉さんは、暫くすると飲み物を持って戻って来た。
「どうぞ……」
「あ、ありがとうございます」
出された飲み物を一口飲み、色々な緊張から気持ちを落ち着かせる。何処から話せばいいだろうか、今頃になってどういった流れで話すか考えていなかった事気が付いた。
「えっと、まず、僕は相田宗佑、高深君のクラスメイトです」
頭を整理するために簡単な自己紹介から入る。とは言え高深君とは友達と言えるような関係じゃなかったから俺の名前を聞いてもお姉さんには分からないだろう。
「相田君ね、私は高深美咲、蒼君の母よ」
高深君のお母さん!? そんな歳には見えないよ!
駄目だ、頭を整理しようと思ったのに美咲さんの一言で余計にごっちゃになった。
「見えない? まぁ、こんな見た目だから仕方ないわね。でも、私の事はどうでもいいの、蒼君は無事なの?」
何から話そうか決めかねている上に頭がごっちゃになっているので質問して貰えるのは有難かった。
「無事、だと思います。少なくとも、僕と別れた時には無事でした」
あの後、俺たちが戻った後も高深君だけじゃなく、彼ら五人共無事に過ごしていると信じている。
「蒼君が居る場所は?」
「……信じてもらえないかもしれませんが、こことは違う世界です」
「違う、世界……」
やっぱり、訳が分からないって顔をされるよね。でも、俺は捲し立てるように俺たちに起こった出来事を最初から一気に話して見せた。俺たちが召喚されたこと、高深君の離脱、魔王軍との戦い、数人が帰れなくなっていた事、その数人に高深君が含まれる事……そして話の最後に高深君の伝言を美咲さんに伝える。
「高深君が「今まで血の繋がらない息子を一人で育ててくれてありがとう。俺のことは気にしないで幸せになってくれって……」伝えて欲しいと……」
「…………」
どうだろう? 高深君の言葉は美咲さんに届いただろうか? 届いて欲しいとは思うけど簡単に信じられるような話じゃないことは分かる。俺だって実際に経験した事じゃなかったら、とてもじゃないけどこんな話信じられなかっただろうね。
「そう……蒼君は私に気を使ってばかりね」
もしかして信じてくれた?
「蒼君は私に気を使ってか、絶対に血が繋がっていないなんて言わないもの。それをあなたに教えたってことは本当にもう会えないって事なのよ、少なくとも蒼君はそう思ってあなたに言葉を託した……」
うん、昨日教室に居なかった五人は、あ、田嶋君以外だけど、帰って来る方法が見つからなかったのだろう。彼らが帰って来ることは多分もう無い。
「ありがとうね。でも……他の子の家に同じ話をしに行くのは少し考えなさい。私は信じたけど、他の親たちはどうか分からないわよ」
「う……忠告はありがとうございます。でも、僕には彼らの所在を伝える義務がありますから……」
もうそれぐらいしか彼らにできる事が無いって言うのもあるんだけどね。
「そう、好きにするといいわ」
ここでの目的を果たした俺は次の家へ行くために高深家を後にする。
「はぁ、気にしないで幸せになってくれって言われても、どうしたらいいのかしら……」
美咲さんに見送られて高深家に背を向けた後、背後からそんな美咲さんの声が聞こえた気がして振り向いたが、既に美咲さんはそこには居なかった。
う~ん、美咲さんがセリアに似ているから気になるのだろうか? 俺の中にその言葉がいつまでも残っていた。
他の四人の家も朝霧さんに住所を聞いて本当の事を説明して回った。江ノ塚君の親たちは驚くほど彼の事に興味が無く、話を聞き終わると何も言わずに俺を追いだした。一応後に捜索願は出したようだけど、どう考えても形だけのものだと朝霧さんが言っていた。だからどこからそんな情報を持って来るの!?
伊勢さん美波さんの家は同じような反応で俺の言葉は信じてもらえず怒らせてしまった。美咲さんの言うように異世界なんて話、信じられるかは分からないんだからこういう反応も覚悟の上だ。
ただ、田嶋君の両親には驚いた。
「俺たちの息子なんだから異世界に召喚されるぐらいは普通だよな?」
「ええ、むしろ何の力も持たずに生まれて来たあの子が、いつ覚醒するのか楽しみにしていたのにその場に立ち会えなかったなんて残念だわ~」
田嶋君の親はいろいろ規格外だったようだ。異世界なんてものを体験した後だと、ただの妄想なのか本当になんらかのファンタジーな存在なのか判断できないけど、江ノ塚君の両親とは違った意味で自分の子供が居なくなったことを気にしていないようだ。
一応、捜索願とかその辺のポーズはしておいた方が良いと言い残して田嶋家を後にする。背後から今度異世界の話を聞かせてくれよ~とか面倒そうな言葉が聞こえて来ているけど応えちゃいけない気がする! 俺は振り向かず、逃げ出すようにそこから立ち去った。
これで、異世界に残った五人の家は全て回った。反応は様々だけど、もうこれで俺が彼らにできる事は無い。
「さて、これからどうしようかな……」
明人たちはまだ今回の件の口裏を合わせるために奔走しているだろうか? 手伝った方が良いかな?
でも一度明人か朝霧さんに連絡してからかな……。そう思いながらも途中で見かけた自動販売機でジュースを買い、自動販売機の側面に背を預けて一息つく。こうして一人で動き回ることは珍しい、思えば常に誰かが近くに居たような気がする。異世界に残ったからもう会えない彼らや、あれ以降離れて行った彼女たち、親友の明人とだって将来はどうなっているか分からない。大小は有るけど分かれなんてどこにでも転がっている……か。こうして一人で居ることを寂しく思うのは仕方ないとしてもいつまでも沈んでも居られないな……。
異世界に残ったもう会えない彼らを思う。
「こっちはこっちで頑張っていくよ、だから君たちも……どうか良い人生を歩んでくれ」
俺の声は異世界のに届くはずもなく、誰にも聞かれる事無くこの世界の空に溶けて行った。




