一章11話 師匠との別れ
目の前には木の天井、俺の身体は白いシーツで整えられたベッドの中、腹には包帯が巻かれているのか少し締め付けられるような感覚、後は俺の寝ているこの部屋は2人用の宿の1室だろうか? 治療院って感じはしない、動かない身体で確かめられたのはそれぐらいだ。
「とりあえず、助かったって事でいいのかな……」
声は普通に出せた、こうして意識が有るという事は俺はしっかりと治療を受けてそれなりに回復したんだろう。さて、そうなると師匠はどうした、多分あの銀の動く鎧を倒して俺を助けてくれたんだろう、あの場で俺を助けられるのなんて師匠しかいない……目の前の敵を倒すのにいっぱいいっぱいでよく覚えていないけど、あの時師匠の俺を呼ぶ声が聞こえたような気がする。
腹に違和感が有り身体がまだ動かないけどこうして生きている、助かった事にホッと安心した俺は身体の求めるままに目蓋を閉じ再び眠りに落ちていった。
次に俺が目を覚ましたのは夜だった。
眠る前が何時で時間経過がどれだけなのか分からないけど寝過ぎて身体がだるい。
「お、目を覚ましたか?」
「師匠……」
まだ多少ぼんやりする中、声のした方に目を向けると師匠が俺の寝ているのとは別にもう1つ設置されたベッドに腰掛け読んでいた本から顔を上げこちらを見ていた。
「どう、なりました?」
俺が気を失った後どうなったのだろう、俺が今助かっている事は分かるがそれ以外のことだ。
「問題無い、助け出した護衛もあの3人の家族も無事だ、ここはあの家族の住んでいる町の宿だな」
師匠1人で3人抱えて戻ったのかと思ったが俺が気を失った後護衛の2人が目を覚ましたらしい、師匠が魔物を薙ぎ払って護衛2人が俺を運んだようだ……俺、全裸の2人に運ばれたのかよ。
「傷は一応治療院で塞いで貰ったが完治した訳じゃない、とりあえず完全に直るまで10日ってとこだな」
この世界の治療術は貴重だ、教会なんかでは神聖魔法なんて呼び名で振舞われているがそれも寄付が有ってこそだ、小さな町、村なんかには教会が無く、教会から派遣された神聖魔法使いやもぐりの治療術士に大金を払って治療してもらうしかない、俺の傷も完全に治してもらうには金が足りなかったようだ。
そう言えば、クラスメイトの中に異界の治癒術士ってのがいたな。見たことは無いがかなり強力な力のようだったな。この世界では相田の能力より貴重なんじゃないか?
「はあ、命が有っただけ良かったとするしかないですね」
あの時は死にたくないと思いながらも、もう死ぬって思ってた。
「まったくだ、お前は無茶しすぎだ、俺がリビングアーマーの変異種を片付けて助けようとしているのに無理してあんな威力の魔法剣ぶっ放すんだからな、血と一緒に体力が無くなってるのに魔力まで枯渇したら倒れるのも当然だ」
気付いてなかったけど、あの時俺の魔力枯渇していたのか、魔法剣を使えるようになって浮かれていたのもあるけど、あれだけ魔力を使っての戦闘なんて初めてだったからな……今後は残存魔力量を気にしてやらないといけないな。
「とにかく今は傷の完治と失った血を回復する事に専念しろ」
治療してもらう金が無いし仕方ないよな。
治療代より完治するまでの宿代の方が安いらしいので大人しくしているしかないな。
「よし、まずは食事だな、ずっと寝てたから腹減ってるだろ? 血を補う為にもしっかり食っておけ」
そう言って食事を用意する為に部屋を出て行った。
師匠が部屋を出て少し、部屋の扉をノックする音が響いた。
は? 師匠ならノックなんかしないだろ、誰だ?
「え? 入ってます」
ガチャリと扉が開く、ちょっと、俺入ってるって言ったよな!?
「よぉ、目ぇ覚めたんだって?」
人の返事も聞かずに部屋に入って来たのは、俺と師匠が変異種スライムの中から回収した露出狂の変態共2人だった。
今日はちゃんと服を着ているが俺の中でこいつらは変態だ。
「もう大丈夫なのか?」
「大丈夫そうに見えるか?」
見て分からないか? おっさん。
「そんな口が叩けるなら大丈夫そうだな」
治療も完全ではないができている現状では死にはしないからな。大丈夫って言えば大丈夫だ。
「一言礼を言っておかないとと思ってね、ありがとう、君らのおかげで助かったよ」
「そう、ありがとな」
態々お礼を言う為に俺が目を覚ますのを待っていたのか、こいつら変態だけど真面目なんだな。
「いや、こっちこそ、2人が俺をここまで運んでくれんだろ? ありがとう」
助けようとして助けられた、お互い様だ。
2人は冒険者のようであの家族の護衛依頼も一応成功といえるようだ、装備が全部溶かされたから依頼料もみんな飛んでいくって嘆いていた。俺だって治療費とここの宿代でスカラカンだ。あの家族も旅の荷物は何一つ回収できなかったみたいだし、みんな何かしら損したな、まあ、命が助かっただけ儲け物か。
「それじゃ、俺らはもう行くな、さっさと次の仕事を見つけねぇとやべぇんだわ」
そう言って2人とも去って行った。
同時に師匠が大量の肉料理を運んでくる。
ちょっと師匠、寝起きにそれはきつい。
「何言ってる、食わないと早く回復しないぞ、それに、せっかく店主が就寝前に作ってくれたんだ、全部食えよ」
マジか、でも、血が足りないのは本当だ、無理矢理にでも食べてまた寝てやる。
意を決し俺は料理にかぶりつく、美味い、俺や師匠が野営で適当に作ってるものとは違いしっかりと調理された料理だ、きついと思っていたけど一口食べると空腹も手伝ってじゃんじゃん食える。
「あと、そのまま聞いてくれ、この調子だと暫くここに留まる事になるよな」
「むぐむぐ……そう、ですね……はむ、もぐもぐ」
「それで、ソウヤも無事魔法剣を習得できたみたいだし、修行はここまでにしよう。俺の方も目的が有って旅をしているんでな、長い間この町に留まっている訳にもいかないんだ、俺は一足先に出発させてもらう、悪いな……」
師匠は師匠の事情で旅している、それは最初に聞いていたことだ。師匠の善意で俺を鍛えてくれていただけだから、まだ色々と師匠から学びたいとは思うけど無理に引き止める訳にもいかない。
「そうですか……」
俺は傷の痛みを無視して姿勢を正す。
「おい、あまり動くと傷に障る……」
「師匠、ありがとうございました」
俺の傷を気にしてくれているけど、感謝ぐらいしっかりと伝えなければ俺の気が納まらない、しっかりと頭を下げ師匠に感謝の意を示す。
怪我で動けない情け無い状態の為、今の俺には師匠の善意に酬いる方法が無い、だから感謝の意だけは多少傷に障ろうともしっかりと伝えておきたかった。
「ああ、ソウヤはいい弟子だったよ、短い間だったが楽しかった」
「俺もですよ、師匠が俺の師匠で良かったです」
いずれ元の世界に帰る俺はこの世界でもう二度と師匠と会う事は無いかもしれない、でも、いつかまた会えたら、その時は俺が師匠の助けに成れるように鍛練を続け強くなろう。
「俺は明日にはここを発つ、この町でのいろんなことはあの家族にも頼んで有るから傷をしっかり癒して、ソウヤも目的に向かって頑張れ」
「はい、師匠も目的を果たせるよう祈ってます」
俺と師匠はその夜別れを惜しむ様に様々な話をした。
まだ聞いていなかった周辺の能力値強化部位を持つ魔物のこと、旅する上でのちょっとした豆知識、魔法剣のコツ、俺は師匠に本当にたくさんの事を教わった。
「ソウヤ無理するな、見送りならここでいい」
翌日いよいよ師匠が発つ時が来た。俺は町の入り口まで見送ろうと思い、ベッドから抜け出そうとした所を師匠に止められた。
「そうだ、最後に餞別だ」
師匠が自らの魔法道具の道具袋から指ぬきグローブを取り出した。
「本来なら専門家に依頼するんだが、生憎この町には居なくてな、俺が出来る範囲で作ったからそれ程効果が有る訳じゃないが、役には立つ筈だ」
師匠からの餞別を受け取り礼を言う、俺から師匠に送れる物が何も無いのが悔やまれるな、本当に師匠には世話になりっぱなしだ。
「そのグローブの甲の部分にはあの時戦ったリビングアーマーの変異種の一部が貼り付けてある」
へぇ、あの魔法剣を弾いた銀の動く鎧の一部が……と言うことは。
「だから、上手くやれば魔法を弾ける筈だ、軽く魔法剣をぶつけて確かめてるから多分大丈夫な筈だ、けど、ちゃんとした職人が作った物じゃないから過信はするなよ」
十分だ、魔法って脅威に対する対処法が増えただけでかなり有り難い。
「何から何まで、ありがとうございます」
「中途半端な所で放り出す罪滅ぼしみたいなもんだ、気にするな」
師匠はなんでもないように軽く言い俺に背を向ける。
「じゃぁな、ちゃんと生きて目的を果たせよ!」
背を向けたまま手を振り歩き出した師匠に俺も手を振り応える。
「はい! 師匠も頑張って下さい!」
部屋から出て行く師匠を見送り、俺は師匠から教わった様々な事を反芻しながら傷を癒す為、またベッドに戻った。
「さて、方向はあっちでいいんだよな……」
数日後、完全復活を果たした俺は世話になった宿の店主やあの家族に挨拶を済ませ再び旅路についた。
手には師匠から貰った反魔のグローブ、腰には田嶋に貰った愛用の剣を挿し、目的地を確認した磁石と地図を腰のポーチに収める。
ここからは1人だ、なんだかんだで最初は馬車、馬車とはぐれてからは師匠と修行しながら旅をしていたので1人で旅するのはこれが初めてだ。
師匠と修行しながら進んだ行程でエバーラルドまではあと少しだ。
最初の目的であったシルバーブルの国を出ることが叶う、それからまだ色々やることはあるけど、これで一区切りになるだろう。
「よし、行くか!」