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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
8/28

共闘

 アルヴィトは巨大な花の蕾の形をした魔物と戦っていた。

 黒い爪で膨らみの部分を切り裂くと、軽い破裂音をさせ、中から細かい粉状のものが舞散った。アルヴィトは咄嗟に鼻と口を押さえた。

 こういった植物に近い魔物が体内から出す物は有害なものが多いのだ。

 舞い上がる粉塵が落ち着くまで、アルヴィトは迂闊に手出しが出来ない。

 アルヴィトの武器は接近戦に向いた武器だ。ヒルドの武器の様な遠距離戦に適したものならこの状況下でも魔物を倒せるが、生憎ヒルドは近くにいない。

 魔物に近付かずに倒すにはどうしたら良いか。得体の知れない粉塵から距離を取りつつ考えていると、粉塵の中から細長い蔦の様な物がこちらに向かって来るのに気付く。

 アルヴィトは爪で払い除けると、それはシュルシュルと音をさせて粉塵の中へ戻って行く。さっきよりも視界が晴れてきた中でその正体が明らかになる。

 それは魔物が出した触手だった。よく見れば蕾の形をしていた筈の魔物の胴体は毒々しい色と模様をした巨大な花へと変わっていた。触手は花の中心にある窪みから伸びている。

 触手が再びアルヴィトへ伸びようとする。

 すると何処からか風を切る音がしたと思うと、花の形をした魔物に赤く染まった細長い棒状の物が突き刺さった。

 体を貫かれた魔物は段々と褪せた色に変わり、干からびた状態になって朽ち果てた。

 アルヴィトが魔物に刺さった物が飛んで来た方へ視線を向けると、そこには赤く濡れた少女の姿があった。左手には魔物を突き刺した物と同じ細長い棒状の物が握られている。それはスクルドが先程まで戦っていた魔物の脚だった。


「助かりました。ありがとうございます」


 アルヴィトはスクルドの元へ駆け寄り礼を言うが、何だかスクルドの放つオーラがおどろおどろしい。しかも全身を魔物の血で染め上げている為、余計に恐ろしい。

 アルヴィトは笑顔を引き吊らせたまま後退る。そしてハッとスクルドが戦っていた魔物の胴体を切り裂いた時のことを思い出した。

 あの時はもう一体の魔物の出現に気を取られていて気がつかなかったが、切り裂いた魔物の目の前にはスクルドがいた。当然、スクルドに魔物の血がかかった筈だ。

 つまりスクルドを悪魔の化身の様な姿にしたのはアルヴィトなのだ。


「ごごごごめんなさいぃぃぃっっ!!これはその……事故と言うか……」

「……あんた、わざとやったでしょ」


 スクルドは目を据わらせ、アルヴィトの襟首を掴んで強く引き寄せる。

 可憐な筈の顔は今は魔物よりも不気味だ。


「あたしの獲物を横取りするなんて!」

「…………え?」


 アルヴィトは目が点になり、なんとも間抜けな声を漏らした。

 どうやらスクルドは血をかけられた事よりもアルヴィトが魔物を倒してしまった事を怒っているようだった。


「あの……僕が魔物の血を浴びせた事を怒っているんじゃないんですか?」

「は?そんなことで怒るわけないでしょ!それよりも、何であんたは毎回毎回あたしの獲物を横取りしていくのよ!」

「い、いや……このままじゃスクルドさんが危ないなと思って……」


 襟首を引き寄せ詰め寄ってくるスクルドに、アルヴィトが青い顔をしてしどろもどろになりながら弁明する。

 端から見れば弱々しい少年が恐ろしい姿の魔人に絡まれているように見えるだろう。

 だが次の瞬間に二人は同時に後方へ飛び退いた。


 二人がいた場所に白い体と無数の脚が付いた魔物が降り立つ。魔物はスクルドとアルヴィトの姿を探しているのか、目も鼻もない口だけが付いた頭をぐるりと回す。

 するとアルヴィトが魔物の背に飛び乗り、頭と胴を繋ぐ部分を爪で切り裂いた。


「キイイイイイイアアアアア!!」


 耳がつんざく様な甲高い叫び声を上げる魔物。だがアルヴィトが切り裂いた場所がたちまち塞がってしまった。

 切られた筈の首を後ろへ捻り、魔物は口を広げてアルヴィトの黒い爪に噛みつく。


「くっ……」


 アルヴィトは爪を引いて魔物の口から離そうとするが、爪に食らいつく魔物の力が強く、中々離す事が出来ない。

 みし、と嫌な音が聞こえた時、右腕にかかっていた重圧が一気に軽くなった。

 スクルドが魔物の頭を殴り飛ばしたのだ。地面を滑る魔物はその勢いが収まると脚をばたつかせて直ぐ様体を起こした。


「アルヴィト、あいつの首を切り離して」

「……わかりました」


 アルヴィトの隣に着地したスクルドが耳元で囁く。その一言でアルヴィトはスクルドがしようとしている事に気付いた。

 再生能力を持った魔物を倒すにはその能力を発揮させる前に生命力の素を絶たなければならない。大抵の魔物は頭部か胸部のどちらかに核となるものがあるのだが、再生能力を持った魔物場合、その両方に核を持っている。例えるなら心臓を二つ持っていると考えて良いだろう。

 この両方の核を潰さなければ、再生能力を持った魔物は倒す事が出来ない。


ドドドドドドドドッッ


 脚を不規則に動かしながら魔物が音を立ててこちらへ向かって来る。

 アルヴィトは黒い爪を構え、魔物に飛びかかった。


ガチンッ


 アルヴィトに噛みつこうと口を開く魔物。だがアルヴィトは魔物の胴体を蹴って更に高く飛び上がった。

 アルヴィトを食らい損ねた魔物の歯がぶつかり合う音を響かせた瞬間、魔物の首が飛ぶ。そして飛んだ頭をスクルドが地面へと叩きつけ、潰した。

 頭部を失った胴体がその片割れを探そうと辺りを這いずり回っている。

 アルヴィトが胸部を狙って切り裂くが、核までには届かず、切り裂かれた場所が再生を始める。


「アルヴィト退いて!!」


 スクルドが叫んだ直後、治りかけていた魔物の胸部が大きく弾け飛んだ。

魔物の胴体には大穴が空き、そこからボロボロと魔物の体が崩れ落ちていった。


「やりましたね!スクルドさん!僕達、初めて協力して魔物を倒しましたよ!」

「別にこれが普通で……」


 嬉しそうに声を弾ませるアルヴィトだったが、途中で言葉が切れたスクルドを不思議に思ってその様子を伺う。目を見開いたスクルドの視線はアルヴィトの頭から爪先にかけて注がれている。

 何だろうとアルヴィトが自身の体を見下ろすと、全身が赤く染まっていた。


「……」


 暫くの間、二人は互いの真っ赤に染まった姿を見つめ合っていた。

 空には満月よりも少し欠けた月が昇っていた。




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