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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
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スクルドとアルヴィト

「ど、どこに行くんですか?スクルドさん!」


 レギンレイヴの待機室を出たスクルドは、アルヴイトの抗議にも耳を貸さずに腕を掴んだまま黙々と進んで行く。その行く先々ですれ違うエインエヤル達の奇異の目が注がれているのにアルヴィトは居心地の悪さを感じていた。

 ……全身を真っ赤に染め上げた『鋼拳の狂戦士』と影で恐れられている少女が目の前を歩いているのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 しかしエインエヤル達が向けている目は、スクルドよりも自分の方へと向けられているのではないかとアルヴィトは思った。時折「まだ子供」「レギンレイヴ」などの言葉がひそひそと聞こえてくる。


 アルヴィトがエインエヤルになったのはつい半年前だった。

 たった半年でレギンレイヴへの異動。これは今までに無い早さでの事例だ。それは噂として広まるには十分な内容だろう。

 ふと、アルヴィトはスクルドが医療棟へと進んで行くのに気付く。


「スクルドさん、どこか怪我でもしてるんですか?」

「……あたしじゃない」


 そう言ったきりスクルドは黙り、医療棟の中をどんどん進んで行く。アルヴィトは訳が分からないながらも、スクルドに手を引かれるまま、その後をついて行った。

 待合室を抜け、幾つかある診察室の中で一番奥にある診察室のドアをスクルドがノックもせずに開けた。アルヴィトは慌ててスクルドの腕を引っ張る。


「スクルドさん!勝手に開けちゃまずいですよ!診察してたらどうするんですか!」

「平気。今は休憩時間だから」

「だからって受付も無しになんて……」

「ヴェル姉いる?」


 アルヴィトの制止も虚しく、スクルドは慣れた様子で診察室の中へ入って行く。すると診察室の奥から白の制服に身を包んだ女性がやって来た。

 白色の制服はエインエヤルの医療部隊の証である。女性は銀髪を一つにまとめ、明るい茶褐色の瞳を持った端正な顔立ちに柔らかい笑みをスクルド達に向けている。

 アルヴィトはその女性の顔立ちがなんとなく誰かと似てる気がした。


「あらスクルド!ここに来るなんて久しぶりじゃ……」


 女性がスクルドの姿をしばらく見つめた後、叫び声が診察室中に響いたのだった。





「もう、あんたは何でこんなに血だらけなのよ!一瞬、魔物が現れたかと思ったじゃないっ!本当にどこにも怪我はしてないのね!?」


 顔をゴシゴシと濡れ布巾で拭かれ、スクルドの顔は先程よりもだいぶ本来の美しさを取り戻した。しかしそれでもまだ身体中が魔物の血で染まっている為、おどろおどろしい姿には変わりなかった。


「本当に大丈夫だから!怪我してるのはあたしじゃなくてこっち!!」


 女性の顔を拭く手から逃れると、スクルドはアルヴィトの腕を引いて女性の前へ突き出した。


「えっ?僕は怪我なんてしてませ……いっっ」


 目を丸くするアルヴィトの左手にスクルドが触れる。するとピリリとした痛みがアルヴィトの手に走った。左手の甲を見ると、擦れた様な浅い切り傷があった。

 恐らくスクルドを襲おうとしていた魔物につけられたのだろう。アルヴィトはここで初めて自分が怪我をしている事に気付いたのだった。


「こら!汚れた手で傷口を触らないでちょうだい!ごめんなさいね、今すぐ消毒するわ」

「いえ……大した怪我じゃないのでこれくらい平気です」

「駄目よ!小さな傷口でもそこから菌が入ったら大変な事になることもあるんだから。……それに妹が散々迷惑掛けたでしょう?お詫びに手当てぐらいはさせてちょうだい」

「え……?妹?」


 女性の言葉にアルヴィトが目を見開く。さっきからなんとなく引っ掛かっていたことが解けた。女性の容姿や声はスクルドに似ていたのだ。


「そうよ。私はスクルドの姉のヴェルサンディ。よろしくね、アルヴィト君」


 スクルドとヴェルサンディの顔を見比べると、勝ち気そうな赤に近い茶褐色の瞳と筋の通った鼻がよく似ている。二人が姉妹だということにも驚いたが、ヴェルサンディがアルヴィトの名を知っていた事にアルヴィトだけでなくスクルドも驚いた。


「ヴェル姉よく知ってたね、アルヴィトの事」

「ええ。だってほとんどのエインエヤル達は史上最速でレギンレイヴに新人が入ったって話で持ちきりだもの」


 アルヴィトは医療棟に来るまでの間に向けられたエインエヤル達の視線を思い出す。やはり視線を向けられていたのは自分だったようだ。

 こうして話ながらも、ヴェルサンディは手早くアルヴィトの手の甲を消毒し、脱脂綿を張り付けた。


「はい、終わったわよ。アルヴィト君、怪我したらまたここにいらっしゃい。スクルド、あなたは早く頭を洗って着替えなさいね!」

「はい、ありがとうございました」


 診察室を出ると、アルヴィトがスクルドににこりと微笑む。


「スクルドさん、ありがとうございました」

「か、勘違いしないでくれる!?あたしはヴェル姉に会いに行くついでにあんたを連れてきたんだから!」


 素直に礼を言われたのが何だか恥ずかしくて、スクルドはアルヴィトから視線を反らしながらつい悪態をついてしまう。

 その様子にアルヴィトはおかしそうに笑った。


「僕、スクルドさんに嫌われてるのかと思ってたんですけど、そうじゃなくて良かったです」

「何言ってんの!あたしはあんたの事なんか嫌いだからね!」

「ええ!?」

「あんたに助けられたお礼なんて絶対に言わないんだから!今日はたまたま油断しただけよ!次はぜっっっったいに負けないわよ!次に会った時は覚えてなさいっ」


 何故か人差し指をビシリと突き付けられ、アルヴィトはポカンと呆気に取られていた。

 そんなアルヴィトの様子に気付いていないのか、言うだけ言うとスクルドはアルヴィトを置いて駆け出して行ってしまった。まるで負けた下っ端の悪党の様な捨て台詞を残して行ってしまったスクルドの後ろ姿をアルヴィトは込み上げる可笑しさを必死で我慢しながら見送った。

 次に会うのは一時間後だという事におそらくスクルドは気付いていないのだろうな、とこれから訓練所で会う事を想像すると、アルヴィトは中々笑いを落ち着かせる事が出来なかったのだった。





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