六章10話 終焉の始り
この世界に来てからずっと続けていたせいか、既に麻痺してしまっている俺の手に伝わってくる命を奪う感触……相手がヒトの形をしていないだけマシだけど、魔物とは言え相手がまともな思考を持った奴なだけにその辺りの盗賊をぶっ殺すことに比べて罪悪感が半端無い。
「後でちゃんと弔うからな……」
魔剣に魂を喰われ抜け殻となった巨大ブレイドボアの肉体にそう言い残して倒れている師匠の所へ向かう。ポーチから回復薬を取り出して師匠に振り掛ける。
「悪い、やるなら俺がやるべき事だった……」
師匠はあのブレイドボア、ブルトと付き合いが長いんだからやり難いのは仕方ないですよ。俺だって師匠をやれって状態のままじゃできませんでしたからね。
「いえ、これで……準備はできたんですよね?」
ここでまだ足りないとか言われたら困る、そうなれば本当に師匠の命を奪うかもしくは……。
「大丈夫だ。俺の魂だとギリギリだが、亜竜のブルトなら十分過ぎるぐらいだからな」
出力不足の心配は無いみたいだ。
回復して身体を起こした師匠は暫くブルトの亡骸を見つめていたけど、一度目を閉じて大きく息を吐いた後、目を開きブロズ荒野のブラックドラゴンの飛んで行った先を見据える。
「行くか」
「はい」
気合を入れなおして短く応えた後、魔剣を師匠に返そうとしたけど師匠は魔剣を受け取らずに俺をじっと見てくる。
「そいつはお前が持ってろ、爺さんの身体はそいつで壊したくない……ブルトの介錯をお前に任せちまったんだ、せめて爺さんは俺の手で送ってやらないとな。まぁ、だから、ソウヤ……最後は任せる」
あの楔の魔王の身体に封印の魔王本人の魂は残っていない筈、今楔の魔王の身体を動かしているのは初代、最初の魔王の筈なんだけど、師匠はあの身体ごと初代を滅ぼしたくないんだな。
まず、師匠が楔の魔王の身体を初代の魂が操れない程に破壊してから、出て来た初代の魂を俺が魂喰いの魔剣で魔法剣を使って滅ぼす。
「って流れで良いんですか?」
「ああ」
俺がやるのは最後の締だな。楽で良いんだけど、ブルトや師匠たち、それに楔の魔王の願いを背負っているから結構なプレッシャーが有るんだけど……。
「大丈夫?」
不安が顔に出ていたんだろうか? 俺と師匠の話を黙って聞いていた玲奈に心配されてしまう。俺はそんなに考えている事が分かり易いか?
「大丈夫だよ、私も一緒にやるから……」
玲奈は魔法剣が使えないから手伝っては貰えないけど……一緒に居てくれるだけでも十分心の助けになる。思えば、相田に聖剣を届けた時以外はマギナサフィアへの道中で会ってからこれまで、玲奈とはずっと一緒だな。
これだけ長い間一緒に居ると連帯感というのか? なんか一緒に居るのが当たり前みたいになって来ているんだよな……。一歩引いて俺たちを見ていた冬子と違って玲奈とは物理的な距離も近かったし余計にだな。
「ああ、ありがとう」
とりあえず魂喰いの魔剣はポーチにしまう。大事な場面以外で手放してしまうとだめだからな。
「お前等仲良いな、俺は今日までずっと魔剣を完成させる為に忙しかったせいで浮いた話し一つ無いってのに……俺、これでも王族だぞ?」
忙しいって割には俺に修行をつけてくれたりしているからじゃないですか? それに、俺には師匠がもててない様には見えませんけどね。
「で、行くんでしょう? まぁ、師匠が手を出さなくても、相田にもう時間稼ぎは要らないって伝えれば、楔の魔王の身体を壊すぐらいやってくれると思うんですけどね」
それでも、俺が師匠との対決の時に相田たちを先に逃がして邪魔されないようにしたように、師匠も自分で楔の魔王を黄泉に送ってやりたいってことだろう。
「ああ、俺の長い旅もようやく終わりだ」
「俺たち異世界人もですよ、これが終わったらちゃんと帰還方法教えてくださいよ」
「ああ、初代の魔王が居なきゃお前たちを呼び出した意味も無いからな、キリヤも帰還術式に必要な魔力ぐらい何とか用意するだろう、だからまぁ……帰る為にも、ちゃんと生き残れよ」
「師匠さんフラグ立てないで!!」
なんか騒がしい奴(田嶋)が来た。いや、鬱陶しいと思ってるわけじゃないけど、シリアスをぶち壊すのは止めて欲しい。
相田たちと違いゴルディリオンの街に残って何だかんだやっていた筈の田嶋と冬子はいいとして、江ノ塚まで居るのはなんでだ?
「街は落ち着いたのか?」
「おう、江ノ塚がちゃちゃっとやってくれた。ホント、チートだよな」
演者だっけ? 演じる、つまり物真似能力だよな。あの状況で使える能力ってなんだ? 俺じゃ思いつかない、なら考えるだけ無駄か……適材適所だ。
「でもまぁ、よくそんな能力持ってたな」
「使えそうな英雄の能力は調べに調べたよ、消費魔力が馬鹿にならない物が多くて殆ど使い物にならないけどね」
「お前等、とりあえず移動しながら話そうぜ」
田嶋に促されて俺たちは揃ってブラックドラゴンの飛んで行った方へ向かう。
先を促した田嶋自身がブルトの亡骸を見て騒ぎかけたけど冬子が冷静に諫めた。
とまぁ、進みだしたのは良いんだけど、すぐに黒い波が向かって来ている事に気が付く。
「影の魔物か、江ノ塚出番だ!」
「いやいや、どれだけの範囲に聖域を展開させるつもり!? 僕じゃ無理だよ! できたとしても今いる魔物は残ったままだからね!」
あの群れを蹴散らしながら進むしかないか……なんか、師匠と旅している時から同じような事ばかりやっている気がするな……流石に慣れたし諦めもつく。
「師匠、どっちが多く狩れるか競争しましょうか?」
「おいおい、魔王ぶっ飛ばす力は残しておけよ」
「あんたら軽いな!」
田嶋が突っ込みに回るか。まぁ、俺と師匠がそうさせたんだけど……師匠は最初から魔物の群れじゃ動じなかった気がするけど、俺ももう魔物の大群程度じゃ……なぁ? 街に居た時点で影の魔物は大量に湧いて来ているんだから想定できたことだしな。
「まぁ、やることは今までと変わらない、だろ?」
「うん、全部ぶっ飛ばす」
さすが、玲奈は分かってるな、間髪入れずに応えてくれる。
「本番はこの先なんだから、これ位は薙ぎ払って行かないとな」
でも、魔力も体力も温存したいのには変わりないんだよな……。
「江ノ塚も手伝ってくれるんだよな?」
江ノ塚の行動原理はよく分からないから確認が必要だ。
「いいよ~、それじゃあ一番槍を任せて貰おうかな……」
あっさりと協力を受け入れて最初の一発も任せてくれという。やってくれると言うなら断る理由は無い、江ノ塚がやる気になっている間に俺の方は威力は高いけど溜めの要るブレイカーの準備を済ませておこう。
「ロール……蒼炎の魔導貴公子、目標に向けて真っ直ぐ道を作るから駆け抜けろ! ……極炎突破!」
旅の間によく聞いていた冬子のものよりも何倍も早く終わる魔法の詠唱。俺たちから少し突出して進み出た江ノ塚が突き出した手の前に蒼い炎を纏った赤い魔方陣が展開する。その魔方陣から蒼い炎がどんどん溢れ出て大気を燃やし、鳥の形に変化し影の魔物たちを焼き払いながら一直線に進む。
「うわぁ、もう江ノ塚だけ居れば良いんじゃねぇか?」
「そんなこと言ってないで行くぞ!!」
江ノ塚の使った魔法のあまりの威力にやる気を無くしかけている田嶋を蹴飛ばして駆け出す。田嶋も持ち前の素早さを存分に発揮してすぐに追いついて来たのは良いんだけど……あれ? 江ノ塚が居ない……。
振り返って確認すると江ノ塚は魔法を放った場所に留まって巨大な容器の魔力回復薬をがぶ飲みしていた。
ここに来る前にも何かやってきたらしいし、あれだけの魔法を使えば魔力も切れるか……まぁ、魔力の回復を図っているようだし、その内追い付いて来るだろう。
「それじゃ俺も、ブレイカー!」
俺が魔剣アンブレイクに魔力を込め、江ノ塚の作った道を進むことを妨げようと集まって来る魔物共を薙ぎ払う。が、まだいっぱいまでチャージしきれていなかったから威力は弱めだ。再度ブレイカーの準備をする。
「次は俺か? ブレスソード!」
師匠の咆哮と共に、剣から渦巻く黒い魔力の奔流が放たれ再び道を妨げようとする魔物を薙ぎ払う。
ブレイカーのような攻撃手段の無い田嶋は適当に爆弾を投げたり、前以外から近づいて来る魔物を切り裂きながら俺たちの周りを駆け回る。
「次、行く! 風遁……乱風車!!」
玲奈が一気に投げた8個の手裏剣は渦巻く風を纏い攻撃範囲を広げ、魔物に当たった後もその回転を緩めずに突き進む。
ん? んん? 玲奈が何をするのかと思ったらこの攻撃、魔法剣じゃないのか? 使っているのは手裏剣だけど俺だって槍を投げて魔法剣を使うからな。玲奈の手裏剣は星月が作った物だ。称号鍛冶師の星月が作った物なら魔法剣に十分耐えられる武器の筈だ。
「玲奈……いつの間に」
「びっくりした?」
まぁそうだな、前にそう簡単に使えるものじゃないって分かってからだいぶたってるけど、練習している素振りなんてあったか? 隠れて練習していたんだろう、俺は気が付かなかった。まさか使えるようになっているとは思わなかった。
「驚きはしたけど今は好都合だ。最後の一撃、俺や師匠が撃てなくても玲奈が居る」
それなら師匠を手助けしたり多少無茶やっても大丈夫……。
「だからって、無茶は駄目だよ……さっき言った。私も一緒にやるって」
また、考えを見透かされているな、でも、既にこの身体は多少の無茶でどうにかなる様なものでもない。
「まぁでも、そうだな、無理しない程度に頑張って、終わらせるぞ」
「うん!」




