敵わぬ力
「俺の相手はお前さんかい、お嬢ちゃん」
黒髪の男がシグルドに斬りかかっている間、この場から逃げ去ろうとする大柄の男の前にスクルドが立ちはだかる。
男は自ら外套を頭から外し、その容貌を露にした。
褐色の肌に、頭のサイドを刈り込んだ髪。優に二メートルはあるだろう体格は外套を着た上からでもかなり鍛えられていると分かる。
引き締まった顔には好戦的な表情が浮かんでいる。
「あたしはお嬢ちゃんじゃないっ!!」
スクルドはグローブを硬質化させると、男に拳を繰り出した。
しかし男はいとも簡単にその拳を受け止める。
「!」
「中々良い拳をしてるじゃねえか。だがな、それだけじゃ俺を倒すにはまだまだだ」
男の挑発的な言葉にスクルドの頭に血が昇る。今度は速さを上げ、拳を繰り出す数を増やして打撃を加える。
まるで同時に複数の手があるかの様に見えるこの攻撃を男は太い腕で顔を覆って防ぐ。
最後に改心の一撃を加え、スクルドが打撃を打ち終えると、男は悠然と腕を下ろした。その下から現れた顔は実に楽しそうに笑みを浮かべていた。
どうやら今の攻撃も男には効いてない様だ。スクルドは悔しげに歯噛みする。
「なんだ、もう終わりか?なら次はこちらから行くぜ!」
男は拳を握ると、スクルドに向けてそれを振るった。
スクルドは男の拳を身をよじって避けた。的を失った拳は地面を殴り付ける。
ドカアァァァァ
激しい音を立てて地面に沈んだ拳を男はゆっくりと引き抜いた。
男が殴り付けた地面を見て、スクルドは息を飲んだ。
そこには男が拳を引き抜いた場所を中心に人が何十人と入れる程の大きな穴が空いていた。
(なんて馬鹿力なの……)
力に自信があるスクルドでもここまでの大穴を空けるのは難しい。
これは生まれ持った能力だけではない。極限まで鍛え抜いた肉体の賜物だ。
するとその時、男はハッとして瞬時に背後を振り向いた。
ガシンッッ
男は赤い柄の槍を両手で受け止めていた。その刃先が男の喉元すれすれで止まっている。
「おいおい、不意討ちとは卑怯じゃねえか兄ちゃん」
「おっさん、無駄口叩いてる暇なんてない、ぜっっ」
フリストは槍を掴まれたまま、男の顎を蹴り上げた。
「がッッ……」
槍から男の手が離れ、フリストは槍を持ち直すと、刃が付いてない方の先端で男のみぞおちに突きを食らわした。男の体は後方へと飛び、辺りで焚かれている松明を数本倒してから止まった。
もうもうと上がる砂煙の中、フリストは倒れた男の前に立つ。
だが砂煙が収まってくると、フリストはハッとして顔を強張らせる。
男が倒れている筈の場所にその姿は無かった。
「!?」
フリストは背後に殺気を感じて咄嗟に振り向く。その瞬間、左頬に衝撃を受けた。
砂煙に紛れて移動していた男はフリストを殴り飛ばした。
フリストは一瞬宙を飛んでから、地面を引きずる様にして止まる。
「悪りいな、つい本気出しちまった」
「あんたの相手はあたしよ!!」
男の意識がフリストへ向いている内に、スクルドは再び男へ殴りかかる。
だが男はスクルドの拳を手の平で受け止め、そのままスクルドの手を掴んで投げ飛ばした。
スクルドは背中を木に強く打ち付け、地面に崩れ落ちた。
ーー圧倒的な強さ。
二対一という不利な状況で戦っていたと言うのにも関わらず、この男はものの数分で決着を着けてしまった。
まるで赤子の手を捻るように。
「おい、スリヴァルディ!先に行くぜッ!」
男は黒髪の男の方へそう叫ぶと、闇の中へと姿を消した。
***
黒髪の男は両手に黒い刀身のナイフを握り、シグルドへ斬りかかる。
男は絶えずナイフを繰り出し、その度に針を仕込んだ腕でシグルドがナイフを弾く。
何度か打ち合った時、シグルドが勢いよくナイフを弾き飛ばす。
やや後方に下がった男の足元に長い銀針が交差しながら回りを囲む様に突き刺さった。
動きを封じられた男の前に双剣を手にしたウルドが立つ。
「貴様らはこの土地の者ではないな。何故このニヴルヘイムにやって来た」
「……ああ。俺達はここから遠く離れた場所から来た。……なあ、あんた達は何故この世界から太陽が消えたのか知っているか?」
ニヤリと笑みを浮かべて言う男にウルドの目が僅かに見張る。
「その話とお前達がここへ来た事と、何か関係があるのか」
「それを話したらこの針を退かしてくれんのかい?」
「内容による。もしこの国を脅かすものであれば容赦はしない」
「……じゃあ力ずくで出るしかねえな」
男はナイフで針を切り裂いた。
ウルドが男目掛けて剣を振るうが、男が針の群の中から抜け出す方が僅かに速かった。
飛び上がった男はナイフをウルドへと降り下ろす。
ガツッッ
だが男がナイフを振り切る前に、その体は真横へと飛んでいく。
入れ違うようにして現れたのは黒の制服に身を包んだしなやかな体躯だ。
「エイル!」
「ここは貴女が手を煩わすまでもないわ」
普段の朗らかな表情を消したエイルがウルドとシグルドを下がるようにと制す。
視線は地面に着地する男へと向いている。
「はっ!俺も舐められたもんだな!たかが女一人で十分だと思われちゃ……」
ドカッッ
エイルは一瞬と思える程の速さで飛び、男を蹴り飛ばした。
男は数メートル程地面を引きずったが、なんとか体勢を持ち堪え、転倒は避けた。
「……てめえ……」
「あら。たかが女一人にやられるなんて、あなたもたかが知れてるわね」
エイルは口元に笑みを浮かべるが、それは氷の様な冷ややかさがある。
男は地面を蹴り、エイルへナイフを振るう。両手に握られたナイフが二本の線を描く。
エイルはまるで背中に羽根が生えているかの様な軽やかな動きで男のナイフを避けていく。
「うらあああああ!!」
男が投げたナイフがエイルのふくらはぎに刺さった。
エイルの動きを止めようと男は足にナイフを放ったのだが、エイルは怯むどころか顔色一つ変えずに男に再び蹴りを食らわした。
「何!?」
腕でエイルの攻撃を防ぎながら、男はナイフが突き刺さったエイルのふくらはぎから血が一滴も流れていないことに気付く。
「残念だったわね。これ、本物の『足』じゃないの」
そう言って、エイルはふくらはぎにナイフを刺したまま地面を蹴った。




