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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
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審判

 医療棟を出て、スクルド達はエーリヴァーガルの中心に建つ塔に向かっていた。

 塔に近付くと、ウルドとレギンレイヴ達の姿に気付いたエインエヤルが敬礼をして両開きのドアを開ける。

 ドアを潜ると、左右に階段が続いている。右側が上へ、左側が下に向かっている。

 ウルドは左側の階段を下っていく。

 地下へ続く階段は暗く、気温が外界よりもいくらか低い。地上の気温も吐く息が白くなるほどの気温だが、地下に下るにつれて肌がピリピリと痛む感覚がしてくる。

 等間隔に壁に付けられた小さな明かりはこの閉塞された階段で足元が見えるくらいには明るく照らしている。

 暫く階段を下っていくと、それ程広くはない踊り場に着いた。

 右手には両開きのドア、前方には鍵がかけられた格子扉がある。その格子の間を覗くと、向こう側には更に階段が続いている。

 ……恐らく、この先には罪人を入れる牢屋があるのだろう。

 ウルドは右手のドアを開けると、その扉の中に入っていく。

 スクルド達も後に続いて中に入ると、そこは薄暗い部屋だった。

 中心には柵が円形になって立てられており、その円の端には高座が設けられている。

 その反対側にはスクルド達が入った扉とは違う扉があった。その扉から柵で隔てられた道が円の方へと伸び、道は円の内側と繋がっている。

 柵に囲まれた円の外側には椅子が付置かれ、そこにスクルド達は座るよう指示された。レギンレイヴ以外にも数名のエインエヤルと上層部のエインエヤルが席に着いている。

 ウルドは辺りを見渡すと、高座に上がった。


「これよりアルヴィト・イヴンハールの審判を行う。意見のある者は遠慮なく発言してくれて構わない。アルヴィトをここへ」


 力強い凛とした声が響き渡る。

 ウルドが柵の中の扉の前で控えていたエインエヤルに視線を送ると、エインエヤルはその扉の鍵を外し、ゆっくりと開けた。真っ暗な扉の中から三人の人影が現れる。

 手首と足首に枷をはめられたアルヴィトの腕をエインエヤルが両側から掴んで連れてくる。

 エインエヤルはアルヴィトを円の中心まで連れてくると、そこにアルヴィトを残し、扉の中へと下がっていった。

 柵の中に明かりが灯り、薄暗い部屋の中で円の中だけが明るく浮き上がっているように見えた。

 

「アルヴィト・イヴンハール、お前にはフリスト・ハスティの殺害未遂の容疑とニヴルヘイムの侵略の容疑がかかっている」


 しん、と静まり返る中、ウルドの言葉をアルヴィトはただ静かに、視線を真っ直ぐに据えて聞いている。


「まずはフリスト・ハスティの殺害未遂についてだが……」

「ウルド司令官。尋問はこの私にやらせて頂けないでしょうか」


 突然、ウルドの声を遮る様に響いた声に皆がその声の方へ視線を向ける。

 そこには眼鏡を押し上げるラーズの姿があった。


「……分かった。お前に任せよう」

「ありがとうございます」


 ウルドと入れ替わるようにして高座に上がったラーズは険しい視線をアルヴィトに向ける。


「アルヴィト・イヴンハール、同部隊であるフリスト・ハスティに重症を負わせたのはお前なのだな?」

「いいえ、フリストさんを襲ったのは僕ではありません」

「多くのエインエヤル達がアルヴィト・イヴンハールとフリスト・ハスティとの戦闘を目撃している。それでもしらを切るのか?」

「僕はずっとスクルドさんと行動を共にしていました。フリストさんの所へ行っていれば、スクルドさんは僕がいないことに気づいている筈です」

「アルヴィト・イヴンハールが言っている事は本当ですか?スクルド・ノルン」

「本当よ!アルヴィトはあたしと侵入者の捜索に行ってたんだから!アルヴィトがいなくなったら直ぐに分かるわ!」


 質問の矛先を向けられ、スクルドは椅子から立ち上がって力強く言い返す。

 ラーズは表情を変えぬまま、淡々と尋問を進めていく。


「そうですか。ではヒルド・イアーク、貴方が駆けつけた時には既にフリスト・ハスティが倒れていたそうですね。その時に側にいたのがアルヴィト・イヴンハールであったと間違いはありませんね」

「……ああ。そうだ」

「となると、両者の意見を合わせるとどうしても矛盾が生じてしまう。それについてはアルヴィト・イヴンハール、どう考える」

「……僕に成り済ましている人間がいる」

「それは誰か心当たりでも?……例えば侵入者の一人だとか」

「……」


 ラーズの問いにアルヴィトは口を閉ざした。沈黙するアルヴィトにラーズは薄く笑みを浮かべる。


「フリスト・ハスティが倒れていた場所には黒い刀身のナイフが落ちていた……そのナイフは侵入者の内の一人が持っていたナイフだ。そのナイフにはフリスト・ハスティの血がたっぷりと付いていた。……つまりは侵入者の一人がアルヴィト・イヴンハールに成り済まし、フリスト・ハスティを襲ったと言いたいのだろう?」


 ラーズはアルヴィトに言うが、アルヴィトはラーズの言葉に肯定はしなかった。ただ、真っ直ぐにラーズに視線を向けている。


「なあ、もし仮にそうなら、アルヴィトが捕まる必要は無いんじゃないのか?」

「ええ、罪状がフリスト・ハスティの殺害未遂の罪だけなら。だが彼にはまだ侵入者達の仲間である疑いが残っている」


 ヒルドには一つ気になる事があった。

 それはアルヴィトが侵入者の仲間である可能性。先程までフリストの病室で聞いた話の中で、アルヴィトが侵入者達を手引きをしたのではないかと疑いが掛けられていると聞いたが、あくまでも疑いだけで、確信出来る証拠の様なものがあると聞いてはいない。


「アルヴィトは侵入者達の仲間だと言うが、その決め手になるものはあるのか?アルヴィトが……俺達が侵入者と接触したのは奴らが岩の巨人に乗って来た時だけだが、不自然な所は見られなかったし、アルヴィトは自ら侵入者と戦っていた」

「ではその戦闘が侵入者達を逃す為に行われたとしたら?」


 ラーズの一言にレギンレイヴだけでなく、ウルドもはっとする。


「あの時、エイル・ウインディと対峙していた侵入者は、ウルド司令官の加勢により非常に不利な状態だった。そんな優勢な状況にも関わらず、アルヴィト・イヴンハール、お前はウルド司令官を差し置いて侵入者に攻撃を仕掛けた。何故ならその侵入者を逃がす為、そうだろう?」

「……」


 アルヴィトはラーズの問いに答えなかった。ただ、じっとラーズを見据えている。


「それはラーズ、あんたの予想にすぎないだろ?それだけなら、アルヴィトが侵入者達の仲間だとは言い難い」

「……ならばお見せしましょう。アルヴィト・イヴンハールが侵入者達の仲間だと言う確固たる証拠を」


 自信に満ちた表情で言い切るラーズにヒルドは引っ掛かりを覚え、室内には小さなざわめきが広がる。

 ラーズは側に控えていた部下達に合図を送ると、その部下達三人はおもむろにそれぞれの武器を手にする。


「お前達!一体何を……」


 武器を持ち、柵の中に入るラーズの部下達をウルドが止めようとするが、ラーズがそれを制止する。

 部下達がアルヴィトの周りを囲む様に立ち、手にした武器を振りかざした。


「アルヴィト!!!」


キィィィィィィィィン


 ラーズの部下達が一斉に武器を降り下ろした瞬間、甲高い金属音が響いた。それと同時にスクルドは咄嗟に両目を閉じる。

 

「そ、そんな……」


 エイルの掠れた呟きが聞こえ、スクルドは閉じていた目をそっと開けた。

 目の前に広がった光景にスクルドは目を見開いた。

 ラーズの部下達が降り下ろした武器はアルヴィトに当たることは無かった。

 そしてそれらの武器を受け止めたのは三人の侵入者達だった。黒髪の男は黒い刀身のナイフで、長い髪を後ろに束ねた女は鎖が付いた楔型のナイフで、頭の両脇を刈り込んだ大柄の男は鉄鋼を付けた腕で、それぞれ武器を受け止め、アルヴィトと部下達を隔てる様に立っている。


「さあ、これではっきりしたでしょう。アルヴィト・イヴンハールは我々を裏切っていたのだと」


 こうなることを予想していたのか、周囲に広がる動揺を気にすることなく、ラーズは突如として現れた侵入者達に冷笑を向ける。


「アルヴィト・イヴンハール、これで言い訳出来まい。さあ、どうする」


 スクルドは侵入者達に囲まれたアルヴィトを見るが、俯いたその顔からは表情が見えない。

 すると突然、アルヴィトが侵入者達とラーズの部下達の足の間を素早くすり抜けた。重い鎖が付けられているのにもかかわらず、その動きは軽く、俊敏だ。

 そしてラーズの元へと駆け出す。

 ラーズは腰に下げていた剣を抜くと、それを走り来るアルヴィトに向ける。アルヴィトは床に手を着き、高く跳躍してラーズの頭上を飛び越えた。

 そして一直線に地上に続く扉へと駆けていく。


「待て!!」


 ウルドが剣を抜き、アルヴィトを追うが、ウルドの足元に黒いナイフが続けて突き刺さった。


「!」


 ウルドが一瞬怯んだ隙に三人の侵入者達が駆け抜けて行った。

 

「逃がすか!!」


 シグルドやヒルドもアルヴィト達を追うが、大柄の男が近くにいたエインエヤルをシグルド達の方へ投げ飛ばす。その間に侵入者の女がナイフを投げ飛ばして扉に掛けられていた鍵を壊し、アルヴィト達は扉の外へ出ていった。


「追え!奴らを追うのだ!」


 ウルドの怒号を背に、レギンレイヴ達は部屋から飛び出ると階段を駆け上がって行く。

 階段を上りきり、塔の外に出るが、アルヴィトと侵入者達の姿をもう見つける事は出来なかった。






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