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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
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新たなレギンレイヴ

 ニヴルヘイムは周りを切り立った崖に囲まれた小さな国だ。

 一番高い崖に面した北側にはユグドラシルと呼ばれる巨大な木とフヴェルゲルミルと言う泉があり、それらを町から遮る様に森が囲んでいる。西、東、南にはそれぞれ町があり、南側は崖が途切れていて、そこが外界への出入口となっている。

 ニヴルヘイムの中心には高い塔が建っていた。その周りを幾つかの建物が囲んでる。

 そこはエーリヴァーガルと呼ばれているエインエヤルの活動拠点となる施設である。

 エーリヴァーガルにはエインエヤルそれぞれの部隊が利用する待機室や訓練場、医療棟などの施設があり、ほとんどのエインエヤルがここで生活をし、魔物からニヴルヘイムを守る為に日々訓練に励んでいる。


 エーリヴァーガルへ戻って来たスクルド達は、まず待機室に向かった。

 この待機室はそれぞれの部隊に与えられており、ここでは部隊の打ち合わせや話し合い、時には仲間同士での交流の場となったりしている。レギンレイヴも他のエインエヤルと同様に月が沈む前には待機室に集まり、月が昇って魔物との戦闘を終えると待機室に戻ってその日の戦闘についてなどを話し合う。

 

「あれ?シグルド隊長がまだ来てないや」


 待機室に入り、ヒルドが部屋の中をキョロキョロと見渡す。

 精鋭部隊レギンレイヴの隊長シグルド・ブラムは全てのエインエヤルの部隊を束ねる師団長という立場でもある。師団長はエインエヤルの最高司令官の意向に沿ってエインエヤル各部隊に指示を与えるーーいわばエインエヤルの全権を握っていると言っていいだろう。

 師団長という役柄の為、シグルドは今日の様に自身の部隊であるレギンレイヴの指揮を取って戦闘に参加する事は多くはないが、魔物の戦闘を終えて戻って来れば、必ず時間を作ってその日の報告や訓練を行ってくれる。

 だが今日はまだ待機室にシグルドはやって来てないようだ。


「スクルド、今の内にその顔を洗って来い!ほら、タオル貸してやるから」

「うん」


 頭から魔物の血を被っていたスクルドを見かねて、ヒルドはスクルドにタオルを渡し、背中を押して水場へ行くように促す。その様子を見ていたフリストが何気無く呟いた。


「ヒルドさん、なんだかスクルドの母親みたいっすね」

「ええ!?母親!?せめて父親にしてくれ……」

「お母さん、今日の夕飯はオムライスがいい」

「お前もお母さんって呼ぶなっ!いいから早く顔を洗って来い!オムライスは後で作ってやるから!」

「やっぱり母親じゃないっすか!」

「……お前達、もう少し静かに出来んのか」


 突然聞こえた重低音に、三人は驚いて部屋のドアへと慌てて振り返る。

 そこには灰色の短く切った髪の、黒の長いコートを着た中年の男がドアの前で立っていた。左目から頬にかけてついた傷痕は男が今までに潜り抜けて来た数々の戦歴がいかに酷しかったかを物語っている。男が歩けば自然と人々が道を開ける程、全身からにじむ重厚な雰囲気は常人とは一線を画していた。

 この人物こそがエインエヤル師団長であり、レギンレイヴを率いる隊長、シグルド・ブラムだ。エインエヤル内でニヴルヘイム一最強と言われている人物である。

 シグルド・ブラムはエインエヤル達から畏敬され、その近寄りがたい容姿もあり、時には恐れられたりもしている。しかし今は鋭い眼光を放つ厳めしい顔に僅かに呆れた様子が滲んでいた。その表情をレギンレイヴの者達以外が目にしたならば、一瞬にして凍りつくか、普段は変わらない筈のその表情の変化に驚くだろう。


「待機室の外まで声が聞こえていたぞ。……全く、精鋭部隊であるレギンレイヴがふざけた部隊だと思われたらどうする気だ」

「うっ、すみません……」


 シグルドの言葉に副隊長であるヒルドが青くなりながら頭を垂れる。さすがのスクルドとフリストもヒルドに続いて「すみません……」とおとなしく謝る。

 

「それより、レギンレイヴに隊員が増える。入れ」


 話を打ち切り、シグルドは部屋のドアへと声を掛ける。するとカチャリと控えめに開けられたドアからくすんだ赤色が現れた。


「今日からレギンレイヴに所属になりましたアルヴィト・イヴンハールです。よろしくお願いします」 


 見覚えのある小柄な体格にダークブラウンの髪と鮮やかな黄緑色の瞳。スクルド達の目の前で頭を下げたのは、紛れもなく魔物からスクルドを助けたあの少年エインエヤルだった。


「「あっっ!!!」」


 少年の姿を見て一斉に声が上がる。スクルド達の反応にシグルドは僅かに眉を動かす。


「お前達、アルヴィトを知っているのか」

「はい。さっきスクルドが危ない所を彼が助けたんです。いやー、フリストが勧誘してたけど、まさか本当にレギンレイヴに来るなんてな」

「お前アルヴィトって言うのか!俺はフリスト・ハスティだ。よろしくな!」


 フリストがアルヴィトの頭をくしゃくしゃと撫でる。やや乱暴だったが、アルヴィトの緊張した面持ちは少し和らいだ様だった。


「俺はヒルド・イアーク。こっちの血みどろはスクルド・ノルン。生意気だけどまあ悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれな。……スクルド、その格好でそんな顔するなよ。魔物より不気味だぞ……」

「まるで地獄から這い出た亡者だな」


 結局、顔を洗いに行きそびれた為、スクルドは全身を魔物の血で染めたままだった。おぞましい姿だとヒルド達から散々に言われるが、それも耳に入らない様子でスクルドはアルヴィトを凝視していた。そんなスクルドの視線をひしひしと感じているのか、アルヴィトは顔を引きつらせたまま固まっている。


「……スクルド、お前はまずその格好をどうにかしろ。これではまともに話が出来ん。全員、一時間後に訓練場へ集まれ。そこでアルヴィトの戦闘力を確認する。アルヴィト、お前はこれに着替えてから来い」


 シグルドがアルヴィトに渡したのは黒色の制服だった。各部隊でそれぞれ違う制服は、制服によって所属部隊を示す為だ。

 アルヴィトは受け取った制服をまじまじと眺めている。エインエヤル達にとって黒の制服は憧れであり、畏敬の象徴なのだ。


「…………」


 今まで黙り込んでいたスクルドがおもむろに動いた。アルヴィトの腕を掴んで待機室を出る。突然の事にアルヴィトは慌てた声を上げた。


「えっ、あのっ……」

「あっ、おい、まだ隊長の話は終わってないって……」 


 戸惑うアルヴィトと無理矢理連れていくスクルドの後ろ姿をヒルド達は呆気に取られながら見送っていた。




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