六章8話 猫耳給仕(田嶋颯太)
俺たちとの戦いでは出て来なかった魔王軍の精鋭が、城だけでなく街中に出現する影の魔物を次々と討ち倒して行く。彼らの練度はシルバーブルの兵士たちとは比べ物にならないほどに高く洗練されていたが、際限無く沸いて来る影の魔物相手では分が悪いようだった。
それでも、ゴルディリオンの街が影の魔物によって落とされていないのは、兵以外の街の住人も協力して魔物に挑んでいるからだ。彼ら亜人は基本的に人間よりもなんらかの身体能力が優れている。そんな彼らが、最初こそ多少の混乱はしたもののすぐに落ち着いて、戦えない者は速やかに避難し、戦える者は協力して避難誘導と魔物の撃破といった具合に、それぞれが統率の取れた動きを見せたからだ。
「で! 初代魔王への対策は師匠さんたちに任せるとして俺らはこっちの対処だな!」
自身の周囲以外にも魔物が出てくる場所、ポップポイントか? それを作れるってことが分かったからな。
幸いここの住人は優秀だから被害は最小限に抑えられているみたいだが、この状況が長引けば長引くほど良くないのは分かりきっている。
「田嶋君! 魔物の出てくる場所がどんどん増えてきているわ!」
そんなこと見ていれば分かる! でもこんなもの物量で押さえる意外に対処の方法がねぇんだよ! だから今は何とかなっているけど魔物のポップポイントは新しく増えて行ってるんだ。そのうちこっちの手が追いつかなくなる!
「兄さんたちが対抗策を完成させて魔王を滅ぼすまで何とか持ち堪えるしかない。この際街の外に出る魔物は無視してもいい! 住人の安全を最優先! ここは耐えてくれ!」
そう、キリヤの言う通り、俺たちは戦えない者を守りながら魔物を倒し続けるしかない。
戦ってくれている住人や兵士たちも「「応!」」と応え奮戦してくれてはいるが、これはいずれ敵の数がこっちの対処できる数を超えるな。
「有効策なんて思い浮かばねぇけど、何とかしないと拙いな」
出現地点も分かりやすい目印でも有ればまだ試しようはあるんだろうが、何の目印も無いからなぁ。一度出て来た場所から一定間隔で出て来るから、出現場所の固定はされてはいるんだろうけど、その出現場所も時間と共に増えていってるからなぁ。
キリヤたちは俺たちから離れて各所の応援に向かったし、こっちでも出来そうなことを探すしかないか。
「とりあえずいろいろ試すか……。美波、魔物の出現場所を塞げないか?」
「塞ぐって、目標が無いとやりようが無いんだけど?」
いや、目印が無いだけで出現場所は決まっている。そう伝えると美波は何かぶつぶつと口にし始めた。その間、俺は新たに出現した陰の魔物を出てきた瞬間に切り刻んで殺す。こいつら、数は多いけどたいした強さじゃないんだよな。高いスピードに物を言わせて切り刻んでいるって言うのも有るけどな。
「田嶋君! 離れて!」
美波の準備が終わったようだ。美波の前には青い魔方陣が浮かんでいて、さっき呟いていたのは魔法の詠唱のようだな。てか、美波は何時の間に魔法を覚えたんだ? まぁ、高深と旅している間しかないか、俺は精霊たちに頼んで何とかできないかって聞いた積もりなんだが、まぁいいだろう。
丁度出て来た魔物を倒してから出現ポイントから離れる。
「氷柱壁!」
美波の前に展開された魔方陣が砕けて、次の瞬間にはついさっきまで俺がいた場所魔物の出現ポイントの上に現れる。その魔方陣から氷柱が落ちてきて地面に突き刺さり、魔物の出現ポイントを氷で埋めた状態になる。
「これで……駄目か!」
美波の魔法で次の魔物はたしかに何とかできた。魔物が氷の中に出現して即効で潰れて消えたんだ。でも、その際に氷柱を破壊してしまったから、更に次の魔物は普通に出て来てしまった。
「普通に倒すのと変わらないわね」
後は、魔物の出現ポイントが変わらなかったから壊せない物でそこを覆ってしまう位しか思いつかないが……そんな手は持っていない。美波は? そっちも無いか。なら……。
「持ち堪えるしかないか……」
「玲奈や蒼也君たちに期待しましょう」
長期戦を覚悟するしかないな。
と、俺たちが長期戦の覚悟をきめたところで目の前の建物をぶち抜いて巨大な魔物が吹っ飛んで来た。
美波を抱えてその魔物を避けるとその魔物を追いかけるように着物の和風美人が飛び出して来た。その手には氷で出来た刀が握られており、向かいの家屋に激突した魔物に無数の追撃を浴びせる。
「でか!」
「と言うか、建物の中にも出るの!?」
建物の外にしか出現しないなんてルールは無いからな! だいたい、最初は城の中に出ていたんだ。今は魔王が離れたから出現速度が下がっているんで城から魔物が外に出る前に残った兵たちが倒しているけどな。
それよりも今吹っ飛んで行った魔物だ! 何なんだあのでかさ、それと今までの魔物なら確実にし止めているような攻撃を何発も受けて未だに倒れていない!?
着物美人が俺たちの見ている前で更に数発斬撃を与えてようやく魔物は倒され霧散した。
「ここって、三毛猫の掌亭?」
壁が壊れた建物は間違いなく俺たちがさっきまで食事をしていた三毛猫の掌亭だった。魔物を倒しながら適当に移動していたけど、いつの間にかここまで戻って来ていたんだな。って、ここには本物のリーシアが居るんじゃなかったか? ちゃんと避難できてるんだろうな?
「ユキ様! ご無事ですか!!」
避難できているのかが心配になり店の様子を窺おうとする前に、でかい魔物を倒した着物美人が店に駆け込んで行った。
「ええ、こっちは大丈夫よ。でも、次が来るわ」
着物美人の呼びかけに店の隅に居た黒猫耳のウェイトレスが応える。その言葉通り、店の中央付近には黒い霧が集まり徐々にあのでかい魔物の形を持ち始めている。
「美波、先手必勝」
「了解」
ほぼ形を持ち動き出そうとする魔物に素早く駆け寄り弱点看破に一撃必殺は通らないか、でもまぁ良いダメージは出るだろう。
「氷錐・螺旋槍!」
俺が着物美人に先んじて魔物に刃を突き立てた瞬間、美波の魔法が魔物を頭上から襲う。弱点を狙った攻撃と脳天を貫く氷のドリル、この攻撃でなんとか魔物を仕留めることが出来たが……。でかい魔物はそのでかさ相応の能力を持っているようで頑丈だな。こんなのがこれから増えてくるのか?
「あなた方は……いえ、ご助力感謝します」
いや、増援に安堵してる場合じゃないぞ着物美人さん。この状況、俺らが加わったところで拙いことに変わりないからな。建物の中も魔物が出現するんじゃ安全地帯なんて無いって事だ。それじゃ、避難のしようがねぇ非戦闘員を守りながら戦わないといけないんだからな。
「リーシアは無事か?」
「リーシア?」
猫耳ウェイトレスが首を傾げる。あれ? 居ないのか?
「ユキ様、シア殿の事ですよ……彼女の本名を知っていると言うことは」
「ん? 俺たちはシルバーブルの異世界人だが、街がこの状況だ、紹介は後で良いだろ、で、リーシアは居ないのか?」
一応、王亡きシルバーブルの次の女王様だからな、あのまま江ノ塚に任せっぱなしって訳にもいかねぇから無事は確認しておかないとだ。
「シアなら店長たちと先に避難したけど、この様じゃそれも意味が無い見たいね。向こうも護衛はついているから大丈夫だとは思うけど」
ここレベルの魔物が出るとキツイだろうな。ここのポイントに発生する大型の魔物は放置できないし、このままだと確実に人手が足りなくなるな。
「何か良い手は無いものか……美波、さっきの氷ドリル魔物の出現ポイントの真下に上向きで設置して常時動かしておけないか?」
出現ポイントの下に罠を設置しておいて、出た傍から撃破する。影の魔物は倒すと霧散して消えるから、これができるなら状況は好転するはずなんだが。
「ずっと動かしておくって、そういう術式も組めない事は無いけどね。そんな術式、魔力の消耗がとんでもないことになるわよ」
やっぱりそうなるよな、分かってはいたさ。
「あ、でも待って……」
美波が何か思いついたか?
「……うん…………うん……できる? ならお願い」
急に何も無い空に向かって話し出したな……大丈夫か? いや、そう言えば美波は精霊術士だったな。
「田嶋君、行けるわ!」
「なら頼む」
「ええ……氷棘・螺旋剣山!」
長めの詠唱の後に魔物の出現ポイント下に青色の魔方陣が展開され、そこから回転する氷のドリルが無数に配置される。そこへ、丁度出て来た魔物が落ちて来て足元からガリガリと削られ、魔物が踠く内ダメージが致死量を超えたようで、霧散して消えていった。威力は十分だな。
「後をお願いね」
美波がそう言うとドリル棘の魔法陣に小さな光が三つ程纏わり付く。この時点で美波はもう魔法の制御を手放しているようだ。
「この辺りの精霊たちも、今の状況は好ましくないみたいね。魔法の維持制御ぐらいは協力してくれるそうよ」
「ありがたい、それじゃぁ他の場所も同じように対処していくか」
術の維持を精霊が担ってくれるなら美波は魔法を発動設置していくだけだ。俺たちの魔力はこの世界の平均よりも遥かに多いから結構な数が設置できるだろう。
「待って! ここが問題無いなら私たちも一緒に行くわ!」
他にも大型の魔物が現れている場所の対処に向かおうとした俺たちを猫耳ウェイトレスが呼び止める。
「店長たちやシアが心配だわ。シノブ、大丈夫よね?」
「はい、ユキ様が望むのならどこまでもお供してお守りするのが私の使命です」
付いて来るのは構わないけど自分の身体は自分で……守れるか、先の着物美女の戦いぶりを見ている限り問題は無さそうだ。それに、氷の剣を操る黒髪着物の和風美人で名前がシノブって、前に報告で聞いた魔将じゃないのか? と言う事は、そのシノブに守れて居る猫耳ウェイトレスはそれなりの立場って事になるんだが、なんでウェイトレスやってるんだ? まぁいいか、とりあえず今は高深たちが魔王を何とかするまで耐えないとだな。
パソコンがクラッシュ(T T)




