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ソール・マーニ・サーガ  作者: 鹿ノ子
第一章 闇と月
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少年エインエヤル

「おい、付いてくるなよ。お前の持ち場は向こうだろ!」

「だってあたしの所、魔物がいないんだもん」


 フリストは槍を魔物の頭に降り下ろして真っ二つに切り裂き、スクルドは両手に着けたグローブを硬質化させ、魔物の心臓目掛けて拳を繰り出して体ごと魔物の体を突き抜けた。

 こうして会話を交わしながらも、二人は次々と魔物を仕留めて行く。

 すると、二人の周りを魔物が取り囲んだ。


「……さっきより数多いんじゃない?」

「充分だ。余裕だろ」


 二人はにやりと笑みを浮かべ、同時に魔物達へ攻撃を仕掛けた。

 岩をも砕く硬さを持つグローブを着けたスクルドは魔物の頭を砕き、華奢な体つきからは想像出来ない腕力で魔物を地面に叩きつける。

 一方、長槍を自在に操るフリストは槍で魔物の体を突き刺し、刺さったままの魔物を他の魔物へ投げ飛ばす。振り向きざまに柄の部分で背後に迫った魔物を突き、怯んだ隙に刃の部分で頭から切り裂いた。

 スクルドとフリストがそれぞれ魔物を倒している時だった。突然二人が立っている場所で爆発が起こった。


「!?」


 二人を囲んでいた魔物は全て吹き飛び、その死骸がスクルドとフリストの上に降り注ぐ。


「こら!お前達!持ち場を離れるなってあれほど言っただろっ!」


 やっとの思いで魔物の下から這い出ると、今度は聞き覚えのある叱責が降りかかった。

 爆発で吹き飛んだ魔物の上を飛び移りながら、スクルド達と同じ黒い制服を着た男が近付いて来る。


「少しは手加減してくださいよ、ヒルドさん」

「そうよ!危うくあたし達も巻き添えになるとこだったじゃないっ!」

「えっごめん、威力は抑えたつもりなんだけど……ってそうじゃなくて!」


 注意など聞きもしない二人にヒルドと呼ばれた男は明るい茶色の髪をクシャクシャと掻いて、諦めた様に溜め息をつく。


「もー、今から持ち場に戻れよ!シグルド隊長に怒られるのは俺なんだからなっ!」


 彼もスクルド達と同じレギンレイヴの一人であり、副隊長という立場だが軽い話し方のせいか、いかんせん威厳はあまり感じられない。

 ヒルドはスクルドとフリストを追い立てながら手の平に現れた光る球体を二人の背後に投げる。


ドオオオオオオオン


 球体はスクルド達を喰らおうと口を大きく開けていた液状の魔物に命中した。

 

「今日はやけに魔物の数が多いな……二人共、油断して食われるなよ」


 絶え間なく出現する魔物にヒルドが不安気に言ったときだった。三人の前方に巨大なムカデに似た魔物が地面から現れた。

 魔物の出現にいち早く反応したのはスクルドだった。三人の中で一番身軽なスクルドは素早く駆け出し、あっという間に魔物との距離を詰める。


「!?」


 頭部を狙おうと地面を蹴り、飛び上がろうとした時だった。

 スクルドの体が傾いだ。スクルドは左足に違和感を感じ、足元に視線を向ける。

 左足にはムカデに似た魔物とは別の魔物がしがみついていた。白い幼虫に似た姿をした魔物は地面に穴を空け、そこからその身を出して六本の前足でスクルドの足を掴んでいる。


「くっ……」


 飛び上がりかけていたスクルドの体はバランスを崩し、地面に腰を打ち付けた。スクルドはその白く柔らかそうな殻で身を覆った魔物を踏み潰して立ち上がり、もう一度ムカデに似た魔物の頭部に狙いを定めようと顔を上げる。

 魔物は口からはみ出した二本の鋭い牙を左右に開き、スクルドの頭目掛けて襲いかかった。


「スクルド!!」

「!!」


 魔物の牙は既にスクルドが避けきれない距離にあった。ヒルドが光の玉を飛ばしても間に合うかわからない。間もなく感じるであろう痛みを覚悟した時だった。

 スクルドの視界を暗い赤色が遮った。

 

ザンッッ

 

 口を開けた魔物の体が真っ二つに裂ける。スクルドに食らい付こうとしていた魔物は突然目の前に現れたエインエヤルによって倒された。


「怪我は有りませんか?」


 優しげな表情でスクルドを振り返ったのはまだ年端の行かぬ少年だった。スクルドと同じ位か、それよりも下だろうか。

 くすんだ赤色のエインエヤルの制服を着た少年は右腕を黒い艶やかな素材で覆う、先端が鋭く尖った武器を身に付けていた。まるで猛禽類の爪を思わせる形だ。

 暗い茶色の髪の下から覗く鮮やかな緑の瞳と目が合い、スクルドはハッと我に返った。


「ちょ、ちょっと余計な事しないでくれる!?あれくらい、あたし一人で倒せたわ……いてっっ」


 スクルドが言い終わらない内に「ごんっ」と言う鈍い音と共に後頭部に痛みが走る。ヒルドがスクルドの頭を叩いたのだ。


「こら!助けてもらったんだからちゃんと礼を言いな!ごめんなー、こんなでも悪気はないんだ」

「い、いえ、謝って貰う程の事では……」


 頭を押さえ、痛みに悶絶しているスクルドの横でヒルドがすまなそうに少年エインエヤルに言う。エインエヤルの中でも一目を置かれる部隊の副隊長に謝られてしまい、少年は慌てて否定した。


「お前、中々腕が立つな!どこの部隊だ?うちに来いよ!」


 ヒルドと共に駆けつけたフリストが感心した様に言うと、少年は驚いた様に首を振る。


「レギンレイヴにですか!?まさか、僕の力なんてまだまだ皆さんの足元にも及びませんよ!あの、月も昇りましたし、部隊に戻ります」


 少年は「失礼します」と一礼してニヴルヘイムへと走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見ながらヒルドが何か思い出したのか声を漏らす。


「あのエインエヤル……確か今年のエインエヤル志願者の中で一番の成績だった子だよ。シグルド隊長が密かに目をつけてる」

「えっ、そうなんすか?……確かにさっきの動き、他のエインエヤルより格段に上を行ってたな。おいスクルド、いつまでむくれてるんだよ。本当、お前って負けず嫌いだよな」


 走り去って行く少年の後ろ姿をスクルドは睨み付けていた。

 確かに危ない所ではあった。しかし自分よりも後からエインエヤルになった少年に、しかも歳がほとんど変わらない様な者に助けられた事は、負けず嫌いなスクルドにとってはとても悔しい事だった。しかし、足下の魔物に気づけなかったのは自身の落ち度だ。

 

「ほら、俺達もニヴルヘイムに戻るぞ」


 ヒルドはぶすっとした表情のスクルドの頭をぽん、と叩いてニヴルヘイムへと歩き出した。それに続いてフリストも槍を肩に担いで歩き出す。

 空にはまん丸な月が昇っていた。辺りにあれほど溢れていた魔物の姿は一気に消え去った。

 スクルドは危うく魔物にやられそうになった自身への悔しさと、それを助けた少年の強さを素直に認めたくない気持ちを表情に滲ませながら、先を歩くヒルド達を追ってニヴルヘイムへと駆けて行った。

 





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