終章3話 帰還準備
師匠が戻って来た時になんか意味深な事を言われたけど、凱旋パレードとやらも無事にばっくれる事ができたので気にしなくてもいいか。
パレード直前に竜騎士に連れられて飛んできたリミュールも来賓的な立ち位置でパレードの方に参加させられていた。一国の姫って忙しいな。
今の俺たちは元の世界に帰る為の準備の準備をしているといったところだ。
「マギナサフィアには誰が行くんだ?」
マギナサフィアの図書館で帰還方法を探しているクラスメイトを迎えに行かないといけない、シルバーブルの方に確認してみて帰って来てなかったらだけど……。
「リミュールに頼んでチンピラドラゴンか竜騎士に行って貰おう、多分それが一番早い」
「江ノ塚に頼むって手も……無理か」
まぁ無理だろうな、気絶から目覚めたあいつは今何故かリーシア姫の尻に敷かれ振り回されているからそんな余裕ないだろう。多分、頼んだら喜んで引き受けそうだけど……そのまま帰ってこないような気がするしな。
「そう言えば……リミュールが昨日、冒険者協会になら各街間を繋ぐ魔法具が有るって言ってたな」
前にエバーラルドの冒険者協会の受付嬢がマギナサフィアの冒険者協会に俺の事報告してたから、間違いって事は無いんだろうけど……。
「ゴルディリオンには冒険者協会は無いぞ、でも、そうだな……前にリリがシルバーブルでゴルディリオンと、多分キリヤとだろうけど、連絡するのに使っていた魔法が有るはずだ。どうなんだキリヤ?」
「君らは人が帰還術式の準備や戴冠式の準備で忙しくしている所で……まぁいい、どの道君たちにも用事があったんだ……」
俺たちが今いるのはキリヤの執務室だ。田嶋はリリから逃げて、俺は玲奈とリミュールが険悪なんでその空気から避難するためにここに居るんだけど、先日の影の魔物の被害からの復旧が済んでいないゴルディリオンの方はまだバタバタしている。
忙しい所に俺たちがのんびり会話していたら鬱陶しくも感じるか。
「で、以前使っていた通信魔法の事か? あれは双方が術式を知っている上で事前に周波数を決めておかないといけないからな、マギナサフィアに居る君たちの仲間に繋ぐのは無理だろうな」
なら最初に言っていたようにドラゴンに頼むのが良いか。
「そっちはボクたちが手配してもいい。それよりも、君たちの帰還魔法の準備の為に集めてもらいたいものが有るんだ」
集めて欲しいもの? 帰還準備は任せてくれって言って方法を教えてくれなかったけど、それなら最初から俺たちが聞いて準備した方が良かったんじゃないか?
「帰還の魔法陣を構築する際に君たちの情報から帰還する世界を設定するんだが、その為に君たちの血が欲しい。君たちが喚ばれたものと同じ大きさの魔法陣が描けるだけ必要だ」
俺たちが召喚された時の魔法陣か……あのサイズを描くなら、結構な血が必要なんじゃないか?
「まぁ、それなら、とりあえず俺の血取っておくか? 多少多く取っても死にはしないし……早く済ませれば血が戻るのも早いから後でまた取れる」
「君は無理だ。後、精霊使いの子も駄目だな。その二人以外の奴から集めてもらえるか」
は? 俺じゃ駄目?
「ちょっと待て、駄目な基準を教えろ。他に1人でも駄目な奴が居るとこれから集める血が全部駄目になる!」
いや、各自別々に保管すれば全部駄目になる事は無いだろうけど……描いてから駄目だった分かるよりはいいな。俺が駄目な理由も気になるしな。
「この世界の要素が混混ざってしまっていると駄目だな。兄さんがお前はドラゴンが混じっているって聞いた。精霊使いも精霊との契約がこの世界の要素だな」
「精霊との契約って言うなら相田はどうなんだ?」
「聖剣使いか……彼は聖剣が制約の全てを担っているから彼自身に問題は無い。聖剣の精霊との契約も所有者ってだけで手放せば終わる様なものだからな」
同じような状態でも相田だけは大丈夫なのか……もう笑うしかないな。
「なら俺も含めた別の奴から少しづつ集めるしかないか、まぁ献血だとでも思えばいいだろ」
「注射なんて無いけどな……」
体を傷つけて血を流すしか採血方法が無いんだよな。今から作るか? 道具作成の能力者ならいけるんじゃないか?
「そんなものどうにでもなる。俺はそれよりお前にドラゴンが混じってるって方が気になるんだが?」
いや、どうでもいいだろ……。俺の意思じゃなくチンピラドラゴンにそうされただけだからな、おかげでこの世界での戦いはずいぶん楽になったし……もう諦めた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。そんな良いものでもないんだしな」
「バッカお前! ドラゴンとかファンタジーのロマンだろ! バッカだお前! それでも男か!?」
こいつ、馬鹿って二回言ったな……。そこまでの事か? 田嶋の常識で責められても俺には良く分からないから気にしないけど……。
「まぁいいや、その辺の事は後でじっくり聞かせてもらおう。とりあえず今ここに居る奴らにだけでも声かけとくか。血を抜かれるとかいい顔しない奴もいるだろうけど相田に説得させればスムーズにいくだろ」
「だな、面倒は相田に任せるに限る」
リミュールにもドラゴンか竜騎士を借りるのに話を通さないといけないからな。
「ああそうだ。ソウヤ、君は残ってくれ。もうすぐ兄さんが来る筈だからな」
師匠が来るから待ってろって……師匠、俺に何か話でもあるのか?
「師匠さんが? なら仕方ねぇな、皆とリミュール姫には俺が話しておくな」
そう言って田嶋はさっさと執務室を出て行った。田嶋が出て行ってすぐに師匠が執務室に入って来た。このタイミングなら田嶋とそこですれ違ってるな……。
「ん? ソウヤ、ここに居たのか。彼女たちには悪いことしたな……」
「え? 誰に何やったんですか?」
なんだか悪い予感しかしない……。
「いや、さっきエバーラルドの姫……」
「リミュール姫だよ兄さん」
「リミュール姫とお前の番の忍者娘が……」
「師匠、忍者娘なら玲奈です」
「そのリミュール姫とレイナが睨み合って周りが怯えてたから、丁度良いしソウヤをここに呼んで貰おうと思って探してくれるように頼んだんだ。そしたら競い合うようにしてソウヤを探しに行ったからな、すぐ見つかるだろうって思ってたんだが……まさかここに居るとはな。こりゃ見つからねぇぞ」
う゛……お互いが牽制し合っていた二人が怖くって逃げて来たけど、その二人が俺を探してるって……怖すぎる。
「少々気の毒だが、こっちも重要な話だ……」
師匠の顔が真剣みを帯びる。余程真剣な話なんだろう、魔王戦の時みたいな雰囲気がヒシヒシと伝わって来る。
「落ち着いて聞けよ、爺さんはお前たちが元の世界に帰る帰還方法を確かに見つけ出した」
ん? そうですよね、じゃなきゃ今その方法の準備なんてしていませんからね。
「でも爺さんは元の世界に帰らなかった……この意味が分かるか?」
ああ、そうか……師匠の爺さんの楔の魔王も異世界人、方法が分かったなら帰る事もできた筈だよな。それならどうして帰らなかったんだ?
「楔の魔王として封印の役割が有ったから……」
とりあえず思いついたことを言ってみる。外れた所で死ぬわけじゃないのは気楽でいいな。
「いや、封印の役目なら引き継ぐ方法はある。俺が次の楔候補だって話したことあるだろ?」
それなら何だろ? 帰還方法を見つけるまで時間がかかり過ぎたとかか? 楔の魔王は五百年以上生きたって話だよな。
「帰還方法を見つけるまで時間がかかり過ぎて、元の世界に戻っても知り合いがみんな死んでいるから?」
「いや、帰還する時間はこっちに喚ばれたその時間だ。帰還術式がそういう仕組みになっている。その代償って訳じゃないが、この世界で得た能力なんかは帰る際に全部剝がされる事になる」
おお、元の世界に戻っても身体能力とかがこのままじゃ、まともに生活できないからな。この世界でも規格外なのに、元の世界に戻ってもこのままだと化け物扱いされるのが目に見えている、だから良いんじゃないか。
「こっちに家族ができたから?」
「まぁそれも有ると言えば有るな……でも違う」
これも違うのか……なら他は何だ?
「兄さん、言い難いのは分かるんだけど、それぐらいにして本題に入ったら?」
「…………やっぱりこれってクオーレが言う事じゃねぇのか!?」
もう何なんだ? 師匠も急に騒ぎだしたし……。
「なんならボクが言おうか?」
「……いや、俺が言う」
何か言い難い事みたいだな。それで、俺に言うってことは俺の事なんだろうな……。
「もう簡潔に言うぞ! ソウヤお前は元の世界に帰れない! 理由は爺さんと一緒だ。この世界のモノが混じってしまった時点で帰還術式がお前を受け入れなくなったんだ」
…………ん? 帰れない? え? マジ!?
いや! 帰還方法が見つかったんだからてっきり、もう帰れるって思ってたんだけど!
「俺が帰れないのは分かった……」
分かりたくないけどな! でも待て、元の世界に帰る為の術式に俺の血が使えないのは、竜化って言うこの世界の要素が混じっているから……そんな俺は帰還術式に弾かれる。なら、同じ血が使えないっていう冬子はどうなんだ?
「……でも冬子は? 俺と同じように血が使えないって言ってたあいつはどうなんだ?」
師匠もキリヤも俺から目を逸らす。
駄目なのか? あいつのこの世界との繋がりって精霊との契約だよな? ならその契約を破棄してしまえば良いんじゃないか?
「無理だ……。その辺りに居る精霊と契約するだけならまだ良かったんだが、彼女が契約したのは各地を管理する統括精霊だ。契約の際に行う禊が彼女の存在を書き換えてしまっているから、たとえ契約を破棄しても彼女はこの世界の一部に認識されてしまっている。だから帰還術式が受け入れないのは君と同じだ」
あ……マジか……俺が帰れないのはどうとでもなるけど、冬子が……女の子が帰れないって言うのはきついだろ……。
「その事、もう冬子には話したんですか?」
「まだだ、俺だって彼女が衝撃を受けるのは分かっているからな……幾分言い易いソウヤに先に言ったんだよ……」
俺に言うだけでも、だいぶ手間取っていましたけどね……。
「はぁ……冬子には俺が伝えます。同じ異世界居残り組の俺が言う方がまだマシだと思いますからね……代わりに他の奴らは間違い無く元の世界に帰して下さいよ」
「悪いな……頼む」
「他の異世界人は責任をもって帰還させるよ」
はぁ、俺の異世界生活、終わらなかったか……。まぁ、仕方ない……運が悪かった。そう気軽に思っておかないと八つ当たりに暴れてしまいそうだ。でも、そういう訳にもいかないよな。
「ああ……先日のあの言葉の意味が分かりましたよ。師匠とは長い付き合いになりそうですね」
竜化の俺とドラゴンの血が混じっている師匠じゃ少し違うけど、長い時を生きることに変わりはない。
「ソウヤ、異世界人を帰した後、俺の戴冠式が有る。まぁ、つまり、俺はゴルディリオンの次の王だな。で、お前さえ良ければこの国でそれなりの地位を用意するぞ……俺に仕える気は無いか? まぁ、仕えるって言ってもその相手が俺だからな、気楽に考えてみてくれ」
つまり、師匠に仕えてそれなりに働けば今後の俺のこの世界での生活を面倒見てくれるって事かな……。
「師匠には出会った頃から十分に助けて貰ってますよ……だから、その話は遠慮しておきます。俺には気楽に冒険者やってる方が合いそうなんで」
「……そうか、まぁ、仕方ねぇな」
残念そうな師匠に申し訳なくなるけど、師匠はこれ以上しつこく俺を誘って来る事は無かった。本当は師匠の方が王よりも気楽に旅をしている生活の方が合っていると思っているのかもしれない。
「まぁ、何かあったら声を掛けて下さい。後ろ暗い事じゃなければ格安で引き受けますよ」
「フッ、そこは無償で手伝ってくれるんじゃないのかよ?」
「無いですね、冒険者ですから……」
執務室に、俺と師匠の笑い声が響く。
本当に師匠とは長い付き合いになりそうだ……。
さて、冬子には帰れないことをどう言って説明しよう……。




